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選択肢、の形

「それで、一体どんなことが聞きたいんだ? 生憎と、俺達も入学してまだ半年も経っていないからな。あまり細かいことまでは分からないぞ」


 月影先輩に礼を言ってコーヒーを受け取った俺達は、緊張もほぐれたところでいい加減本題に入る。


「ええと、……ぶちゃけどれくらいの成績だったら合格圏だとか、そういうことを教えてもらいたいっス!」


 成績について何か思うところでもあるのか、言いにくそうに、しかしどこか若干の期待を孕んだ視線を向けられる俺達。一応聞きたいことがあるってのは本当だったんだな。

 今日で夏休みも終わり。俺たち同様、中学も似たようなものだろう。

 時期尚早と言うなかれ。俺や皇の怠慢であまりそんな風に見えないかもしれないが、俺たちの通う私立一ノ瀬高等学校は、一応、県内でそれなりに進学校として通っている。新設して早十年、ただでさえ少子化で子供の数自体が減少しているこのご時世に、新たに高校を設立し、この短い期間でそこまでの評価を受けるようになったのは、ひとえに理事長やその他経営陣の手腕の賜物だろう。


 閑話休題。

 受験とはつまりスーパーのバーゲンセールだ。

 日頃から新聞の赤いチラシを集め、安くなっているモノにチェックを入れる。広告の品を確認し、カレンダーにその日の夕ご飯まで含めて記載する。当日出遅れることがないよう入念にコンディションを整え、並ばないでいいよう相手よりも早く、出し抜いてでも、フライングしてでも先にスーパーへと並ぶ。

 そして来る決戦の舞台。己が死力を尽くして目的のものを買いあさり、他者を蹴落とし我が家計の糧とする。

 そこには一切の慈悲はなく、日頃の努力を怠った者もそうでない者も、そこではみな平等にして理不尽。たまたま運よくモノを手にすることができる者もいるかもしれない。たまたま体調を崩してしまい、参加すらできずにすべての努力を水泡に帰する者もいるだろう。

 努力した者が必ずしも報われるとは限らない。つまり受験とはバーゲンセールだ。


 そんなスーパーのバーゲンセールであるところの受験。一ノ瀬を受験するのなら、この時期から勉強を始めてもなんら不思議ではない。早い奴では中二や中一の頃から進学先を見据えて勉強している者もいるからな。

 その学校のレベルにもよるだろうが、俺も半年くらい前に受験を経験した身。それらを踏まえて彼の質問に答えるとするならば、


「そうだな。君の成績がどの程度なのか分からないから何とも言えないが、多分、入試で満点取れば間違いなく合格できると思うぞ」


 確実な方法はやはりそれだろう。下手にどれくらいのレベルだとか言って期待させて、もしダメだった場合、俺は責任取れないからな。

 そう思い言ったのだが、なぜか出雲君は「え、えっと……」と困惑した様子で口をひくつかせていた。見ると先輩や鈴宮の反応もあまりよくない。


「そ、それはそうかもしれないけど、現実的に不可能に近いよね? そういうんじゃなくて、たぶん出雲君が聞きたいのは俺達が受験したときはどれくらいの成績だったとか、そういうことだと思うよ?」


