隔たり(ギャップ)、の形
「……はあ。まったく、君は面倒ごとにことかかないな。楽しそうな人生で何よりだ」
左側の運転席に座る先生は、電話を終えたあと車のエアコンの温度を少し下げながら呆れたように言う。
外で長い事話し込むのは子供にはきついだろうということで、公園の駐車場に停めている先生の車へ移動した俺達。
「……出会い頭に担任にゲンコツされる人生のどこが楽しそうなんですか」
たんこぶになっていないかと後頭部をさすりながら、恨みがまし気な視線を向けてみる。
「休日に昼食を食べに出かけた帰り道で、自分が担任を務める男子生徒が幼女と二人きりで公園にいるのを見かけて、しかもその少女が大泣きしていたんだ。私がどれだけの覚悟をしたか。……責任をとって辞表届を出した後、君を正しい道に引き戻すために一生を費やするところまで考えたぞ」
ため息交じりに言いながら、可笑しそうに言う先生。
……重い。声や仕草は冗談交じりなのだが、妙にその目は本気の色をにじませている。そういうところですよ、先生が結婚できないの。
「いま失礼なことを考えなかったか? ……それにしても、まさか君がナンパした少女が私の姪っ子とは。世の中、狭いものだな」
窓に肘をついて頬杖つきながら、先生は俺と俺の膝の上に乗る少女に笑みを向ける。
「変な女にモテる自覚はありますが、流石に今回のはナンパじゃありませんよ。というかナンパも自分からしたことは一度もありませんし。……俺も驚きました。姪っ子ってことは先生、ごきょうだいがいたんですね」
電話越しに聞こえた声からして姉か妹だろう。
なんとなく一人っ子だと思っていたんだが。いやまあ、姉とか妹とかって感じじゃないからな。なんかこう……姐御? って感じだ。
「いや、正確には一花は私のいとこの娘で、姪っ子と言っても従姪のほうだ。と言ってももう長い事会っていないから、名前を聞くまで分からなかったがな。前に会った時はまだやっと歩けるくらいだったと思うが、子供の成長とは早いものだ」
感慨深げに言いながら、優しい目を俺と一花ちゃんに向ける先生。
先生の言う子供のなかに、きっと俺も入っているのだろう。
「年をとるほど時間が経つのが早いって言いますもんね。それで、その迷子の迷子のいとこさんはいつ一花ちゃんを迎えに来るんですか?」
「九十九。笑っていても泣いて過ごしても、誰にとっても平等に時は流れる。私の時間も君たちの時間も、決して値打ちなど付けられない限りないものだ。分かったな?」
花火のようにぱちぱちと瞬きを繰り返す目を見て、これ以上言うと先生が泣いてしまうと思った。
「で、ですね! さすが先生。言うことが深いですね! 俺も好きですよ、ミスチル」
「そ、そうだな。そうだろうとも。そのはずだ。そうでなければ困る。……そうだよな? ……いっ、いちかの母親だが、今、歯医者にいるらしい。二人で診察に行って、先に診察が終わった一花が待つのに飽きて勝手に先に帰ろうとして迷子になったんだそうだ。夏葉……一花の母親がそれに気づいて探し回っているところにちょうど私が電話をかけたというわけだ」
なるほど。まあ、子供ってじっとしてるのが苦手だからな。それにしてもこの年からその行動力はなかなかのものだ。将来が楽しみだな。
「子供の足でそう遠くまで行けるとは思えませんし、その歯医者ってのはここから近いんですか?」
「ああ、本当にここからすぐのところだ。夏葉も安心していたよ」
「それじゃあ俺たちはここでしばらく待ってればいいですかね? てか、俺いります?」
膝の上でかまってかまってと俺の服をひっぱったりしている一花ちゃんに飴玉を渡して好感度を稼ぐ。
「えー、つっくん帰っちゃうのー? 一花もっとあそびた~い~」
うぐっ……。
大きなくりくりお目目を潤ませながらそう上目遣いに見つめられると、なんだか俺が物凄く酷いことをしている気分になってくる。
「そう言わず、もし君がよければもう少し付き合ってもらえると助かるよ。聞くと夏葉もこのあと買い物や用事を済ませるつもりだったらしくてな。私も今日は一日暇を持て余しているし、その用事が終わるまで私の家で預かると伝えてしまった。とはいえ、私も小さな子供とどう接していいか分かりかねていてな。君に手伝ってもらえると助かるんだが……?」
