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初めての友達、の形

 放課後。俺はまたあの特別教室棟の四階を訪れていた。

 育才部の部室という名目の空き教室の前にたどり着いた俺は、若干緊張しつつドアを開ける。

 授業が終わってすぐに教室を出て、その足でここまで来てしまったのでまだ一ノ瀬も来ていないだろうと思っていたが、どうやらそんなこともないらしい。

 一ノ瀬は昨日と同様、ホワイトボードの前に二つ並べられた長机の真ん中に座って優雅に本を読んでいた。さすが雅ちゃん。優雅と言う言葉がとても似合うね。

 ちなみに、この部屋の構造は他の教室とは少し異なり、廊下の一番奥の入り口から入って奥に、いま一ノ瀬が座っている机と椅子がこちらを向いて並べられている。一つの長机に四つ椅子があり、まるで面接のような机の位置だ。相談を受けたりすると言っていたからそうなっているのだろうが、ドアを開けてすぐ部員たちに一斉に視線を向けられる来訪者はさぞかし入りづらいことだろう。事実、今日から部員であるはずの俺でさえ、今も俺を完全に無視して読書を続ける一ノ瀬を見ていると声をかけるのをためらってしまう。

 このまま扉の前に立ち尽くしているわけにもいかないので、とりあえず俺は一ノ瀬が座る長椅子の右端に腰かける。

 ………気まずい。

 昨日は先生がいたから特に何も感じなかったが、いざこいつと二人きりになると一体何を話せばいいのか分からない。いやまあ俺の場合、一ノ瀬だけじゃなく誰と一緒になっても変わらず気まずいとは思うが。


「ああ……一ノ瀬…さん? その、お疲れ様です」

「…………」


 俺は困ったらとりあえず『お疲れ』と言っておけばいいというまなみ先生の助言を思い出し、さっそく試してみるが、一ノ瀬からの反応はない。

 お~い、まなみせんせー話が違うじゃないですか。というかそれってそれなりに親しい相手のときの対処法だよね? そもそも最初から嫌われている俺には意味ないじゃん!


「えっと……。というかお前、いつ教室出てんだよ? 俺、授業終わってすぐに教室出てここまで来たけど、それより早いってどういうことだ? さてはお前サボりか? まったく、サボりはいけませんよサボりは。サボってばかりいたらボサっとしてばかりの人間になって、髪の毛もボサボサになっちまうよ。……ってそんなことあるかーい! ハハハ……ハ」


 俺はめげずに今度は饒舌に話しかける。話せば話すほど胸が苦しくなってくるのはなぜだろう? 不整脈かな。高血圧を疑うべきだろうか。


「……はあ」


 すると、俺の渾身のギャグが通じたのか、一ノ瀬は心底面倒だという様子で小さくため息を吐くと、先ほどまで読んでいた本に栞を挟んでこちらに目を向けた。


「私はここの合鍵を預かっているから、一々職員室に取りに行かなくていいのよ。それに授業が終わって支度しているようじゃまだまだね。私はいつも挨拶と同時に教室から出ているわ」

「マジかよ。何でそんなに早く教室から出たいのかは分からないが、その熱意は伝わった。というか、それはいいけど、何でさっきから俺を無視し続けるんだよ。俺のコミュ障をなめるなよ? とてもじゃないが自分から話しかける勇気なんてないぞ」

「あら、その割にはさっきから私に話しかけてきたじゃない。とても鬱陶しかったわ。だいたい、私はあなたを無視なんてしていないわよ? 無視と言うのは気づいている相手をいない者として扱うことでしょう? そもそも私はあなたの存在に気づいていなかったのだから、無視なんてしていないわ」

「もっと悪いじゃねえか‼ 何? 俺ってそんなに影薄いかな? わりとどこいっても結構目立つって言われるんだけど」


 勿論それは悪目立ちだが。

 俺はこの赤い目もしかり、容姿だけはメチャクチャ整っているからな。大体どこに行っても始めのうちは好意的に接してもらえるのだ。けれど口を開くとそれが一変してしまう。どうしてだろうな?

 この前なんて、ドラッグストアでついさっきまでニコニコしながら会計してくれていたお姉さんに生理用品の使い方を聞いたら、セクハラで訴えられそうになった。家のストックが少なくなったとまなみが言っていたのを聞いていたので、ついでに買っておこうと思い、「ローリング~ストック~♪」と口ずさみながら買おうとしただけなのだが、会計の時に店員さんに顔をしかめられ、「こちらの商品でお間違いないでしょうか?」と尋ねられたので、「はい間違いありません。でももしかしたら勘違いしているかもしれないので、念のため使い方を教えてくれますか?」と、ちょっとしたユーモアのつもりで言ってみたら、思いのほか目が笑っておらず、後ろに並んでいた客から悲鳴が上がって――