 やんわりと俺のアドバイスを全否定する鈴宮。それに弟さんはコクコクと頷き、先輩も同じように頷いていた。ああ、そういうところはちょっと似てるな。


「だが一ノ瀬や、あいつと俺の姉さんはみんな満点だったぞ? 俺の知っている範囲じゃ半分近くが満点ってことになる。俺からしたら結構現実的な話なんだが」


 俺の知っている範囲では、自分と皇以外はあの三人だけ。半分以上の確率だ。


「ま、まじスか……。すっげー」


 何でもないように言うと、それを聞いた弟さんは感嘆のため息をもらしていた。鈴宮に至っては苦々し気な笑みを張り付け、「あはは……」と笑うばかり。


「一ノ瀬って、もしかして理事長先生の娘さん? 知り合いの後輩の子から凄い一年生が入って来たって聞いたことがあったけど、たしか理事長の娘だって言ってたような……」


 何か思いだしたように、はてな?と頬に人差し指を当て、小首をかしげる先輩。


「ああ、多分それは一ノ瀬の姉の方ですね。姉さんと同い年で、今二年なので先輩と直接面識はないかもしれませんが。俺の部活の部長がその妹なんですよ」


 考えてみればこの人、俺よりだいぶ年上だったな。


「へえ、そうなん………そ、そういえばその子の話だととんでもない美人だったって……。その妹さんなら、やっぱりすっごく美人なのかな?」


 丁寧にそう説明すると、先輩ははっと何か思いだしたように考え込んだ後、なぜかよく分からない視線を向けてくる。


「そうですね。まあ、性格に大分難ありですが、見た目だけなら……」

「へ、へえ……。てことは、九十九君はそんな可愛い子といつも一緒に部活してるんだ」

「ああいや、べつに二人っきりってわけじゃないですよ? もう一人部員がいますし、それに部活って言っても未だに何をやる部なのかよく分かってませんし、ほとんどなにもしないで部屋で本読んでることの方が多いですから」


 べつに何もやましいことなどないのだが、先輩の鬼気迫るような目を見ていたら妙に饒舌になってしまった。おかしいな。なぜか最近こんな目をされることが多い。


「あ、なーんだ、そうなんだ。……え、もう一人って、その子も女の子?」

「……まあ」

「「「…………」」」


 おかしい! 部屋の温度が二~三度下がった。マスターなんてくしゃみしてるし。あんな見た目のくせにちょっと可愛いな、何が『へくちっ』だ。


「と、とにかく、今は彼女たちのことは置いておいて、普通の、平均的な受験生で考えよう! そうだね、まず具体的に、君の学力でうちを受験するとして、現状どのくらいのレベルなのかな?」


 ありがとう鈴宮! 本当にこいつが今日シフトで助かった。俺一人だったら何一つ話が進まなかったな。


「ええと……、正直オレ、野球ばっかしてたからあんま成績よくなくて。担任からは、今のままじゃあ難しいだろうって……」


 その時のことを思い出したのか、俯いて声をすぼめる弟さん。その視線からは恥じらいからか自信のなさが見て取れる。


「具体的にって言っただろ? 難しいってのはどの程度なんだ? 足りないのは学力だけなのか? それとも日頃の生活態度があれなのか? ちなみに俺はドンピシャで平均だったぞ」


 テストの点だけはトップクラスなのだが、それ以外が圧倒的にあれすぎて四か三ばかりだった。生活態度のところなんて『もう少し頑張りましょう』ばっかだったからな。いや、それはあゆみか。


「その……、恥ずかしながら全面的に学力に不安が……。せ、生活態度は野球やってるんで印象良いんスけど!」


 冗談っぽくへらりとした調子で言う弟さん。しかしその目は笑っていない。どうやらなかなか不安があるみたいだな。


「まあ、生活態度とかってほとんど適当だろうからな。相当悪目立ちしていないかぎりは悪く書かれることはない。俺みたいに先生からの評価がすこぶる良いやつは、ここぞとばかりに×付けられるがな」


 安心しろ、と励ます。今のなんかちょっと先輩っぽくなかったか? 後輩……いい響きだ。


「ど、どんな生活してたんスか……」


 俺の優しさはどうやら憐れみを誘ったようで、恐る恐るといった様子で尋ねてくる弟さん。先輩や鈴宮も興味深そうにこちらを見ていた。怖いもの見たさと言うやつだろうか。三人の好奇心を含んだ視線が向けられる。


「そうだな……。とりあえず体育祭とかのイベントはもれなく欠席していたな。というか、テスト以外でまともに学校に行った記憶がほぼない。……俺、ちゃんと学校行ってたのかな?」


 そういえばそうだ。忘れないはずの俺が思い出そうと思ってもほとんど思い出せないのは、そもそも記憶の中にそんなものが存在しないからだった。あははは……。

 冗談交じりに尋ねるように言うと、みんなの顔がなんとも言えないことになっていた。これはどうやら冗談なのか分からず、笑っていいのか何と言っていいのか困惑している、ということだろう。


