唐突に海堂レナは思いつく 2
主人公が洞窟から脱出したところで、原稿を海堂に回す。海堂はそれを読むと、「おー」と歓声をあげた。
「みんなが普段どんなの書いてるかわかるね」
「それはお前もだよ。そろそろ提出物の続きやるか?」
「いや! 今日はもういい! もう一巡したらちょうどいい時間だし、これ完結させよう」
「愛する姉と二人で森の中に消えていきましたエンドでよくね?」
「それ絶対打ち切られてるじゃん! せめてラスボスと戦おうよ!」
「ラスボスとは」
なにはともあれもう一巡はしようということになり、また海堂から書き始めた。同じ順番で俺のもとに回ってくる。
うーん……こっからうまいこと終わらせるのか。まあ、自分の小説完結させる練習にもなりそうだし、がんばるか。
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森を歩いていると、しばらくして気配を感じた。
複数だ。囲まれている。
茂みから飛び出してきたのは、深い毛皮と鋭い牙を持つ二足歩行の怪物、狼男だった。
狼男たちはシンに襲いかかる。シンは湖で手に入れた剣を手に取った。狼の爪をかわし、逆袈裟に切り上げる。
すぐさま隣の狼男の喉を突き刺し、その死体を蹴り飛ばして後ろの狼男にぶつけた。死体ともつれて地面に転がった敵の頭を刺してとどめをさす。
相手が複数のときは、決して守勢にならないこと。囲まれないよう立ち回り、チャンスがあれば一撃で仕留める。ちまちま攻撃しても体力を消耗するだけ。
続けて5体殺すと、狼男たちは踵を返して逃げていった。
だが休息の時間は与えられない。低いうめき声が近づいてきたからだ。
大きい。先ほどの狼男たちとは比べ物にならないほど巨大。
歩くたびに地面が揺れ、夜行性の動物たちが逃げ出す。
木々を薙ぎ倒しながら現れたのは、5メートルほどもある、巨大な化け物。
姿形は狼男に似ている。だが額には歪な三本の角が生え、背中からは無数の触手が生えていた。
怪物はシンの姿を認めると、地面を蹴った。まっすぐにシンに飛びかかり、鉤爪を振り下ろす。シンは咄嗟に剣で守るも、衝撃を受け止めきれず吹き飛んだ。
体は宙を舞い、茂みを突っ切り、大木にぶつかってようやくとまる。
アドレナリンのおかげで痛みこそ感じないが、脳が揺れているせいで視界がおぼつかない。なんとか立ち上がり、逃げようとするも、茂みから何かが飛び出してきた。
それは触手だった。先端が鋭く尖った、化け物の触手。
数本の触手がシンの体を貫く。毒でもあるのだろう、体が痺れて動かない。
体に突き刺さった触手に引きずられ、シンは化け物の目の前に引っ張り出される。
化け物はシンを摘み上げ、巨大な口を開いた。
今にも食われるという間際、シンは剣で怪物の口の中を切りつけた。
「がああああああああああ!!!!!!」
怪物は痛みにうめき、シンを投げ捨てる。またも宙を舞い、地面に転がった。
怪物は怒り心頭。シンを睨みつけ、今度こそ食い尽くそうと走ってくる。
満身創痍のシンはもはや立ち上がることすらできない。死を覚悟したとき、剣が怪しく光り、頭に声が響いた。
『力が欲しいか?』
声の主がなんなのか、シンにはわからない。
『汝が死後、永久に我が奴隷となると誓うなら、力をくれてやる』
得体のしれない声。それでもシンには、うなずくしかなかった。
即座に声はこたえた。今まで感じたことのないような力が全身にみなぎってくる。
シンは立ち上がり、化け物の突進をかわした。なおも攻撃してくる敵の懐に入り、心臓を突き刺す。
化け物は倒れ、同時にシンの背中に触手が突き刺さった。触手はシンの心臓を貫いている。
それが最後の一撃だった。怪物は生気を失い、触手も動かなくなる。
シンもまた、地面に膝をついた。
傷口から血が溢れた。視界が真っ暗になる。苦痛は消え、体は軽く、気づけば宙を浮いていた。
下を見れば、怪物の死体のそばで自分の体が倒れている。
肉体から解き放たれた魂は空へと舞い上がる。隣には白い霧。霧はやがて形をとり、最愛の人の姿となる。
シンは姉の手を取り、天へと昇って行った。
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「……終わった」
「なんか、最後のほういろいろすごかったね」
「ああ。時間なくて超展開の連続で無理くり終わらせたな」
時計を見れば、下校時間5分前。そろそろ帰り支度をしなくては。
カバンに勉強道具をしまっていると、先輩が「んー」と背伸びをした。ただでさえ大きい胸が強調されて困る。
「私も久しぶりに文章書いたわ。楽しかった」
久しぶり?
その意味を問おうとするも、先輩は瀬良のほうへ視線を向ける。
「ところで、この力が欲しいか?って言ってきたの、なんだったの?」
「あれは冥府の神的ななにかです! 主人公は死後、冥界の入り口までは姉の霊と一緒に行きますが、そこで引き離されて地獄に落ちて永遠にハデスの奴隷となります!」
「主人公、救われねー……」
思わずつぶやいた。先輩もちょっと苦笑いしてる。
「まあまあ、楽しかったしなんでもいいじゃん?」
海堂が言い、それもそうかとうなずく。
だが言いくるめられるのもしゃくなので最後に一言いっておいた。
「……ちゃんと家で復習しとけよ」
「うげえ……」
勉強楽しくないからきらーい、と海堂は嘆きの声をあげた。