『オーバーステッド』公式大会決勝戦(リリ視点)
決勝はプロチームの『ビヨンド・雫』とのマッチ。運営の無粋な発言と方針のせいで不穏な空気のまま始まった。結局予定のスタート時間から30分以上遅れて始まり、もう大会そのものがグダグダなまま決勝戦の火蓋が切って落とされた。
『ポイントマッチ』のフィールドは『大自然保護区』。広大なフィールドで相手をいかに把握するのかが大事になってくる。フィールドに降り立つ前に相手のキャラピックが確認できるので、それをハピハピ先輩が報告してくれた。
「アタッカー4、スナイパー1、サポート1!超オーソドックスなタイプ、サポートはバフ系!『エリアマッチ』じゃないからね、全員で殴り込むよ!」
「スキルぶん回していけ!いくらやられようがポイントさえ集めちまえば勝ちだ!」
「リリ、ブッパのタイミングは知らせろよ!誘導してやる!」
「お願いします、ジョン先輩。ユークリム先輩、索敵任せました!」
「どーんとこい!みんな、D-5付近に集合ね!」
最初は二手にメンバーが別れているので合流をする。『エリアマッチ』ならエリアを確保する人と相手を足止めする人で別れるが、今回は『ポイントマッチ』なのでスキルをとにかく使いまくるために合流する。
バフもデバフもかける対象の多さでポイントが変わる。そのためバフを受けるなら全員で受けた方がポイントが高い。
バフが使えるようになった瞬間、ユークリム先輩がバフをかける。そして索敵スキルも使って位置を教えてくれた。相手もほぼ同じ編成だからか、最初の索敵ではまだ固まっていた。スナイパーで届く距離でもないので、まずは進軍だ。
相手も進軍しているならそろそろ対物ライフルで着弾できる距離になったので、俺だけ別行動。うつ伏せになって対物ライフルを構えてスコープを覗き込む。
スコープを振って相手の位置を探る。相手も索敵スキルを使えるためにどのタイミングで使ったかにもよるが、潜伏位置はバレてしまっているだろう。
見付けた。
「アタッカー3人とサポート、固まってます!D-47付近!もう1人とスナイパーは発見できない!」
「ケピナ、使って!あっちの射線に入らないようにする!」
「ああ!……スナイパーは52、アタッカーは42付近だ!リリを索敵して1人で潰そうとしてるんだろう!」
「そっち先に処理します!」
「よっし、じゃあウチらはこのまま迂回!スナイパーの射線には入らないようにするよ!」
索敵が2回使えるのはかなり大きい。相手が索敵をしていても、こっちが後から使ってしまえば相手の情報は筒抜けだ。俺に向かってきているということはアタッカーの人は俺を潰してスナイパーという援護射撃がなくなった上で安全に前衛を潰す気なんだろう。
そうはさせない。対物ライフルの射程なら届く。5発はなったが、1発目が当たった時点で回避行動を取られた。5発では当たりどころが悪かったのか倒れることなく、リロードをして相手を改めて探す。リロードをしたらスコープから目線が外れてしまうので相手をまた探さないといけない。
相手だって撃たれたのはわかっているので身を隠す。この『大自然保護区』は木がそれなりに乱立しているので隠れられる場所もある。けど、その隠れられるポイントも全部把握しているし、ほとんどは完全にキャラの身体全部を隠しきれない。
今も、半身が出てしまっている。そこへ俺は2連射。HPを削り切ったのか、キャラが消えてキルのポイントが入ったと思う。1分ごとにポイント更新が入るので、今どちらが有利かはわからない。
「アタッカー排除!下降して場所を変えます!」