「まあ、俺の話はあんまあてにするな。それより鈴宮、お前はどうなんだ?」


 これ以上俺の話を続けても、弟さんへの解としてはあまり適切ではないだろうと判断し、先ほどから「さ、流石にそれは……」と小声でぶつぶつと何事か呟いている鈴宮に話を振る。


「俺かい? ……そうだね。俺は正直、姉さんのいる学校に行こうと思っていただけだから、あまりそんなこと考えたことなかったね。昔からいろいろ経験させてもらっていたし、学力や生活態度でもあまり困ることもなかったかな。三者面談とかも五分くらいで終わっていたし」


 ……なんだ自慢か。

 そう思ったが、しかし鈴宮の声は平坦で、別段ひけらかすわけでもなく、ただ事実を語っているようだ。……それはそれで腹立たしいな。


「へえ、やっぱ見た目通り賢いんだねえ」


 素直に賞賛する先輩。


「そういう先輩はどうだったんですか? 見た目通りでいくと、頭悪そうな尻軽ビッチですけど」

「んなっ⁉ なんてこと言うの九十九くんっ‼ べつに、大学のみんなもこんな感じだし、これくらいあたりまえ………え? そ、そんな風に見えるかな? てゆか、そういえば私もなんか大学生ってそんなイメージだったし……」


 激高する先輩だったが、自身の大学生のイメージと今の自分の格好を照らし合わせた結果、だんだんとその声は尻すぼみになっていく。


「まあ、人間見た目通りの場合の方が少ないですから。安心してください。俺の中での先輩の印象はちゃんとムッツリチェリーの残念なお姉さんですから。それでいくと、やっぱり成績もそんな感じだったんですか? 保健の成績だけずば抜けてるとか」

「だっ、だからそれはやめてって言ってるじゃんっ⁉ わたしべつにそんなんじゃないし! 綺麗なお姉さんだし! そ、それと、保健の成績は………しらないっ」


 プイッとそっぽを向いてしまった先輩。もうほんとに可愛すぎるな。先輩には悪いが、いつまでもこのまま新鮮な果実のままでいてほしい。もし熟してしまったら、そのときは俺が責任をとりますっ! ……きっとこんなことばかり言っているから俺の成績があんなことになったんだな。先生のせいにしてごめんなさい! あと弟さんの視線が怖いからあんまり下手なことは考えないでおこうと思いました。


「……姉ちゃんと九十九せんぱいっていつもこんな感じなんスか?」

「さ、さあ……? 俺も君のお姉さんに会ったのは今日が初めてだから、これが普段の二人の様子かは分からないな。でも万才はだいたいいつもあんな感じだよ」


 俺たちの様子を見て、二人でこしょこしょと小声で話す鈴宮と弟さん。


「それにしても、やっぱ凄いな鈴宮。三者面談五分なんて俺じゃ考えられないぞ。俺だけ特別に休日に呼び出されたりしてたからな」


 まあ、母さんに悪いから無視していたが。


「……俺は君の方が少数派だと思うけどね。それよりどうだい? 俺達の話は参考になったかな? 正直俺も万才もあまりいい話はできなかったと思うけど」


 たしかに俺はともかく、こいつの話はほとんど自慢話だったからな。本人にその気がなくても、俺たちの心は酷く乱された。なっ?


「いえ、すごい参考になったっス。……やっぱ学力伸ばさないとヤバいっスよね」


 数段気落ちした声。取り繕っているのが丸わかりだ。


「……まあ、ある程度の学力がないと入学した後が大変だからな。俺みたいに赤点すれすれ最底辺を這いずりまわって生きたくなければ、今のうちから基礎学力をつけておくことだ」


 もしギリギリで入学できたとして、ついていけなければ何の意味もないからな。皇のように、一ノ瀬のような成績優秀な友人ができればなんとかなるかもしれないが、そうなる確率の方が少ないだろう。何かを期待するのは勝手だが、それ以上にそれが裏切られたときのことを考えておくべきだ。


「ま、そりゃそうだよねえ。私のまわりにもそういう子けっこういたし、それで途中から来なくなっちゃった子もいたらしいしねえ」


 他人事のように言うが、先輩こそどうだったのだろうか。正直あんま頭よさそうには……見えないな。言っちゃった(テヘ♪)


