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友人の頼み、の形

 八時限目が終わり、各々が帰り支度を始める教室の隅。俺は今日この後のことを考えて、鬱屈とした気分で窓の外を眺めていた。

 昨日のこともあり、なかなか部活に顔を出しにくい。昨日の二人の様子を思い返すだけで、まるで母さんの手料理を食した時の様に胃がキリキリしてくる。

 ……ああ、憂鬱だ。


「どうしたんだい? 君がそんなに思いつめた顔をしているなんて珍しい」


 そんな俺の様子に友人達との会話を切り上げて爽やかに近づいてくる鈴宮。今日も眩しい顔面をお持ちですね。


「人の顔を見て考え事が似合わないなんて失礼な奴だな。イケメンなら何言っても許されると思うなよ?」


 とりあえず適当なジャブで返しておく。コミュニケーションの始めの一歩に攻撃から入る俺は、きっとボクシングに向いているのではないだろうか。


「ははは、元気そうならいいんだけど。今日の体育は見学だったみたいだけど、どこか具合でも悪いのかと思って」


 俺のいじわるジャブも軽くいなして、爽やかな顔面フラッシュで俺の目を潰しにかかる鈴宮。というか内面から輝いているな。浄化される~~。


「ど、……どうしたんだ万才? ほんとに具合でも悪いのかい? よければ保健室まで付き合うけど」

「……いや、大丈夫だ鈴宮。それよりもうこれ以上俺のアイディンティティを崩壊させないでくれ。正直今は自意識を保つので精いっぱいだ」

「?」


 震える声で言うと、鈴宮は不思議そうに首を傾げている。というか少しだけ後ろに下がって俺から距離を取っている。そりゃ心配して友人に話しかけて、いきなりぐああっとか言って目の前でのたうち回り出したらちょっと引くよな。……ちょっと?


「少し怪我したから見学にしてもらったんだ。悪いな、いつもペアを組んでくれるお前には先に伝えておくべきだった」


 大体いつも一人なので、誰かに何かを報告するという考えに思い至らなかった。何気に鈴宮と話したのも今日はこれが初めてだしな。もっとも、教室で俺からコイツに話しかけようとすれば、たちまち周囲の視線を集めるだろうが。

 言うと鈴宮は少ししょんぼりとした表情を浮かべ、からかうように。


「そういう時は、……()()()()()()()って言ってほしいな」


 ……なんだこいつ。

 慣れないことで恥ずかしかったのか、若干朱色に色づいた頬。冗談の様で、本当にそう思っているのが分かる声音。普段の貼り付けた仮面のようなものではない自然体の柔らかい表情。

 男がやっても一ミクロンの美味しくないシチュエーションなのに、妙に様になっているのがおかしい。やはりイケメンは何やっても許されるのか?

 というかやめろ! 照れるんじゃない! 頬を赤らめて視線を逸らすな! なんかこっちまで照れ草ってそんなことは断じてないが、とにかくこれ以上その怪しいムーブは慎んでくれ!


「……それで、本当にそれだけの用事だったのか?」


 俺にはこれまで友人との会話などなかったから分からないが、妙に居心地が悪くなったので、話題を変えようと気になっていたことを尋ねる。


「まあ、君の様子が気になったっていうのが一番だけど、一応ほかに話したいことはあるんだ」


 言うと鈴宮は手に持っていた透明の薄いファイルの中から一枚のA4用紙を取り出す。なんでファイルだけ手に持っているのかと思っていたが、やはり俺に用事があったのか。


「昨日の文化祭の模擬店の話なんだけど。明日あす、実行委員会があって各クラスの出し物について正式に決められることになっているんだ」


 俺の机の上に書類を置いて、その内容を指でなぞりながら説明する。

 書類はどうやらその実行委員会とやらの日程と内容、それからスローガン決めなど、各クラスの代表である実行委員にそれぞれ渡されたもののようだ。中段にある【○年○組 出し物】という欄には、なかなか達筆な文字で、