『ナイスキル!』
『前線参加だー!』
「OK!こっちもそろそろぶつかるよ!狙撃を受けたらすぐに回避行動と報告!」
「了解!」
「プロがなんだってんだ!こちとら、格ゲーキャラの全動作パターン覚えてんだぞ!ただの射撃モーションなんて見てから回避余裕だわ!」
『ポイントリードでかいよ!』
『ただこっからだよなあ。休憩時間に見てたけど、相手チームやっぱプロだよ。上手い』
「その割にはジョン先輩、結構やられてないか?」
「フリーラン式の戦闘って難しいよな!」
「『ズァーク』の格ゲーでもビームとか避けるの微妙だったような……」
「こっそり刺してくるじゃん、リリ!」
『リリ、毒吐くじゃん』
『メンタルに余裕あっていいぞ〜。いや、よく持ち直したよ。ホントに』
そこからは一進一退の攻防。ハピハピ先輩もやられて瓦解しつつも、相手も壊滅させたりスキルをかなり使った。無駄撃ちでも良いからとにかくスキルを何度も使うことが『ポイントマッチ』で勝つためのコツだ。もちろんキルを取られまくったら全然ひっくり返せなくなるけど、キルもおそらく拮抗していたはず。
試合結果は107-103でこっちが勝った。
「うっひゃあ!ギリギリ!でも勝ち‼︎」
「あっぶねー!たった4ポイントかよ」
「相手強い〜……。流石プロだね、めっちゃやられたー」
「この1勝はかなりデカイ。次の『エリアマッチ』で優勝を頂いてしまおう」
3戦しかしないんだから、1勝を獲れたのは本当に大きい。このまま次も勝って『ゼムキルオール』は少し気を緩めて挑みたかったのだが、ここで次のフィールドが発表される。
運営の言っていた新フィールド。『新人類研究センター』という名前のようだ。
「うわっ、新フィールドだ……。ノウハウないんだってば」
「ここでか……。フィールドをマッピングしながら『エリアマッチ』は難しいな。建物の中か?」
『またかよ⁉︎』
『えー……。せめてさっきもやったところならわかるけど』
『オワコンオワコン』
『あのさあ。これどうすんの?さっきも新フィールドで全員困惑してたじゃん』
『2つも新フィールドやるのはどうなの?公式大会やるなら練習の段階でそこもやらせておけよ』
ぶっつけ本番だなぁ。これ、最終戦じゃダメだったんだろうか。それか勝敗とは関係ないエキシビジョンマッチとか。いや、これで1対1になって最終戦が新フィールドだったら逆に荒れるか。
初見殺しの最終戦は一番荒れそうだ。今だって荒れてるのにこれ以上となると収まらないんじゃないかな。
試合が始まってフィールドに入る。転送された場所は予想通り施設の中で、5Fとか出ていた。すぐに周りを確認するがエリアの表記が多すぎる。5FだけでT~Zまでエリアが振られている。ここだけで5エリアあるってどういうこと?
「これ、下に降りる階段があるね。エリアがこれ、27あるってこと……?」
「部屋が分かれすぎててこれ、索敵とスナイパー殺しでは……?移動が多すぎて索敵しても意味がない……!」
「リリ、スナイパーライフル!対物ライフルは無理!このフロアは全部エリア埋めてから行くよ!未知のマップならエリアを集めつつ敵と邂逅する時だけ戦う!索敵班はケピナから順に1分ごとに索敵して!エリア制圧のポップアップ、マップが頭に入ってないからあてにならないよっ!」
「くそ、遭遇戦かよ……!」
高低差がある上に、上の階から下の階を狙えないのはスナイパーの存在意義がなくなる。上のリスポーン拠点を取った者勝ちにしないためのルールなんだろうけど、このステージはスナイパーが完全にお荷物だ。相手のスナイパーが2人体制だったら有利になれたかもしれないけど、『ビヨンド・雫』はスナイパー1、サポート1、アタッカー4編成だ。
