やはりイギリス人は舌が上手い
昼飯をどこで食べるか、高校生活も二年半が過ぎていながら、これには未だ最適解が出ていない。
多いのは中庭。コの字型の校舎の中にある、20メートルほどの空間。中庭といえばリア充の溜まり場的な印象があるが、ここは三方を壁で囲まれ、陽が刺さない陰気な場所のためか人は少ない。その中庭の中央にあるベンチで食べることが多い。
だが今日みたいに先客がいるとなると別だ。ベンチ周辺には見知らぬ数人の女生徒たちが集まっており、とてもではないが入っていける雰囲気ではない。
弁当の入った袋を片手に校内を歩き回る。トイレ……はさすがに嫌だ。部室という案もあるが、鍵を取りに行くのが面倒。なるべく人がいなくて落ち着ける場所がいいのだが。
そういえば、旧校舎周りの林内にもベンチが置いてあった気がする。
行ってみるか。
足を北西の旧校舎へと向ける。
グラウンドを横目に東西に伸びる舗装路を歩き、森に入ったところで右折。しばらく歩くと、グラウンドの喧騒は遠のき、周囲を木々に包まれる。
なんかマイナスイオンとかそういうのが出てるのだろう、空気がうまい。ところでマイナスイオンってなんだよ陰イオンは英語ならネガティブイオンだろ。あれか、帯びる電荷が逆とか? 対消滅で爆発しそう。
壮絶なまでにくだらないことを考えていると、メフィストフェレス召喚の儀を行っていたところの近くにベンチを発見。いや、アスモデウスだっけ? ベルゼブブ? なんでもいいか。
じめじめした暗い場所は好きだ。隠キャなので。
袋の中からサンドイッチを取り出す。正直、弁当を作るのは面倒なのだが、我が愛妹は食にうるさい。
一度昼飯に食パン五枚を渡したらキレられたので、それ以来弁当を作っている。一食作るのも二食作るのも変わらないので、自分のも用意しているのだ。
一口。
シャキッとしたレタスの食感。パンに水が染みないよう塗りたくったバターがハムと合わさってほどよい塩気。うまい。さすがは俺。
手作り弁当(メイドバイ自分)に舌鼓を打っていると、背後に気配。そして、顔の横に何か突き出された。
みると、それは黄色い体にへんてこな顔のついた、ゴム製のアヒル人形。
「ばふぅ……」
アヒルが鳴いた。
「ふっふふふ……くくっ……なんだよ、これ」
思わず吹いた。後ろを見れば、赤毛の少女、リサ・ホーネット。
「やっほーでーす、先輩。こんなとこでランチですか?」
「ああ、まあ」
リサたんは横に座ってくる。童貞男子にそういうことするとうっかり好きになっちゃうからやめなさい。
たしなめるまもなく、オカ研のメンバーがぞろぞろ現れてきた。
「あ、先輩」
瀬良が会釈してきたので、こちらも「うす」と返す。堺、みっくんもご一緒だ。
「なにしてるん? こんなとこで」
「見てわからんか、飯だ」
「えー。なんでひとりなん? 教室で食べればええやん」
できないからそうしてんだよ察しろよ。
などと言うのはみっともないので、スルー。
と思ったが、なぜかみっくんが闇のオーラを放ち始めた。
「……低脳どもが、馬鹿騒ぎしてる教室で……飯なんて、食えたもんじゃない」
「どうしたん? みっくん、怖いで!?」
「真波、うるさい……」
「ひど!?」
仲良いなこいつら。楓が見たら勝手にマリア様な妄想膨らませて鼻血出すぞ。俺の周りって変なやつばっかり。
「anyway、先輩、ちょっと聞きたいことあるですよ」
「んだよ。呪詛にはそんな詳しくねえぞ」
「そうじゃないです。オカルトじゃなくて、オカ研の活動ではあるのですが」
目で続きをうながす。
「インターネットに動画投稿してるのですが、伸びが悪いのです。オカ研は実績がないので、ネットでのオカルト動画投稿で実績にして部費申請しようと思ったのですが。どうしたらいい動画作れますかね?」
「……それをなぜ俺に聞く」
「ちょうどその話してたところで先輩を見かけたので」
リサたんが旧校舎のほうを指差す。あそこにオカ研の部室が入っているのだろう。ちょうど窓から俺のいる位置が見える。