 知見の道はどんなときも茨の道である。


「あなたがどれだけ目立っていようと、私があなたを見たくないと思ったら気づかないのよ。無意識にあなたが視界に映らないように瞬きしているのかもしれないわ。どうやらカエサルの言っていることは正しかったようね」

「微妙に博識なところがムカつくが……はあ、もういいよ」


 俺はこれ以上この話を続けると更にメンタルをゴリゴリに削られそうなので、あきらめて負けを認める。


「でもこれからは毎日俺もこの教室に通うことになるんだぞ? そしたら嫌でも視界に入ることになるが、それはいいのか?」

「そうね、その時は私が目を失うかあなたが命を失うかのどちらかしかないわね」

「ごめんなさい。仲良くしてください!」

「フフ、ええ、仲良くしましょう」


 その笑顔はまるで芸術品のように美しいのだが、仲良くできる気は全くしなかった。


「と、そういえばこれ、入部届。今朝職員室行ったら、顧問がいないから部長のお前に渡しとけって言われたんだけど」


 俺は財布(所持金三百円)と適当なファイルしか入っていない鞄の中から、今朝書いた入部届を取り出して一ノ瀬に渡す。


「ええ、そういえばそろそろこの部の顧問も探さないといけないわね。まあ、とりあえずそれは私が預かっておくわ。三か月だけだけれど、よろしく」

「三か月後にまた考えるんじゃなかったのか?」

「あなたのことを認められたらと言ったでしょ? もしそうでないのならその時点でクビよ」

「ブラック企業にも程があるだろ⁉ 労働基準法って知ってる? ストライキするぞ!」

「ええ、雇用主は従業員を解雇する場合、三十日前までに予告する必要がある。今は三か月前だから別に問題ないじゃない」

「いや、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、労働者を辞めさせることはできないってあるんだけど」

「……何故そんなに細かく知っているのかしら? どうせあなたは将来社畜として馬車馬のように働かされるのだから、そんなことを知っていても意味ないでしょう? だいたい、あなたが私に認められればいいだけの話よ。簡単でしょう?」


 何故か俺の将来がとても悲惨なことになっているが、ここはスルーする。反論できる理由も無いうえに、自分でもちょっとそんな未来が想像できてしまう不思議。スルーしたかったな。


「それはそうなんだけど。お前、俺のこと嫌いだろ?」

「ええ、嫌いよ」


 即答だった。


「そう、そうなんだよ。お前は俺が嫌いなんだよ。でだ。俺はそんな奴に一体どうやって気に入られればいいんだ?」


 なぜだか言っていてとても胸が苦しくなってきた。あれ? 室内なのになんで雨が降ってんだ? 雨漏りかな? 老朽化が心配だ。……ここ、結構な新設校なんだよな。


「別に私があなたを気に入る必要なんてないわ。私はあなたが本気かどうかを知りたいだけだもの。本気でこの部活動がしたいのなら、私は文句なんて言わないわ」

「……まあいいか。じゃあ、まあせいぜい俺もお前に認めてもらえるように頑張るとするさ」

「フフ、ええ、せいぜい頑張るのね」


 俺の言葉に一ノ瀬は少し顔をほころばせた。言葉とは裏腹に、その声音は何故か少し弾んでいるように感じる。何このこいつの強者感? 戦闘民族なの?


「何にせよ、これから忙し」


 コンコンコン

 突如、俺の話を遮るように教室のドアがノックされた。


「「…………」」


 互いに顔を見合わせる俺たち。

 今日は俺以外に誰か来るなんて聞いていない。ひょっとすると相談とやらをしに来た生徒だろうか? どっちにしろ、俺は今日が人生初の部活動だ。まずは先輩である一ノ瀬のやり方に任せよう。