【一年四組 出し物】

 ・お化け屋敷

 ・ステージイベント(劇)・・・許可が下りれば


 と書かれていた。たぶん昨日書記を担当していた柳さんが書いたのだろう。もしかしたらそれなりに習い事をしていたのかもしれない。

 それにしてもまだ二月近くも先の話なのに、気の早いことだ。資料には体育祭より文化祭のことについて詳しく書かれていた。多分、明日の会で体育祭の競技内容が知らされるのだろう。文化祭に比べて体育祭についてはあまり準備するものもないので、どちらかというと優先度は低いのかもしれない。


「それで、それが俺になんの関係があるんだ? というかこれって俺に見せてもいい書類なのか? 一応実行委員の書類なんだろ?」


 まあ学校の文化祭くらいの書類なら問題はないだろうが、こういった書類をあんまりそうほいほいと人に見せるのはおすすめしない。

 俺が首を傾げて言うと、まるで俺がそう返すことが分かっていたかのように鈴宮は「ああ、それでなんだけどね」と軽い微笑とともに言葉を続ける。

 いつもの鈴宮の完璧な微笑み。だからこそ俺はそこに一つの違和感を覚えた。端的に言えば嫌な予感を覚えた。

 鈴宮は一つ言葉を切ると、その完璧な微笑を懐へとしまい、申し訳なさそうに眉根を下げると、真面目な口調で続ける。


「実は明日の会には俺と、もう一人の実行委員の京子……桐谷京子って子が参加することになっていたんだけど、あいにく俺はバイトのシフトを入れてしまっていて……」


 俺からの反応を待つように鈴宮はそこで一つ言葉を区切る。

 嫌な予感がひしひしと伝わってくるが、とりあえずまだ何も核心に近いことは言われていないので、当たり障りのない返答を返す。そう簡単に俺は敗けないぞ! ……たぶん。


「……なんで俺にそんな話をするのか知らないが、バイトってのは、あの喫茶店のバイトのことか? あのマスターなら事情を説明すれば理解してくれると思うぞ?」

「いや、それが明日は明美さん、用事があるらしくて。バイトは俺しかシフトに入っていないんだ。俺が出れなきゃマスター一人だし、店は開けられない」


 どんどんと俺の逃げ道を潰すように、外堀が埋められているような気がしてくる。

 明美あけみさんというのはマスターの娘さんで、俺も少し前に知ったばかりだが、彼女があの店のもう一人の正社員だ。マスターの店を手伝いながら将来、店を継ぐために今は修行中だと話していた。少し勝気なところもあるがとても愛想の良い(あのマスターの娘だとは思えない)美人なお姉さんで、そしてすこぶる仕事ができる。コーヒーやカクテルなどの飲み物しか作れないマスターに代わって、店のほぼすべての食事は彼女が提供しているらしい。そのため普段ウェイターとして客前に立つことが少なく(それが鈴宮たちバイトの仕事だ)、俺も最近まで顔を合わせたことがなかった。

 確かに彼女がいなければ閉店もやむを得ない事態だ。というか、そもそもあの人がいなければあの店はただコーヒーがアホ程うまいだけのコーヒー専門店。喫茶店ではなくなってしまう。……あれ? むしろ明美さんに頼りきりなのはマスターなのでは?


 とはいえ、そういうことなら鈴宮がバイトを抜けられないのは仕方がないな……と思いかけたところで、いやいや待てよと俺のなかの冷静なニュー俺が眼鏡をくいっと上げ上げする。

 だってそもそも明美さんがいないのであれば昼間の―――


「最悪、昼間の営業は中止するだけで済むんだけど、夕方貸し切りの予約が入っているらしくて。料理は一応以前に明美さんに習っているし、俺がいればまあ……。……味は落ちるけど」


 察するにあまり料理の腕に自信はないのか、鈴宮は曖昧に声をすぼめる。……いや、でもこいつは料理もできる完璧イケメンのはずだ。前に家庭科の授業で作った豚の生姜焼きは絶品だったし、何人かの女子(あと一握りの男子)は本気でこいつを専業主夫にしようと血みどろの争いを繰り広げたとかなんとか(諸説あり)。……そんなことはどうでもいいが、こいつの料理の腕は俺も思わず「一緒に人生シェアしようぜ!」とつぶやいてしまうくらいにはハイレベルだ。その鈴宮だからこそ明美さんに料理を教われたのだろうが……。やはり明美さん、恐るべし。次から店を訪れるときはマスターより先に明美さんに挨拶しておこう。菓子折り持って三つ指ついてのご挨拶。……マスターに焙煎されるな。ファイヤー! イタリヤ式一択だろう。


