華さんからの依頼、の形
「久しぶりだねー、九十九君。最近ぜんぜん会ってくれないから、お姉さん寂しかったなー」
「…………」
あの後。委員会が終わってみんなが席を立つ中、俺もその波に紛れてそっと部屋を出たい衝動に駆られたが、周囲から向けられる様々な感情を含んだ視線がそれを許してはくれず、何よりも華さんから向けられるあの人にそっくりな微笑が俺に逃げ場がないことを教えてくれた。
「できれば俺はあんまり会いたくなかったですけどね。美人は見てるのはいいんですが、関わると大抵ろくなことがないって相場は決まってますんで」
「あっははは、さっすが弟くん♪ ほんとそういうところ、わたし好きだなー」
俺が言うと、華さんは何がそんなに面白いのかケラケラと指をさして笑う。どうでもいいけど、人に好きとかいうときはそんな棒読みはやめてほしい。
「俺も美人なお姉さんは大好きですよ。……周りのお姉さま方が怖いんでこれ以上は黙っておきますが」
「あははっ、ほんと麗華ちゃんはブラコンだね~。飛鳥ちゃんもブラコンだし、生徒会ってブラコンばっかりなんだね?」
委員会で華さんが好き勝手しだしてからずっと不機嫌な姉さんは先ほどからずっと俺に鋭い視線を向けている。え? オレ? 俺に向けるの?
「……いい加減にしなさい。普段からあんたはあれだけど、今日の委員会での発言諸々は流石にやりすぎよ。うちの愚弟に何か言いたいことがあるのなら今すぐこの場で簡潔に言いなさい」
むすっとした表情でいいながら、姉さんは語調を強める。
「え~、だって~。わたし麗華ちゃんから弟くんに話しかけるなって言われてるし~」
「不快だからやめなさい。それと私は話しかけるななんて言っていないでしょ? ただ私の愚弟は極度の女たらしだから近づかないようにきつく言っただけよ。……そういえば、生徒会長命令を破るとはいい度胸ね?」
柔らかそうな頬に人差し指をやって首を振る華さん。その反省の色などまったくない華さんの様子に、姉さんの眉間の皺がさらに深くなった。怖い。そしてなぜこの人は毎回俺への口撃を忘れないのだろう? もはや何も感じなくなってきた。……ウソです。普通に怖いです。あとちょっとゾクッと――
「いや、それより先輩は俺になんか用事があるんでしょう? ……まあ、無いかもしれませんが。すみませんが俺もこのあと用事があるんで、なるべく早く終わらせてもらいたいんですが」
「あっはは~。そだったそだった。あれ? なんだったっけ?」
「ちょっと……」
「じょーだんだよ、じょーだん♪ だからそんな顔しないでよ~」
わざとらしく首を傾げて見せる華さんにあきれたように言うと、すすっと近づいてきて俺の背中をバシバシと叩く。
「……それで、何の用ですか?」
華さんに付き合っていては話が進まないので、さっさと聞いてさっさと帰ろう。新幹線を使いこなす男。それがこの俺、九十九万才だ。
「それなんだけど、悪いけど麗華ちゃんと飛鳥ちゃんは出て行ってくれる? 二人きりで話がしたいんだ♪」
「っ! 話がしたいのなら今この場で――」
「ごめん姉さん。ちょっとだけ時間もらえないかな?」
「っ……少し席を外すわ」
不機嫌そうに居座ろうとする姉さんに頼んで、先輩の言う通り二人きりにしてもらう。瀬上先輩も華さんの強引さには慣れているのか、何も言わず姉さんに続いて部屋を出てくれた。弟の鈴宮がらみでなければ、俺の知る中で一番の常識人だ。
「あははっ、ああいうところかわいーよね~麗華ちゃん♪ 素直じゃないっていうか~。ま、君の前だけなんだけどね~」
二人が出て行った方を見つめながら華さんは微笑ましそうに笑う。
「……それ、嫌いな奴が俺だけってことですか? まあ、たしかに姉さんは可愛いですよ」
「ふふ、ま~たそうやって濁すんだ? ほんとは分かってるくせに~」
ち、近い……っ。
ずずいっと距離を詰めてきた華さんは「つんつん」と可愛らしく言いながら俺のほっぺたを人差し指でつついてくる。
「そ、それで、話ってのはなんなんですか? というか、流石にあんな場所で話しかけられると迷惑です」
会話の主導権を握られてはいつになっても切り上げられそうにないので、気恥ずかしさを我慢して強気に出る。
強気に出たのはいいのだが、俺の返事を聞いた華さんは、それはもう嬉しそうな笑顔で、
「うふふ、気になる~? 気になっちゃうよね~?」
うぐっ。