「ん? なんか言いたそうだね、九十九君。残念だけど、私は高校時代、成績上位からおちたことないからね! ふっふ~ん、綺麗で賢いお姉さんなんだから!」

「まあ、姉ちゃん大学デビューっスからね。高校時代は髪も黒かったし、眼鏡かけててむぐッ」

「ちょ~~~っっっと黙ろっかああ……?」

「は、はい……」


 俺が何か言う前に余計なことを口走った弟さんは、先輩の()()()笑顔によって声をすぼませた。

 大丈夫だ。俺たちは何も見ていないし聞いていない。だから弟さんの口を押さえつけながらこちらを睨みつけるのはやめてくださいお願いします!

 美しい笑みの奥に鬼面をにじませる先輩に足をガックガックさせる俺達だが、やはり流石は頼れる我らが勇者。

 月影先輩の迫力にも勇敢に立ち向かった鈴宮は、すかさず話題を逸らそうと試みる。持つべきものはコミュ強の友人だ。


「学力もそうだけど、やっぱり高校に入学するならどんなことがしたいかとか、将来のこととか、何かその学校でやりたいこととかを考えておくといいと思うよ? とはいっても、正直俺もそんなことを考えて入学したわけじゃないけどね」


 そのあたりのことは学校で教員にしつこく言われて聞き飽きているだろうが、しつこく言われると言うことはつまりそれが最も真理に近いことだからとも言える。


「そうだな。聞き飽きているだろうが、やっぱり一番いいのはそれだろうな」


 とはいえ、俺も瀬上先輩を追いかけて入学してきた鈴宮同様、母さんに言われて入学したため、そんなこと考えたこともなかった。アドバイスしといて二人とも実行してないなんて説得力の低さが尋常じゃないな。


「……っスよね。でも俺、まだ自分が何したいのかよく分かってなくて」


 青春だな。自分探すと、心に決めた~……だ。


「そういうのって自分だけ取り残されている気分になるだろうが、でもたぶん周りの奴らも似たようなもんだ。今のうちから将来やりたいこと決めて、逆算的に生きてるやつなんてそういないと思うぞ? いや、まあいるかもしれないが、いたとしてもそれはきっと少数だ」


 それこそオリンピックにでるアスリートや医者とか政治家とかめざしてるような奴らとか、そういう夢に向かって計画的に……ってのが理想なんだろう。そういう目標をもって将来設計していくことが今、弟さんたちが教員達から散々言い聞かされている“将来自分がやりたいこと”の本質なのだろうが、しかしそれは()()であって()()()ではない。漫画やテレビの中の夢に向かって努力する少年少女のようになりたいと努力することは間違いではないが、しかし、ならなければならないわけではない。みんながみんなそんな風に夢を持って生きられるわけではない。いつまでもやりたいことが見つからず、ただただ日々を浪費しているだけの人間だって多いはずだ。

 それはまだ出会いがないから。

 夢とは憧れからくる目標、なりたいと思う自分の理想の姿だ。たとえば幼い頃、医者に命を助けられた子供はその職業に憧れる。スポーツ選手の鮮やかなプレイに魅せられた人間は、その姿に将来の自分を重ね、そうなりたいと思う。

 そういう出会いがあるかないか。そういうこんな風になりたいと思える出会いが夢となり、理想の自分を作る。

 もちろん早くになりたい目標を見つけられた人間のほうがフライングゲット、圧倒的に有利なのは間違いないが、でもそれは言ってしまえば運だ。どこに生まれ、どのような環境で生き、誰と出会うか。それこそ自分自身の努力だけではどうしようもない、神を信じたくなる気持ちが分かるだろう。

 氏より育ち。さりとて、その育ちですら最初から決まっているのかもしれない。確立された未来の上をただただ自分で選んだ気になって、最初からあると分かっていた終わりに向かって歩んでいく。それが人生なら、確かに俺も神を崇めたくなるな。


「べつに今自分の本当にやりたいことが見つかっていなくても、来年は違うかもしれないだろ? 適当に選んだ道の上に、もしかしたら人生を変えてしまうような出会いがあるかもしれない。だからなんとなくでうちの学校に入学してみるのも、べつに悪い事じゃないと俺は思うぞ」