「会はもともと来週の月曜のはずだったんだけど、急遽早まってしまって……。貸し切りの話ももともと明美さんがその日は用事でいないから店は閉めるって話のところをマスターが間違えてOKしてしまって……。それで二人が言い争っている、……いやまあ一方的にマスターが叱られてただけなんだけど、そこへ俺がなんとかしますって言ってしまった手前、明日ばかりは休めなくてね」


 言いつつ、どんどんと鈴宮の表情が曇っていく。なんか聞いている俺も少し目の奥が熱くなってきた。こいつが女の子ならつい頭を撫でていたかもしれない。

 つまりこいつはマスターの凡ミスと生徒会の都合に板挟みになっているということか。

 同情で口を閉ざした俺に、鈴宮はその今にも泣きだしそうな目に笑顔を張り付け、


「それでなんだけど、万才」

「ああ……、でもそういうときのために実行委員って二人いるんじゃないのか?」


 こいつがその先何を言おうとしているのか、ほぼ完璧に理解してしまった俺は、声を詰まらせ、しかし最後の抵抗とばかりに一手だけ持ち駒の歩兵を差し出す。


「君も知っているだろう? もう一人は京子なんだ。……いや、京子を信用してないってわけじゃないんだけど、……ね?」


 そう言われてしまっては、これ以上勝ち筋を見出すことは俺にはできない。完全に詰んだというやつだ。無駄な抵抗はやめてさっさと投了してしまおう。


「俺を信用してくれるのか?」


 投了前に最後に一言だけそう尋ねると、鈴宮は今日一番の笑顔で、


「ああ、もちろんさ」



 *



 がやがやと喧騒の多い室内に、不思議と俺の居場所はない。

 ……なんかいつもこんなこと言ってるな。一言二言は冗談でも言いすぎると真実になる。まあ、俺の場合どちらに転んでも事実なんだが。

 気を取り直して今の状況を簡潔に説明すると、


 父さん! 母さん! 俺は今、異境にいます!


 …………。

 きちんと説明すると今日は金曜の放課後、俺は現在、鈴宮の代役として特別教室棟二階、生徒会室のすぐ横にある会議室なる教室で一人、居心地の悪さに耐え忍んでいる。


「委員会って四時半からだっけー?」

「うん、あと十分くらいかな」

「めんどいなー。てか、ちょっと飲み物買いにいこうぜ!」

「あ、オレもオレも」

「あんま遅くなんないでねー」


 そんな会話を子守歌に俺は机に突っ伏して開始の時間までやり過ごそうと試みる。

 真っ暗な中、視覚からの情報をシャットアウトして居座っていると、より鮮明に聞こえてくる生徒たちの声。


「ねえねえ、あの人ってやっぱり……」

「うわっ、あいつも実行委員なの? マジ最悪なんだけどー」

「え? でも一の四の実行委員って鈴宮君って言ってなかった? 京子、自慢してたし」

「……自慢なんてしてないし。真はなんか用事あるらしくて、その代役をあいつに頼んだんだって」

「あっからさまに不機嫌だねー。てか鈴宮くんが頼んだの? あの人に?」

「たしかに意外だよねー。そういえば体育の時間とかも――」


 聞きたくない声もより鮮明に聞こえてくる。というか何も本人の隣の席で言わなくても。気にしてないふりして起きてやろうか。……俺が傷つくことに変わりはないな。


 やがて教師や生徒会の面々が入ってくると、うるさかった教室はいくらか静かになっていく。鈴宮のお姉さんである瀬上先輩に、一ノ瀬のお姉さんの華さん、そして俺の姉さんである麗華お姉ちゃん。姉さんの友人の金髪のギャル先輩。こうしてみるとほとんど知り合いばかりなんだな。クラスメイトより知り合い多いぞ。どういうことだ?


