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つまり網沢ほのかは女神である 1

 ぺらり、と紙をめくる音。

 文学部部長の網沢ほのかは黙々と小説――俺の書いたそれを読んでいる。

 いまさらながら恥ずかしさで顔が熱くなってきた。思いつきで文芸部なんて入るんじゃなかった。入ったらそりゃ書いたもの読まれるわな、俺の馬鹿バカばかバカぁああああああ!

 脳内ひとり反省会をしていると、網沢先輩はクリップで留めただけの紙束を置き、こほんとひとつ咳払い。

「いいんじゃないかしら。文章力は高いし、キャラクターはいきいきしてるし、何よりテンポがよくて読みやすいもの!」

 にっこり笑顔で超絶褒めてくれた何このゆるふわ母性溢れる巨乳な先輩かわいい好きぃいいい。

 そうか、ほのか先輩こそ俺のママだったんだ。一生ついていこう。

「ただ、問題は完結してないところかしらね」

 ですよね。

 いや、でもこれに関しては言い訳させて欲しい。俺が入部したのはつい昨日のこと。自己紹介のときに小説を書いていることも言うと、じゃあ明日持ってきてよ、と言われ、かねてより書いていた作品をプリントアウトして持ってきたのだ。

 タイトルはとくにつけてない。異世界ラノベを読みながら思いついた内容をつれづれなるままに書いていたものだ。主人公は姉と一緒に異世界に召喚され、冒険したりバトルしたりする、まあいわゆる“なろう系”だ。

 三ヶ月ほど前から書いている作品で、昨日今日で完結まで持っていけるはずもない。なので完結してないことに関しては悪くない。

「まあ、なんというか、広げた話終わらせるの、むずくないっすか?」

「たしかにそうね。書き初めることと書き終えることって、とっても難しいわよね」

「そうなんすよ、ええ」

「けど、あなたは書き始めらるっていうもっと難しいところをクリアしてるんだもの。きっとできるはずよ」

 ほのか先輩に微笑みかけられ、心臓がどきりとはねる。やべえ、なにこれ、かわいい。

「まあ、今までは思いついたのを、深く考えず書いてたんですけど、終わらせるってなるとこう、あれじゃないっすか」

 どれだよ、と自分の中で突っ込んでしまうも、ほのか先輩は俺の意を汲んで「うんうん」とうなずいてくれる。優しい、好き。

「直感で書けるってすごいことよ。けど、物語の構造なんかも勉強すればもっと書きやすくなると思うわ。ハリウッドの作品なんかは話の組み立て方が確立されてるから参考になると思うの。脚本術の本なんかも出てるし、ちょっと待ってね」

 言うと、先輩はふわりとウェーブをえがく茶髪を揺らして立ち上がる。本棚だらけの部室をぱたぱた歩き回り、数冊の本を持って戻ってきた。

「こういうの、参考になると思うわ。あと、ここの本は自由に読んでいいからね」

「あ、ありがとうございます」

 ぺらぺらとめくる。文字は大きく、一日あれば一冊読めそうだ。

「そういや、先輩も書くんすか?」

「小説? もちろん書くわよ。読む?」

「ええ、ぜひ」

 言うと、先輩はノートパソコンを開く。一分ほど操作し、こちらに画面を向けた。

「ちょっと恥ずかしいわね」

 ふふ、と笑いながら顔を赤らめる先輩かわいい。

 さっそく目を通した。

 衝撃が走った。

 一言で表現するならそう、マルキ・ド・サド。

 血潮飛び散るサイコスプラッタ、倫理も道徳も存在しない暴力的な世界観、読めば読むほどSAN値の削られるが不思議と離れられない魅力を持つネクロノミコンみたいな作品だった。

 網沢ほのか。圧倒的な聖母力を誇る女神。

 だけどちょっとだけ、……いや、だいぶ変な人だな。


ーーーーーー


 ほのか先輩に勧められた本を読んでいると、からりと音を立てて部室の扉が開いた。

「うーっす。遅れたー」

 入ってきたのはボーイッシュな様相の女生徒。髪は短く切り揃え、夏服の袖から伸びる腕は引き締まっている。凛々しい容貌は美女というより好青年と評したくなるそれ。

 海堂レナは通学カバンを肩に引っ提げ、荒っぽく椅子を引いてほのか先輩の隣に座った。

「よ、新人。馴染んだ?」

 昨日今日で馴染むわけねえだろ、コミュ障なめんな、とでも言いたいがそんなこと言えるならコミュ障やってない。「はあ、まあ」と曖昧な返事でにごす。ちなみに一日の会話の大半は「ああ」「まあ」「はい」で済ませられる。日本語ファジーすぎる。

