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なんだかんだ三笠兄妹は仲がいい 1

 ぺちぺちと、キーボードを叩く音が自室に響く。

 ん、と背伸びをした。スマホのホームボタンを押すと、時刻は11時すぎ。

 ちょっと一息つくか……。

 ノートパソコンをスリープにして部屋を出た。居間の電気をつけ、冷蔵庫から牛乳を取り出しマグカップに注ぐ。レンジにぶち込み、うぉんうぉん鳴りながら中でカップが回るのを見ていると、扉が開いて音もなく人影が入ってきた。

 女子にしては高い背丈。腰まで伸ばした漆黒の髪はゴムでひとつに束ねており、寝巻きにしているグレーのスウェットはオーバーサイズで気だるい印象。って、いやそれ俺のじゃねえか。最近見当たらなくて探してたんだぞ……。

 じとっとした視線を向けると、我が妹、三笠楓は眠そうにしていた目をわずかに開いた。

「あ、おにい」

「あ、じゃねえよ、あ、じゃ。俺のスウェット返せ」

「えー……」

 楓は裾をびよーんと伸ばしてくるりと回る。

「これちょうどよくて気に入ってんだけど」

「俺だってそれちょうどよくて気に入ってたんだよ」

 何がちょうどいいのかはわからんが、とりあえずセリフに便乗しておいた。

「そんなことより、landでイベントやってるから、やろ」

 言いながら、スウェットのカンガルーポケットから取り出したスマホの画面をこちらに示す。

 landというのは美麗グラフィックの少し不思議な世界観の中、馬で地上を疾駆するというニッチなゲームだ。とくに敵が出るでもなくガチャなどのシステムもないので、ダウンロード数は少ないが、一部にコアなファンがついているソシャゲである。

「いや、俺することあるし」

「いや、知らんし」

「知れよ」

「じゃ何してんの?」

「まあ、なんつーか……いろいろだよ」

 小説を書いていることを妹に知られるのはどうにもこっ恥ずかしく、言い淀んでしまう。

 しかしこうなれば主導権は妹のもの。

 長考しがちな俺に対し、楓は即断即決。

 楓は俺の手をとり、強引に引っ張る。

「いいから、さっさと」

 ちょうど牛乳も温めおわる。楓はそれに気づくと空いていた手でマグカップを回収。ずんずん歩いて自分の部屋に入っていく。俺は断るタイミングを逃し、“女の子のお部屋(意味深)”に入った。

 ふかふかのカーペットに、二人用の小さなこたつ。こたつ出すのはやすぎんかこいつ。

 小説の続きを書きたかったが、こたつの魔力に逆らえる人間なんていないだろう。

 俺はこたつに足を入れると、楓が向かいに座る。マグカップを差し出してきたのでずずっとすすり、スマホの画面を開いた。楓はふんすと気合いを入れてゲーム画面を開く。「今夜は寝かさないぜ☆」って感じだな。

 俺は小説のことは忘れ、ゲームの世界に没頭した。


ーーーーーーーーーー


 深夜二時すぎ、ようやく布団に潜る。

 電気を消してもやけに目が冴える。あのときどうすれば勝てたのかと考えてしまう。

 小説のことを言うのが嫌なら咄嗟に嘘をつけばよかった。勉強するとでも言ったら納得してくれたかもしれない。腕を掴まれたって振り解けばいい。

 いまさら考えたってどうしようもない。けれど、ついどうすればよかったのかと、考え込んでしまう。いつまでもいつまでも、過去の失敗のことばかり考えている。


ーーーーーーー


 ずしりと重いかばんを持って玄関をくぐる。靴をぬぎ、リビングに入った。

 いつもよりカバンを重たく感じるのは返還された試験の答案用紙があるからだろう。結果は4位。上のほうではあるが決して1位ではないという、まあ、いつも通りの結果。

 エアコンはついていないため、室内の気温は外と変わらない。体温を下げるため冷えた麦茶を飲み干す。

「……あんまりうまくねえな」

 前まではとくに感じることもなかったのだが、品質が下がったのだろうか。

 しばし考え、すぐに答えは出た。

 たぶん、先輩の淹れる紅茶に慣れてしまったのだろう。そのせいで今まで飲んでいたお茶を安っぽく感じてしまう。高級紅茶じゃないと満足できない体になってしまった。これはもう責任とって先輩に貰われるしかない。

