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いつだって三笠楓はかき乱す 1

 部屋で先だって書いたリレー小説の原稿を読む。

「やっぱ瀬良はうまいよなー……」

 瀬良の小説は読んだことはある。実力があるのは知っていた。だがバトルシーンすら、先輩を除けば瀬良の書いた部分が一番読みやすい。格闘技経験のある俺や海堂は現実の技を反映して書いているが、知識や経験があることと文章として表現することは別物なのだろう。というか、なまじ現実的な動きにしようとしすぎてるせいで読みにくくなっている。

 そんなことを考えていると、ノックもなしに妹が入ってきた。慌てて原稿を隠す。

「? なにしてんの?」

「なんでもねーよ。なんか用か?」

 咄嗟に隠したのがかえって不審を招いたのだろう。楓はまじまじと見つめてくる。

「もしかしておにいが書いた小説とか?」

 なんでこいつはこうも勘がいいんだ。

「俺っつーか、文芸部で」

「へー。見せてよ」

「無理。てか、なんか用があったんじぇねえのかよ? ないなら帰れ」

「デートしたい!」

「は?」

 ……どういうことだろ。つまり俺の妹はブラコンだったということだろうか。そんな気はしてた。

「網沢さんと!」

 たとえ相手が妹だろうと、女子に好かれるのは悪い気分じゃないなー、などと悦に入っていると、即落ち二コマだった。そういう意味深な統治法使うのやめてくれませんかね……。

「俺にどうしろと」

「だから、おにいが誘えばいいじゃん」

「はっ。バカを言え。俺が女子を遊びに誘えるわけないだろう。あまり俺の童貞力を舐めるなよ」

「いや、仲良いんじゃないの?」

「仲良いかなあ……」

 考える。俺と先輩は“仲良い”のだろうか。

 平日は毎日部室で会うわけだし、会話もする。紅茶もいれてくれるし創作で煮詰まってたらアドバイスくれたり励ましてくれる。

 だが、別に俺が特別扱いされてるわけじゃない。先輩は海堂にも瀬良にも優しい。つまり先輩は慈愛にあふれた超絶優しいママなだけであって、誰にでも優しいから俺にも優しい。それを俺に対する好意だと誤解して告白して振られるパターンはすでに経験している。

 理性はそう結論づける。けれど“もしかしたら”と思ってしまう。もしかしたら先輩は、多少なりとも俺のことをよく思ってくれてるんじゃないかって。

 だからこそ、強く持戒しなければならないのだ。もう勘違いしないように。ストーカーじみた行動をして相手に迷惑をかけ、拒絶されて自身も傷つく。

 俺は女に好かれることなどない。それは絶対にありえない。

「おにい、どうかした? 急に闇落ちした主人公みたいな顔して」

「なんでもない」

 そう、なんでもない。ただちょっとトラウマの扉が開いてしまっただけだ。

「とにかく、俺が女子を誘うとか、そういうのは無理だから。先輩と遊びたいなら自分でなんとかしろ」

「えー……。ケチ」

「はいはい。ケチですよー」

 いつもは言い負かされてばかりだが、俺の闇落ち顔がよほどひどかったのか、今回ばかりは引いてくれた。


ーーーーーーー


 トラウマは想像力を生み出す源泉でもある。

 昨日、楓に心の傷口を開かれたおかげで今日は筆の調子がいい。隣で瀬良がオリジナル呪文を唱えているのも気にならず、さくさく書き進めることができた。やべえ、俺、今ゾーン入ってるわ。

 が、先輩の声となると別だ。

「三笠くん、今日は調子いいわね」

 先輩に呼ばれるだけで心の傷が癒されていく。癒されすぎて書く気が失せた。

「……ええ、まあ、はは」

 ぎこちない返事をして、紅茶に口をつける。

「そういえば、妹さんっておいくつ?」

「一つ下っすね。16です」

「そうなの? じゃあうちの高校?」

「はい」

 そこで会話が途切れる。くそう、先輩ともっとお話ししたいのに! 会話ってどうやったら膨らむんだ!

 あとで“コミュ障 会話”でゆーちゅーぶ先生に聞いてみよう。ゆーちゅーぶ先生ならなんでも教えてくれるはずだ。

 コミュ力向上計画を練っていると、先輩が会話を繋いでくれた。

「三笠くん、チェスできるのね。卓球しながらエアチェスはじめるんだもの、びっくりしちゃった」

「チェスうてるんですか!?」

 俺と先輩の会話に割り込んできたのは瀬良。違う、話したいのはお前じゃない。

「ええ、妹さんと卓球しながらやってたのよ。やっぱり三笠くんって頭いいのね」

「いやあ……、はは、頭いいとか、別にそんな……へへ」

 どうしよう、我ながらキモすぎる反応だ。でも普段、褒められることとかないんだから仕方ないじゃないか。悪口なら切り返しのボキャブラリーもあるし、無視もできる。が、褒め言葉への耐性は著しく低いのが嫌われ者というもの。なんせ17年間貶され続けて生きてきたからな!

 まあ、実際けなされて仕方ないような人間なのが悪いんだろうけども。

 心がまたも曇っていく。先輩の顔を見て回復しないと!

 顔をあげると、そこにあったのは瀬良の顔、やったらきらきらした目を向けてきやがる。だからお前じゃない!

