栃木収録ロケ・1日目
なんか異能の話をしていますが、今後特に何か影響があったりはしません。
身バレをしたのは、コラボカフェに行った様子が盗撮されていたかららしい。コラボカフェの従業員が胸元に隠したスマホで映像を撮っていて、それを切り取った写真を今日の営業開始前にコラボカフェの従業員だと明言した上でハッシュタグなどを付けて「リリ君たちFORが座っていた席はこちらです!従業員一同でお待ちしています!」と投稿したために俺の現実での姿がSNSに拡散されたようだ。
その既に消された写真を見ると、テーブルに料理が載っておらず、俺の顔と見切れた五反田マネージャーの顔、そして俺の対面に座っていた真紀さんの後ろ姿に撮った本人の両手に持った料理の数々から投稿した人物が料理を運んでいた男性だと分かった。
俺と五反田さんのどちらかがリリだと推測が出回り、エクリプスもコラボカフェの運営会社も投稿に気付いて現在は投稿を削除。写真から誰が投稿したものかすぐに判別したために彼を確保。コラボカフェから撤退させて事情聴取をしているようだ。
この騒ぎでコラボカフェの営業スタートが遅れて、遅れた理由にSNSでの投稿があったためにコラボカフェやリリ、身バレなどがトレンド入り。俺もスマホを確認するとSNSにはメッセージが大量に来ていた。運転と撮影があったから今日から3日間はSNSの通知を切っていたために気付かなかった。
社長が陣頭指揮を執って既にコラボカフェの運営会社と共同で憶測の拡散を止めるようにという声明を発表していた。それとコラボカフェの営業スタートが遅れたことを陳謝していたようで、迅速に動いたものの事態が早く動き過ぎているためにSNSでの情報伝達も活発になっているらしい。
軽くエゴサをしてみると、俺がとある劇団に所属していて劇に出ていたということまで発覚している。その時からあまり顔立ちは変わっていないことと、俺が昔劇団に所属していたと配信で話していたことから俺の現実での姿がほぼ確定されていた。
こういう情報を集めるのはどこからやっているんだろう。投稿から4時間ほどで身元を特定できるなんて、探偵とかになったら食べていけるんじゃないだろうか。そんな現実逃避の考えも浮かびながら放心していると、聞きなれた声が俺の耳に届く。
「やあ、祐悟君。大変なことになってるね?」
「難波君……。まあ、Vtuberとしてはかなり致命的だね。というか、凄い格好だ。それが正装ってやつ?」
「そうそう、神子服さ。ミクも可愛らしいだろう?」
「お正月くらいにしか見ないけど、2人とも凄く似合ってるよ」
俺の昔からの知り合い高校生、那須大社が実家の難波明君と、その婚約者の那須珠希ちゃん。その2人は撮影用に神子服を着ていた。白い上部と、緑と朱それぞれの色をした袴は似合っているとしか言えない。金髪金目の珠希ちゃんなんて日本人らしくないのに、後光でも差しているのかと思うほど似合っているんだから驚きだ。
2人もSNSを見たのか、俺たちの状況を知っているらしい。
スタッフの中には日向先輩の3Dライブに来ていたから知っている人もいる。突然の美少年・美少女が現れたことに口を大きく開けていた陽菜ちゃんに、俺の知り合いで社長の知り合いで今回撮影を一緒にする2人だと伝える。
神主の子でイケメンで霊媒関係では何かしらの力があるらしい難波君。これで婚約者もいるんだから彼は産まれからして色々と違うのだろう。
「さて、祐悟君。ありがたいお告げを聞くつもりはあるかい?」
「難波君は占い師だったっけ?」
「似たようなものだよ。──君に瑕疵はない。事務所の対応も問題なしだ。あとは君が絹田狸々を演じるだけ。簡単だろう?君はこれまで、ずっと演じてきたんだから。さあ、その魂のままに叫べばいい。進め、1人の少女を救うために嘘を突き通した少年よ。君の舞台だ。君のファンくらい騙し切って魅せなよ?」
そんな確信的なことを言う難波君。隣の珠希ちゃんも頷いている。
未来を視れるってことは過去も同じだとか、いつか言ってた気がする。歳上のことを少年少女とは言ってほしくないけど、俺は確かにあの時真紀さんを助けられたのだろう。
ならまた同じことをするだけ。自分は絹田狸々だと騙すだけ。
住吉祐悟ではなく、僕はVtuberの絹田狸々だとこれまで通りに宣言するだけだ。
「できそうかい?」
「できるよ。それは得意分野だ」