その目。その声。その仕草。近づいたとき鼻孔をくすぐる香りすら、そのどれもが綾さんを彷彿とさせる。口調や話し方は全然違うはずなのに、それ以外の部分が重なりすぎて。だんだんと俺の記憶の中の綾さんが上書きされていくような感覚に陥る。
まずいと思った。このままこの人と話を続けていては、心が乱される。
「……いい加減にしてください。用がないのならもう帰りますよ」
「あはは、ごめんごめん。もうからかわないからお姉さんのお話し聞いて。ね?」
逃げ出すように去ろうとする俺を、華さんはさっと前に回り込んで制する。
「ごめんね。ちょっとからかいすぎちゃったね。でも話があるのは本当だよ。とっても大事な話」
「っ」
俺の目の前に回り込んだ華さんは、そのまま俺の目をのぞき込み、すっと笑顔をしまう。その真剣な瞳に、思わず息を呑んだ。
「……それで、結局話ってのはなんなんですか?」
珍しい華さんの真剣な表情に、俺も気を取り直すように身を正して華さんと向かい合う。
「ねえ、九十九君。君はもう気づいていると思うけど、雅ちゃんってとっても繊細な子なの。それこそ目を離すとすぐに壊れてしまうんじゃないかってくらい。溶けてしまいそうなほどに」
「ええまあ。めんどくさい奴なのは知ってますよ」
なんだ? 一ノ瀬雅の悪口を言いたいのか? 悪口ほどではないが、あいつへの不満や被害申告なら誰にも負けない自信があるぞ。
「まあ、そういうところが可愛いんだけどねえ。……そうじゃなくて。私が何を言いたいのか、君はもう分かってるでしょ?」
「…………」
華さんの言葉に少し考え込む。
たとえば、あいつはいつも一人だ。一人でいる。
言葉とは面白いもので、事実としては同じ言葉でも、様々な解釈ができることがある。
一人でいると一口に言っても、たとえばそれが一人でいるのが好きなのか。それとも誰かといたいのに、そうすることができないから一人でいるのか。もしくはそれ以外か。
俺は間違いなく後者だろう。そうなることを望んだし、逆にそうでなければ困る。
では、彼女はどうなのか。
根は優しい癖にわざと人を寄せ付けない態度をとってみたり。
本当は友人ができて嬉しいくせに、一人でいいと強がってみたり。
寂しい時間を誤魔化すように本の世界に入り浸っては、ちらちらと窓の外に視線をやってみたり。
そして言うのだ。楽しそうにはしゃぐ彼ら彼女らを見て、
「――ふんっ、くだらないわね」
そんなあいつは果たして前者だろうか? 後者だろうか?
――本当のことを言えば、もう既に華さんの言いたいことは分かっていた。
というより、いつかこうして話さなければいけない日がくるのだろうと思っていた。
「それで、俺に何を望むんですか? あいつの手助けなら、言われなくても俺は受け入れますが」
慣れない生徒会室で二人きり。つい変なことを口走ってしまわないよう注意して話す。俺が適当話すのはいつものことだが、この人の前では勝手が違う。一言一言が俺の心に絡みついて、そっと仮面に手をかける。危険だ。非常に危険な相手だ。
「ふふっ、愛されてるね~、雅ちゃん。でもそういうんじゃないんだ。君にあの子を助けてほしいとか、そういうことは望んでないよ。……私は、君にあの子のことを見守ってあげていてほしいの」
「見守る、ですか? それって今と何か違いますか?」
「うーん、見守るって言うか、……見限らないで上げてほしいって言った方が近いかもね」
ふっと華さんの声が冷たくなったような気がした。
果たしてそれはどういう意味で言っているのか。
瞬きを繰り返す涼しげな瞳を見返しながら、俺は彼女の言葉の意味を考える。
しかし考えたところで相手は百戦錬磨の女神様。答えなどでるはずもなく、俺はすぐに思考を止めていつものバカげた冗談を返す。
「どちらかというと俺が先に見限られる方が早いと思いますが」
「うふふ、そうかもね。でもそうじゃないかもしれないじゃない? だから約束。あの子はちょっと不器用で。愛が重くて。人付き合いが下手で。わがままで。気難しくて乱暴で。なかなか言うこと聞かないし、意地っ張りだしめんどくさいけど、それでもどうか嫌いにならないであげて」
それだけ悪いところがあるのなら少しは直す努力をするべきではないだろうか。
いやまあ、そういうことではないか。
「あなた方のお袋さんとの約束もありますし、俺があいつを嫌いになるようなことはないですよ」
華さんの言葉が思いのほか熱を伴っていたからか、俺の声も心なしか熱を帯びていた。風邪かな?