 そう思い、俺は特に返事をすることなく黙って待つことにした。

 だが、一ノ瀬はさっきから視線をさまよわせるばかりで一向に動こうとしない。


 コンコンコン


 俺たちが返事をしないでいると、もう一度ドアがノックされた。


「おい、一ノ瀬。お客さんじゃないのか?」


 あまり待たせるのも悪いと思い、俺は一ノ瀬に返事を促す。


「え、ええ、そうね。お客さんね」


 コンコンコン


「おい、一ノ瀬」

「…………」


 もう一度ノックされるも、未だに一ノ瀬は返事をしない。


「早く返事してやらないと帰っちまうって………ああっ、もうっ。――はーい、開いてますよ」


 流石にこれ以上待たせるわけにもいかないので、代わりに俺が返事をする。

 ふと一ノ瀬を見ると、若干安心したように息を吐いていた。

 不思議に思いながらも、今はそれより来客だ。

 俺の返事が聞こえたようで、少し戸惑いがちに教室のドアがゆっくりと開けられた。

 入ってきたのは女子生徒。彼女は俺と目が合うと、ふっと緊張がとけたように、安心したように微笑んで、馴れ馴れしく口を開いた。


「失礼します。ここが『育才部』だと聞いたのですがあっていますか? 変わった名前の後輩さん」



 *



 その丁寧な物言いと目の下の泣き黒子には見覚えがあった。というかほんの数時間前に見たばかりだ。


「そういうお前はキラキラネームのキララちゃんじゃないか。どうしたんだ? 流れ星を観たいとかいう相談ならこの鏡を貸してやってもいいぞ」

「ああっ、ちょっと⁉ 人前でキラキラネタはやめてください! 友達同士の『いじり』というものに憧れていたので少し言ってみたかっただけなんです!」


 さっきまでの余裕のあるお姉さん風な雰囲気は一変。あわあわと薄い胸の前で手を振る姿はとても愛らしい。


「だから俺もいじり返してやっただろ? 名前ネタっていう『いじり』で」

「えっ、もしかして今のってそういうことだったんですか? なるほど、これが友達なら当たり前に行っているという『いじり合い』ですか。……フフ……フフフ……エヘヘへへ」


 俺が適当に丸め込むと、彼女は嬉しそうに、さっきまでフリフリしていた手を口元に当てて必死にニヤニヤを隠している。……まさかこんなに喜ばれるとは思わなかった。

 チョロい、チョロすぎる。そして何故かは分からないが、さっきからとても胸が痛い。別に俺は悪いことはしていないはずだが? ……とりあえず今度、こいつに友達なら当たり前にするという『奢りあい』と言って、ジュースでも奢らせてやろう。


「というか、俺たちって“友達”なのか?」

「エヘヘ、エヘエへ……え? ~~~っ! ちっ、違うんですか⁉ す、すみません。私、こんなに親しく話した人初めてでつい。すみません、ほんと私こういうこと分からなくて、あの」


 俺の問いに何を勘違いしたのか、皇は先ほどまでの満ち溢れていた幸せハッピーオーラを完全に霧散させ、真っ青な顔で必死に頭を下げる。その美しい瞳からは今にも涙のダムが決壊寸前だ。


「お、おい、何勘違いしてんだ? 別に俺は『ええ~、いつから私たちが友達って思ってたの~? そんなわけないじゃん……ププッ……マジウケるんだけど~』みたいなことを言いたかったわけじゃない。俺はただ俺なんかを友達と言ってくれたのが信じられなかったから、勘違いしないで済むように確認したかっただけだ」

「……へ? ほ、ほんと? ほんとにそれだけっ? もう私嫌()だよ? 勘違いするの。ほんとに信じていいんだよね?」

「あ、ああ。……その、悪かったな、勘違いさせて。俺も今まで友達なんていたことなかったから、こういうのはよく分からないんだ」

「や、やたーっ‼ 友達、友達ができたよ~~~っ」


 いつもの丁寧な口調ではなくなっているが、素はこんな感じなのだろうか? なんかこれはこれで可愛いな。

 さっきまで泣きそうな顔をしていたくせに、今ではそれが嘘のように顔いっぱいに笑顔を浮かべている。まあ、結局泣いてんだけどな。……というか俺めっちゃ女の子泣かしてないか? やべえ、そのうち誰かに刺されるかもしれない。流石の俺も首でヨットデートするのは勘弁だ。


「そうだな。良かったな、キララちゃん。とりあえずこれでその涙と鼻水は拭いてくれ。いつまでも男の前で女の子が泣いていたら、俺がとんでもない最低男だって思われそうだ」

「あ、ありがとうございます。って、キララちゃんはやめてって言ってるじゃないですか!」

「皇、()()なら名前で呼び合うのが当たり前だ。だからお前の()()である俺がお前をキララちゃんと呼んだって何もおかしくはない。いやむしろそうするべきだとさえいえる」

「――っ‼ な、なるほど、そうなんですね。……分かりました。少し恥ずかしいですが我慢します。………エヘヘ」


 何故か、さっきからずっと胸が痛くて仕方がない。やだ何これ? これが恋なの? これが愛なら愛などいらない。……いや、違うな。うん。きっと俺なんかと友達になっただけでこんなに嬉しそうにしている皇の純粋(ピュア)な心を何者かによって汚されていることへの、許しがたい怒りだろう。まったく、許せないやつだな。ふと手元に目をやると、さっき皇に渡そうとした鏡には俺の真っ赤な瞳が映っていた。……うん、友達は大切にしよう。


「ま、まあ、これで俺とお前は晴れて友人だ。よろしくな」

「はい! 不束者ではございますが、どうか末永くよろしくお願いいたします」


 そう言って皇は深々と頭を下げる。母さんの前で三つ指ついている皇を見る日も近そうだ。


「お、おう。まあ、うん。……それで、本題に入るけど一体何の用があってここに来たんだ?」

「? ……ああ、そうでしたそうでした。私、一ノ瀬さんに用事があってここに来たんです」

「お前。今完全に忘れてただろ。鳥か?」


 毎年夏にやってるコンテストの優勝候補だな。……鳥人間ってそういう意味だったか?