「それは重畳。ならこれからの撮影も簡単に……。その前に天海さんの顔色が戻るまで待とうか」
「え?」
振り返って真紀さんの顔を見ると、顔を真っ赤にして俺から視線を逸らしていた。その様子を隣の陽菜ちゃんがニヤニヤしながら弄っている。
まあ、何で高校生に知られているんだって話だからな。驚くし、顔も赤くするだろう。というか、真紀さんの苗字まで知ってるとか、本当にどうなってるんだろう。未来視。
そんな異能を持っていて、彼らは人生がつまらなくなったりしないんだろうかと心配になる。
真紀さんがいつも通りに戻るまでに、神主である難波君のお父さんである難波康平さんがいらっしゃって、撮影の段取りを確認し始める。だが今回は康平さんは表に出ることはなく、神社の紹介は難波君たちに任せているらしい。
そして撮影が始まる。真紀さんが軽く紹介しながら那須大社について話し、神主の子ということで難波君たちも紹介される。珠希ちゃんが婚約者ということは伏せられ、普通に幼馴染として仕事を手伝っているということで同行していた。どこからどう見てもカップルの距離感だから見る人は全員恋人ということは看破するだろう。
まさかそれ以上の婚約者なんて、わかる人がいるはずもない。
この神社の成立は1000年前。京都にあった天照大神を祀る神社の分社ということで、この宝物庫には天照大神に関連する宝物がいくつか寄贈されているという由緒正しい神社だった。今回は特別にその宝物の内の1つを見せてくれるということで、宝物殿に案内された。
桐箱に入れられていた宝物の1つ。それは女性が片手で持つような扇だった。新緑色が鮮やかで、綻びもなく和紙の部分を支える木にも損傷が見られない。当然和紙にも汚れも穴もなく、完品のまま保存されていた。
「ええー⁉︎これが1000年前の物なの⁉︎全然見えない!」
「いえいえ、平安時代に使われていた物ではなく、それこそ紀元前。神がまだ日ノ本にいらっしゃった時に遺された遺物だと伝わっています。ですので最低でも3000年前の品らしいですよ?水瀬さん」
「3000年前⁉︎え、でもそれってどうやって調べたの……?」
「これは二対一扇の物のようで、京都の本社にも全く同じ物が保存されています。そちらを科学的に検査したところ3000年以上前の木でできた物だと判明したようですよ?本社から譲り受けた際の証書も残っていまして、そちらも1000年以上前の紙でできていると判明しています。本当に天照大神が使用したかは不明ですが、同じだけの神秘は宿っているかと」
「そ、それって国宝ってことでは……?」
「まさにその通りです、霜月さん。我が宝物殿に納められた品々は全て国宝認定を受けています」
「「全て⁉︎」」
どひゃあ。
これ、国が警備員などを雇って守護すべき場所なんじゃないだろうか。それだけ歴史的に価値がある物が納められていることになる。
それにしては警備員とか見ないけど。ここの防犯は大丈夫なのかと心配になってしまう。
難波君がさっきの言葉は真実だと、日本の国璽が押された国宝認定証が出るわ出るわ。ちなみに日本政府というか文化省に問い合わせると全て真実だと返事が来るらしい。
そんな凄い神社が栃木にあったなんて知らなかった。割と人気の神社のようで、参拝客はかなり来ているらしい。
いや、何でそんな凄い神社の子息が何年も前から俺の劇を見るために東京に来ているんだ。本当に彼らは謎が多い。
宝物殿以外にも様々な逸話が残っている箇所を案内されて、最後に案内されたのは林の奥だった。歩道がしっかりとできていて、その奥には小さな社があった。本殿などに比べたらかなり小さく、人が1人入ったらそれだけで満杯になるような大きさの社。
そこの扉の前に、狐が寝ていた。子狐ほどは小さくなく、だが犬よりは確実に小さい。
「ゴン、お客様」
「もしかして飼っているんですか?」
「そうですよ、絹田さん。いつからか住み着いてしまって。人懐っこいので参拝客の目当ての1つになっています」
難波君が呼びかけると、目を覚ましたのか4足で立ち上がってこちらへ近付いてきた。そして俺の前に来て、じっと顔を見つめられる。
いや、大人しいな。普通人懐っこいからって初見の人間の顔をこうも覗き込まないと思うんだけど。
そう思っていたらいきなりゴンは飛び上がり、俺の左肩に乗った。そして尻尾で頭をペシペシと叩かれる。
これ、人懐っこいってレベルを超えていないか?