ジョブによる有利不利は、多分なさそうだ。
フロアは廊下と部屋でエリア分けされており、廊下の端と端までの距離は対物ライフルではなくスナイパーライフルで十分届く。それくらいに一辺が短い。うつ伏せになる必要のある対物ライフルしか使えないスナイパーは撃つ準備をするだけで隙だらけだ。
相手のスナイパーはまさしく対物ライフルしか使えないキャラで、待ち伏せ以外の方法でキルを取るのは難しいんじゃないだろうか。
「索敵結果!エリア確保を2人に任せて4人が上に上がってきてる!アタッカー全員で妨害、スナイパーとサポートでエリア確保していると考えられる!」
「こっちは5人で突っ込むよ!足の速いジョン先輩、行く先々のエリア確保お願い!後から合流してきて!リリはスコープで階段の監視!階段は1つしかないっぽいから待ち伏せもできる!」
「ラジャ!」
「了解です!」
「これ、3階の登り階段か下り階段を確保した方が勝つゲームじゃねえか……?ハピちゃん、急いで中央奪った方がよくね⁉︎」
「というより登り階段だろうね。そこを固めるよ!」
『結局中央エリアでドンパチするのは変わらないのか』
『これ1フロアごとに部屋構造違うじゃん。階段の位置も』
『初見でやらせるフロアじゃないって、これ……』
『とにかく階段封鎖が最強か?となると案外スナイパーゲーになる……?』
『リリ、活躍のチャンスだぞ!』
急いで3階に降りる。階段マークの方へ急ぐが、下り階段から次の階段までが離れているからすぐに辿り着けない。普通の建物だったら階段を一緒くたにしているんだろうけど、ゲームのマップだからかその辺が適当だ。
戦術的な意味もあって分けている可能性がある。階段に辿り着いた方が有利だからこそ、登りも下りも敢えて離しているのかもしれない。
5人で固まって移動していると、ユークリム先輩から報告があった。
「エレベーターあった!5階からだと3階までしか降りられないみたいなんだけど、これってつまり向こうからしたら1階から3階に上がってこられるってことじゃない⁉︎」
「なっ……⁉︎ユークリム、すぐ索敵!エレベーターの場所は⁉︎」
「えっと、N-7!そこに2人、多分下から上がってきてる!」
「リリ!ごめん、捨て駒になって!そっちを1人でお願い、こっちの2人を速攻倒して潰しにいく!」
「距離の利はこっちにあります。相打ちくらいは狙ってみますよ!」
ハピハピ先輩の指示に従って目指していた下り階段とは逆方向に行く。エレベーター側を無視したら挟撃される。エレベーターの存在に気付いたユークリム先輩を称賛するしかない。もし気付かなかったら挟み撃ちで壊滅していた。
N-7方向に行き、スコープを覗き込む。ダメだ、もう2人とも3Fに来ている。
ステージ専用ギミックはあっても良いだろうけど、それを試してもいない新フィールドにあるのは話が違うだろう!
状況を有利に運べるギミックを『ビヨンド・雫』が見付けて使用していることは責められない。こっちだって見付けてたら使っていただろうから。
相手を見付けて、発砲する。
「エンゲージ!予想通りこっちは2人です!」
「OK!こっちも2人だからすぐ倒すよ!ケピナ、デバフ!」
「もう蒔いた!蹴散らせ、ハピハピ!」
向こうも戦い始めたらしい。10発放つものの、向こうもすぐに見付かると思っていたのか壁の奥に隠れてしまう。
建物の中って本当に射線が通りにくい。壁を壊せるわけでもないし、相手が出てくるのを待つか?
