未来予想図、の形
「広い家ですね。今さらですけど良かったんですか? 一応、俺も男ですし。いえ、まあ俺は紳士ですから何も問題はありませんが。……もし誰かに見られて、生徒を家に連れ込んだって噂されると困るんじゃ」
「それはまあ………バレなければ問題ないだろう。今さらのような気もするし。今年の春に越してきたばかりなんだ。新築マンションらしいが、正直、独り身の私には少し広すぎるがな。大学時代の友人が不動産を起こして、ギリギリになってキャンセルが出たから住んでくれないかと頼まれてしまって。友人特権やらなにやらで格安で借りている。何もないところだが気にせずくつろいでくれ」
先生の家は最寄り駅から少し遠いが、なかなか広いマンションだった。七階建てマンションの五階。ちょうど北側を向いているので日当たりは微妙だが、周囲に高層ビルがないおかげかそこまで暗い印象は受けない。
1LDKの一人暮らし女性の部屋としては少し広めの間取り。
流石と言うべきかなんというか、普段はきっちりしているあの人が私生活ではちょっとポンコツでそういうところもギャップ萌え~……ということはなく、隅々まできちんと掃除が行き届いていた。
一人暮らしの女性の部屋に入るのは初めての経験だが、白と黒を基調とした部屋は全体的に清潔感があり、あまり生活感は感じられない。
ところどころに趣味のキャンプやら車やらの雑誌やグッズなどが置かれたスペースがあるが、インテリアとして部屋の雰囲気にマッチしている。
「言っておくが、そこの部屋には入らないでくれ。それ以外なら何をしてくれても構わない。一花も分かったな?」
リビングに続く廊下に面したドアを指さして言う先生。
入って右が洗面所、左が先生の寝室ということだろうか。プライベート空間を見られたくないという気持ちは誰でも同じようだ。
「はーい!」
「はーい!」
元気よく返事をする一花ちゃんに続いて俺も適当な返事を返す。「うむっ」と頷いた先生は「お茶でも出そう」とキッチンの方へと向かった。
「なにしてあそぶ?」
わくわくと胸の前で両の手を握りながら、期待したようなまなざしを向けてくる一花ちゃん。
「そうだな。何して遊びたい?」
遊びと言われても、この年の子供がどんな遊びを好むのかあまり詳しくない。
餅は餅屋に。何事もその道のプロに任せるのが一番だ。
俺に問われた一花ちゃんはまるで探偵が推理でもするように腕組みした右手を顎に当ててうーんうーんとうなっている。
そして「きめた‼」と元気よく手を挙げると、
「鬼ごっこ!」
「家の中じゃあちょっと無理だな。公園でならできたんだが。他の遊びを考えてくれ」
「それじゃあ……かくれんぼ!」
「うーん……、さすがにそれもちょっと厳しいかもな。他には?」
「けーどろ!」
「却下」
「サッカー!」
「無理だな」
「バスケット!」
「どんどんできる遊びから遠ざかっていってないか? それもちょっと難しいな」
あれもこれも却下却下とダメだしすると、一花ちゃんはやがてネタが尽きたのか「ええー」と拗ねたように頬をぷっくり膨らませる。
「なら何ならできるの~?」
「そう言われると何にもできないね、ごめんね。……そうだな。他にあるだろ? おままごととかなら部屋の中でもできるぞ」
無能でごめんねと謝ってみたが、このままではさすがに面目が立たないので代案を提案する。
「おままごと‼ いっくんそれさいよー‼」
無事俺の企画案は採用された。よかったよかった。これで俺も正社員への道が見えたのではないだろうか。
「じゃあ! いっくんは一花のおとうさんね! 一花は一花で……あっ、まおおばちゃんはお母さんやくっ!」
ちょうどキッチンの方から紅茶の入ったコップを載せたトレーを運んできた先生にも役が振られる。
突然言われて先生は、
「おばっ…! わっ、わたしはまだそんな年ではないぞ! 夏葉の方が一つ上だし、そもそもやつは結婚したのが――」
と、五才児相手に食って掛かっていた。若干涙目なのが痛ましい。……先生。
それからは一時、一花ちゃんが遊び疲れてうとうとし始めるまでの間、俺達は疑似家族となっておままごとに興じた。
「ほーら一花。パパがお小遣いをやるぞ~。それとボーナスが入ったから一花のほしいもの、なんだって買ってやるぞ~」
「わーいパパだいすきー! 一花、うぇでぃんぐどれす? がほしい‼」
「なっ! ど、どこでそんな言葉覚えて……。だっ、だめだだめだ! 一花にはまだ早い! お父さん結婚なんて認めないからな!」
「けっこん……? 一花まだけっこんなんてしないよ? 一花あの人みたいにきれいなカッコしてみたい!」
「あ……、ああ、なんだ。テレビの真似してドレスが着てみたかっただけか」
「まったく。いまから何の心配をしているんだか。……ふふ、こまったパパでちゅね~」
「うんっ! それに一花、おとなになったらパパとけっこんするもんっ!」
ズッキューン!