「よし、ではそろそろ始めようか」


 ごつい腕時計を確認した甘地先生が教室全体に聞こえる声でいいながら生徒会の役員たちに目配せする。

 それに頷きを返した姉さんたち。

 瀬上先輩がすっくと立ちあがって司会進行する。


 瀬上先輩によりつつがなく会議は進行され、いつの間にかスローガン決めまで進んでいた。


「では今年の総合文化祭のスローガンは……【勝ってこそ華! 泥にまみれろ若人よ!】に決まりました」


 何か言いたそうな表情だが、毅然とした声で司会を務める先輩は流石だ。それに比べてせっかく無難にまとまりかけたスローガンを全否定して適当ぶっこんできた我らの姉様方はまったく……。

 勝ってこそ華だが敗ければ泥。勝つことを前提に考えているからね、あの人たち。自分が敗けることを考えていない。流石すぎますぜ姉御。


「では続いて、各クラスの出し物について三年生から順に報告してください。一応事前にこちらで確認はしていますが、全体で一度確認し、予算の平等性や実現可能かどうかなど意見を伺います。なお、同じ内容の出し物ばかりになるのは避けたいので、三クラス以上が似た内容の出し物を希望する場合は話し合いにより出し物を変更していただく場合があります」


 先輩が着席し、それと入れ替わるように三年生の実行委員の生徒が立ち上がる。


「三年一組の出し物は西洋風お化け屋敷で――」


 焼き鳥、綿あめ、ポン菓子、フランクフルト。

 お化け屋敷、ゾンビ屋敷、ゾンビ喫茶、幽霊屋敷、墓地探索、喫茶店、メイド喫茶、占い喫茶、変装喫茶、メガネ喫茶、猫カフェ喫茶、変態喫茶、劇、演劇、二十世紀最後の人情劇、射的、マジック劇、屋台、メリーゴーランド……――


 上級生たちから出る様々な案に、周囲の一年生は目をキラキラさせている。

 公立の中学じゃ店とかやらないもんな。文化祭と言えばみんなで歌とか歌って、吹奏楽部の演奏を聞いたりするあまり思い入れのないイベントだった。張り切っていたのは吹奏楽部の奴らと一部の生徒くらいで、大半の生徒にとっては面倒なイベントだ。でもクラスでの練習中にちゃんと歌っている順に座らされていって、最後まで残ったやつが最低最悪の屈辱を受けるというイベントは覚えている。あの屈辱は忘れない。歌えと怒られたので歌うと、あとからこっそり担任に呼ばれて「本番は口パクしよっか?」と優しく笑いかけられた十三、十四、十五の俺は、盗んだバイクで走りだそうか一瞬迷ったものだ。

 上級生たちも自分たち以外のクラスが何をやるのか気になるようで、次第に教室の興奮は高まっていく。

 結構変な出し物多いなとか。ゾンビ屋敷とゾンビ喫茶って何が違うんだ?とか。喫茶店多すぎんだろとか。お前らもう少し真面目に考えたらどうだとか。気になるところはたくさんあるが、こうしてイベントごとに目をキラキラさせる今の時間というのは青春っぽくて悪くない。


 そんなことを考えているうちに気づけば二年生が終わって、一年生の順番になっていた。一年一組の実行委員の二人が起立する。

 一年一組といえば一ノ瀬達のクラス。この前尋ねた時、二人は教えてくれなかったので、せっかくなので情報を仕入れておこう。


 二人のうち、メガネをかけたいかにも真面目そうな男子が手元の書類を見ながら発表する。


「一年一組の出し物はメイド喫茶です。女子が接客、男子が裏方。飲食物に関しては実家が飲食店を営んでいる生徒が数人いて、協力してくれるとのことなので、予算は各クラス支給された三万円内でおさまります。衛生面に関しては有資格者の保護者の方が――」