でもこれは『エリアマッチ』だ。1人だけこっちを牽制しておいて、もう1人でエリアを確保するのは全然あり得る。ハピハピ先輩が挟撃に来るのを待つか?それとも一気に攻めるか。
射程は明らかにこっちが有利。いや、ここはもう博打で試すか。
こんなステージで対物ライフルなんて使うタイミングないだろうし。
「レーザー砲使います!壁が貫通するかどうか、デバックしてやる!」
「ブフッ!良いぞリリ、やっちまえ!」
「どんな勝負事だって博打は大事だからな!かませかませ!」
「どうせ使い道ないだろうしね。それで倒せたらめっけもんだし、やっちゃえリリ!」
『水瀬夏希:いっけー!リリちゃん!』
『霜月エリサ:いっそエレベーターも壊しちゃえ!』
『同期が物騒なんだが?』
『他の建物だとどうだったっけ?』
『『エリア666』だと貫通してた。前のパッチの不具合かどうかは知ら管』
ポラリス先輩、ジョン先輩、ハピハピ先輩から許可を貰ったのでレーザー砲を発射する。
建物の壁を貫通する角度で放ち、エフェクト的には極太のレーザー砲がまっすぐ飛ぶ。キルのポップアップは出ないのでどういう結果かはわからないが、とりあえず排熱作業でスタンした。オブジェクトなのか建物自体には一切傷が付いていなかった。
壁の奥から相手が出てこないことを祈っていたが、俺の祈りも虚しく相手が距離を詰めて来ていた。俺の幸運もゲームシステムには勝てないか……。
「ロマン砲失敗しました!後はスナイパーライフルでどうにかします!」
「こっちはクリア!ケピナとジョン先輩は2階に向かって!ウチとポラリス先輩で挟撃する!」
「おうよ!役割分担だな!」
『やっぱダメかー!』
『建物壊れたら影響が大きいのはわかるけど。新フィールドだからもしかしたらを期待したが……』
『南無三!』
『リリ、動け!やられちまうぞ⁉︎』
『この攻めは責められねえよ!』
エリア確保組が2階に、制圧組が3階に、俺も目の前の2人を迎え撃つ。
射程が長かったことと、おそらく最初のダメージが効いていたのか前にいた1人は倒せた。だけどもう1人に連射されてHPが削れ切った。
「すみません、1-1交換です!残りの人ローじゃありません!場所はO-10付近!」
「十分!もうそっちに行く!その人を倒し切るよ!」
リスポーンを待って、フィールドに戻って来てからまた3Fを目指す。エレベーターの仕様も知りたかったのでそのまま使ってみることにした。
その間にジョン先輩とケピナ先輩がダウン。
「悪い、やられた!相手、総力戦仕掛けて来たぞ!」
「ユークリム、前線に行け!お前のバフが全てを変える!」
「4Fの残りエリア、任せたからね!」
エレベーターで俺も3Fに到着。前線で相手の妨害をしないと。
前線を再構築してジョン先輩もエレベーターで参戦しようとしたが、エレベーターで詰まったらしい。
「はあ⁉︎エレベーターのリチャージタイム4分⁉︎1試合中に2回しか使えないエレベーターとか欠陥品かよ!」
「急いで階段に向かって!足を動かす!」
「操作は手だけどなあ!クソ、練習で試せてたならこんな無駄な時間を使わなかったのに!」
「向こうも当分エレベーターが使えないってわかったのは大きい!こっからは地力だ!」
ほぼ全員が3Fに集まって乱撃戦を始めた。エリア獲得なんて知ったことかと言わんばかりのFPS本来の立ち回りをした。相手との戦闘でどちらが倒されてエリアを確保されてしまうかの勝負だ。
相手はFPSの舞台では超一流だった。俺たちが援護してもハピハピ先輩までもが突破されてしまい、3Fのエリアを奪われるのはもちろん、いつの間にか4Fまで上がられてそっちのエリアを確保されたりした。
プロと名乗るだけあってとにかくゲームが上手い。どうすれば勝てるのかということを緻密に計算してそれを実行できる腕がある相手というのはかなり驚異なのだと知った。
結果、『エリアマッチ』は40-48で負けた。
