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見ての通り瀬良唯は中二病

 個人いわく、“俺の青春ラブコメはまちがっている”。

 残酷な言葉だが真実なのだろう。事実、今も目の前で女の子ふたりがいちゃついている。

「ほのかさんほのかさん! これ超面白かったです! 普段読まないジャンルだから新鮮でした!」

「ふふ。よかった。楓ちゃんは恋愛ものって読まないの?」

「恋愛……は読むは読むんですけどこういうのは読まないっていうか……特定のジャンルの恋愛ばっか読んでるっていうか……先輩はロマンス多めの騎士道物語好きなんですか!?」

「そ、そうね! 私はまあ、近世フランスとか……が好きかしらね!」

 あははうふふと、先輩と楓はぎこちなく笑い合う。


 ふたりとも本当の趣味は隠しているらしい。それが乙女の恥じらいというものなのか。

 隠し事はありながらも、二人は楽しそうで、会話に入り込む隙間などはない。

 楓に借りた小説にも百合の間に挟まろうとした男は殺すと書いてあった。俺は先輩とはしゃべりたいが命の危険を犯すほどではない。


 海堂も俺と似たようなことを考えていたのだろう、つまらなそうな顔でふてくされていた。

「三笠ー……お前の妹にほのか取られたんだけど。……ひま」

「いや、自分の作品書いてろ」

「そうなんだけど! ほのかが構ってくれないとやる気でないじゃん!」

「めんどくせえ……」

 などと言っている間も、先輩は楓ときゃっきゃうふふしていて、こちらの話など聞いていない。

「あーあー。ほのかがたくさんいればいいのになー」

 それはわかる。もしこの世界が百人のほのか先輩なら争いや差別はなくなり、永久不滅の世界平和が実現するに違いない。


 海堂が「うあー」と伸びをしながら背もたれにもたれかかった。すると勢いあまって後ろにすっこける。

「うあっと」

 海堂は背中から地面に落ちる。それだけでなく、反動で机を蹴り上げる形になって被害が拡大。俺は咄嗟に紅茶入りのカップを手に取ったが、海堂のコーヒーはこぼれ、今は不在の瀬良の机の中から何かが飛び出した。

 からん、と高い音を立て、それは床に落ちる。布に巻かれているが、中は金属らしい。

「いてて……」

「大丈夫、玲奈?」

 先輩が海堂を助け起こしているのを横目に、床に落ちたものを拾った。

「なにそれ」

 楓が覗き込んでくる。

「さあ。瀬良のとこから出てきた」

 巻いていた布は紐などではとめられておらず、落ちたときにはだけて中身が見えている。

「……刃物っぽい?」

「ぽいな」

 まあ年頃の高校生なのだから、護身用にナイフを持ち歩くこともあるだろう。わかるわかる。


 とくに気にすることもなく机に戻そうとしたのだが、海堂が待ったをかけた。

「ちょい待ち。え、刃物? 危なくない? てかなんで学校にそんなの持ってきてるの?」

「闇の勢力と戦うときに使うんじゃねえの? いや、光の勢力か」

「どうでもいいけど! 本人に聞いてみる」

 海堂はしゅばばっとスマホを操作しはじめる。

「ねえ、本当に刃物なの?」

「ちらっと見えただけなんで」

 先輩まで聞いてきたので、もう一度机から取り出して布をほどいた。


 それは刃渡り9センチほどのダガーだ。銃刀法では刃渡り6センチ以上は持ち歩いてはならず、さらにダガーなど両刃の刃物は刃渡りに関係なくアウト。

「ダガーっすね。あ、けど刃は潰されてるんで、持っててもとくに問題はないかと」

「そうなの? 私、刃物とかはわからないのだけど」

「大丈夫っすよ。中学のとき、没収されまくったんで、持っても大丈夫な刃物調べました」

「三笠くんはどんな中学生だったの!?」

「お恥ずかしい限りで」

 ほんと恥ずかしい。本当の武器はナイフなどではなく、鍛え上げた己の肉体だというのに。そんな簡単なことにも気づかず刃物を持って強くなった気になっていた当時の自分を反省するばかりだ。やはり筋トレこそ最強のソリューションだな。