「し、仕方ないじゃないですか! 人生で初めて友達ができたんです。そのことが衝撃的すぎて他のことはもうどうでもよくなってしまったんですよ! そうです、つまりこの原因はあなたにもあると言えます。『友達』ですから」

「アホか。友達だからってお前の知能が低いのをどうこうしてやることなんてできるわけないだろ。……いや、でもそうか。お前も初めての友達なのか。というかいいのか? 大事な初めての相手が俺で」

「? 何を言っているんですか? さっきから言っていますが、あなたがいいんです。私の初めての相手は九十九さんしかいません」

「ッ――そ、そうか。それはその、……ありがとう」


 その真っすぐな言葉に、俺は何と言っていいのか分からず曖昧に答えた。

 というか高校一年生にもなる俺たちが揃って初めての友達デビューとは……。

 ふと、その目を赤く腫らした顔を見ていると、一瞬何か思いだしそうな気がした。だがいくら考えても答えは出ない。おかしいな。俺は記憶力はすこぶるいいのだが、こんな経験は初めてだ。まあ、そのうち思い出すだろう。

 そんなことより、「初めての相手」とか「あなたがいい」とかって言葉だけ聞くと物凄くいかがわしい意味に聞こえちゃうな。皇はそんなこと考えてもいないのだろうが、如何せん、せっかくの感動もそんなことを考えて台無しにしてしまう俺の脳みそが恨めしい。


「ところで皇。お前、一ノ瀬に用事があるって言ってたけど、いったい何の用事なんだ?」

「ああ、えっとその」


 俺の問いかけに、何故か皇は口ごもる。そしてその視線を俺の左隣に向けた。俺もつられてそちらを見ると、一ノ瀬はまた手元に視線を移して、さっきの本を読んでいる。

 そういえば、先ほどから一ノ瀬は一言も発していないな。


「おい、一ノ瀬。せっかく客が来たんだから本読むのは一旦置いとけよ。……ああ、そうか。ごめんな、俺たちが青春イベント満喫してたから気まずかったよな? よし、それならこれからはお前も一緒に青春しよう。青春ハーレムイチャイチャラブコメみたいな。俺、頑張って鈍感系主人公になるよ。だから二人とも俺をゲットしようと頑張ってくれ」

「「…………」」


 俺がいつもの調子でからかうように言うと、何故か二人ともこちらに冷やかな視線を向けていた。

 なんだろう。似ているなとは思っていたが、やっぱりこの絶対零度の視線は瓜二つだ。血のつながりもないのに不思議なものだな。というか、一人でさえ冷え冷えするような怖~い視線を×2で受けてしまったら、これはもうほんとに何かに目覚めそうだ。いや~、ある意味もっと怖くなってきちゃったよ。ハ、ハ、ハ。


「そ、それで、一ノ瀬。聞いてたとは思うが、皇はお前に用事があるんだとよ。部活の相談かは分からないが、とりあえず聞くだけ聞いてやってほしい。友達だからな」


 先ほどのマイナス分を取り戻そうと、あえて『友達』という言葉を強調して言う。


「つ、九十九さん。……ありがとうございます。……あの、それでですね、一ノ瀬さん。プライベートのことで相談したいことがありまして。先生方に伺った話によると、この部は困った生徒を助けてくれる、いわゆる何でも屋みたいなものなんですよね? 本当に個人ごとになるのですが、相談してもよろしいのでしょうか?」

「……まあ、プライベートのことでも部活動としての相談と言うのなら聞かないわけにはいかないわね。けれど、その解釈には語弊があるわ。私たちはあくまでも生徒。常識の範囲で出来ることはするけれど、お金を貸してほしいなんていう話は論外よ?」

「い、いえ、そんなことではありません。私が手伝ってほしいのは……その」


 そう言って、皇は何か言いにくそうにこちらをチラチラ見てくる。

 ああ、そういうことか。


「分かったよ。俺は適当に外出てるから、終わったら連絡してくれ」


 俺は分かっているとばかりに軽く片手を挙げて席を立つ。そして後ろを向くことなく教室のドアまでゆっくりと歩いて行く。

 見よ、この余裕。この気配り。出来る男は相手に言われる前に行動するものなのだ。これはあれだな。流石の一ノ瀬もちょっとときめいちゃってるんじゃないか?