「クゥ〜、惜しい!っていうか相手うまっ!まあ、他のFPSで世界ランカーが3人いて、他3人も日本でトップ勢なんだから強いのは当たり前なんだけど」
「射線の抑え方とか上手くて、かなり良い位置に隠れられたぜ。ゲームが上手いと視線から角度とか計算できんの?」
「できるよ、ジョン先輩。それくらいはむしろ朝飯前」
「ウッヘエ。格ゲーとFPSじゃ畑が違いすぎるわ……」
「いやいや、ジョンもめちゃくちゃ動きが良くて相手を翻弄してたぞ。まあ、アレだな。敗因を言っちまうと、初見フィールドな上にここで勝ったらマッチ勝利だからって焦っちまったな。でも次が正真正銘のラストバトル。奇跡も起こせる一発勝負だ。やれることをやり切ろうぜ」
「やだ、頼れるおじさん……」
「おじさん言ーな、ジョン!この中だと一番歳上なんだからこういう時に纏めないとだろ!ハピちゃんはエースなんだからリーダーは別にやるべきって、全員でオレを指名したくせに!」
『ナイファイ!次あるよ!』
『相手が上手すぎた!あっぱれとしか言いようがねーよ』
『ポラリスイケメン〜』
『ちょっと男子〜。茶化さないの〜。ポラリスさんが良いこと言ったんだから。よっ、男前!』
『ちな↑の性別は?』
『男だが?』
『デスヨネー』
負けた後だというのに空気は悪くない。
次が本当に最後の勝負。『ゼムキルオール』だ。フィールドも早めに発表されており、さっきと同じ『新人類研究センター』だ。二度連続で同じフィールドは今大会初めてかもしれない。
次は上か下か。どちらにせよ、階段確保が勝敗を分けそうだ。
だが何故だかハピハピ先輩の方から、ニヤリと聞こえてきそうな声が漏れてきた。
「よし、談合しよう」
「え〜……?ハピハピちゃん、それってやって良いの?というか、相手の連絡先知ってるの?」
「別ゲーで連絡先交換してるし。SNSにDMはしないよ。このまま電話するね」
「はあ?お前、マジか」
「マジマジ。戦略とかめんどくさい。これでフィールドギミックを使ったって純粋に腕で勝負できないし、そもそもプロとしての定義から外れてるんだよ。ぶっつけ本番の新フィールドでの勝負に公式大会として罷り通るなんてことはさ。だからギミックなんてなしだ。お、繋がった」
『談合、って何?』
『お互いルール決めてやりやすいようにやろうぜっていう提案だと思う』
『……公式大会でやって良いの?』
『良いわけある要素が1ミリもないぞ。こんなの裏でやってましたってバレたら炎上するんじゃね?八百長試合みたいなもんだし』
『勝ちを譲るわけじゃないからいいんじゃね?それにこれ、公式大会のテイをなしてるのか?』
ハピハピ先輩が『ビヨンド・雫』のリーダーである『シャークトルネード』さんに電話をかける。何でこの人、伝説のサメ映画のタイトルを選手ネームにしてるんだろうか。サメ映画の業は色々深いのかもしれない。
「あ、シャークさん?この音声って配信に載ってる?載せちゃってて構わないからさ、談合しようよ」
「はあ?どういう条件?」
「全員3Fで集まろう。階段のところで固まっててね。んで、それまで全員スキル使うのなし。真っ正面から実力での勝負したくない?決勝のラストだよ?」
「ふーん。面白いじゃないか。乗った。その条件、守らなかったら炎上するぞ」
「お互い様だね。動き出すのは試合が始まって3分後。何もしなければその時間までに3Fに集合できるでしょ」
「OK。最後は真摯に試合をしようじゃないか」
「よろしく!」
『おーん、すんなり決まった』
『まあ、悪くはない条件か?五分五分に持ってったのは事実だし』
『ヨーイドンを合わせようってだけだからな。奇襲なしって確約がどう転ぶか』
『リリもハピちゃんも頑張れー!』
これ良いんだ。もう滅茶苦茶だな。
配信にがっつり音声が載ってるので、ある意味証拠が残ってしまった。談合をやるのを運営がどう思うか。
向こうが好き勝手してるんだから、ちょっとは痛い目を見ても良いだろう。公式配信で実況している人たちは被害者だから可哀想ではあるが、この仕事を引き受けてしまった運の悪さを恨んでほしい。
