いつだって三笠楓はかき乱す 2
楓が文章を書き始めて30分ほど経った。
「できた」
はやっ。
そう思ったのは俺だけではなかったのだろう。海堂も反応する。
「もう書けたの!? 見せてよ」
「あー、えーっと……」
言って、俺に視線を向けてくる。
「恥ずかしいんだそうだ」
「あー、最初はそうだよねー。でも人に読んでもらわないと慣れないよ?」
「じゃあ、おにい」
「はいはい」
スマホを受け取って妹の処女作を拝読する。妹の処女作って、なんかちょっと背徳的な響きだな……。変態か俺は。
妹の小説は主人公が異世界に飛ばされることも、触手うごめく邪神が這い寄ることもない、ごく普通の学園を舞台にした恋愛小説だ。女同士の。
……妹の書いた百合小説を読まされるの、なんか複雑な心境なんだが。
最初こそとまどったが、読み出すとすぐに引き込まれた。
どこか悲しげな世界観で繰り広げられる、二人の少女の恋物語。繊細な心理描写、互いに特別な感情を抱いているのに、いじましいくらいに関係は進まない。だからこそ二人の恋を応援したくなってしまう。
わずか一万文字に満たない短編。それなのにラストの告白シーン、そして思いを遂げ、二人がキスをする場面では胸が熱くなってしまった。
「……どう?」
ちょうど読み終わったところで声をかけてくる。
「あー、や。……お前、ほんとなんでも才能あるんだな」
ほんと、悲しいくらいに。いつだってこいつは最初からなんでもできる。努力も試行錯誤もなしに、ただの“ノリ”で、人の心を揺り動かす文章を書いてしまう。
だが当の本人は誇るわけでもなく、髪をいじりながら生返事。
「別に、おにいの小説読んでただけ」
「俺はこの手の小説を読んだ覚えは一つもない」
これだけは主張しておきたかった。
俺の反応を見て自信をつけたのか、楓は海堂にも小説を見せていた。海堂は読み始めて5分で号泣してた。まあ、最初のほうに書かれてた主人公の生い立ちけっこうえぐかったもんな。そんな主人公(女)が転校した高校でヒロインに出会い、孤独な日常が終わり、世界が色づいていく。もう二周目が読みたくなってきた。あとで俺の携帯にデータ送ってもらおう。
「三笠先輩、覚えました!」
瀬良が顔を明るくして叫ぶ。
「おー、じゃあ打つか」
「打つ……って、もうですか!? まだ心の準備が……」
「今の段階じゃまだ暗記しただけだからな。実際に使わんと身に付かん」
「なるほど……」
瀬良はチェス盤を用意する。と、楓が急にこっちに寄ってきた。
「は? なんでおにいチェスしてんの?」
「別に、俺がだれとチェス打とうが俺の自由だろ」
「私とは嫌がるじゃん」
「……そんなしょっちゅうお前と打ちたくないんだよ。脳神経が死滅する」
「じゃあたまにならいい?」
「まあ、たまになら」
「ふーん。そっか。ふーん。へー」
にまにまと、何やら嬉しそう。ワンサイドゲームで俺をボコるのがそんなに楽しいですか、そうですか。
「楓さんもチェスできるんですか?」
「まあね」
楓はキメ顔でそう言った。
「……楓さんなら同い年だし。……私でも勝てるはず」
瀬良は何やら小声で考え出す。いや、そいつ何回かネットチェスでグランドマスター倒してるから。その気になればチェスだけでも食っていけるだろう。ほんと、天才さまはうらやましい。
ーーーーーーーーー
瀬良にチェスの手解きをしていると、最終下校時間を知らせるチャイムが鳴った。
「今日は終わりにしましょうか」
先輩の一言で帰り支度がはじまる。窓を閉め、飲み物の入っていたカップをすすぎ、外に出た。
部長である先輩が鍵を閉める。さて、帰って晩飯作るか。
「楓ー。晩飯何がいい?」
「あー、ちょっと待って」
食うことと寝ることしか考えてない楓にしては珍しく、食事の話題に耳も貸さずにほのか先輩に近づいていく。
「どうかした?」
鍵を返しに行こうとしていた先輩はきょとんと首を傾げる。楓は手をわちゃわちゃしたり「あの」「えっと」「あー」などと言う挙動不審なムーブを入れてから、一呼吸置き、
「帰り、クレープの店出てて、ひとりだとあれだし……おにいもあれで、……気になってたんですけど……だから、一緒に、行き、ません……か?」