「オレは、ね。……まだ君の中ではお母さんの存在が大きいんだね」
小声で言ったその一言が聞こえなかったのを夏の色を残す秋風のせいにしつつ、
「それじゃあここからは俺の質問にも答えてもらっていいですか?」
せっかくの機会だ。振り回されてばかりだが、この機会に以前からいろいろと気になっていたことを聞いておきたい。
まさか断られることはないだろう。
そう思い言ったのだが、
「うーん……うんっ! ごめんね、九十九君。私についての個人的な質問とかなら全然教えてあげるんだけど、たぶん君が本当に聞きたいのってそういうことじゃないでしょ?」
「いえ、美人のことならなんでも気になりますよ」
「ふふ、それもお母さんから教わったのかな? まあそっちは今度また時間があるときにたっぷりじっくり教えてあげるよ。……そうじゃなくて、雅ちゃんたちのこと。ああでも、そういう意味では私のことも入ってるのかな?」
なんだか誤魔化されている気もしなくもないが、まあ、個人情報だ。言いたくないというのならこれ以上は聞かない方がいいだろう。
「そうですか。話はこれで終わりですか? なら俺はあいつらが待ってるんで部活行きますね」
「あ、そうそう。そのことなんだけど……、いや、みんながいるところで話した方がいいかな」
「はい?」
「んーん、それじゃあまたね、九十九君」
「はあ……? また」
ニコニコと手を振る華さんに会釈をして部屋を出る。
その楽し気な表情に、なんだか嫌な予感がした。
*
嫌な予感とは当たるものだ。
「「「…………」」」
「きちゃった♪」
部室にて非常に気まずい空気のなか、いつ話を切り出そうかと俺たちたちが機会をうかがっていると、ふとドアをノックする音が聞こえ、そしてやって来たのがさっきまで話していた華さんだ。
「……なぜ姉さんがここに」
困惑した様子の一ノ瀬さんが怪訝な表情を向ける。
「なぜって、ここに来る理由なんてあなたたちに依頼したいことがあるからに決まっているでしょう?」
当然のように言う華さん。
「依頼ですか?」
この人が誰かに何かものを頼むというのがあまり信じられないが。
……いや、違う。
そう思えるほど、俺は一ノ瀬華という人間を知らない。今のはあまりにも昔の誰かさんにそっくりな彼女をその誰かさんに重ねて、勝手に決めつけて評価してしまっただけだ。
心中で思考を戒める。人を理解しようとしたとき、もっとも恐いのはべつの誰かとその人を重ねてしまうことだ。俺に華さんを理解できるかは分からないが、少なくとも綾さんの娘である以上、俺は理解する努力をしなければならない。
「あの、一ノ瀬さんのお姉さんですよね? 初めまして、皇キララです!」
俺たちが普通に華さんと話しているのを妙に緊張した面持ちで見ていた皇が、ガタッと椅子を引いて立ち上がる。普段通り皇は一ノ瀬の隣に座っているが、その椅子と椅子の間は普段の異常なくっつきようからは打って変わって、現在の二人の心の距離を表すように微妙に遠い。さっきから二人ともお互いに目をあわせることを避けているようにも見える。
突然のことに一瞬ビクッと身体を硬直させた一ノ瀬にちょっと頬が緩みそうになり、キッと睨まれた。
「あらあら。初めまして、一ノ瀬華です。あなたたちのお姉ちゃんです」
ふふっと笑みを浮かべる華さん。
一瞬、皇は息を詰まらせた。
「っ……、既に知っていたんですね。すみません、ご挨拶が遅れて」
「いえ、私の方こそ機会がないまま挨拶できないでごめんね。そのことについては今度時間を取ってお話しましょう。それと、これから私と話す時は敬語なんて必要ないわ。私のことはお姉ちゃん、大好きなお姉ちゃん、愛してるぜマイシスター、好きなように呼んでくれて構わないよ。ちなみにおすすめは大好きなお姉ちゃんね」