「まあ、なんだ。とりあえず頻度だろうな。なるべく高頻度で、週3とかで同じ曜日に投稿続けとけ。あと、関連動画で出やすくなるようなタイトルつけるとかだな」
思いついたことを言うと、みっくんがおずおずと手をあげた。
「あの……動画の内容、とかは?」
「そんなのやりたいようにやっとけ。何がウケるかなんてわからん。熟考して企画練ってレベル高い動画あげても視聴回数伸びるとも限らんしな。たくさん投稿して当たるのを待ったほうが勝率はいいと思うぞ」
みっくんは「ほへー」と感嘆の息をもらす。
「先輩、やけに詳しいですね」
「まあな」
リサたんは少し考え、そして真っ直ぐに視線を向けてきた。
「もしかして先輩も動画投稿とかしてます?」
「い、いや……? そんなことはないが」
「挙動不審出てますよ、先輩」
目を泳がせると、瀬良に突っ込まれた。
「えー、なになに? 三笠先輩もユーチューバーなん?」
堺が目を輝かせ、みっくんまで迫ってきている。完全に四面楚歌。オカ研ABCD包囲網が形成されていた。もうパールハーバーするしかねえ。
まあ、厳密に言うなら日本が最初に行った作戦はマレーシア上陸で、真珠湾攻撃はあくまで東南アジアへの侵攻のさい、背後から攻撃されないよう太平洋の制海権獲得を狙った支作戦なのだが。こういうことって日本の歴史教育だと教えないよね。ヨーロッパじゃカンネもヘイスティングもワーテルローも有名なのに。
だが作戦レベルの奇襲では一時的な勝利はあげることはできても、圧倒的な戦力差を覆すことは難しい。抵抗は諦めた。
「…………編集だけだよ。自分で投稿とかしてるわけじゃない」
「ほうほう、なるほど」
リサたんは腕組みしてふんふんうなずく。そしてガバっと俺の手をとった。突然のボディタッチとかやめてください好きになるので。
「先輩! うちに入ってくれませんか?」
「……なんで?」
動揺のあまり堺の関西弁がうつってしまった。
「動画編集って難しいですが、プロの先輩がやってくれれば解決します!」
「ただの小遣い稼ぎだよ、プロとかじゃねえ。っつーかあれだ、真の優しさは飢えた人間には魚を与えるのではなく魚の取り方を教えるっていうだろ。俺が魚与えたって根本的な解決にはならない」
「魚の取り方を覚えるより、漁師を仲間にしたほうが手っ取り早いし分業制にもなって経済的です!」
「アダムスミスかよ」
「イギリス人なので」
そういえばそうだったな、こいつ。
「仮にだ、俺がプロだっていうなら、給料出せ給料。持ち帰って作業するから」
「せんぱーい。先輩って、小説書いてるんですよね?」
「は? ああ、まあ、書いてるけど」
脈絡のない質問に、一瞬思考が停止する。
「創作するならやっぱり環境って大事だと思うんです。現代ならイスラエル、古代ならアテネ、すぐれた創作は刺激を受けられる環境でこそ行われるものなのです。自分の世界に閉じこもってばかりでは想像力だって枯渇します」
言わんとしていることはわかる。
日本では清貧などという言葉がもてはやされたりもするが、実際のところは貧すれば鈍するのが人間だろう。清貧の極地ともいうべきスパルタ人たちは後世に残る文化芸術など残さなかった。
「その点、うちはもう変人ばっかり、刺激しかないです。ゆるめの文化部ですから毎日来る必要もないですし、実際ゆいゆいは文芸部と掛け持ちしてますし。ゆいゆいだって、ここでの出来事って創作に活きてるでしょ?」
話を振られた瀬良はこくこくうなずく。
「ゆいゆいの小説って面白いですよねー。でもあの小説で起きた事件、いくつかはここでの活動がモデルなんですよ? オカルト系の知識は全般ファンタジー描写に活きますし」
メリットを提示され、デメリットをつぶされ、気づけば逃げ場はなくなっている。
リサたんの言葉の包囲網が反論の余地を奪っていく。
「せんぱーい」
甘い声音。
「いい小説書きたいですよねー?」
小悪魔のような笑顔で覗き込まれれば、もううなずくしかなかった。