「おや、ゴンに気に入られたようですね。こうも初見で気に入られる人は珍しいですよ」
「リリちゃんいいなー!私にも飛び込んでおいでー!」
陽菜ちゃんが両腕を広げるが、順番なのか次に飛び乗ったのは真紀さんの両肩。鼻を鳴らして真紀さんの匂いを嗅いで、一言「コーン」と鳴いて満足したのか陽菜ちゃんの両腕に納まった。でも何だかブスッとしているように見えるのは気のせいだろうか。
狐なんて初めて見たのか、陽菜ちゃんは両腕に包んではしゃぎ回る。俺も狐なんて滅多に見ないけど、狐ってもっと人への警戒心強くなかったか?
こうも懐いてくれるなら、わざわざ通いたくなる気持ちもわかる。動物園に行かなくても触れ合える狐なんて稀少なんてものじゃない。
一通り可愛がられたゴンは陽菜ちゃんの腕から脱して社の前に座ってしまった。十分相手をしてやっただろうという尊大な態度が見て取れる。
なんか、目がチカチカする。なんだ?なんか、ゴンの尻尾が複数に見える……?
「あ、スタッフさん。ここちょっとだけカットお願いします」
そう言った珠希ちゃんが俺の両頬を抑えて覗き込んでくる。その金の瞳に見つめられて、目のチカチカが治った気がする。けど今度は珠希ちゃんの背中に狐のような尻尾が見えるんだけど……。
「うーん、ダメですね。ハルくん、バトンタッチです」
「ミクはこういうの得意じゃないからな。祐悟君、ちょっとこっち見て。──ON」
今度は難波君が何かを呟く。視界がぐるんと一周して、その直後に変な感じがなくなる。今はゴンも珠希ちゃんも普通に見える。
もしかして白昼夢?嫌なことがあったからってそんなものを見るか?
ちょっと社の階段に腰を掛けさせてもらうと、難波君が寝っ転がっていたゴンを掴み上げて、両頬を引っ張っていた。動物虐待にならないだろうか。
「この悪戯っ子が!お前アホなの?良いかなって思ったことが大体裏目に出るって何でわかんないかなぁ!」
「え、ちょちょ、難波君?ゴンちゃんに当たってどうしたの?」
「このバカが尻尾で悪戯して祐悟君の目に尻尾の毛が入っちゃったんですよ。こうやって何度か躾をしているんですけど、犬ほど賢くはないので度々やらかすんです」
「こ、コーン!」
「かわいこぶるな!お前本当に反省しろよ!祐悟君は昔から霊媒体質だって話してただろうが!」
「まあまあ、難波君。動物のやったことだから」
五反田マネージャーが難波君のゴンへの折檻を止める。
目に毛が入っただけ?本当にそれだけだろうか。
むしろ目が凄く良くなったような……。林の奥の方までしっかりと見れるようになった気がする。こんなに緑って鮮明だったっけ?
