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空手部の形

 空手部が活動を行っているのは第二体育館の道場。

 我が校に二つあるかなり大きな体育館はそのどちらも、放課後は部活動の練習に精を出す生徒達であふれている。第一体育館と第二体育館の内装は異なり、空手部の活動している第二体育館は体育館とは言ってはいるが実際は空手や剣道などの武道系の部活のための道場だ。空手部、剣道部、柔道部、少林寺拳法部が体育館の四分の一ずつにそれぞれ別れ、しきりとして防球ネットが引かれている。武道や格闘技系の部が集まっていて、お互いの練習の様子が見られるようになっているため、下手に手を抜いた練習は出来ない。ある意味ではお互い強さとそこにある何かを求めて日々練習に励んでいる強者つわものたちばかり。大会の成績や部の練習のクオリティはそのままこの体育館内での部活動ヒエラルキーに直結するため、指導者側も熱が入る。あちこちからかなり熱のこもった、怒鳴り声と紙一重くらいの大声が聞こえてくる。

 どの部もただでさえむさ苦しい体育館でそのうえむさ苦しい奴らが「えいや」「そいや」と汗だくになって拳を突き出したり竹刀を振り回したりしている姿は、見ているだけで息が詰まりそうだ。

 以前、鈴宮に会いたくて……といえば少し語弊があるが、あいつを待つためにバスケ部を覗いたことはあるが、それ以外だとこうしてちゃんと誰かが部活しているところを見たことはなかったな。


「えいっ!」「たあっ!」「はあっ!」


 もはやどの部がどの掛け声を言っているのか識別するのも難しい体育館内。

 そんな部活動の様子を、俺たちは体育館の入り口あたりに集まって覗いているのだが、秋だというのに熱気に包まれたここは俺達のような()()()()()にはかなりきつい。自分が実際にしているわけでもないのに若干手汗が滲むほどだ。


「空手部ってどれだ? 生憎と男の判別は苦手でな」


 あまりにも目の毒な光景に、早々に思考を放棄する。


「ええと、おそらくあそこ以外のどれかではないですかね」


 俺が適当言うと、皇がクソ真面目にそう考察する。指をさしているのは体育館の奥。


「まあ、そうだろうな。ていうか、あそこはどう考えても違うだろ。だって竹刀持ってるし」

「わっ、分かってますよ! だから、あそこ以外でどこですかってことです!」


 アホの子扱いされたのが気に入らなかったのか、プンプンと頬を膨らませていきり立つ皇。


「けれどたしかにどこも同じような胴着を着ていて紛らわしいわね」


 そんな俺達の話を聞いていた一ノ瀬が疲れたように目をつむる。どうやらこういった暑苦しい雰囲気は苦手の様だ。そんなんじゃサウナ入れないぞ、サウナ。

 体育館の入り口でそんな会話を繰り広げる俺達に、遠慮がちな声がかけられる。


「あの、どの部がどこかってここに書いてありますけど」


 村崎さんだ。

 入り口の隅、色あせた安物のコピー用紙を見る。安物な上、かなり年季の入ったそれは所々が虫食いになっていたり破けていたりと中々に読みにくい。きっと学校創設同時に貼ってそのままなのだろう。俺たちの様に初めて訪れる人間の方が利用頻度は少ない。通い慣れた生徒たちは一々こんなもの確認なんてしないので、剝がされないままずっと放置されているのだろう。彼らにとってはべつになくても困らないが、今の俺たちにとっては必要だったりする。けれどだからと言って必ずしもなければならないというわけでもないし、必要とされる頻度は限られている。わざわざ新しいものに貼りかえるのも面倒だし、かといって剥がすわけにもいかない。こういったものは扱いに困るものだ。


