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なんだかんだ三笠兄妹は仲がいい 2

 スマホでバスと旅館を確保し、夏休み開始後36時間以内に九州入り。夜行バスの寝心地はとてもいいとは言えず、宿についたときには二人とも頭がくらくらしていた。チェックインし、楓は部屋に荷物を置くや温泉に。俺もさっさと身支度を整えて後に続く。

 30分ほどで出ると、楓は自販機の前でしかめっ面をしていた。

「……フルーツ牛乳がない」

「向こうの自販機にあったぞ」

「お、おにい。びっくりした」

 後ろから声をかけると、楓はびくりと肩を揺らす。

 フルーツ牛乳を俺の分と合わせて二つ買い、飲み干すと楓は近くにあった卓球台に寄る。ピンポン球片手にラケットを振る仕草をした。

 別にいいけどよ……。

 ラケットをとり、台の向かいに立つ。

「じゃあ最初は準備運動ってことで」

「へいへい」

 楓は言葉通り、ゆるく球を放つ。俺も軽く返すと、ぺこぱことラリーが続く。

「あ! 三笠じゃん!!」

 突然かけられた大声に、楓が反応した。鍛えられた陰キャたる俺は苗字を呼ばれたところで気にしない。三笠ってじみにちょいちょいある名前だからな。

 が、楓はきょとんと首を傾げるだけ。

「いや、無視すんなし」

 肩をバンバン叩かれる。さすがに振り向くと、なぜか海堂がいた。

「あ、海堂か……びっくりした」

 なんか、浴衣だった。温泉入ったのか。つーかなんでいるんだ。

 ぼんやりと考えていると、後ろから女神が顔を覗かせた。

「あらー、三笠くんじゃない。奇遇ね、こんなところで」

「ほ、ほほ、……網沢先輩!」

 っぶね、つい心の中での呼び名が出るところだった。

 ほのか先輩は湯上り姿で、頬を赤くし、髪をまとめ、白い浴衣に体を包んでいる。

 風呂上がりの美女、これが風流か。

「なんでいるんすか」

「夏休みだし、温泉旅行行こーって話になって」

「……で、こんな別府くんだりまで」

「温泉といったら別府だろー」

 なぜか海堂が答える。お前じゃない、先輩の綺麗な声で聞きたかったのに……。

 と、その先輩が楓のほうを見た。

「妹さん?」

「よくわかりましたね……」

 俺と妹はまったく似ていない。妹は天上天下恥じることなき美少女、対する俺はポリコネへの配慮ばっちりのモブ顔。顔面偏差値は天と地の差、月とすっぽん、美女とチー牛。

「だって、目元がそっくりだもの」

「そうっすか」

 ちらと楓のほうを見る。俺が人と会話してるのが珍しいらしく、怪訝な顔。

「……だれ?」

「学校の人」

「いや、同じ部活だろ」

 海堂がいらんことを言う。やめろ、小説書いてること隠してるんだぞ。

「……おにい、部活してんの?」

「うん、文芸部」

 海堂が言い、俺はがっくりと肩を落とした。

「ふーん。文芸部」

 楓は興味なさそうに言い、ラケットを構え直した。それを見た海堂はぱっと先輩を見る。

「あたしらもやろうよ、卓球」

「いいわよー」

 合意がなり、二人は隣の台でぺこぱこラリーをはじめる。

「じゃ、おにい。準備運動はこれくらいにしとこうか」

 セルみたいなこと言いやがって。心なし構えもセルっぽい。

「e4!」

 ありえない掛け声でラケットを振り抜く。

 いや、なんでだよ。

 普段なら絶対断る。だがピンポンを追いつつ逃げ口上を考えるなどという器用なことはできず、つい反射的に応えてしまった。

「c5」

 楓は楽しそうに笑って返す。

「ナイトf3」

「ナイトf6」

「d4」

「ナイトテイクe4」

 目の前に盤が浮かび、それと重なって卓球台が見える。体は忙しなく球を追い、ブリッツ(早指し)以上に考える余裕がない。

 無意識の層まで沈み込んで大脳基底核に保存されていた打ち筋が、大脳皮質を介さずそのまま口に出る。10手、20手と手番は進み、21手。

「クイーンg4チェック!」

 舌打ち。

「キングh8」

 どうにか守りを固めないと。ボールを追う作業にも慣れてきた。集中力をチェスに多くさき、思考をめぐらす。どうすれば攻撃をかわせる。

 ……いや、だめだ。守ってばかりでは勝てない。勝つためには攻めること。

 チェスでも卓球でも、僕はこいつに勝つ!

