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つまり網沢ほのかは女神である 2

 ホームルームが終わり、さっそうと教室を出る。帰宅時のぼっちの機動力は異常。まあ、帰宅ではないのだが。

 肩にひっさげた通学カバンはずしりと重い。教科書の類は机とロッカーに置きっぱなしだが、今日はノートパソコンが入っているのだ。

 向かう先は部室。かつかつと、リノリウムの床に足音を響かせて渡り廊下を歩く。教室から離れるにつれ人混みの放つ喧騒は消え、代わってじりじりというセミの鳴き声だけが場を支配する。

 文芸部とプレートの掲げられた教室の戸を開くと、中には先客が二人。

 ひとりは網沢ほのか。亜麻色の髪は肩までふわりとウェーブを描く。大きな胸元にある黄色い大きなリボンはこの人が三年であることを示している。容姿端麗、温厚篤実なお姉さんである。

 向かいの席に座るのは海道玲奈。真っ黒い髪は短く切り揃え、まあそれなりの胸には赤色のリボン、つまり俺と同じ2年生だ。瑞々しい四肢は健康的に引き締まり、夏の日焼けがまだほんの少し残っている。

「あら、こんにちは」

「よーっす」

 ほのか先輩はゆるふわスマイル、海道は間延びした挨拶で迎える。

「……うす」

 俺はコミュ障全開な挨拶をし、海道から少し離れた椅子に腰掛けた。

「三笠くんって、紅茶とコーヒーどっちが好きかしら?」

「あ、えっと……紅茶、っすかね」

「わかったわ。ちょっと待ってね」

 言うと、先輩はぱたぱた足音を鳴らして部室の中を走り回る。お茶っぱを用意し、電子ポットで湯をわかすと、陶器のおしゃれな急須みたいなやつで紅茶を入れてくれた。なにその道具? 紅茶とか日東のティーパックでしか飲んだことないぞ。

「どうぞ」

「……あっす」

 ずず、と飲む。うーん、庶民にはいまいち違いがわからん。なんかおしゃれな急須だし、金属の容器に入った高そうなお茶っぱだし、タイマー使って時間測ったりしてたので、きっと安物とは格が違うんだろうが俺の舌ではわからん。

 まあ、天使な先輩が淹れてくれた紅茶で胸は幸せでいっぱいなので最高です。助かる。

 ほのか紅茶で一服入れると、カバンからパソコンを取り出した。電源を起動すると、無音で窓が出る。決して「でーん!」という起動音はならない。

「三笠、この前のやつの続き書くの?」

「や、まあ、そうしようかどうしようか」

 曖昧に濁すと、海道はきょとんと首をかしげる。

「……まあ、あれだ。とりあえず先輩のアドバイス踏まえて書いてみようと思うんだけど、これの内容を書き換えるか新しいの書くかで迷っててな。新しいの書くならなんも思いついてないからネタ考えるとこからになるけど」