「剣道部の隣が空手部か。確かに手前のやつらの動きは空手のそれじゃないもんな」


 胴着もよく見ると違いがあるのが分かる。


「というか、あなたは最初から気づいていたでしょう? ……行くわよ」


 なんの含みもなく、ただそうであるのだと確信したような静かな声。まるで花がきれいだと語るように、冬は寒いと嘆くような、そんな声。

 賑やかな体育館の中で、不思議と耳に残ったその声に、柔道部の隅を通ってさっさと行ってしまう一ノ瀬の背中をつい立ち止まって見つめてしまった。


「九十九さん?」


 何の事情も知らない村崎さんは突然立ち止まった俺に首を傾げる。

 それに「何でもない」と返して、俺は空手部が練習している体育館の隅へとみんなの後を追った。


 *



 思っていたよりも空手部は部員が多い。

 そして思っていたよりも熱心に練習しているようだった

 いつだったかバスケ部を覗いたときのような厳しい顧問の姿はなく、周りの剣道部や柔道部とは違って部員たちのみで練習を行っているようだ。

 今日は部活動の様子と、矢渡先輩の部活内での様子を観察するのが目的なので、わざわざ先輩に話しかける必要はない。しばらく隅の方で練習風景を見せてもらって帰る時に一言二言挨拶すればいいだろう。

 ……と、そう思っていたのだが、思いのほか俺たちの存在はすぐにばれてしまった。


「驚いたわね。まさかこんなに注目を受けるなんて」


 さっきより数段げっそりした一ノ瀬が、頭を抱え瞑目する。


「……だな」


 それに俺も同じような顔で短い返事を返しながら、なぜこうなることが予想できなかったのかと過去の自分に叱咤した。


 普通に考えれば分かることだったのだ。

 ここはサッカー部でもなければバスケ部でもない。ましてテニス部などというまさに青春ど真ん中のキラキラ青春部などでは決してない。

 ここは日々“強さ”に憧れ、日々厳しい鍛錬に粉骨砕身の思いで励むある種の聖域。もちろんそんな場所に甘えなど存在せず、ここにいるのはそんな厳しい練習に耐え、己の弱さを克服しようと拳を握る猛者たちのみ。

 端的に言えば、見渡す限り男男男男……。

 むさ苦しい男ばかりが汗だくになって毎日毎日厳しい練習を行っているという俺にとっては正気を疑う地獄の空間。もちろんそれには理由があり、ここは男子の武道系の部が集まっている体育館で、女子の武道系の部はまた別の体育館で練習を行っているのだそうだが、それはそれとしてこの体育館内には俺達育才部と村崎さんを除いて男しかいない。……今の言い方だと俺も女の子になってしまいそうなので俺以外の育才部と訂正しておく。