…………デジャブだ。物凄く既視感を感じる。
そう思ったのは俺だけではなかったようで、皇もそんな華さんがいつかの誰かと重なって、驚いて目をぱちぱちさせていた。一ノ瀬は慣れているのか眉間に手を当ててため息を吐いている。
「あっ……、は、はい。ですが今はまだ、『華さん』でお願いします。一ノ瀬さんとの約束なので。いずれそう呼べる日が来ると嬉しいです」
自分を受け入れてもらえたことが嬉しいのか、えへへと少し照れを隠しながら微笑む皇の姿に、俺たちは釘付けだった。特に一ノ瀬の食いつきようは凄い。瞳孔ガン開きで奥歯をガタガタさせている。読み取れる感情は気まずさや嫉妬、興奮興奮興奮。……大丈夫か? こいつ?
「ズッキューン‼ 何この子、すっごくかわいいねっ。雅ちゃんがゾッコンになるのも分かるわ~」
「ねっ、姉さん‼ 私から姉の座を奪おうというのなら相手になるわ! 総力戦よ!」
グルルルウ~とまるで野良犬のように華さんと皇の間に入って威嚇する一ノ瀬。
「え~、私は二人のお姉ちゃんだけどー、でも雅ちゃんが勝負したいっていうなら乗ってあげてもいいよ~?」
呆れるほど好戦的な姉妹だ。茶化すような態度ながら、その瞳の奥が一瞬ギラリと輝いたような気がした。
何のつもりだと俺が顔をしかめたそのとき、ふと華さんと視線がぶつかる。
ニヤリと笑ったその顔は、不思議と懐かしさを感じなかった。
「……あ、でもその勝負なら私に分がありそうだよね~。だって雅ちゃん、昨日キララちゃんに叱られたばっかりだもんね~。それで昨日すっごい顔してごはん食べてたもんね~」
「「っ………」」
…………はあ。
思わず心中で深いため息を吐く。
何とも言えない気持ちで華さんを睨むと、ニッコリと笑顔を返された。背筋が凍りつきそうだ。
「ありゃ? お姉さん、何か変な空気になるようなこと言っちゃったかな?」
……なぜ俺に言う。
「それより早く依頼について聞かせてもらえますか? 緊急の用事なら早い方がいいですし」
「また先送り~? それとも遠ざけてるのかな? ま、私が何かしなくても、君がなんとかするよね」
…………。
「ふふっ、それじゃあお願い聞いてもらおうかな。今月末に文化祭があることはみんな知ってるよね?」
「ええ、うちのクラスはたしか――いえ、たしか九十九君のクラスはお化け屋敷だったかしら?」
言いなおした一ノ瀬は平静を装っているが、耳が真っ赤だ。
「……ふふ、九十九君はさっき会議一緒だったから、もちろん知ってるよね~?」
っ、これは……。恐る恐る一ノ瀬達に視線を向ける。
「えっ、九十九さん、実行委員なんですか⁉」
「ああいや、今日のはたまたま鈴宮の代理で参加しただけだ。その時に華さんにいろいろ絡まれて今日は遅れた」
恨みがまし気に華さんに目をやると、コテン?と首を傾げている。この女……。
「? ……待って。今日の生徒会室での会議って文化祭の出し物についての話し合いじゃ。ま、まさかっ――」
ぶつぶつと何かつぶやいていた一ノ瀬は何かに思い至ったようにビクッと背筋を跳ねさせる。そしてギギギと俺の方に不安に染まった視線を向け――
………ふっ。
「二人のメイド服姿、楽しみにしてるぞ!」
できうる限りの笑顔と明るい声でサムズアップ。
ピシッ。
二人の表情が凍った。
「うわー、……きみ鬼畜だねー」
あんたの悪乗りに乗ったんだが。
「そ、それより! 華さんの相談というのは何なんですか?」
話を逸らそうと皇が声をあげる。わざとらしくてもっとからかってやりたい衝動に駆られるが、華さんと目配せして話し合った結果、今日のところはここで引いてやろうということになった。
「みんな文化祭が近いってことは知ってると思うんだけど、今日ここに来たのは、その文化祭のことでちょっと手伝ってほしいことがあったからだよ」