 すらすらとよどみなく語られていく1-4の出し物。俺は眼鏡くんのややかすれた声を聞き流しながら、その内容を反芻する。


 ――メイド喫茶


 それは我らが勇者、沢田優斗が真っ先に手を挙げて、非情な連中に撃沈された俺たちの悲願。……羨ましい。


 ……それはそうと、なるほど。一ノ瀬達が教えてくれなかったのはそういうことか。

 文化祭の楽しみができたな。



 それから2組3組と続いて俺達一年四組の順番が回ってくる。

 チラッと隣に視線を向けると、物凄く嫌そうに顔をしかめられた後、キッと睨まれたので、さっと視線を逸らす。


「……えー、一年四組の出し物は――」


 いちおう隣に係の奴がいるにも関わらすなぜ俺が発表しているのか謎だが、社会の荒波でサーフィンしようという信念の下、俺は鈴宮から事前に渡されていた資料を読み上げる。


「――というもので、既に費用の概算は済んでいます。ステージでの劇については具体的には決まっていませんが、もし出し物の調整でお化け屋敷ができないということになれば、そちら側に本腰を入れて、ドリンク専門で提供する店に変更するつもりです」


 最後に鈴宮に言われた一言を付け足して席に座る。例年クラスでの出し物が被ることが多かったと事前に瀬上先輩から聞いていた鈴宮は、本命のお化け屋敷とはべつに劇ともう一つの代案、ドリンク喫茶も候補として挙げていた。他のクラスの出し物の状況を見て、もし重なるクラスが多いようならそう伝えてほしいと頼まれていたのだ。


 俺の発表は滞りなく終了し、さて次のクラスの出し物は、と全体が意識を移しかけたその時、すっと手が挙がった。

 瞬間。ざわざわと会議室の空気が変わり、みんなの視線が一人の生徒に降り注ぐ。その人物は何も口を開くことなく、ただ挙手しただけだ。たとえばそれが他の人物であったなら、多分、ほとんど誰の目にも留まることなくそのまま埋もれてしまっていただろう。若しくはその人の知人が気づいたのをきっかけに全体が認知するということはあったかもしれない。しかし彼女のそれはお手本の様に美しい、それだけで一つの芸術たりうる見るものすべてを魅了してしまうただの挙手だった。

 そんな全体から向けられる疑問や羨望を含んだ視線をまるで当然だというように受け流し、一ノ瀬のお姉さんは司会の瀬上先輩へと目をやる。


「ええと……、副会長。今の一年四組の内容について質問がありますか?」


 突然のことに面食らった様子の瀬上先輩だが、すぐにいつも通りの冷静な声に戻る。それよりも隣の姉さんの表情を見てほしい。眉間に寄った皺からも機嫌の悪さがみてとれるから。


「ん~、べつに質問って言うわけでもないんだけどねえ~」


 学年クラス様々で、合わせて三十人以上いる人間の前でも一切気負った様子はない。普段のあの思考の読めない自然体だ。

 あの人のメンタルは一体どうなっているんだろうか? というかあんな態度で誰も反感を抱かないとかやべえな。それどころかみんな彼女の一挙手一投足に緊張の色を浮かべている。マジで強者感半端ないもんな。ちなみに一番緊張してんのは多分俺だ。綾さんと雰囲気から何からそっくりなせいで、妙にあの人と関わる時は心がざわつく。

 そんな緊張感やらを面白がるようにぐるりと全体(姉さん以外)へと視線を巡らせた華さんは、ある一点でぴたりと視線を止める。そして昔から知っているようで、けれど偽物なのだと分かるあの心ざわつくにんまりとした美しい笑顔でまっすぐ俺を見て。