 つまり、この体育館内において俺達(俺以外の女子たち)はあまりにも目立ちすぎたのだ。


「な、なあ女子がいるぞ」

「マジだ。なんでここに女子が」

「ああ、ついに俺にも幻覚が……っ。……幻覚なら告白してもフラれないかな?」

「うわっ、しかも三人ともすげえレベル高いな。どうする? ダメもとでマネージャーに誘ってみるか?」

「いやでもわりと可能性あんじゃねえか? 少なくとも何かの目的でこの体育館に来てるわけだし」

「何かの目的って……たとえば?」

「そりゃお前……」

「「「ゴクリ」」」

「おいっ! お前ら練習中だぞ! もっと気合いれてやれよ‼(チラ)」

「えいっ! たあっ! わっちゃあああああ‼(チラチラ)」

「視えるっ……視えるぞ! そして感じる! 我が深淵を覗いたとき、我を覗く深淵の気配が‼」

「俺の三年間の血と汗と涙とそしてゴミ箱のティッシュの山は今のこの瞬間のためだったんだ‼ かかってこい! 今の俺は最強だ! 童貞どもには止められねえぜ!」


 そんなクソみたいな会話が至る所から聞こえてくる。


「不愉快極まりないわね。いるだけで怖気おぞけが立つわ」


 不機嫌さを隠そうともしない一ノ瀬が、自分の身体を抱くようにして周囲を睨みつける。


「な、なんだか会話の意味は分かりませんが、ちょっと怖いです」


 そんな一ノ瀬とは対照的に、小動物のように身を縮こまらせた皇は俺の後ろに身を隠すようにして周囲の視線から逃れようとする。

 皇の声に小さくコクコクと頷いた村崎さんは俺のカッターシャツの裾をぎゅっと握りしめ、けれど不安を悟られないよう顔には曖昧な笑みを張り付けている。

 いやまあ気持ちは分からんでもないが、でも男なんて大体こんなもんですよ? まあ、俺に男友達なんて鈴宮くらいしかいないからよく分からんが。けれどトイレでふと会話を盗み聞きしたり狸寝入りしているときに話しているのを聞いたりしてきた限りではそんなもんだろう。

 だからどうか三人には、ここは広い心で「もう、男子ってホントバカ~」くらいに思っておいてもらいたいものだ。


「よし、とりあえず全員俺が相手だ。ぶっ殺してやる!」

「「「っ!」」」


 おっといけない。

 ついついまったく違う言葉が出てしまった。思わず口を突いて出た本音に、三人がぎょっとする。

 思いのほか漏れ出た本音に殺気が含まれていたせいか、それまでどこか緊張気味だった三人は緊張も忘れて、慌てて俺を止めようと俺の行く手を阻むように前に出る。


「まっ、待ちなさい! 確かに不愉快極まりないし正直駆除した方がいいと私も思うけれど、流石にそれは気が引けるわ」

「そ、そうですよ九十九さん! いったん落ち着きましょう! 人間話し合いって大切だと思います!」

「怪我しているんですから、あまり無理をしてはだめですよ!」


 おかしいな。俺は普段から清廉潔白。左の頬をぶたれたら右の頬も差し出しなさいの精神で生きている暴力とは無縁の人格者のはずだ。

 少なくともこいつらの前で誰かに暴力を振るったことなんて一度もないはずだが、なぜこうもみんなの目が確信に満ちているのか。え? 俺ってそんな風に見られてたの? クズでニートで暴力常習者とかヤバすぎだろそいつ。そんなやつに絶対こいつら近づけたくないんだけど。


 ……なあんかもーいろいろ、どうでも良くなってきました。


 そんな風に俺が軽く進路希望に来世では頑張ります!という決意表明を書こうかと考え始めていると、ふと周囲の視線が薄くなったような気がした。

 周囲を観察してみると、俺の殺気を感じ取ったのか、周囲の男子たちはさきほどまでの浮ついた様子からは一変して誰もこちらに視線を向けようとしない。


「……いや、流石に冗談だ。というか本気で俺がやると思ったのか? 村崎さんだけだぞ、俺の怪我を気遣ってくれたのは」


 予想以上の反応に、俺は殺気を解いて冗談交じりにへらりと言う。


「あなたならやりかねないもの。……正直、本気であなたが実行していたら止められる気がしないわ」

「どちらかというと九十九さんの方が恐かったです」


 ……ううっ。

 思わず変なうなり声みたいなものが出た。どうでもいいけど、女の子に怖いとか言われるのって思いのほか傷つくものなんだな。大体の感情が上辺うわべだけの俺だが、今のはちょっと本気で心が重たくなった。


「すみません」


 思いのほか真に迫った二人の表情に、さすがに申し訳なくなって頭を下げた。ちょっと今度から自重しようと思う。……俺も耐えられそうにないし。

 俺たちがそんなやり取りをしていると、当たり前だがとても目立つ。

 一ノ瀬達だけでもかなり目立っていたのに、今ではこの体育館内のほぼすべての人間に認知されてしまっている。不思議なことに誰もこちらに視線を向けようとはしないが。


「九十九君⁉ どうしてみんながここに……」


 そう言って驚いた表情で駆け寄ってきたのは、現在俺たちの依頼主である矢渡やわたり先輩その人だった。



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