ようやく本題へと入った華さん。
「文化祭の手伝いというと、当日の運営や設営等の準備、生徒会の使い走りなどということかしら? そういうこともこの部の活動だから断りはしないけれど、私たちも当日までには何かの係に入るかもしれないし、あまり自由に動ける保証はないわよ?」
さすが一ノ瀬。こういう事務的なことについては本当に話が早い。
「雅ちゃんたちが手伝ってくれるなら運営も楽だしとっても助かるけど、でも今頼みたいのはそういうんじゃないよ。運営の方もお願いすることがあるかもしれないけど、それはまたの機会になるかな」
なんだか結局は手伝わされることになりそうな話ぶりだが、この人の場合、何を言ったところで手伝えと言われれば手伝わざるを得ないのだから考えても無駄だろう。これ以上言質を取られる前にさっさとその要件とやらを聞いてしまったほうがいい。
「つまり文化祭には関係することだけれど、直接文化祭の運営に駆り出されたりするわけではないと」
「うん、さっすが九十九君。話が早いね。君たちには文化祭の火付け役になってもらいたいんだよ」
華さんの口から出た言葉に一瞬困惑する。
「この場合、火付け役……という使い方があっているのか分かりませんが。つまりは俺達に文化祭を盛り上げてほしい。生徒たちの今年の文化祭への熱をブーストさせてほしいということですか?」
「ふふ、本当に君は話が早くて助かるね。そう、私たち今年が最後の文化祭だし、せっかく生徒会としてがっつり文化祭の運営に関わるんなら、全校生徒みんなの思い出に残るイベントにしたいなって麗華ちゃんと話してたんだ」
いい子いい子と頭を撫でられる。褒められると悪い気はしないな。
「……ちょっと待って。姉さんの話は理解できたけれど、それって具体的に何をすればいいの? というより、現時点でも十分生徒たちは楽しみにしていると思うけれど」
「まあ、大半の生徒はそうだね。でも雅ちゃん、目に見えるモノだけが物事の本質とは限らないよ? って、星の王子様に書いてあったでしょ?」
まるで妹の成長を願う普通の姉のような仕草に、ふと見慣れない新鮮味を感じた。
考え込む一ノ瀬を眺めながら、その答えを教えるべきかどうか迷う。
「……あの、九十九さん。どういう意味ですか?」
口を開きかけたところで一席空けて隣に座る皇が俺の耳元にそっと顔を近づけて、小声で問われる。
んん……っ⁉
突然のことにちょっと変な声が出てしまった。というか近い。もう少し男女の距離というものがですね……。いやまあ、妹みたいなものだからあれだが。
「そんなに深い意味はないんだが。つまり――……いや、すまん、わからん」
頼られたら断れないのがお兄ちゃんの辛いところ。
かっこよくこたえてサス万才されたかったが、目が合った華さんにシーのポーズでメっと口止めされたので素直に従う。お姉ちゃんの意見は絶対なのも弟の辛いところだ。
「ダメだよー。すぐに甘やかしちゃ。少しは自分で考えないとねえ」
華さんの言葉に、一瞬負けず嫌いの我らが部長はムッとした顔をする。
皇はうーんうーんと本当にそれ考えてるの? 頬杖ついて寝ようとしてない? って感じで考えているのかいないのか分からない仕草をしている。
「はいっ!」
と思っていたらぱっと手を挙げた皇が元気よく言って俺達をみる。
「はい、キララちゃんどーぞ」
え? これそういうシステムだったの? と、困惑する俺を尻目に、華さんは「おっ、いいねいいねー」とか言ってホームルームの先生よろしく皇を指名する。
「星の王子様は昔読んだことがありますから、華さんの言いたいことは何となくわかりました。細かい意味までは分かりませんが、つまり華さんの言いたいのは表面上、もしくはその他大勢の生徒だけを見て判断してはいけない、ということですね?」
