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未来の戦争ではJSが機動兵器を駆っている  作者: 真黒三太
第五話 大統領拉致事件
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ロミールと王

 『小学校』というのは、第二〇三地下壕の整備ドックを切り取る形で、マスタービーグル社が使用している一角へつけられた呼び名だ。

 ビニールシートで仕切られた内部には、タイゴンを整備するための機材に加え、多数のコンテナハウスが存在しており……。

 貨物用のそれを改造した内部には、スタッフの居住施設などが用意されているのだ。


 この『小学校』を仕切るチーフである(ワン)が今いるのも、そんなコンテナハウスの一つであり……。

 内部には、通信設備が搭載されていた。


「そうですか。

 彼女たちは、いい子にしていますか」


 分厚いサングラスと真紅のスーツが特徴的な男は、モニターに向けてそう言い放つ。


『ああ、初日こそ、エキセントリックな立ち回りをして世間を騒がせてしまったがね……。

 今は、手配したホテルで大人しくしてくれているよ』


 画面に表示された通信相手は、ラフな格好をした男性であった。

 飾り気のない髪型といい、手入れを怠っている無精髭といい、繁華街でも歩けばたちどころに埋没してしまいそうな人物である。

 しかし、この人物こそは、本来マスタービーグル社の一社員ごときでは会話をする機会などない、要人中の要人なのだ。


 ――ロミール・レゼンスキー。


 ライラ共和国の大統領が、画面の向こう側に存在した。


『と、いっても、いかに豪華とはいえ、限られた密閉空間であることに違いはない。

 少々、退屈を持て余しているようだね』


 危急の時にある国家を背負う身であるが、彼の前身はコメディアンである。

 おどけた仕草を交えてしまうのは、その来歴が理由であるに違いない。


「彼女らは弊社が調整した人造兵士ですが、メンタルに関しては年頃の少女とさほど変わりません。

 そういった環境での過ごし方に関しては、教えていませんしね」


『はっはっは!

 確かに、私があの年頃だったなら、豪華なホテルよりも、バスケットコートの方がよほど嬉しかっただろうね!』


「ほう、大統領はバスケットをやられるのですか?」


『なあに、子供の頃に友達と遊んだだけさ。

 私は、やろうと思ったことにはなんでも手を出す性分でね。

 それで、コメディアンの世界に入り、今は国を背負っている』


「そのエネルギーにあふれた姿勢は、是非、見習わせて頂きたいところですな」


 ひとしきりの世間話を終え、ふと、大統領が真顔となる。


『エネルギーに溢れているといえば、ヴァレン君のことは本当に残念だった。

 彼女こそ、映画を通じて世論を変えられるエネルギーのある人物だったというのに……』


 その表情は、沈痛そのものといったものだ。

 今でこそ、政界に身を投じてはいるが、かつてコメディアンとして表現をしていた者としては、思うところがあるのだろう。


『遺作となる映画は、いつ頃完成する見込みかな?』


「遺されたスタッフたちは、意欲的に作業へ取りかかっているようです。

 ヴァレン女史は何事にも前のめりな人物でしたが、こと映画制作においては、緻密な計画を立てる人物だったのも良かった。

 完成そのものは、そこまで時間がかからないでしょう」


『ほう』


 (ワン)の言葉に、大統領が身を乗り出す。

 国力において圧倒的な差を誇るレソンが、なかなか共和国を攻めきれないのには、三つの理由がある。

 一つは、これに危機感を抱いた自由民主主義勢力が、強力に共和国を支援していること……。

 共和国軍は、本来の経済力で実現可能な以上の軍備を整えており、どうにか、恐るべき帝国国家と組み合うことができていた。

 二つ目は、兵たちの士気が極めて高いことだ。

 充実した兵器類と高い士気の兵が合わさることで、粘り強い抵抗を可能としているのである。


 そして、三つ目が、このロミール大統領によるメディア攻勢であった。

 テレビ、ラジオ、新聞、SNS……。

 各種のメディアにおいて、彼の名や顔を見かけない日は存在しない。

 大統領は、時に力強く、時に切々と帝政レソンの非道について語っており……。

 それが、国際世論を強く後押しし、レソンに対する経済制裁などにつながっているのだ。


 もちろん、レソンほどの大国ともなれば、容易に関係を断ち切らぬ国家や、逆につながりを深めようとする国家も存在する。

 しかし、多数の国から貿易などを差し止められて痛みがないはずもなく、それはボディーブローのように、じわりとレソンの体力を奪っているのだ。


 その弁舌――(あたい)千金(せんきん)