「祐悟君、ちょっと」
「何?秘密の話?」
「そう、秘密の話」
目の調子も悪くないので真紀さんたちにもスタッフにも大丈夫と告げて、難波君とゴンと一緒に社の裏に行く。
未来視とか、祓魔師的な話だろうか。
難波君はゴンの首根っこを掴んだまま話を続ける。……普通の動物なら、そんな扱いを受けたら暴れて逃げそうなものだけど。
「ごめん、祐悟君。このバカが君の霊媒体質を刺激した。これまで以上に霊とか普通は見えないものが見えるようになったと思う。応急処置で今は和らげてるけど、いつか見なくていいものを見てしまって後悔するかもしれない。……揶揄いで渡そうと思ってたんだけどなあ」
そう言ってポケットから出てきたのは恋愛成就のお守り。それにブツブツと何かを呟いて渡される。さっきまでよく見えていた光景に少し制限がかかったかのように、若干色褪せて見えるようになった。
これも難波君の力なんだろうか。
「基本的にはそのお守りを持ってて。それで大分症状を抑えられるから。君のお母さんの才能を君は綺麗に引き継いでしまっている。今まではそうでもなかったんだけど、このバカがその才能を刺激してしまったんだ。ごめんよ」
「……やっぱりその狐、普通じゃないよね?人間の言葉わかってない?」
「完全に理解しているし、俺と似たようなこともできる。この考えなしのせいで本当にごめん」
「ギャアギャアうっせえな、明!こいつ、その内悪霊に目を付けられてたぞ!そうならないようにオレがこいつに手を出したらタダじゃ済まないってわかるようにしたんじゃねえか!こいつ、現実でまずいことがあったんだろ?その上悪霊に祟られたら本当に死ぬぞ!」
「そうならないようにお守り渡すつもりだったんだよ!っていうか、会うたびに俺が術を掛けてたんだろうが!俺の細やかな配慮を強引にご破産にしたバカに文句言われたくないぞ!」
「……しゃべった?」
なんか難波君とゴンが言い争いをし始めたんだけど。これ、どういう状況?やっぱり白昼夢でも見ているんじゃないか。
それとも難波君たちが何もかもぶっ飛んでいるという可能性も。事実は小説よりも奇なり、とは言うけど。未来視が本当にあるなら狐もしゃべるかぁ。
しゃべるのか。
割と男前の声にびっくりする。未来視、なんてとんでもなことが実在するせいか、狐が話せることも、その狐が俺の霊媒体質に干渉できることにもさほど驚いていない自分にびっくりした。
霊が見えると言っても、基本無害だったし。悪霊に襲われると言われてもピンと来ない。難波君が何かをやってくれていたおかげだろうか。
「ゴン。祐悟君以外にバラすのは禁止だからな。これ以上は面倒だ」
「分かってるよ。ったく、お前がこいつを特別扱いしたからお前の手間を減らしてやろうと思っただけなのに……。こいつ、芸能人なんだろ?なんか特別な方が話題になるんじゃないか?」
「お前は、本当に!普通であることが尊ばれる文化もあるんだよ!それで間宮沙希さんとか苦労したの忘れたのか⁉︎一般人にはこういう陰陽師的な才能は要らないんだよ!」
「ちょ、おまっ⁉︎内部干渉は、ズルだろおおおおお⁉︎」
まるで雷にでも撃たれたかのように、地面でビクビクと震えているゴン。折檻なんだろうけど、こんなことして良いのだろうか。
彼らの関係だから口を出さないでおこう。
「ゴンはひとまず置いておいて。祐悟君、君は多分これまで以上に霊とか神様とか視えるようになってしまうと思う。お守りもあくまで悪霊を追い払うもので、視界を良くするものではないんだ。俺とミクがやったのも、そのお守りも君の周辺の感覚を誤魔化すだけ。本質は何も変わってないんだ。一般人とは視点が変わるかもしれない。本当にごめん」