「あー、なんかそれ持ってきて欲しいって」

「瀬良がか?」

「うん。旧校舎の近くでオカ研のメンバーといるから、そこに来て欲しいって。私持っていこうか?」

「いや、俺行くわ。なんかおもしろそうだし」

 海堂が「了解」とうなずいたので、ダガーを布で巻きなおし、部室を後にした。


ーーーーーーー


 うちの高校はなかなかに広い。敷地内は東西に二分され、東に普段使っている校舎、その北にグラウンドがある。

 西半分は校舎のすぐ隣に体育館、北に売店。さらに北には数年前まで使われていた旧校舎があり、旧校舎の周りは森になっている。


 瀬良がいるというのは旧校舎周辺の荒れた雑木林の中。ほとんど人はいないが、道は通っている。木漏れ日の中、北へ歩いていると十字路に人だかりがあった。


 四人いる。全員フードつきのポンチョのようなものを着ており、顔は見えないが背格好からして女子だろう。

 まあ、どこからどう見てもあれがオカ研だろうな。首から十字架のネックレスかけてるやついるし。

「おーい」

 呼びかけたら呪い殺されるような気もしたが、俺クラスの英霊になるとたいていの呪詛はディスペルできる。そんな妄想をしながら声をかけた。


 四人はびくぅっと体をすくませ、恐る恐るこちらを見る。だがすぐにひとりは警戒心をとき、手を振ってきた。フードをとる。瀬良だ。

「ダガー持ってきたぞ」

 ちなみに日記帳の表紙に“†天界日誌†”などと書く人は多いと思うが、†これはダガーという。変換で出てくるので、もしパソコンで天界日誌をつけるときは参考にして欲しい。