「あああああああああああああああっっ」
「ちょっ⁉ とつぜん絶叫するんじゃない! い、一花……、パパはママの旦那さんだから結婚はできないんだぞ?」
「ヤダ! なら一花、パパをおかあさんからもらうもん!」
「……なに? 私から妻の座を奪おうというのか? ……いくら娘でも、そんな身の程をわきまえない泥棒猫にはきつい教育が必要だな」
「ちょ、……せ、先生? これおままごとですよ? あの、目がマジすぎて一花ちゃん本気でビビってるんですが……」
「い、一花まけないもん! お、おばさんより若いおんなのこの方がパパもすきっていってたもん!」
「いちかさん? たしかに俺ならついうっかり言っちゃうこともあったかもしれないけど、流石に今日あったばかりの君にそんなこと言うとは思わないんだけど? どこでそんな言葉おぼえてくんの? ……てかあの、……二人とも、これ、おまま……」
なかなかリアルでスリリングでバイオレンスなおままごとだったが、父親のいない俺にとって、父親役をやるという機会はなかなか新鮮な時間だった。
*
「やっと眠ったか……。子を持つ母親というのは大変なのだな」
リビングの端に布団を敷いて一花ちゃんを寝かした後、先生は珍しく疲れた表情で言う。
「ははは……ですね」
それに俺は「そりゃ、あんだけムキになって食って掛かっていたら疲れますもんね」とは言えず、曖昧に頷く。
「腕のほうは大丈夫か? 一花にも激しく動き回るような遊びは控えるよう言ってはいるが」
「ええ、大丈夫ですよ。もう何日か経ちましたし、ほとんど動かせるくらいには治っているんで」
怪我をしてもう三日は経っている。医者のいいつけでは一週間は絶対安静だと言われているが、めんどうなので腕を固定していた三角巾などは昨日の夜寝る前に取ってしまった。だって、寝るときすげえ邪魔なんだもん! ……きもいね。ごめんね。
「木曜のホームルームで君の腕を見た時は驚いたぞ。理由を聞いても君は何も話してはくれないし」
少しだけ目を伏せて、寂しそうな顔をする。たしかにあの時はガチで先生目を見開いていたからな。心配かけて申し訳ない。
「いえ、ほんとにたいしたことないですし。こんなこといちいち人に言って心配してもらうのも気が引けます」
こんなくだらないことでいつまでも誰かの心を痛めさせるわけにはいかない。痛めているかは知らないが。
俺はなんでもないことを示すように大袈裟に腕を回して見せる。
そんな俺の様子を見て、先生もいくらか安心したようにほっと胸をなでおろした。
「そうか。君が無事ならなによりだ。……さて、もう一杯茶でも淹れよう。何がいい?」
気を取り直すように言ってソファから立ち上がる先生。
それに俺は「コーヒーをお願いします」と返す。
「インスタントしかないが構わないか? 我が家はアルコールの入っていないドリンクの常備が薄くてな」
構いませんよと返しつつ、あらためてキッチンに目をやると、おしゃれなキッチン台の上にはずらりと蒸留酒からなにからが並んでいた。綺麗な部屋の中で、そのエリアだけ異様な雰囲気を放っている。
そういえばメチャクチャ酒強いって言ってたな。
……だからって度数の高い順に並べていって、階級ごとにその酒を飲みたい気分をメモしておくのはどうなんだ? だいたいなんで30パーからしかないんだよ。マックスがドーバー(度数88% 日本製)っておかしいだろ。
貼り付けられた付箋に“爆発したいとき”と書かれているのを見て、この人はいったいどこへ向かっているのだろうと心配になった。