「んー……。別に誰かに迷惑をかけたり、それこそ難波君がやったみたいに、俺が不思議な力でゴンを懲らしめたり、なんてことはできないんでしょ?なら問題ないかなって」
「それは大丈夫だ。君は眼が良いだけでそれ以外に特別な力はないよ。目線が合った人をゴンのように懲らしめる、みたいな力はない。君は陰陽師じゃないからね」
「陰陽師……。難波君とか珠希ちゃんは陰陽師なの?」
「そう、一家全員そうだよ。未来視もその一環。昔は宮廷に仕えて未来を占ってたんだから。人数はかなり少ないけどね」
はー。そんな不思議な力が現代にも残ってるのか。歴史の教科書とかにも陰陽師とか呪術師とか載ってたし、昔は陰陽術が学問として成立してたって話だもんな。
昔陰陽師の設定の舞台やったなあ。その影響か、そこまで不思議に思わなかった。
ゴンが話せるのも陰陽術で腹話術みたいなことをしているんだろうか。興味深い。
「応急処置もしたし、戻ろうか。ゴン、これ以上何もするなよ」
「しねえよ……。あの天海の末裔、そういう力は一切なかったからな。0を1にするのはオレでも無理だ」
「え……?真紀さんも陰陽師の末裔なのか?」
「血筋を遡るとね。江戸時代に幕府に仕えた天海家の末裔だよ。陰陽師としての才能はないから変な出来事に巻き込まれたりしないけどね」
「へー。珍しい苗字だと思ってたけど、そうなんだ」
いや、これ一目見ただけで看破した難波君とゴンがおかしいのか?それとも過去とかを遡って視たってことかな。
真紀さんも特に問題ないなら別に良いか。
3人で戻って、2人とスタッフに問題ないことを伝えた。別に歩いても話しても体調は悪くないので、このまま撮影はできると伝える。
「リリくん、ホントに大丈夫?」
「大丈夫ですよ、霜月さん。難波君におまじないをかけてもらったので。ね、難波君」
「ええ。ゴンも懲らしめておいたのでこの3日は大丈夫ですよ。その後は休んでほしいけど……。今日の騒動の釈明配信をしないといけないかな?」
「そうだね。その辺りも詰めないと」
この3連休はひとまず撮影に集中して良いだろう。その後どうするか社長も交えて話せばいい。
撮影に戻る前に休憩を挟むことにした。休憩中、陽菜ちゃんがゴンに構って悪いことしちゃダメだよーって話しかけていたらゴンもその弄りを大人しく受け入れていた。人語がわかる狐だからこそ今は反省しているし、俺たちの撮影のためにサービスをしてくれたんだろう。
そのままゴンも連れて授与所に行く。お守りや関連物を売っている場所だ。神社だから販売所なんて名称を使えないらしい。こういう言葉にかなり気を遣っている。
「ウチの神社では一通りのお守りを置いていますが、メインは豊穣と恋愛なので、皆さん繁盛祈願や恋愛成就のお守りを買っていかれますね」
「日本の最高神って恋愛推奨しているんですか……?」
「しているんですよ、霜月さん。多様な神格を持っているために、分社ごとに持つ性質が違いまして。那須大社は豊穣と恋愛の意味が強いという話です。わたしも持っていますし、霜月さんも水瀬さんもこの機会に恋愛成就のお守りを買いませんか?女性の参拝客はほぼ全員購入されていますよ」
「買うー!なんか凄そうじゃん!ね、エリーも買おう!」
「燃えないかなぁ。大丈夫かなぁ……」
そう言いながら買う2人。俺は買ったら確実に燃えるので別のものを買おう。というかもう恋愛成就の方は難波君に貰っているし、運転しているから交通安全でも買おうかな。
「難波君。炎上防止のお守りとかない?」
「そんなピンポイントな物はないですね……。厄除けならありますよ」
「あ、じゃあそれと交通安全で。厄除けはライバー全員分買った方が良いかな?」
「確かに厄除けは配信者なら欲しいかも……」
「芸能人の方とかは買われていきますね。今包みますよ」