「ええ、それはいいのだけれど。いったい誰が連絡するの?」

 …………。

「……あ」


 一ノ瀬に言われて、今まさに教室のドアを引こうとしていた俺の手はピタリと止まった。

 ポケットから取り出したスマホの連絡アプリを開いて友達の数を確認すると……三人。……別に悲しくなんてない。母さんも姉さんも妹も皆美人だから、いわば女子の連絡先を三つも持っていると言っても何ら問題はない。ああ~、俺青春してるわ~。……でも連絡取りあってるのって実質まなみ一人なんだよね。その割に通知の数は三十件近くある。そのすべてがまなみというところに超えちゃいけない妹の愛を感じる今日この頃です。


「あの、お嬢さん方。どちらか僕と連絡先を交換してはくださいませんかね?」


 俺は先ほど優雅に歩いてきた道をそそくさと引き返すと、腰を低~くして頼み込む。


「私は嫌よ。もし四六時中呪いのメッセージを送り続けられてもいいと言うのならかまわないけど」


 何それ怖い。もしかしてこいつなりの愛情表現なのか? もしそうなら過激すぎんだろ。 というか、そんなんでこいつと連絡先交換する奴なんていんの? いたら相当な『漢』だな。つまりMAN。……M男。


「すみません。皇さん、お願いします」

「ええ、かまいませんよ。その、……友達、ですから」

「っ……私も別に、だめというわけでは」

「おお、悪いな。そんじゃあ、はいこれ。QRコードって便利だよな。……ん? 何か言ったか一ノ瀬?」

「……べつに、何でもないわ。あなたと連絡先を交換させられて可哀想だと言っただけよ」

「そうか、確かに。わるいな、皇」

「い、いえ、私は嬉しいですよ。私も連絡先少ないですし。それに九十九さんは友達ですから、いつか交換したいと思っていました」


 そういえばさっきチラッと見えた皇のスマホの画面に映っていた数は……一人。まさか俺より少ないとは。


「そうだな。その、俺も……嬉しい」

「っ…は、はい、それはその、……ありがとうございます」


 こういうときはこう言うものなのだと思い、俺が言うと、皇は少し照れたようにぼそぼそとお礼を言う。

 うん、照れてる美少女はとても可愛いな。いつまでも見ていられる。


「…………」


 と、俺が瞼で心のシャッターを何枚も切っていると、一ノ瀬が何か言いたそうにこちらを見ていた。

 なんだろう。その表情にはどこか見覚えがある。そう、あれは確か昔、まなみがダイエットすると言い出した時に、俺が小遣い全額つぎ込んで買ってきたあいつの大好物である苺大福をこれ見よがしに食べまくった時に見た表情だ。

 そのことを思い出した途端、俺はピーンッと来た。毎週土曜によく見るやつ。まさにあれだ。


「ああ……その、なんだ。一ノ瀬。俺と交換するのが嫌なのはよく分かったが、皇はどうだ?どうせなら連絡先知ってる方が相談も受けやすいだろ?」

「っ! ……ま、まあ、部活動と言うのなら仕方ないわね。ええ、別にこれといって私個人としてはどうでもいいけれど、ええ。……あの、皇さん。良かったら、その、連絡先を教えてもらえないかしら?」


 なんだこいつ、コミュ障か? まあ、俺が言えた義理ではないが。

 そういえばさっき皇が教室のドアをノックした時も大分様子がおかしかったな。思い返せば昨日、俺たちが来た時も、いくらノックしてもこいつは返事をしなかった。これはもしかするともしかするのかもしれない。というか、ほとんどもしかするな。

 と、俺が心の中で『実は一ノ瀬雅コミュ障説』を考察していると、嬉しそうな、それでいて驚いたような声でその思考は遮られた。


「え⁉ い、いいんですか⁉ ホントのホントですか? 後悔したりしませんか? 大丈夫です、今ならまだ間に合いますよ? 」

「え、ええ、まあ、あくまで部活動の一環だけれど、あなたが嫌でないのなら交換してくれると嬉しいわ」

「~~~っ‼ はいっ! よろしくお願いします! エヘヘ~、二人も連絡先が増えたよ~……フフフ……イヒ……エヘヘへ」


 緩み切った頬でニコニコしている皇は、今日見た中で一番幸せそうだ。


「……おい皇。嬉しそうなところ悪いが、いいのか? 一ノ瀬と連絡先交換したら四六時中呪いのメッセージが送られてくるらしいぞ?」


 俺の時よりもはるかに嬉しそうにしている皇を見ていると何だか少し意地悪してやりたい衝動に駆られ、俺はまたしても余計なことを口走る。


「ちょっ、ちょっとあなたっ、あんなの冗談に決まっているでしょう! 余計なこと言わないでちょうだい。何? そんなに初めてできたお友達を取られるのが悔しいの?」


 珍しく一ノ瀬は焦ったように言う。おやおや、もしやこれがうわさに聞くツンデレと言うやつなのだろうか? うん、これはなかなか悪くない。


「お、お友達⁉ 私たちってお友達なんですか⁉ ど、どうしましょう九十九さん。私、今日二人もお友達ができました。やばいです。もうホントやばいです。ああ、わが生涯に一片の悔いなし」