「あー、そういう感じ」

「ふふ。三笠くんはレナと違って素直でかわいいわ」

「悪かったな、素直じゃなくて」

「自分の書きたいものがはっきりしてるのはレナのいいところよ。悪くなんかないわ」

 みんなのすべてを受け入れてくれるほのか先輩器大きすぎ好き。

 褒められた海道はむず痒そうに咳払いして先輩から顔を背け、こちらに水を向ける。

「そういや、三笠に頼みたいことあるんだった」

「あ? 焼きそばパンなら買ってこねえぞ」

「私にどういうイメージ持ってるんだ……。小説で書こうと思ってるバトルシーンの技、実際にできるのか試してみたいだけだ」

「俺、酔八仙拳でぼこぼこにされんの?」

「酔拳じゃない! 私の小説読んだろ?」

 海道の小説、といえばあのやたらめったら難しい漢字の出てくる四字熟語辞典みたいなあれか。たしかタイトルは『ガールズモンキー 詠春拳』一昔前の香港映画でありそう。

「まあ、別にいいが……。どうすればいい?」

「とりあえず敵A。私のちょい右に立って」

 海道が立ち上がって準備運動を始めるので、言われた通り向かって右前に立つ。ちょっと待て、そんな入念に準備運動するくらいの攻撃くらうのか、俺。

「じゃ、行くぞ!」

「へいへい」

「私に右ストレート。テレフォンパンチでゆっくりな!」

「注文の多い……」

 最後には山猫に食べられるんじゃなかろうか。

 俺が注文通りのパンチをすると、海道はばっと地面に手をつき、スライディング気味に俺の攻撃を避ける。

「ここで敵B! 私の左にファイティングポーズで突っ立つ!」

「忙しいなおい」

 言われた通りにする俺って優しすぎると思いました。

 左側に立つと、海道は持ち前の運動神経を遺憾なく発揮し、スライディング終わりの姿勢から足を天に蹴り上げ、カポエイラさながら逆立ちしながら俺の顎を蹴り抜いた。

「うべぁ!!」

「あ! ごめん! 寸止めするつもりだった!」

 逆立ちしててこっち見てなかったくせにどう寸止めするつもりだったのか20文字以内で答えて欲しい。採点してやるから。

「部屋の中で騒ぐと危ないわよ」

「ごめーん」

「すんません……」

 先輩にたしなめられ、俺と海道は椅子に戻る。

「やー、おかげでリアルな戦闘描写が書けそうだよ。ありがとな、三笠」

「そりゃよかった」

 俺の顎という尊い犠牲を払ってどんな作品が完成するのか、そのうち覚えてたら読んでやろう。で、つまらんかったらクソミソにけなす。

 うるさがたの海道が執筆に集中しだすと、とたんに部屋が静かになる。

 海道の問題は解決したようだが、俺は顎を痛めただけで何を書くかという問題は未解決のまま。

 どうしよっかなー、何書こっかなー、と顎をさすりさすり考えていると、先輩がこちらを向いた。

「書くもの決まらない?」

「そうっすね。……これ書き換えようと思ってたんすけど、どう変えればいいかわからなくて。いっそ新しいの書こうにもとくにネタもないんで」

 俺の話を「うんうん」うなずきながら聞いていた先輩は「そうねえ」としばし考え込む。真剣な顔も凛々しくて素敵。

「なら、まずはテーマを決めたらどうかしら」

「テーマっすか」

 と言われてもいまいちピンとこない。書いてた小説もタイトルすら決めてなかったし。

「そう作品のテーマ。その作品の核心となるもの、ってイメージかしら。たとえばロミオとジュリエットなら『結ばれない恋』とか、ワンピースなら『冒険』とか」

「あー、そういう感じですか……」

 なんとなく言わんとしていることはわかった。しかし俺の作品のテーマか……なんだろう。

 俺が書いていたのは異世界召喚もの。姉同伴でファンタジーな世界に召喚された主人公が戦ったり冒険したりしながらラスボスを倒す、という話。ラスボス像は未定。

 あえて決めるなら『冒険』とかが近いのだろうか。けど、冒険ものが書きたいならファンタジーものである必要もない。異世界召喚ものの根幹はやはり一般的な高校生が魔力とモテ力を得て別世界で活躍すること。いわば無力で非モテなオタクくんが、主人公に自身を重ねて小説の世界に没頭し、現実を忘れられることがウケているのだろう。

 となると……現実逃避、とか。いや、ひどいなこれ。せめて『理想の世界』いや、『理想の自分』とかか。

 うんうん唸っていると、先輩が声をかけてきた。

「ごめんなさい、かえって混乱させちゃったみたいね。とりあえず、テーマは未定のままでもいいから今の作品を完成させてみたらどうかしら」

 とはいうが、テーマ未定というのはやはりすっきりしない。

 この問題は持ち帰ってゆっくり考えよう。

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