スタッフも欲しがったので、事務所のスタッフ分とライバー分を購入。ライバーはこれからも増えるだろうからと30個買った。俺たちの分だけ分けてもらって、手持ちのカバンに入れる。
他に何か買う物があるだろうかと思っていたら、陽菜ちゃんに抱えられたゴンが鳴きながら尻尾で何かを指す。
お札、だろうか。高級な木でできた、那須大社と彫られたもの。それを尻尾で指しながら俺と難波君の顔を見るゴン。
これ、買わせようとしているんだろうか。
「ゴンちゃん、これ何?お札?」
「お札ですね。先程案内させていただいた神木から作った物です。剪定の時の端材で作られていますが、神木ですのでさまざまな加護がありますよ」
「えー、良いじゃん!これも事務所に置いてもらおうよ」
「コーン」
「何、ゴンちゃん。こっちのちっちゃい社?あ、ラーメン屋さんにもあった社だ!こっちも買ってほしいの?もう、おねだり上手なんだから〜」
「ゴン。これ以上水瀬さんを困らせると明くんにまた怒られますよ?」
「……」
とにかく買わせようとするゴンに、珠希ちゃんが注意をする。尻尾が項垂れてしまったけど、これ勘が良い人はゴンが言葉を理解しているってわかるんじゃないだろうか。
まあ、犬も人間の言葉で行動をするし、同じイヌ科だから賢い動物くらいに思われるだけか。
予算オーバーなこともあって、買ったのはお札だけ。社は置く場所も必要になることと値段的にも却下された。
撮影も終わって難波君たちにお礼を言って解散になった。また何かあったら連絡をくれるとのこと。
すっかり夕方になってしまったので、まずはホテルに向かってチェックイン。荷物を置いて夕飯をホテルでいただいて今日最後の撮影スポットに向かった。
そこも街から離れた郊外。でも道はしっかりしていたので向かうのは問題なかった。観光地だからか周辺に街灯も沢山あったため歩けないということもない。
「はい、本日最後の観光スポット、乙女の滝です。人魚がいたとか、盲目の乙女がいたという伝承のある観光スポットですね。観瀑台から見る滝はそれはもう絶景ということで、特にお昼は結構な人が訪れる場所みたいです」
「今は夜だからあんまり人もいないっぽい?滝ちゃんと見えるかなー?」
真紀さんの紹介がありつつ、奥へ向かう。遊歩道はコンクリートで舗装されていなかったが最低限の整備はされていたので歩くのは問題なかった。看板と灯りがあったので迷うことはなかった。
駐車場から歩いて数分。辿り着いた先には流れる水が透き通っているからか白髪に見えるという清らかな滝に着いた。水量もそこまであるようではなく、音も涼やかだ。夏に来たら凄い涼しいのかもしれない。夜ということもあってちょっと肌寒いくらいだ。
岩などによって滝の全体像が女性に見えるために乙女の滝。人魚は海もないのにどこから来たのだろうと思ってしまうけど、伝承なんてそんなものかと思ってしまう。
「えー、ちゃんと女の人に見える!すっご!」
「ライトアップも綺麗……。白色の電球だけ使ってるから滝の感じも映えてるのかな?うん、多色の電球を使わないでこっちの方が綺麗かも」
「多分ここの管理の人がこの滝の良さを理解して装飾されたんでしょうね。いやホント華美な装飾は必要ないって思いますね。ありのままの姿が一番綺麗というか」
どこか空気までも澄んでいるように感じる山奥の神秘。これで赤とか緑のライトアップをされていたらここまで感動できなかったかもしれない。このそのままを魅せつける姿こそが惹かれる理由なんだろう。那須に来たら是非って難波君が勧めるのも納得だ。
観瀑台から離れて滝壺の近くに進むと、滝の紹介文が書いてある看板が複数あった。乙女には諸説があり、盲目の乙女が身を清めるために使用していたという説。盲目が不浄のものと考えられていた時代に、ここで身を清めたことで盲目が治ったという伝説があるようだ。