 皇はそう言うと、頭を押さえてよろめいた。


「おい、大丈夫か? 大分語彙力死んじゃってるけど」


 俺が呼びかけても皇は、


「友達が一人、友達が二人、友達が三人………クフッ、エヘ……エヘヘへ……友達が~」


 と、焦点の合わない目で虚空を見つめながらふらつくばかりで、正気を取り戻すには少し時間がかかりそうだ。というか落ち着け。お前に友達は三人もいない。数が一つ増えるごとに不思議と胸のあたりが苦しくなる。切なすぎるな。


「も、もういいでしょう! それよりも早く交換してもらえないかしら」

「はっ⁉ そ、そうでした。ええ、ではまず一ノ瀬さんの携帯をお借り出来ますか?」

「はい、これね」


 そう言って一ノ瀬が取り出したのは――ガラパゴス携帯。所謂ガラケーと言われるものだ。

 まさかインターネット普及率が九割に迫ろうとしている現代で、その一番のユーザー層と言っても過言ではない女子高校生がスマホではなくガラケーとは。ちなみに何故ガラパゴス携帯なのかと言うと、日本国内で販売されていた往来型携帯電話が企業のスッペク競争により独自の進化を遂げ、それがガラパゴス諸島の生物が進化した様子と似ていることからそういう名称になったそうだ。まあ、今では「ガラケー」と言う言葉自体が死語と呼ばれるほどだから、ここ数年間でどれだけスマートフォンが主流になったのかが容易に窺える。というか、ガラケーってまだ売ってるのか?(2025年でギリ)


「何かしら?」


 俺たちの様子に一ノ瀬は怪訝な顔で首を傾げる。

 言われて、皇は慌てたように途中で止まっていた手を伸ばして一ノ瀬から携帯を受け取った。


「い、いえ、あの、今時ガラケーなんて珍しいですね?」

「そうかしら? どうせ連絡手段としてしか利用しないのだから、これで十分よ」

「……ん? お前に連絡を取る相手なんているのか?」


 俺は気になったことをそのまま言葉にする。あ、やべ。

 瞬間、一ノ瀬の鋭い目がギロリとこちらに向けられた。


「ええ、少なくともあなたよりはいるわ。父に姉に……母、それから……」


 得意げに数えだした一ノ瀬だが、家族の名前を言いつくしたところで止まってしまった。

 これはあれだろうか? 俺や皇と同じ……。


「な、何……? なんでそんな目で見て来るの? 変態……?」


 育才部。俺と一ノ瀬の連絡先すべて合わせて二桁いかないという衝撃の事実だ。



「で、できました一ノ瀬さん! 一ノ瀬さんのガラケーには私たちが利用している連絡用のアプリがなくて、登録の仕方も分からないので、メールアドレスを交換しておきました」


 先ほどまで両手に携帯電話を持っていじいじしていた皇が嬉しそうに言って、一ノ瀬にガラケーを返す。


「ええ、ありがとう。けれど、あまり連絡されても返信しないかもしれないけど、それは許してね。私、携帯電話なんてほとんど携帯していないから」

「はい、了解です。見てください九十九さん。私の真っ白だった連絡先が何ということでしょう。今では二人も増えています。ああ、リフォームして良かったです」


 皇は一ノ瀬に元気よく返事をすると、俺に意味不明なことを言って自慢してくる。


「ああ、そうだな。匠の仕事だな。それはそうと、そろそろ本題に入らないと時間なくなっちまうぞ」


 言って俺は一ノ瀬のちょうど後ろ、ホワイトボードの上にかかっている時計を見やる。それにつられて皇の視線も時計へと向けられた。時刻は十七時二十分。友達やら連絡先やらですっかり時間が過ぎてしまったようだ。


「そうですね。では一ノ瀬さん、聞いていただけますか?」

「ええ、それがこの部の活動だもの」


 言った二人の間には先ほどまでとは違い、どこか真剣な雰囲気があった。


「……それじゃあ俺は外出てるから、終わったら連絡してくれ」


 俺は返事を待たずにそのまま教室を出る。後は若い二人に任せて邪魔者は退散するとしよう。



 *



 向かうのは屋上。他の学校では今時屋上は立ち入り禁止にされていることが多いと聞くが、この学校は違う。

 すべての校舎の屋上には人が二人重なっても届かないであろう金網のフェンスが整備されていて、安全対策は万全。そのため雨の日以外なら大抵の場合、利用可能だ。自販機やベンチが設置されている場所まである。特に、屋上から見る中庭の景色は千紫万紅、壮観なもので、季節ごとに変わるその光景は俺の暗い青春のささやかな楽しみだ。

 それはそうと、ドラマや漫画の真似をして屋上で黄昏ることができるのだから、俺的にはこここそこの学校の一番の魅力だと思う。まあ、学校のパンフレットに屋上でカッコつけられます。なんならボッチ飯の適所多数確保しています、なんて書くわけにもいかないけどな。