「うんうん、そうだねそうだね」
おおげさに首をコクコクと上下に振る華さん。それにちょっと嬉しそうに頬を緩めた皇が「であるなら……」と続ける。
「……あれ? どういうことでしたっけ? すみません、何を言おうとしていたのか忘れてしまいました」
ガックー。
思わず吉本的なノリでずっこけそうになった。
「なんというか流石だな皇。ぎゃくにむしろいつも通りのお前で安心したぞ」
「ちょっとどういう意味ですかそれはっ⁉ 今回はたまたま言おうとしていたことが頭からポロっと抜け落ちてしまっただけです! いつもじゃありませんよ?」
深々と頷いてみると、プンプンと頬を膨らませて怒ったように言う。
「……フーン、そゆことか。わたし思った以上にキララちゃんのこと気にいっちゃったなあ」
俺たちがいつも通りじゃれているのを笑みを隠すように口元に手をやりながら、意味ありげな視線を向けてくる華さん。
びゆうう。
っ……。
その視線を視界の隅に捉え、強烈な悪寒に背筋がピーンと伸びた。
こっわ。何この人? 綾さんでもそんな目してるの見たことないぞ。
「え、えへへへ、私も華さんと仲良くなれて嬉しいです」
しかしそう思ったのは俺だけのようで、皇は言葉通りに受け取ったのか、嬉しそうに頬を緩めて気恥ずかしさを誤魔化すように髪をいじる。
「ね、ねえさん⁉ っ……す、すめらぎさん! わ、わたしも皇さんのこと……っ、そのっ……」
そんな様子を見て、それまで真剣な表情で考え込んでいた一ノ瀬が焦ったように二人の間に割って入る。
しかし割って入ったはいいものの、さっきのこともあって、現在二人は疎遠の仲。またもや妙な空気が部室の中を包み込む。
…………。
「つまり、華さんの依頼ってのは俺達みたいに文化祭を特に楽しみだと感じていない連中や、いまいちその楽しみ方が分からない生徒たちも積極的に文化祭に参加したくなるように手伝ってほしいってことだ。今の時期から文化祭楽しみって空気を出してる連中は目立つやつらが多いが、よく見るとそうでもないやつらも結構いるってことを、言いたかったんですよね?」
話題を逸らしつつ重くなった空気を変えようと、さっさと答えを言ってしまう。
「もう~、けっきょく君はそうやって甘やかすんだね。けどまあ、そういうこと。私たちは全体の運営とかで中の方にいることが多いから、外に近い人のことが見えにくいんだよね。そういう人たちが多いとああいうお祭りごとっていっきにしょぼく見えちゃったりするし、せっかく私たちが休日返上して考えたイベントでケチとか付けられると嫌じゃない? だから君たちに文化祭を盛り上げる手伝いをしてほしいってわけ」
最初から準備して来ていたようにつらつらと語る華さん。最初からそう言ってくれれば話が早くて助かるんだがな。
「……なるほど。大まかな依頼内容は理解したわ。具体的に何をするかまではまだはかりかねるけど、いいわ。それがこの部の活動だもの」
しばし考えた後、一ノ瀬はまとめ終わった思考から結論を述べる。
「私ももちろんお手伝いします! 華さんのお役に立ちたいですし!」
何この可愛い生物?
ブンブンと揺れるしっぽが見える。
その可愛らしい様子にくらりとよろけた俺だが、それ以上に二人の反応は凄かった。
一ノ瀬はなんか悔しさと興奮とが入り混じったような表情で机に突っ伏し唇を噛み締めているし、華さんなんて「ねえ、九十九君。持ち帰りってオッケーなのかな?」とか今日一番の真面目な顔で言ってくる。
……大丈夫かこの姉妹? ……ああ、三姉妹か。
?? と首を傾げて俺を見てくる皇からそっと視線を逸らしつつ、俺は軽く天を仰ぐ。
大変なものを押し付けてくれたなと、心の中で綾さんに毒づいた。