もしくは盲目の乙女が蛇の化身であり、蛇の部分が浄化されて竜になって天に昇ったとか、人になったとか諸説がこれでもかと書いてある。
民間伝承ってこんなものだよな。
若い人魚が特定の日だけ現れるというのもあるようで、滝の上に現れたのを見たことがあるという話も書いてあった。本当に人魚だったかも不明とのこと。
『それ、嘘でもないんだよね。ここは居心地が良いからボクたちのようなこっぱな妖精とか神の欠片とか妖怪が訪れるのサ。ねえ、視えてる君?声は届いてないかな?』
「ん?」
知らない声がした方を視る。滝壺近くの小さな岩に、小人がいた。30cmもない、でも人間そっくりな存在。あんな人間がいるわけもなく、その小人はこっちに手を振っていた。
ロボットとか、そういうのじゃないだろう。それなら触らないでくださいとか注意書きがあるはずだ。それに今の声も完全に俺に向けての言葉。真紀さんたちもスタッフにも聞こえていないんだから俺にしか聞こえてないんだろう。
その小人をじっと視ると、ふわりと浮いていた。おおー、浮かべるんだ。羽とかないのに。
『邪魔したね。久しぶりに声と姿が届いたから話しかけちゃったけど、ボクたちのことは是非秘密にしてほしい。こんな矮小な存在でも一応神秘に属する存在だからネ。わかる人間に知られると面倒なんだよ』
「リリちゃん?そっちに何かあるの?」
「ああ、いや。ホタルっぽい光が見えたからまだいるのかなって」
「ホタルって秋に成虫になる種類もいるみたいだからそれかも。珍しいと冬に成虫になる種類もいるんだよ」
「へー、エリー物知り!じゃあホタルいるかも⁉︎」
「ライトアップされてるからどうだろ。あんまり見付けられないんじゃないかなー……」
2人と話している間に小人はどこかに消えてしまったようだ。これが難波君の言っていたやつなんだろう。
日常生活に影響が出なければ良いなぁ。
「へー!見てみて、ここ告白スポットなんだって!あしや、どうまん?って読むの?蘆屋道満伝説?蘆屋道満がここで奥さんに告白したって。リリちゃん、エリー。蘆屋道満って誰?」
「えっと、平安時代の安倍晴明のライバルかな。宮中に仕える陰陽師で、いたかわからない伝説の人物だね。創作の人かもって言われてる。だから実在するなら1000年前の人物かな」
「だからこっちに来ていたかはわからないかな。当時はこっちの方まで遠征で来る都の人は少なかったし、何しに来たんだろうってことも疑問だよね。京都に住んでる学者さんが栃木に来るかな?」
看板にあった蘆屋道満伝説について、俺と真紀さんで解説するけど正直眉唾だろう。難波家が安倍晴明の直系らしいけど、ライバルの子孫がいる地に来るのか。来て何をするのかって話だし。
しかも妖怪を祓ったとかじゃなくて告白の現場って。安倍晴明なら箔もつきそうな伝説だけど、実在するかわからない人物の告白の場所って。
「……え?天海家創始者、天海内裏も蘆屋道満に倣ってここで奥方に婚姻を誓ったとされる……?なんでそんなに告白スポットになってるの……?」
「天海?どなた様?」
「江戸時代に幕府に仕えた陰陽師の家系だよ。だから何で東京じゃなくてこんな場所で……?」
真紀さんが疑問を持ち続けて首を傾げている。
今日はとことん陰陽師に関係があるな。というかそれって真紀さんのご先祖様のことじゃないだろうか。だから陽菜ちゃんも反応したんだろうし。
つまりここでその内裏って人が告白しなかったら真紀さんはここにいないのかもしれないのか。ありがたくお礼を伝えておこう。
……ここを紹介したのも難波君なんだから、この話を知った上でここに誘導したな?