 俺にしてはめずらしく、真面目に答えたと思う。隣の鈴宮も驚いていた。……いや、その反応はちょっとおかしいと思うんだが。


「……それでいいんスか?」

「いいか悪いかを決めるのは俺じゃない、君自身だ。先輩の後を追いかけて、今から勉強を頑張って一ノ瀬に入学するか、それかあきらめて学力に見合った学校でやりたいことを見つけるか。もちろんそれ以外の選択肢だって無数にある。そもそもやりたいことがあってもそれをやらせてもらえるってわけでもないからな。……ただ、そうやって悩めるのは選択肢があるからだってことは覚えておくといい。選択肢が多いからって必ずしもいいことばかりとは限らないが、少なくとも、自分の努力一つでやりたいことができるんなら、それはとても幸せなことだ」


 世の中は理不尽で残酷で不公平だ。才能があっても幼いころに飢餓で命を落とす子供はたくさんいる。どれだけ努力しても手足がなければ野球でプロにはなれない。大袈裟なことでなくとも、成績が良くても家が貧乏で大学に行けない人間や、災害によって、そもそもやりたかったことそれ自体を失くしてしまうことだってある。

 だからこそ、彼の様に『今、自分がやりたいことってなんだろう?』と、やりたいことについて考えられる環境にいることは、実はとても恵まれている。


「はい!」


 説教のようになってしまったが、弟さんは真剣に頷いてくれた。


 俺の言葉が果たしてどれだけ彼に伝わったのか、それは俺には分からない。けれど、できればこれからたくさん悩んで、そしてそのうえでもしうちの学校を選んでくれたなら、その時は弟さんではなく、名前で呼ぼうと思った。





「……よかったのかな? あんな感じの話で」


 先輩たちを見送りながら、店の前で突っ立ったまま鈴宮が言う。


「どうだろうな。あんま参考になったとは思えないが、まあそれなりに伝えたいことは伝わっただろ」


 というかたぶん、今日の弟さんの目的は俺の観察だったと思う。そのついでに学校のことについても聞きたかったんだろうから、そこまで真面目に考える必要はないだろう。

 俺が先輩たちから視線を逸らし、店のドアを開けながら言うと、鈴宮は「そうか」と一言つぶやいた。



「これから何かあるのかい?」


 席には戻らず、会計に向かった俺の後をついてきた鈴宮に尋ねられる。


「ああ、ちょっと献血にな。ホントはそれが今日の予定だったんだが」


 ポケットから財布を取り出し、そのあまりの薄さに顔をしかめながら答える。


「献血って、駅前に毎月来てるバスの?」

「ああ、五月くらいから行ってるんだ。前から興味はあったんだが、生憎、年が足りなくてな」


 俺が言うと、鈴宮は少し考える仕草をした後、


「……俺も行こうかな」

「いや、お前はまだシフトあんだろ。生憎、今月は今日までだから、また今度行ってみろ」


 せっかく行く気になっているのはいいことだが、バイトをさぼらせるのはマスターに悪い。それに初めてのときは学生証とかが必要だからな。


「そうか、それもそうだね……。なら次に行くときは俺も誘ってもらえるかい?」

「ああ、血は多い方がいいからな」


 新しい血源ゲットだぜ!



「それにしても驚いたよ。月影先輩とはどこで知り合ったんだい?」

「前に部活の用事で大学に行ったときにちょっとな。結構久しぶりに会った」


 会計をしながら、俺たちは世間話に興じる。先輩に奢ってもらった分とはべつに、待っている間に注文したコーヒーなどの会計だ。


「そうか。……彼、うちに来ると思うかい?」


 お釣りを手渡しながら尋ねられる。


「どうだろうな」


 言うと、鈴宮は「はは…」といつもの人好きのする笑顔を浮かべた。


「来るといいね」


 店を出る前、にっこりと向けられた笑顔。

 べつに彼が入学しようが俺には関係ない……が、シスコン同盟、略してシスターズ。その仲間は多い方がいいからな。


「――だな」



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