俺たちも関わってるからこの件に関しては全員運は悪かったと言うしかない。
試合が始まる。
俺たちが下の階でスタート。談合の約束通り、何もせず3Fへ行く。もうマップを覚えているので全員ハピハピ先輩に付いて行って階段のところで待っていた。
それに待っている間にハピハピ先輩がまた電話を始める。試合中に相手に電話って、もうすんごいなあ。
「もしもーし。こっちは準備できたけど、そっちはどう?」
「お前、マジかー……。まあ、こっちも準備ができてるから、待機しているのも無駄か。5カウントで合わせるか」
「ですねー。じゃあ5カウントの後、電話切りますね」
「OK。じゃあ行くぞ。5」
「4」
「3」
「2」
「「1」」
「「ゼロッ‼︎」」
5カウントで全員が動き始める。
たった一度きりの殺し合い。なら俺は速攻を仕掛ける。相手のスナイパーを殺せたら勝ち。この3分のおかげでレーザー砲のチャージタイムも明けている。
壁から顔を出した瞬間、俺は先鋒としてレーザー砲を発射した。
「スナイパー1排除!その他はキルポップアップなし!」
「一番厄介なスナイパーがいないのは大きいよ!突っ込めー!」
お互いがフルパで同じ方向から突っ込んだ。スナイパーは倒せたものの、厄介なのは相手のサポートだ。速度アップのバフを持っているから、相手の回避速度と進軍速度が上がるため、純粋に上手い人たちが選ぶサポートでは一番らしい。
その人たちの速度によって俺もあまり当てられないまま倒れてしまう。お互い倒れつつ、どんな偶然か、それとも実力がそうさせたのか。
最後に残ったのはお互いのエース。ハピハピ先輩と『シャークトルネード』さんの一騎討ちとなっていた。
お互いがスキルを使い切って、バフもデバフもなし。単純な腕による最終決戦。
「ホントさあ!最後だから全部ぶちまけようか!こんなに楽しくなくて辛かったFPSは初めてだよ!この最後くらいはちゃんとFPSやりたいんだよね!」
「ハピハピ、やれえ!」
「火力はこっちの方が勝ってる!当てれば勝てる!」
ハピハピ先輩が鬱憤を漏らす。
お互いが一発ずつ当てて、HPが僅かになる。お互いの回避技術が凄すぎてエイムが良いはずなのにどっちも当たらない。ローリングからの立ち上がりながらの射撃、サイドステップで避けてマシンガンをばら撒く。
相手の回避先を読んで置き射撃をしたりと、かなり高度な頭脳戦を見せていた。後一発当たれば終わりだというのに、どちらも覚醒したように回避をしまくっていた。
人数が同じじゃなかったら横槍で終わっていただろう。それはつまらない結末だった。この2人の演舞を見られるだけで最後の幕引きとしての舞台は整った。
2人して壁の奥へ引っ込んで、弾倉をリロード。どちらから仕掛けるか、それを固唾を吞んで見守った。同じチームの俺たちも口を開けず、彼女たちのタイミングに任せた。
先に動いたのはハピハピ先輩。グレネードを投げるスキルが復活したので投げ込んだ。それと同時にハピハピ先輩も壁から出る。相手も爆発でやられないために壁から飛び出して、そしてそこでスキルを使った。
キャラの速度が上がるバフだ。それでハピハピ先輩が予想する位置よりもズレて初撃を外してしまった。
『シャークトルネード』さんのマシンガンがハピハピ先輩を貫く。それが決着。
最後の攻防に、俺たちは拍手を送った。あれがプロ同士の、というかランカー同士の戦いなのか。絶対についていけない超スピードのバトルに、観客が熱狂して興行として成り立っている理由をマジマジと実感していた。
「〜〜〜〜〜っ!悔し〜〜〜〜〜〜!負けちゃった‼︎」
「いやいや、ナイスファイト!準優勝だぜ、飲み会行くぞー!」
「切り替え早すぎぃ!もうちょっとハピハピちゃんに配慮しましょうよ、ポラリス先輩っ!」
「別に良いんじゃないか、ユークリム。ハピハピも吐き出してたし、切り替えた方がいい。リスナーの皆も応援ありがとう」