「そういえばきみ、自己紹介のとき空手やってるって言ってたけど、私も中国拳法やってんだよ」

「そうなんすか」

「敬語やめなよー、同い年でしょ」

「じゃああれって……」

 俺は部室の後ろ、ずっと気になっていたそれを指差す。

 太い木の棒が台座に支えられて立ち、手に見立てた2本の棒が突き出ている。

「ああ、木人のこと? 私が置いたー」

 木人。中国拳法の一派である詠春拳の練習で使われる、サンドバックみたいなものだ。

「マジかよ」

「てか、空手なのに木人知ってんの?」

「まあ、ブルースリーのおかげで詠春拳有名だし、レッドブロンクスの冒頭でも出るし……最近なら『葉門』でも使われてたし」

「おお! カンフー映画見んの!?」

 がたん、と椅子を鳴らして身を乗り出してきた。圧がすごい。

「ええ、まあ、有名どころは……」

「いやいや、『葉門』そんな有名じゃないでしょ。面白いけど」

「偶然TSUTAYAで見かけて。期待せずに見たらけっこうアクション良くて全部見ました……全部見たわ」

「敬語抜けてないじゃん、ウケる」

 海堂は何がおかしいのかけらけら笑う。こちとら妹以外の女子と話すことなさすぎて緊張しとんじゃい。むしろ、コミュ障なのにがんばってるほうだと思う。

「でも葉門のアクションはほんとかっこよかったよねー。さすがサモハンって感じ」

「サモハン? たしかに2で出てたけども」

「アクション指導は1からサモハンキンポーだよ」

「ああ、なるほど」

 道理でアクションがよかったわけだ。

 納得していると、くすりと笑う声。

 甘美な声音につられて顔をあげると、大天使ほのか先輩が楽しそうに会話を聞いていた。

「レナ、話の合う人が見つかってよかったわね」

「ちょ、ちょっとほのか!?」

「だって、いっつもカンフーの話しがしたいって言ってたもの。私も勧められた映画は見たけど、やっぱり好きな人同士じゃないと盛り上がらないものね」

「そんなこと言わなくていいから!」

「えー、いいじゃない。三笠くんも楽しそうだし」

 ね、とこちらに水を向けてくる。さっと目を逸らしてしまった。だめだ、尊すぎて直視できん。

「とにかく! この話終わり」

「あら、残念」

「残念じゃありませんー」

 なんか母娘みたいだ。これも先輩の聖母力のなせる技だろうか。そうか、ほのか先輩の前に人類はみな赤子なんだ……。ばぶみがやばい。

「あ、それ! 三笠の書いたやつ?」

 先輩の手元にあったプリントを指す。

「そうよ」

「へー。見せてよ」

「いいかしら?」

「まあ、別に」

 俺が許可すると、海堂はプリントをひったくって読み始める。

「……武術小説じゃないのか」

「そんなところでがっかりされても困る」

「ふーん。ま、いいんじゃない。よくあるっちゃよくあるけど、変にひねってなくて読みやすいし」

「そりゃどうも」

「私のも読んでよ!」

 言いながら、ルーズリーフの束を渡してくる。

「手書きかよ」

「パソコンうまく変換できなくて」

「変換機能使えないって、機械音痴とかいうレベルじゃねえぞ」

「やかましい」

 が、読んでみてその言葉の意味はすぐにわかった。

 内容はケンカで負けた主人公が中国拳法を習って強くなるバトルもの。ストーリーはなんというか、まあ、ゴールデンハーベストプレゼンテーションって感じだ。香港映画で百回は見るやつ。

 問題はバトルシーン。

 恨天無把だの鷹捉虎撲だの単劈手だの、見たこともない文字列が踊っている。こんなの変換で出せねーだろうな。

「漢字がやべえ」

 これ以上なく端的に言ってみた。

「そうなんよ! そこなんよ! けど中国武術を書こうとしたら套路の名前出さないわけに行かないじゃん!」

 まあ、わからなくはない。

 套路、というのは型のことだ。さっきのやたら難しい漢字の羅列もこの套路のひとつなんだろう。

 套路は威力の養成、姿勢作り、体の使い方を身につけるためのもので、別にこれを使って戦うわけではない。

 ただ、小説で書こうとするならやはり套路の名前で表現せざるを得ないのだろう。これが映像作品なら実演すればいいだけなのだが、文字列で表現するとなると套路名を列挙するしかない。その結果がこの漢字辞典。

「まあ、がんばれよ」

 何を頑張るのかはわからないが、海堂は「どうも」とだけ返す。

 まあ、こいつとしゃべるときは緊張しなくてよさそうだな。

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