 それに、この学校はそんなものより様々な魅力があるのは確かだ。

 その一つが特権制度。この学校で生徒会長を務めた生徒や学年主席の成績を一年以上収め続けた生徒、その他にも特権者であると認められるだけの学校への貢献を果たした生徒には、三年間の授業料免除に加えて、推薦大学の授業料半額負担という超太っ腹な制度がある。その分、それ以外の生徒の授業料は他の学校よりそれなりに割高ではあるのだが、それもまた弱肉強食の社会の縮図、教育の一部だ(性善説的解釈)。

 まあそんな制度、どのみち俺には関係のない話だ。

 もしも……と考えてみても、俺が得をする分、他に損をする人間がいるのは確かだ。俺がそれを受けられたとして、俺が受けなければそれを受けられた人がいる。必死に努力してそれを目指している人間を、俺がちょっとした気持ちで邪魔するわけにはいかない。

 何かがほしくてそれを手に入れる人間は、損をする人間に誇れる理由を持っていなければならない。魔王を討伐しに旅立つ勇者は、それに憧れる数多の村人たちよりも深く重たい信念がある。物語の主人公は必ず何か特別な過去を背負っている。

 それが他を蹴落として自分の望みを叶えることが許される資格であり、もしそれがないのなら、いくら力があろうとそれらを欲してはならない。理由がないのなら行動するべきではない。それが俺の思う誠実な人間の在るべき姿だ。

 俺は今まで数えきれないほど間違い続けてきた。

 記憶の片隅に、未だに色濃く残る涙の記憶。


 輝かしい舞台の上。スポットライトの光の下。俺が賞賛の拍手を受ける中、母親の腕の中ですすり泣き、そっと会場を後にする彼女の後ろ姿を。

 過度な練習で腫れ上がった真っ赤な指で、必死に涙を拭う彼の姿を。

 そんな彼らの背景には、数えきれないほどの努力があったのだろう。その小さな体には、背負いきれない程の大きな思いがあったのだろう。

 そんな彼らの努力を、思いを、未来を、繋がりを、メチャクチャに踏みにじったのは、なんてことはない―――俺だ。

 俺の薄っぺらい思いが、何も考えない行動が、一体どれほどの傷を彼らに与えてきたのだろう。どれだけの人間を傷つけてきたのだろう。


「……ハハ、そんな俺が、今更どうやって友達を大切に出来るんだろうな」


 言った俺の声は驚くほど冷たく、けれどどこか懐かしかった。

 腰かけたベンチはそんな俺の気持ちなど知ったことかとばかりに、いつもと変わらずそこにある。夜空を見上げてみても、やはり美しい三日月が薄っすらと浮かんでいるだけだ。

 どうしたって人は過去には戻れない。戻れるのは記憶の中だけで、俺たちはそれを思い出す度考える。


 今の自分は過去の自分と何が違うだろうか?

 何か変われたところがあるだろうか?

 また同じ過ちを繰り返してはいないだろうか?


 俺は今、教室で嫌われている。それはもう今日でこの学校に入学して二か月経つというのに、教室の誰一人として俺に話しかけてきたことがないということからも間違いない。 

 俺はあまり人を知らない。そして俺には人を壊すことは出来ても、幸福にすることはできない。俺と関わった人間は誰もが傷つく。けれど、俺にはその責任さえとることができない。

 だから、今のこの状況も俺にとっては好都合だ。向こうから関わることを避けられる分、俺が傷つけることはない。

 それは誠実な正しい在り方で、俺は一人であることで人を不幸にしないでいられる。それがあの日誓った俺なりの――……


 ――そう、思ってたんだけどな。


 ポケットからスマホを取り出して、先ほど皇と交換したメールのアプリを開く。そこには新しいお友達として、可愛らしい猫のアイコンとともに『キララ』の文字が追加されていた。


「……ふ」


 あれだけ恥ずかしそうにしていた名前だが、ちゃんと本名で登録しているようだ。その生真面目さに自然と頬が緩んだ。

 一人でいることが心地いいと思っていたはずなのに、気づいたら何故か『育才部』とかいう変わった部に入部していて、いつの間にか友達までできた。

 今まで傷つけてきたその責任を、誰かを助けることで償えるのではないかと思って入部したが、俺はうまくできているだろうか。

 まだ今日始まったばかりだが、この先、俺はあいつらを傷つけないでいられるだろうか。こんな俺を仮にだが入部させてくれた一ノ瀬を。こんな俺と友達になれたことを泣いて喜んでくれた皇を。俺はいつか笑顔にできるだろうか。

 ふと、そんなことを考えてしまう俺は、きっとまだ過去の俺と変われていないんだろう。

 口調も変えた。態度も変えた。行動も変えた。

 それでも俺は、また誰かを傷つける。


 いつか、俺は変われるだろうか?