薄く口元に笑みをにじませ、先生は「頼むよ?」とぱちりとウインクする。
ずるいな本当に。そんないいわけを用意してくれたら、断ることなどできないじゃないか。
たしかにそれなら仕方ない。俺は育才部なるおかしな部の下っ端だからな。
「分かりました。俺もどうせ暇してますし、乗り掛かった舟です。最後まで付き合いますよ」
「つっくん帰らないの? やったー‼」
「ふふ、そうか。助かるよ」
そう素直に礼を言われると何だか気恥ずかしいな。
思ったより変な一日になりそうだ。
「つっくん、アメちゃんもーいっこちょーだい!」
「人に頼みごとをするときは敬語だ天使。アメだけでいいのか? 他に欲しいものがあればお兄ちゃんが何でも買ってやるぞ?」
「やった♪ つっくんだいすきー」
「ははは、そうかそうか。先生、今すぐ銀行に向かってくれますか? あ、ATMじゃなくて窓口のある方で」
「まてまて落ち着け。君は何を言っているんだ? というか五才児に簡単にほだされるんじゃない……」
きゃっきゃと笑う一花ちゃんの頭を撫でながら、割と本気の目で先生に言うと、先生は呆れたようなこいつ大丈夫か?みたいな視線を向けてくる。
「はっ……! この年で男を弄ぶなんて……一花、……恐ろしい子」
「恐ろしいのは君の頭だ。いい加減、そろそろ出発していいかい? 私の相棒がしびれを切らしているんでね」
酷い言い草だ。戦慄する俺を無視して、先生は思わず見とれてしまうような仕草でサイドブレーキを下ろすと、ギアをセカンドに入れて出発の準備をする。
骨の芯に響く振動。四駆に入れているだけあってなかなかの音だ。
「ふっ。こいつも挨拶しているよ」
ニッと覗いた白い歯が俺を深い深い泥沼に落とした。あぶない……。俺が女子だったらどれだけ理不尽されてもいろんなものを貢ぎに貢いで、そのあげく最後には何も無くなって落ちるところまで落ちていくところだったぞ。
マニュアル、四駆、左ハンドル。ついでにいえばラングラー。
カッコいい女性の乗っている車のイメージをすべて兼ね備えたような、これ以上なく先生に似合う愛車だ。
「さ、出発だ」
轟音に似合わないスムーズで滑らかな出発。ノールックでシフトレバーに置いた手がばっちりのタイミングでギアチェンジし、マニュアル車とは思えない快適な運転だ。というかセカンドギアから出発するところがなんかもうカッコいい。べつに意味はないし、本当は1から始めた方が車のためにはいいのだが、そういうせっかちなところがなんだか先生らしくてカッコいい。……ただのファンだな。
普段タクシーくらいしか車に乗る機会がない俺にとって、他人の車に乗せてもらうというのはかなり貴重な機会だ。というかほぼ初めてなのではないだろうか。
助手席など数えるくらいしか乗らない上に、日本では珍しい左ハンドル。おまけに車高が高い分見える景色が普段と全然違う。
「わーっ、たっかーい! うるさーい!」
「ああっ。……いいな」
いつの間にか靴を脱いで後ろの席へ乗り移っていた一花ちゃんが楽しそうに騒いでいる。
それに俺も素直に頷いた。
「ふふ、君もそんな顔をすることがあるんだな。また一つ、君のことを知れた」
キュンキュンキュンキュン。
ギャルゲーならラブリーゲージがマックス突破してたぞ。ラブリーゲージってなんだ?
「……そんなもん知っても仕方ないと思いますけどね」
気恥ずかしさを誤魔化すように言って窓の外に視線を向ける。
「えー、そんなことないよ? 一花もつっくんのこと知りたい! 知りたい!」
んん……っ。
ずいっと後部座席から顔をのぞかせた一花ちゃんがニコニコ笑顔で言う。
それを得意げな顔で見ている先生がなんとも……。
「俺の名前は九十九万才。銀河の果てからやって来た戦闘民族で、愛と勇気のために戦うみんなのヒーローだ。変身したら体長は40メートルある。得意技はお尻パンチだ」
「「……?」」
グフ……っ。
そんな「はあ? 何言ってんだこいつ?」みたいな反応をされると俺も困るんだが。
「先生、これがジェネレーションギャップってやつですかね」
「……いや、君はどの世代の人間とも隔たりがあると思うが」
「つっくん何言ってんのー?」
なかなか辛辣な二人の言葉を聞き流しながら思った。
ひとりだけ。その隔たりがなかった人がいたんだけどな。