 壮絶なまでに気持ちの悪いことを考えていると、背中を叩かれた。

「おにい、じゃん! おかえり」

「いってえ……」

 恨みがましい目を向けると、制服姿の妹。こいつも今帰ってきたばかりらしい。

「おかえり妹」

「うん、ただいま。テストどうだった?」

「まあ、普通だ」

「ふーん」

 すっと、妹の目が細くなる。

「じゃあ勝負しようか」

「なぜそうなる……」

「昔はよくやったじゃん」

 けらけら笑う妹。

 たしかにそうだ。よくやった。俺がふっかけて、そのたびに負けて。けど負けてるって結果に納得できなくて、挑んでいたらいつか勝てるんじゃないかって希望を持ち続けて、また負ける。

 今はもうこいつと張り合う気力などないが、そもそも勝負だのなんだの言い出したのはこっちだ。その負い目もあり、妹の挑戦は断りづらい。

「4位だよ……平均は89だったかな」

「それは普通って言わない。普通に謝れ」

 なぜか怒られた。

「まあ,私は一位だったけど。古文は94で、他は満点だった」

「お前が一番謝れ!」

「勝ったから私のお願い聞いてよ」

「会話に脈絡ねえ……。ねえ君、キャッチボールってしってる?」

「知らない。温泉行きたい」

「いや、友達と行けよ……」

「私の会話に合わせられんのおにいくらいじゃん。話合わない人と行ってもつまんないし」

「いや、噛み合ってはない。なんかお前が強引に因果律捻じ曲げて俺の言葉封殺してるだけ」

「あー、私、ゲイボルグの使い手だから」

 てっきとーなこと言いやがってこいつ。

「ねえ行こうって。別府温泉」

「遠い! 九州じゃねえか。1日で帰ってこれねえよ」

「別によくない? どうせ明後日から夏休みだし」

 妹の言葉通り、明後日は終業式。テスト返しも終わったことでクラスではもう一学期は終了した空気になっている。あと二日のことを忘れないであげて欲しい。俺のことは忘れても、登校日のことは忘れないで! 忘れられる前にそもそも俺はクラスで認知されていない説もある。

 ちなみに瀬良は理系が赤点祭りで補修祭りなので、一学期はまだ終わらない。瀬良の一学期はまだはじまったばかりなのだ。

「あーあー。がんばったのにご褒美ないんじゃやる気なくすなー。これで成績下がったらおにいのせいだなー」

「うぜえ……」

 ちょっと本気で殴って黙らせようかと思うくらいにはうざい。

「つかあれだ、俺勉強すっから、忙しいから」

「テスト終わったじゃん」

「君と違ってまちがったとこ多いんでね。やり直し」

「おにい勉強好きすぎ。もう勉強と結婚しなよ」

「そりゃいいな。孤独死しないで済む」

「孤独死はせんでしょ。私、働きたくないし」

「なぜ俺がお前を養う前提……つか、別に好きじゃねえよ、勉強なんて」

「じゃあなんでやんの?」

 理解に苦しむといった様子でこちらを覗き込んでくる妹。まっすぐ向けられる視線に耐えられず、ふと目を逸らした。

「……お前にはわかんねえよ」

 そうだ、こいつにはわからない。できない人間の気持ちなんて。

 ことあるごとに優秀な妹と比較される。それでもまだいい結果を出せてるうちはいい。けど、少しでも失敗すれば、失望の目を向けられる。

『本当にできない子ね』

 なんの時だったか、母親に言われたことがある。別に強く言われたつもりじゃないし、本人だってたいした意味を込めたわけではないだろう。けど、当時の俺は、その言葉の冷たさに身震いし、結果を出し続けなければならないという強迫観念が生まれた。

『どうしてできないのかしら』『もう少しがんばれないの?』『お母さん、あなたのためを思って言ってるのよ』『楓とは大違いね』

 けれど、努力すればするほどに、楓と自分は別もので、俺に才能なんてないのだと、痛感させられた。

 嫌なことを思い出した。

 我に返ると、楓が少し寂しそうな顔をしている。ちょっと言い方悪かったか。

 ……というか、俺が出来ないからってこいつに当たるのはただの八つ当たりだろう。それはさすがに大人気がなさすぎる。

「……まあ、そうだな。せっかく夏休みだし。バイト代も溜まってるし、どっか行くか」

「やった! おにいありがとう、大好き!」

 俺の肩をバンバン叩き、どたばた音を鳴らして部屋を出ていく。ちなみにバイト代が貯まったのは俺がこの夏一度もエアコンを使っていないからです。

 そんなわけで、妹と一夏の思ひ出作りである。

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