「まあ、でも!こんな素敵な場所で告白とかプロポーズされたら嬉しいよ!わざわざこの伝説を調べてここまで連れてきてくれるんでしょ?それって素敵だよね、エリー」
「そこまで考えてくれるのは、うん。とっても嬉しいかも。もし告白を考えている人は是非ここで告白するのはいかがですか?」
「お昼なら駅からバスも出ているので通いやすいですよ」
そんな宣伝もして今日の撮影は終了。ホテルに戻って明日に備える。今日は全員SNSなどを使わずに寝ることを五反田マネージャーに言い渡され、その通りに部屋で待機する。
明日も運転があるし、社長からもこの後どうするかの方針が来ていたのでそれを読む。あとは状況把握のためにエゴサをすると、オリンピックで福圓梨沙子さんや宮下家の人たちの隣にいたのが俺だと特定されていた。あの日に観戦することは何度も伝えていたし、顔写真が出れば特定もされるか。
俺が出演していた劇のタイトルとか日付とかもどんどんネットの海に情報が流れていく。俺の年齢も俳優の時は公表していたから20歳というのも知られ渡っている。
事務所でも削除申請を出しているようで、実際に幾つかの投稿は削除されているようだ。それでもスクリーンショットなどで情報が保存されて、それをまた投稿して、というループに入っているので俺の個人情報は当分ネットから消えそうにない。
気になって俺のチャンネル登録者数を見るけど、想像していたよりも登録者数は減っていない。その代わり最新の動画には変なコメントがあったのか削除されているのが見て取れる。
アナリティクスを見ても、登録者数は減ってはいるものの、その逆に登録する人もいて結果として数があまり変わっていないっぽい。炎上商法っぽくてやだなぁ。
確認も終えて、ホテルの大浴場に行ってゆっくりと温まって、そこにいたスタッフさんと少し話して励ましてもらって部屋に戻った。
正直、身バレしたことに対してはこっちの落ち度がないからあまり気にしていない。それよりも悪い意味でエクリプスやコラボカフェの話題が出てしまうのが嫌だ。
真っ当にやっていても、こうして誰かに貶められる。俳優の時にこれくらいは覚悟していたはずなのに、また沢山の人に迷惑をかけてしまったというのが、お腹に来る。
それでも俺は絹田狸々を演じるだけだ。そうして報いるしかないんだから。
今日はもう寝てしまおうと思っていると、来訪者を告げるチャイムが。誰だろうと確認したら真紀さんと陽菜ちゃんだった。ドアを開けて招き入れる。廊下で話すのも誤解が生まれるかもしれないし。
「どうかしました?」
「祐悟君は心に傷を負っているから、今日は真紀ちゃんと一緒に寝ること!で、明日はあたしも一緒に3人で寝ること!というわけで真紀ちゃん置いていきます!おやすみ‼︎」
「陽菜ちゃん⁉︎色々と何かをすっ飛ばしてない⁉︎」
陽菜ちゃんがそれだけ言って颯爽と帰っていく。残されたのは顔を真っ赤にした真紀さんだけ。
ど、どうしろって言うんだ。
「……えっと、どうしましょう?一応ベッドは2つありますけど……。というか部屋に戻っても問題ないような……?」
「陽菜ちゃんが鍵を渡してくれなかったから、このまま帰っても締め出しに遭っちゃう……」
「何でそういうところで策士なんだ、陽菜ちゃん……」
(ほ、本当にこれでいいの⁉︎陽菜ちゃんもいるからこんなの想定してない……!祐悟くんのこの事態だって想定外なのに、だからって2人で一緒の部屋はまた別の話というか……!陽菜ちゃんも無理矢理すぎるよっ!)
真紀さんも顔を真っ赤にして何も出来そうにない。
とりあえず寝る準備だけして、スマホでアラートだけセットして電気を消す直前まで来た。
結局、どうやって寝るのが正解なんだろう。
(えーいっ!お姉さんでしょ、真紀!勇気を出しなさい!)
「ゆ、祐悟くん?その、一緒に寝ても良いかな……?」
「えっと、真紀さんの方は大丈夫ですか?それは数段すっ飛ばしているような気が……。いくら付き合ってるからとはいえ、キスもしてないのに……」
「じゃあ……する?キス。わたしは、祐悟くんとならしたいよ……?」
そう彼女に言われて、俺は彼女が腰を掛けているベッドに向かう。
そのまま彼女の身体をそっと抱きしめて、壊れないように、誘われるように彼女と唇を合わせた。知識ではあっても、実際にするのは初めてで、ぎこちないものの真紀さんの柔らかい唇が俺の唇を温めてくれる。
もっとその柔らかい感覚を味わいたくて、その小さな唇が欲しくて。何度も彼女を求めてしまう。力を込めないようにと思っていたのに、彼女を抱きしめる力が入ってしまったのかもう密着してお互いを求めていた。細くて柔らかい身体を抱き寄せてしまって、我慢が効かないくらいに彼女が近くにいた。
息継ぎをするためにどちらかともなく唇を離す。暗くした部屋でもはっきりとわかるくらい、真紀さんの顔は蕩けきっていた。そんな表情を見せられて、我慢なんてできるわけもなくて。
「初めてだから……優しく、してね……?」
そんなトドメの一言を受けて。
俺の理性はそこで途切れた。