 言葉一つで、大国相手に戦略的な立ち回りをしているのが、ロミール・レゼンスキーという男なのである。


 そんな大統領であるから、ヴァレン女史の遺作完成に期待を寄せるのは、当然のことであった。

 銀幕を通じて反レソンの感情が高まれば、それだけ共和国が優位に立てるのである。

 その気持ちはよく分かる(ワン)であったが、口から出たのはあいにくの言葉だ。


「ですが、公開の時期に関しては、弊社の方で慎重に検討しています。

 何しろ、あれを公開するということは、JSの存在を明るみに出すということですから」


『ふむ……』


 その言葉に、偉大な指導者は難しい顔で腕組みしてみせた。


『我が国としては、公開は早ければ早いほど喜ばしいのだがな……』


「致し方ないことです。

 うるさ型の人道主義者が敵に回るのは確実としても、回し方というのは考えねばなりませんから。

 下手をすれば、弊社にも貴国にも世論の矛先が向かいます」


『現実が見えず、文句だけは言い、具体的な方策は何も示さぬ……。

 そういう輩は、どこにでもいる。困ったものだ』


 果たして、思い浮かべているのはどのような顔であるのか……。

 国家指導者が抱く苦悩の片鱗を見せた大統領に、ふと、気になったことを尋ねる。


「そういえば、映画内のインタビュー映像は拝見しましたが……。

 大統領閣下は、JSに対して寛容的なのですね?」


『おお、あれを見たか?

 どうだい? 表情にはこだわったんだが……。

 いや、JSの話だったかな』


 少しだけ笑みを見せた後、すぐに大統領は真顔となった。


『あのインタビューでも語った通りだよ。

 人道というのは、確かに大事だ。

 しかし、それを後生大事に抱えて、帝国主義国家に踏み潰されては、元も子もない』


 腕組みを解いた大統領が、深く椅子に腰かける。


『人造的に生み出した存在への忌避感を語るなら、ナンセンスの一言で一蹴できる。

 ポストヒューマン時代の到来など、旧世紀の物理学者、ポール・デイヴィスが予見しているのだから……。

 むしろ、我々は過酷で広大な宇宙に対し、これまで生身でよくやってきたよ』


「そう言って頂けると、ありがたいですね。

 自由民主主義の盾となり、帝政レソンを退ける……。

 その実績があれば、JSの売り出しも順調にいくでしょうから」


『そして、君の目的にも一歩、近づくというわけだ……。

 映画もそうだが、私は、君にも早く立ってほしいのだがね。

 その時、我が国は全面的に君を支援するだろう』


「時期尚早ですな。

 何をするにも、力というものが必要ですから」


 サングラスの下で瞳と本心を隠しながら、(ワン)は淡々とそう告げた。

 そんな一会社員の言葉に、大統領は軽くうなずいてみせる。


『その力が、彼女たちか……。

 さしあたっての問題は、君のキュートな兵士たちの士気が落ちないよう、どうするかだな』


「何か、方策があるのですか?」


 (ワン)の言葉に、大統領はにやりと笑う。


『ニホンのことわざに、こういったものがある。

 木を隠すなら、森の中……。

 他に子供たちが大勢いる中へ埋没してしまえば、あれこれと騒がれる心配もないさ。

 もっとも、多少の変装は必要となるだろうがね』


 そう言って、大統領が考えを語る。

 それは、羽のばしとするには、いささか固い内容であったが……。

 しかし、ホテルの一室へ閉じこもり続けるよりはマシであろうと考え、(ワン)はそれを了承したのであった。


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