「あ、ありがとうございます。なくて困ってたんですけど、儀式中に抜けるわけにいかなくて」

 瀬良はぱあっと顔を明るくしてダガーを受け取った。


 残る三人はいまだフードをかぶったまま。ひとりはちらちら俺と瀬良を見て、もうひとりは十字架を握って呪文を口ずさみ、最後のひとりは森の中をじっと見ている。

 十字路の中心には二重の円が描かれ、円の中にはヘブライ語のアルファベット。円の周りに二重の四角形があり、四つの頂点を中心に小さな円が書かれている。

「ほう。ソロモン王の鍵(ゲーティア)か」

「ですです! さすが三笠先輩! 博識ですね!」

「あ、この人もこっち側?」

 おずおずと訪ねてきたのはさっきまでこちらの様子を伺っていた少女。

 フードをとると、赤毛にそばかす、碧眼のハーフっぽい子。左耳にはピアスがぎらぎら光っている。

 ……どうしよう。こういうアレな感じの子、けっこう好みだ。仲良くなりたい。不恋の誓いはなんだったんだよ。

「ええ、リサ。この人は魔力こそありませんが、みっくんをも凌ぐ知識を持ったお方です」

「な!? 賢者みっくんを!?」

「そんな……じゃあこの人が位階“大賢者”なん……っ?」

 リサたんが驚愕し、十字架の君も関西混じりのアクセントで感嘆の声を漏らす。そっぽを向いていた少女もまた、魔性の瞳をこちらに向けてきた。


 俺はおそるおそる口を開く。

「……みっくんって、だれだよ」

「あ……私。七条未玖、と……いい、ます」

 そっぽを向いていた君、あらため七条が名乗りでる。

「うちは堺真波」

「リサ・ホーネット。パパはイングランドの魔術教会に勤めています。よろしくー」

 残る二人も七条に続く。キャラ濃いなあ……さすがオカ研。

「魔術教会とは」

「それは世を偲ぶ仮の姿。表向きはええ、ええーっと。……アンバサダーって日本語でなんていうです?」

「大使。あと、世を偲ぶ仮の姿って使い方まちがってるから。それだと両方表向きだ。魔術師とアンバサダー兼業してるだけだ」

「Oh……ニホンゴムズカシイです」

「そろ、そろ……儀式、はじめないと。……下校時刻」

 賢者みっくんが言う。

「それもそうですね。先輩、よければ見ていきますか?」

「いいのか?」

「はい。でもちゃんとサークルの中にいてくださいね。悪魔から身を守る結界の役目があるので、外にいると魂持ってかれるかもしれないです」

「じゃお言葉に甘えて」

「ちょっと待ってくださいね」

 瀬良はダガーを使って円の中のアルファベットを書き換える。

「よし。これでスペルは正しいはず。サークル書くの、聖水で清めたダガーじゃないとダメなんですよ」

 召喚の準備が整い、五人で円の中に入る。リサたんが流暢な発音で呪文を唱え始めた。


 なんだろうこれ。めっちゃわくわくする。

 別に霊的な存在を信じてるわけでもないのだが、古びた旧校舎をバックに夕暮れの中、人気のない雑木林で魔女たちに囲まれていると、見えない何かがいるような気がしてくる。


 呪文の言葉が紡がれるたび、気温は徐々に下がり、冷たい風が魔女達のローブを揺らす。カラスが不気味な音律を奏で、夕日の最後の輝きが地平線の奥へと消えていく。

 呪文が終わった。

 風がやみ、森は静まり、夜の帷に包まれる。

 気づけば、拳を固く握っていた。呼吸の音がやけにうるさい。視線を森の中にさまよわせ、どこかに、なにかが潜んでいるのではないかと目を凝らす。


 たっぷり5分ほど待っただろう。

 魔女達は視線をかわし、うなずく。リサたんがまた呪文を唱え、儀式は終わった。

 円から出ると、四人は急いで地面の円を消す。

「いやー、失敗だったねー」

「だねー。今回はいけると思ったんだけど。けちって安いお香使ったからかなー」

「三笠先輩は武道やってたんですよね。悪魔の気とか感じませんでした?」

「俺やってたの亀仙流じゃないから気は使えんけど。まあ森の中になんかいたような気はしたな」

「ほんとですか!?」

「マジで!?」

「Really!!?」

「ほん、と……に?」

 軽い気持ちで言うと、四人がものすごい勢いで食いついてきた。

「いやあれだぞ。雰囲気に飲まれたというか、たぶんほぼまちがいなく気のせい」

 慌てて付け加えるも、四人はヒートアップし、もう俺の話なんて聞いてなかった。

「やっぱり悪魔来てたんだよ! 来てはいたけど物質化はできなかった、みたいな? 私たちの魔力不足かな」

「じゃあ練習してたらそのうちいけんじゃね!?」

「やっぱりサクリファイスが必要なのでは?」

「……なに、それ……」

「サクリファイス……えーっと、羊とか、チキンとかをこう、殺して」

「生贄な」

「そう、それです! 生贄!」

「いや、それは無理でしょ! 殺すとかヤバいって。てか、そんなのどこで手にはいんの?」

「…………隣街の……養鶏、場……生きたまま、売ってる」

 みっくんがスマホの画面を見せると、三人は「こんなの売ってるんだ。しかも意外と安い」「え、これほんとに買うの? ほんとに? マジで言ってる?」「イングランドだとグランマがたまに七面鳥しめてましたね」などと思い思い口にする。てかイギリスすげえな。行きたい。


ーーーーーーー


 瀬良たちと別れてすぐ、楓が校舎から出てきた。

「おにい何やってたの。今日もう終わったよ」

 言って、俺の荷物を渡してくる。

「どうも。ちょっとな。無邪気な少女たちに夢を与える簡単なお仕事してたんだよ」

「詐欺でもはじめた?」

「いや、悪魔召喚の儀式に立ち会った」

「なにそれ、意味わかんないし」

 あはは、と楓はおかしそうに笑う。

「ねえ、今日のご飯なに?」

「そうだな……」

 言われ、しばし考える。

「焼き鳥、だな」

 どうやら俺もあいつらに影響を受けてしまったらしい。きっと深淵を見たから深淵に魅入られたんだろう。

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