「今のって、君が考えたの?」


 さっきまで彼女一人に降り注いでいた視線が一斉に俺の方を向く。

 隣の桐谷さんに視線を向けてみるが、みんなと同じよう困惑したような視線を俺に向けていた。一応その隣も確認してみるが、やはりその視線は俺に向いている。


「あはは、君のことだよ~?」


 可笑しそうに言いながら、華さんの視線は一切俺から逸らされない。俺のお子様プールより浅い思考などお見通しだよと言うように容赦なく逃げ道を塞がれてしまう。


 ……ですよね~。


 万が一の可能性に賭けてとぼけてみようかと思ったが、そんなことは許してはもらえなさそうだ。


「……いえ、俺は今日、友じ――実行委員のやつの代理でここに来ただけなんで、これを考えたのはそいつとこっちの実行委員です」


 仕方がないので席を立って答える。鈴宮のことを友人と答えそうになったが、面倒ごとになるのはごめんなので言葉を選んだ。

 お隣の桐谷さんは俺に視線を向けられて一瞬顔をしかめている。……今のは俺のせいじゃないだろ。文句ならあの人に言ってほしい。

 俺の回答の何がおかしいのか、華さんはケラケラと笑う。静寂の中、華さんの笑い声だけが部屋中に響いた。

 みんながその華さんの奇行に疑問符を浮かべる中、俺は一瞬彼女の視線が鋭くぎらついたことを見逃さなかった。


「そっかそっか、なら納得だね~」


 一通り笑った華さんはその笑顔の余韻を残したまま、


「だって、君が考えたのならこんなにつまらないものにはならないもんね~」


 ………………は?


 空気が凍った。


「ちょっ、何を言って」


 周囲がざわつくなか、隣に座る姉さんが俺の言葉を代弁する。


「ええ~、だってそうでしょ? 麗華れいかちゃんも、それに飛鳥ちゃんだって、実はそう思ってるんじゃない?」

「っ!」

「いえ、私は……」


 そんな姉さんの様子にも気にすることなく、むしろ同意を求める様に瀬上先輩まで巻き込む華さん。流石にその切り返しは想定していなかったのか、二人は言葉に詰まる。いや、どう考えてもそこは否定するところだろ。詰まる要素が皆無なんだが。

 そんななか、隣で「え? つまらないって、真の考えた出し物がってこと?」「私たちが考えて真がまとめてくれた資料がつまらなくて、こいつが実行委員をやってたらもっと面白かったってこと? …………は?」と、隣近所の友人たちと華さんの言葉をかみ砕いていた桐谷さんが、キッと怒りの形相で立ち上がる。


「真が考えた出し物がつまらないってことですかっ⁉」


 桐谷さんの一言に、それまで華さんの言葉の意味を測り切れなかった、ためらっていた周囲の生徒も「やっぱりそういうこと?」「え、でもそれだったら酷くない?」などと桐谷さんに続くように華さんに視線を向ける。大半が一年の女子というところにあいつの人気の高さがうかがえる。一部上級生の女子の姿もあるが、あいつには今度デコピンしてやろう。


「? いや、つまらなくないよ~? きちんと収益の見通しとかまで考えてくれてるし、お姉ちゃんに聞いて出し物の内容が被った時の代案まで用意してくれるところとか、私たちからしたらすっごく助かるからね~」


 相変わらずのマイペース。桐谷さんたちの怒りを孕んだ視線すら気にすることなく、華さんはとぼけたように言ってうんうんとわざとらしく頷いて見せる。その様子に勢いを失った桐谷さんたちはまたも「は?」「え?」と疑問符を浮かべている。

 順調に進んで、もうすぐ終わるだろうと思われた会議が、あの人が好き勝手するせいで随分と迷走している。

 どうしたものかと考えていると、やはり我らが頼れるアラサーの女神。


「そこまでだ。副会長、彼に個人的に話があるのならこの会議の後で、プライベートでするべきだ。これ以上全体の時間を奪うような真似は慎め」


 このままでは収集がつかなくなると判断した甘地先生は言って全体の前に出る。


「はーい。そーしまーす」


 あっさりと引き下がった華さんは、何事もなかったように席に座りなおす。その様子に一つため息を吐いた先生は、瀬上先輩に断りを入れて司会を引き継ぐ。


「司会を奪ってしまってすまないが、あと残りはクラスの出し物の報告だけだ。体育祭の競技内容については資料にある通りなので、来週の学活の時間に今この場に居る各クラスの代表者がそれぞれ周知するように。では五組から続きをたのむ」


 それからは先生のおかげでなんとか会議は当初の予定通り進み、どうにかこうにか予定時間を数分オーバーする形で終わりを迎えた。



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