「あら、クレープ! おいしそうね」
先輩の言葉に、楓はぱあっと顔を輝かせる。
「じゃあみんなで行きましょうか」
が、次の瞬間一気にテンションが下がった。
……こいつ、さては先輩を独り占めしようとしてるな。許さん。先輩独占禁止法。
だがまあみんなで一緒というのは悪くない。みんなとはつまり“文芸部みんな”ということであり、俺も含まれているということだろう。放課後に先輩とお出かけできるなんて素晴らしいじゃないか。楓、よくやった。
「ごめん、私このあとバイトあるから」
「あー、私も……補修の課題あって……」
ところが海堂と瀬良は辞退。これは先輩の気も変わるのでは……。
俺は気にしていないふりをしながら先輩を横目で見ると、楓もまったく同じかっこうで先輩を見ていた。
「じゃあ、三人で行きましょうか。鍵返してくるから、校門で待ってて」
先輩はほがらかに廊下を歩いていく。俺と楓は示し合わせたわけでもないのに向き合い、ハイタッチした。
妹と思考がかぶりすぎてつらい。
ーーーーーーー
クレープはひとつ500円。俺の財布から一千円が消えていく。
当たり前のように人の金でクレープを食う楓はやたら上機嫌。先輩はそんな楓を微笑ましそうに見ながらチョコのクレープを食す。
クレープ屋周辺は人で賑わっていた。近くにはいくつかベンチがあり、そのひとつに楓を真ん中にして三人で座る。
いちごシロップの酸味に舌鼓を打ちつつ考える。これは夢だろうかと。
美人な先輩と放課後にクレープを食べる(妹同伴)。これは世に言う制服デート(妹同伴)というやつなのではないだろうか。とくに先輩と話しているわけでもないのだが、一緒のベンチに座っている(妹を挟んでいるが)だけでも甘くてふわふわした空気で胸がいっぱいだった。
そうか、これが幸せか。俺はようやく幸せの形を知ってしまったのだ。
「おにい、交換」
「へいへい」
半分食べたところで、桃のふんだんに入ったクレープと取っ替える。もちろん果物は上に載っていたのだが、しっかり半分だけ残してくれているあたりこいつにも気遣いというものがあるのだろう。俺もいちご残しといてよかった。あとで腹パンくらうとこだった。
「ふたりはほんとに仲良しね」
「そうっすか?」
「そうですか?」
……ハモった。くそ恥ずい。ごまかすようにクレープにかじりつく。
「ええ。おんなじところにクリームつけてるもの」
よほどおかしかったらしく、先輩はお腹を抑えて笑い出した。
顔を見合わせると、楓の左頬に赤いクリームがついていた。
慌ててそででぬぐう。楓もまったく同じ動作をした。先輩はさらにツボってもはや咳き込んでいる。
「ふふっ……ふふふ……。ふたり、かわいすぎよ……。あー、こんな弟と妹欲しかったなー」
先輩の弟……。うっかり想像してしまい、顔のニヤケがとまらないのであわてて妄想を振り払う。それでも心臓はうるさいくらいに早鐘をうち、もうクレープの味なんてわからない。
「ねえ、二人は休日なにしてるの?」
「わ、私ですか? 私は、えーっと、携帯で動画見たり」
「俺は漫画読んだり」
「気分乗ったら勉強して、飽きたら小説読んで」
「たまにアニメも見たり」
「あとはおにいの部屋行ってゲーム、とか」
「あなたたち、もしかして双子だったりする?」
「いや、俺こんな美形じゃないでしょ」
「私、おにいみたいにしっかりしてないです」
「ほんともうそっくり」
先輩はさらに笑う。なんだかこっちまでつられて笑ってしまった。
「ほのかさんは、休み、とか何してるんですか?」
「んー、最近は受験勉強ばっかりかな。前は本屋さんとか、よく行ってたんだけど」
「じゃ、じゃあ、一緒に行きませんか! 本屋!」
楓が勢いよく立ち上がり、すぐ冷静になって座り直す。
「えっと、私、ほのかさんの読む本が気になる、というか……ちがくて、一緒に見たい? でもなくて、ええっと……」
「いいわよ。じゃあ三人で行きましょうか」
え? 俺も行くの?
先輩を見ると、にっこりとうなずく。
……これ、さては世に聞く“モテ期”では?