「キングh2」

 夜神月っぽいモノローグを述べていると、比較的遅い球が来た。

 俺は球の行方に体を先行させ、ラケットを振りかぶり、全力で振り抜いた。

「ビショップd6チェック!」

 スピードの乗ったピンポンは台の端を打ち、彼方へと飛んでいく――かと思えた。

 楓は不敵に笑い、一歩踏み出し、くるりと回って、裏拳を撃ち抜くように、ラケットの裏でボールを叩いた。

「ナイトテイクd6」

 どこまでも冷静な、俺の手などお見通しだと、この攻撃を回避する手はいくらでもあるんだと、余裕をのぞかせる声音。

 刹那の逡巡。それが致命傷。伸ばした腕はわずかに届かず、ラケットは空振り。ピンポン球は間抜けな音を立てて床をはねた。

「よっしゃ!」

 拳を高く掲げる楓。俺は重い足取りで飛んで行った球を拾う。

 戻ると、満面の笑みの妹。どうにかして口を開く。

「……ちょっとだけ優勢だった」

「だから油断したんでしょー」

 こいつ、手じゃなくて俺の性格読んでプレイしやがった……。

「いやー、やっぱ本気の勝負は楽しいねー」

「そりゃ勝ったほうは楽しいだろうさ」

「そう不貞腐れないでよ。おにいも楽しかったでしょ」

「うるせ」

 きゃっきゃと笑う妹から顔を背ける。すると、隣の台からこちらを見ていた海堂と目があった。

 んだよ、なにガン飛ばしてんだよ。

 よく見ると、海堂だけじゃなくて先輩もこっちを見ていた。なんでこっち見てんの!? うっかり勘違いして好きになりそう。いや、もうずっと前からだいぶ好き。

「えーっと、なにわけわからんこと言ってんの?」

「チェスじゃないかしら。ね?」

 先輩に問われ、視線を泳がせながらうなずく。

「ねえ、せっかくだし一緒にやらん?」

 なにがせっかくなのか。陽キャってやたら“みんなで”“一緒に”行動したがるよね。幼稚園の先生に言われた「みんな仲良くしましょう!」というあの呪いの言葉をユダヤ人が戒律を守るがごとく厳守しているのだろう。俺は多神教的な柔軟な生き方をするぼっちなので巻き込まないでほしい。多様性って便利で素敵な言葉だなあ。

 俺は断ろうと思ったのだが、意外にも楓は乗り気らしく、こちらに視線を送ってくる。

「まあ、いいけど」

 言って、楓と一緒に隣の台に並んだ。先輩&海堂ペアと向き合う。楓がラケットを構え今にも開幕というところで、海堂のやたらでかい声が遮った。

「ちょちょちょい待った! 戦力差ありすぎでしょ、これは」

「……いや、お前と先輩の卓球の腕前とか知らんし」

「なら私がチームわけをば」

 ば、てお前。ば、て。

 海堂は楓の手を引いて先輩の隣に立たせ、自身は俺の側に来る。

「よし、これで平均された」

 むふん、と薄い胸を張る海堂。

 えー、先輩の隣がよかったなー、やる気でねーなー。

 心中不貞腐れていると、向かいでは楓と先輩が挨拶していた。

「はじめまして。網沢ほのかです。がんばろうね」

「あ、……えー、はい。楓。……です」

 なんか楓がコミュ障発症してた。陰キャって遺伝するのだろうか。

「じゃ、行くぞー」

 海堂が一球目を放つ。先輩の実力は知らんが、向こうには楓がいる。余裕で打ち返してくるだろう。

 先回りして海堂と反対側の端に移動。先ほどの試合で目は慣れている。それなりのスピードでも対応できるはずだ。ラケットを持つ手をリラックスさせ、すぐに対応できるよう身構える。

 海堂の打ったボールはちょうど楓と先輩の真ん中のあたりに着弾。先輩はあたふたしながらもボールを追い、楓も楓でボールを見たり先輩を見たりきょろきょろしながら中途半端に動いたせいでたたらを踏み、二人はぶつかって盛大に転んだ。

 こんころりんと、ピンポン球が転がっていく。

「わ、わ、あの、ご、ごめんなさい!」

「大丈夫大丈夫。楓ちゃんこそ、怪我してない?」

 先輩は立ち上がって優しく手を差し伸べる。楓は視線を泳がせ、顔を赤くしながらちょこんと先輩の手を取って立ち上がった。

 こいつあれか、チームプレーは俺より苦手なのか。どんだけ集団行動できないんだよ。社会性の動物としてアウトだろ。

 その後も楓はみょうちきりんな動きを続け、先輩は普通に下手なので俺と海堂が圧勝した。

 人生初の妹への勝利。けどなんだろう、この勝ち方。

 全然うれしくねえ……。


ーーーーーーーーーー


 先輩たちと別れ、部屋に戻る。

 どかりと腰を下ろしてオレンジジュースをぐびぐび飲んでいると、楓がスーツケースを開いて中を漁り始めた。

 取り出したのは真っ黒い筐体、二つのコントローラー。

「おにい、やろう」

 ちょっとくらいゆっくりしたいのだが、どうせ言っても無駄だろう。

 俺は黙ってps5を受け取り、部屋に置いてあったテレビとつなぐ。

「って、バイオハザードかよ」

「ん? モンハンのがよかった?」

「いや、なんでもいい」

 コントロールを手に、二画面分割でゾンビを打ちまくる。5はひたすら撃つだけだからあんまり好きじゃないんだよなあ……。4のが謎解き要素多めでよかった。ていうかvillageやりてえ。

 ショゴスを彷彿とさせるぐろい触手だらけのボスを倒したところで、楓がごにょごにょと口を動かした。

「あの、おにい、さっきのさ」

「あ? ショットガンの球はもらっていいだろ?」

「そうじゃなくて……あの綺麗な先輩のこと」

「網沢先輩?」

「そう、その人。……その人も、文芸部なん?」

「部長だ」

「ふーん、そか」

 言ったきり、妹は指先で髪をくるくるいじりながらそっぽを向いてしまう。いや、ゴリス仕事しろし。

 操作放棄した妹に代わってひとりで打ちまくる。

「……私も文芸部、入ろうかな」

 妹が不穏なことを言っていた。といって引き止める道理もない。

 俺は画面から目を離すことなくゾンビを撃ち続けた。

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