「コメント欄見るようにしますね。ハピハピ先輩めちゃくちゃ褒められてます」
「エリサちゃんも呼んで飲み会やろうぜ。彼女もアドバイザーで手伝ってくれたんだぜ、ハニーたち。あ、そういえばエリサちゃんの誕生日に一緒に飲もうって約束したのに飲んでねえじゃん!飲み会の幹事、ポラさんな!」
「いや、なんかドロッセル先輩が3Dスタジオ抑えたから明日エクリプス全員でスタジオ集合ってSNSで流れてるっぽい……?えー、行動力ぅ。ウチが怒涛の動きについていけないんだけど……?」
「ネムリア先輩はリモート参加みたいですね。まあ、遠方ですし……」
『1期前半組がめっちゃ裏で準備進めてたっぽい』
『スタジオ即日で確保できないって言ってたから、どんな結果でもやるつもりだったんだろ』
『エリーもアドバイザーで参加してたんだ?ソツなくゲームも上手いし、おかしい話でもないな』
『『スターティンクル』と『レインボードロップス』もめっちゃ讃えてくれてる。新フィールド2連続はまあ、言われるよなあ』
『『FPS談合』がトレンドに入っとるやんけ!というか、ここ数時間のトレンドが『オーバーステッド』関連……』
『負の意味のトレンドも多いけどな』
1期生の皆さんは今回案件に関わらなかった分、良い話を聞いてなかったようでかなり心配していたらしい。長時間配信は当たり前、その配信でも誰かしらが絶叫しているという悲惨な内容。
心配もされるか。スタッフさんを通じて色々と聞いてただろうし。
あ、でも宗方先輩が『ただ飯に御相伴に預かりたいで候。でも出無精ゆえ不参加で』とか言って宗馬先輩に『絶対に来るんだよ!後輩が頑張ったんだから労ってやれ!』と怒られている。しかも『ええ?でも母上もいらっしゃらないではないか』って返信したらネムリア先輩から『キ ナ サ イ』と脅されて『はい、母上!』と返している。
仲良しだなあ。
この後、チームリーダーは公式配信に通話を繋げて、そっちで無難なコメントを残していた。談合のことはしっかりと聞かれて2人で仕組みましたとも伝えた。
あー、この半月めちゃくちゃ大変だった。FPSは当分良いかな。『オーバーステッド』はやらない。もうアンインストールしたいくらいだ。
配信を終わらせて、チームメンバーだけで通話を繋げていた。
「いやー、本当に皆さん、ウチが指名されたからってこんなクソゲーに付き合ってくれてありがとう。この6人じゃなかったらこの結果は残せなかったと思う。うん、マジでお疲れ様でした!」
「お疲れー。いっやこの半月、全部このゲームに費やしてきたから当分FPSは良いや」
「私も」
「私も〜」
「オレも格ゲーに戻りたい」
「僕も当分良いかなって」
「えー!他のゲームだったらまともだからまたやりましょうよ!まともなFPSは楽しいんですから!」
「濃すぎるんだよ、この半月が!銃で撃つ系はRPGでもやらなくて良いってくらい銃にトラウマできてきたぞ?」
「確かに」
ポラリス先輩がFPSに忌避の感情を吐露すると俺も含めて全員が肯定した。
本当にFPSは当分触りたくない。食傷気味だ。
「じゃあFPS以外で何かゲームをやるコラボしましょうよ。霜月ちゃんも入れて。こういうのって需要ありますし」
「それならまあ」
「明日の飲み会とはまた別枠ってことで?良いぜ」
「今日はゆっくり休ませてくれ。ハピハピも疲れてるだろうし、その辺りは明日で良いだろう」
「ふふ、そうだね。ケピナも度々IGLやってくれて助かったよ。じゃあ解散!お疲れ様でした!」
「「「「「お疲れ様でした〜」」」」」
いや、本当に疲れた。
FORの3人で少し電話をして、近くのうどん屋さんに行って外食をして、家に帰ったら明日の個人配信はなしということをSNSで通知してお風呂に入って早めに寝た。
肩の荷が下りたからか、この日はぐっすりと寝れた。朝配信のアラームをかけなかったからか、珍しいことに12時間も寝てしまったのを確認した時は、時計が間違っているんじゃないかと疑ったくらいだ。