「チェスできるんですか!?」

「……ああ、できるよ。ちょっとだけな」

「じゃあ一局いいですか!?」

 言って、瀬良は部室の棚からチェス盤を持ってくる。

「……なんでそんなもん部室にあるんだよ」

 いつ使うの? 馬鹿なの?

「小説の描写で使うこともあるかな、って思って用意してたの」

「さすが先輩っす。先見の明ぱねえっす」

「なんて早い手のひら返し……」

 海堂が呆れていたが、無視。

 などと言っている間に準備は整い、瀬良が握りしめた両手をこちらに差し出してきた。左を叩くと、中には白い駒。

「先手ですね、どうぞ」

 瀬良はチェス盤を反転させて白をこちらに向ける。正直あまり気乗りはしないのだが、先輩の見ている前で負けるのもかっこ悪い。目をつぶり、一呼吸。頭の中をクリアにして、目を開く。

 慎重に駒を運び、一手、二手……。

 そして4手。

「え、え、ええ!? 負けました!?」

「……負けたな」

 勝った。たった4手で。

 1.e4 e5 2.Qh5 Nc6 3.Bc4 Nf6 4.Qxf7

 スカラーズメイトと呼ばれる、初心者の負け筋だ。本当にこれで負けるやつはじめて見た。

 冥界を統べる者、堕天使セラエル、チェスは初心者だった。


 しばし悔しがっていた瀬良が、唐突に頭を下げる。

「私にチェス教えてください、三笠先輩!」

「ええ……」

 正直めんどくさいなと思ってしまった。

「お願いします! キメ顔で『チェックメイト』って言ってみたいんです」

 どうしよう、すげえ共感できる。

「まあ、ちょっとだけなら」

「やった! ありがとうございます!」

「おおー。ちょっと待てよ」

 ルーズリーフを取り出し、シャーペンをノックした。

「お前、棋譜は読めるよな?」

「むしろ、棋譜しか知らないです」

「……定石は?」

「ポーンを真ん中に進めればいいんですよね?」

 やっぱり初心者だった。

 俺はしばし考え、ルーズリーフにいくつかの定石を書いていく。

 一番最初はやはりルイ・ロペスだろう。あとはシシリアンと、カロカンくらいでいいか。

「とりあえずこの三つ、覚えろ」

「はい!」

 瀬良は俺の手から引ったくるにルーズリーフを奪い、熱心に読む。覚える時は声に出すタイプらしく、「いーよん、いーごないとえふろく……」とぶつぶつ小声でとなえはじめた。テスト勉強もそれくらい必死にやれば補修になんてならなかったろうに。

 瀬良が定石を覚えるのにまだしばらくかかりそうなので、執筆に戻る。瀬良とのやりとりはちょうどいい気分転換になった。今日中に一話書き終わりそうだ。


 再び入った俺の集中力を途切れさせたのは部室の扉を開ける音だった。

 予期せぬ来訪者に、俺も瀬良も先輩も海堂も、そろってドアのほうを見る。

 夜闇を編んだ漆黒の髪、それとは対照的な新雪の肌、気だるげにカバンを肩にさげ、スカートからすらりと伸びる足が美しい。

 凛とした瞳は大人びているが、愛らしい顔つきは年相応。

 まがうことなき、完璧な美少女。

 ていうか妹だった。

「あ、いた」

「あ、いた、じゃねえよ。なんの用だよ」

「入部する」

「は?」

 俺の疑問をよそに、楓はそっとドアを閉めると足音もなく先輩の前に移動し、入部届を手渡した。

「えーっと、三笠くんの妹さん?」

 先輩に呼びかけられ、楓はぴくりと肩を揺らし、恥ずかしそうに目をそらして、小さくつぶやいた。

「……三笠楓、です……」

 名乗り、ちらと先輩を見やる。

「網沢ほのかです。よろしくね」

 楓は頬を赤く染め、こくりとうなずく。こいつこんな人見知りするやつだったっけ?

「私、海堂玲奈ね。三笠……楓ちゃんはどうして文芸部に?」

「小説とか、好きだし。おにいの借りて、よく読んでる、から……?」

「へー。仲良いんだね。あ、この子は瀬良唯ね。一年だから知ってるか」

 瀬良と楓はお互いに視線を合わせ、何を言うともなくうなずく。

「あ、椅子用意するわね」

 先輩が部室の奥から椅子を持ってきて、俺の隣に置く。楓は「あ……っす」と礼なのかなんなのかわからない呻き声をもらして腰掛けた。

「ふふ。どういたしまして」

 先輩が微笑みかけると、楓は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。さっきから妹の百面相がおもしろくて笑える。

「つか、なんで文芸部に」

「別にいいじゃん。私がどこのクラブ入ったって自由でしょ」

「そりゃそうだけどよ。……小説とか、書くのか?」

「書いたことはないけど、まあ、ノリで」

 ノリで書けるほど小説は甘くありませーん、とか言おうかと思ったが、俺自身たいした実力じゃないのでやめておく。

 楓はスマホを取り出し、メモ帳アプリを開いてしゅばばばばっと、親指で高速フリック。プロットもなにもないのに、迷いなく文章を書いていく。

 あんまり妹を見ていてシスコンと思われても嫌なので、自分のノートパソコンに向き合う。先輩たちも楓とまだ話そうとしていたようだが、集中し出したので各人自分の作業に戻った。

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