 ……願わくば、その過程で彼女らを傷つけないでいられるようにと祈るばかりだ。


 見上げた空は先ほどよりも一層暗くて、ふと気づくと手元のスマホに着信を知らせる通知が表示されていた。

 時刻は十八時、もう戻ったら解散だろう。

 屋上を出る前、もう一度見上げた空にはやはり、変わらず美しい三日月が微笑んでいた。



 *



 教室に戻ると、そこには既に一ノ瀬の姿はなかった。さすが一ノ瀬。『私、定時で帰ります』を体現するとは。ゆとり世代の代表みたいなやつだな。そんなんだから老害どもに「最近の若い奴らは~」とか言って文句言われるんだぞ。あれほんと何なんだろうな? 俺の若いころはとか言われても、お前の若い頃など知らん。興味もなければ知りたくもないというものだ 。まあSNSで「最近の年寄りどもは~」って言って上司の悪口言ってる若者も大概だが。ほんとあいつら容赦ないからな。きっとこの世で最も怖いのは、匿名を盾にして言いたいこと言いまくる暇な人間だな。その言葉に責任がないのだから、何を言っても許されると思っている。ああ、怖い世の中になったものじゃの~。

 と、どうでもいい世代間ギャップとその狭間で生じる論争について考えてみるが、一ノ瀬の場合、仕事だけは誰よりもできそうなので余計困るな。あいつの上司になるのだけは願い下げだ。いやまあ俺がなれるわけもないが。未来のあいつの同僚、上司の皆様には多大なご迷惑をかけることだろうが、まあ、根は多分悪い奴ではないと思うので、どうか頑張ってもらいたい。


「あ、お帰りなさい。九十九さん」


 一ノ瀬の将来について不安を抱えていると、もう一人の不安の種であるところの皇が優しい声で出迎えてくれた。どうやら一ノ瀬と違い、皇は俺の帰りを待っていてくれたようだ。俺にお帰りなんて言ってくれるのは妹のまなみくらいしかいないから、なんだか新鮮な気分だ。


「ああ、ただいま。いやー、今日も一ノ瀬部長にさんざんいびられて大変だったよ。ちょっと発注ミスしたくらいであんなに怒らなくてもいいのにな?」

「それは大変でしたね。ではどうします? 先にお風呂に入りますか? それとも夕食? それとも――」

「ああ、もちろん………『わ・た・し』だ」

「っ⁉ そ、それは、その、まだ早いと言いますか、あの、ええと……///」


 俺が突然始めて新婚さんプレイに、皇は抵抗なく乗って来てくれた。それに調子に乗った俺は皇の手をそっと握って言ったのだが、皇は思いのほか動揺してしまい、顔を俯かせてもじもじしている。なんだろう。本当に新婚さんになった気分だ。……うん、悪くない。


「それはそうと、一ノ瀬はどうした? やっぱりもう帰ったのか?」

「え⁉ あ、ああ、はい。一ノ瀬さんならその時計が十八時ちょうどになった途端、『では、私は帰るわ。鍵はあの変なのに渡しておいていいから。それじゃあ、また明日』と言ってほんとに帰っちゃいました。これが渡された鍵です。窓なんかは二人で閉めておきました」


 一ノ瀬の真似なのだろうか? あまり似ていないが、これはこれで悪くない。

 皇は褒めてくださいと言わんばかりにどや顔で、一ノ瀬から預かったというこの部屋の鍵を手渡してくる。


「そうかそうか、それはえらいな。ああ、いい子だな~キララは。そんな良い子なキララちゃんにはほら、特別に頭をナデナデしてやろう」

「エヘヘ~、そうです、私頑張りました。上の窓とか背が届かなくてとっても大変だったんですからね――って、私は犬ではありません! なんですか⁉ 危うく騙されるところだったじゃないですか! 褒めるのなら言葉ではなく態度で示してください。同情するなら金をくれ、です!」


 憤慨している皇だが、普通これで騙されそうになる方がおかしいのではないだろうか?  一ノ瀬とは違った意味でこいつの将来も心配だ。

 というか、態度で示そうとしたからナデナデなのだが。今度からこいつを褒めるときは何かご褒美をあげてからナデナデしてやろう。……それはどこの風俗だ?


「分かった分かった。まあ、戸締りしてくれたのは助かったよ、ありがとうな。一ノ瀬はやっぱり帰ってたのか。まあそれは予想通りだな。じゃあ、そろそろ帰るか。もう遅い時間だし」

「はい、では帰りましょうか。……なんだかずるいですね、九十九さんは」

「ん? 何がだ?」

「いえ、別に何でもありませんよ」


 何故か少し拗ねている皇だが、別に怒っているわけではなさそうだ。まあ、どうせまた俺の悪口だろう。

 これだけ美少女たちに罵られまくる日常もなんだかそれはそれで悪くないと思っている俺は、もうほんとにダメなのかもしれない。


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