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未来の戦争ではJSが機動兵器を駆っている  作者: 英 慈尊
第一話 ジャストソルジャー
3/63

遠足

『ナナさん。

 感想文というものは、もっと映画の内容を咀嚼(そしゃく)した上で、自分なりの解釈を添えなければいけませんよ。

 なんです、この文面は』


 第二〇三地下壕で暮らす者たちが、俗に『小学校』と呼んでいる整備ドック内の一画……。

 そこに張られたタープテントの下で、毎度おなじみとなっている叱責(しっせき)の声が響き渡った。


 声の主は、この場にいない。

 テーブル上に設置された、モニター越しの声である。

 専属パイロットたちの基礎教養を担当するロッテン女史は、遥か宇宙を隔てたマスター・ビーグル社本社から通信で授業を行っているのだ。


「ええ~!?

 ちゃんと、映画を見て思ったことを書きましたよ~!」


 叱られている当人――ナナが、テーブルに上半身を投げ出し、唇を尖らせる。

 そんな彼女に対し、モニター上に大写しとなったロッテン女史は額に手を当てながら盛大な溜め息を吐いた。


『あの名作を見て思ったことが、主演女優がモテモテでうらやましい~っ! ですか?

 私が感じて欲しかったのは、ヒロインが様々な男性に言い寄られることではなく、それを受けてどのように考え、決断したのかと――』


「――ぶふっ!?」


 大真面目に言い放った先生の言葉に、別の生徒――ララが、思わず吹き出してしまう。

 ロッテン女史によるナナのモノマネは、思いのほかによく似ており……。

 それを老齢の女性が真面目な顔をしてやるものだから、笑ってしまったのだ。


「ちょっと、ララってば……ふふっ」


 三人の中では一番の優等生であるレコも、これに抗うことはできない。

 結局、ロッテン女史によるお説教の時間は、少女たちの笑い声で満たされることになってしまった。


「やあ、ずいぶんとなごやかにやっているようだな」


 そこへ、出来立ての焼き菓子が放つ甘く香ばしい匂いと共に現れたのは、チームの総責任者――(ワン)である。

 トレードマークである赤いスーツの上からエプロンを身に付けており、手にしたトレーへ乗せられているのは綺麗に盛り付けられたクッキーと人数分のティーセットであった。


「わあ、クッキーだあ!」


 ティータイムの到来に、ナナが喜びの声を上げる。

 テーブルへ置かれる前のトレーから、さっそくひとつ摘まもうとする彼女であるが、それは(ワン)に制された。


「こらこら、はしたないぞ?

 これは勉強をがんばった子へのご褒美だが、ナナはどんな調子だったかな?」


「えっと、それは……」


 (ワン)から問いかけられ、ナナが露骨に目を逸らす。

 しかし、逸らした視線の先にあったのは――ロッテン女史が大写しとなったモニターであった。

 モニター越しに女教師と目線を交わした(ワン)が、「ああ」とうなずく。


「どうやら、ロッテンさんを困らせてしまっていたみたいだな?」


「うう~、だってぇ~」


 トレーを置いた(ワン)が、ナナの手元に存在するタブレットを覗き込む。

 これは、タッチペンを用いることで紙のノートと同じように使用することができた。


「ふむ……そうか、あの映画を見たか。僕も好きな作品だ。

 それで、ナナはあれを見てこのような感想を抱いたのだな?」


 モニターの向こうにいるロッテン女史が、万の援軍を得たとばかりの表情を見せる。

 しかし、続けて(ワン)が口にした言葉は、彼女の予想とは異なるものであった。


「なかなか、面白い着眼点じゃないか。

 ただ、ここに注目するなら少し解釈が不足しているな。

 確かに、あのヒロインは美しい。

 だが、外面の美しさを生み出しているのは過去の悲惨な境遇だ。

 逆境をはねのけ、美しく成長し、幸せを掴み取る……。

 この映画監督は、きっと見た人にそのような人間を目指して欲しいと考えたんじゃないかな?」


 (ワン)の言葉を受けて、ナナの顔がぱあっと輝く。


「そうそう! あたしはそういうことが言いたかったんでーす!」


『もう……。

 この子は、調子がいいんだから』


 額に手をやるロッテン女史だが、もはや少女たちの視界に彼女は入っていない。


「あ、あの……(ワン)さん!

 わたしの感想文も見てもらえませんか!?」


「あの! 私のもお願いします!」


 ララもレコも、自身のタブレットを(ワン)に差し出し始め……。

 本来の教師を差し置いて、感想文の発表会が始まったのであった。




--




「さて、食べながら聞いてほしい」


 結局、ロッテン女史のお説教はなあなあの内に閉幕となり……。

 午後のティータイムとなったタープテントの下で、少女たちを見回した(ワン)が口を開いた。


「――任務ですか?」


 その態度から直感したレコが、緊迫した面持ちでそう尋ねる。

 とはいっても、他の二人と同様にクッキーを食べる手は止めないのが、食欲旺盛な年頃らしかったが……。


「また、哨戒中の敵を倒すのかな?」


「えーっ!?

 つまんない!

 あれ、なんだかとっても退屈なんだもん!」


 レコに続いてララも緊張した声で推測を口にし、ナナはといえばルーティン化した任務への不満を口にする。

 そんな彼女らを見て、(ワン)は薄い笑みを浮かべてみせた。


「任務というのは間違いないが、今回は哨戒する敵機の排除ではない。

 言ってしまえば、遠足といったところだ」


「遠足……」


「……ですか?」


 レコとララが顔を見合わせる一方、


「やったー! 遠足!?

 それって、どこへ行くんですか?

 山もいいし、海も素敵ですよね!

 この星へ来てから地下と壊れた街ばっかりだったから、すっごく嬉しいです!」


 ナナの方は、少しばかり興奮してまくし立てる。


「もう、ナナったら……。

 (ワン)さんが私たちに、ただ遊びに行けなんて言うわけないでしょ?」


「えー、そうなんですかあ?」


 レコにたしなめられ、ナナが上目遣いでワンを見やった。


「はっはっは、残念ながら今回のはものの例えということになるな。

 本当のピクニックは、またの機会にさせてくれ」


「ぶぅー」


 ふてくされるナナの口に、(ワン)がクッキーをひとつ押し込む。


「むぐ……クッキーで誤魔化されるのは、今回だけですからね」


 そう言うナナであったが、甘味に口元がゆるんでいるのは隠せていなかった。


「いいなあ……。

 じゃなかった。それで、どんなお仕事なんですか?」


 それをうらやましそうに見ていたララが、ハッと我に返り尋ねる。


「うん……」


 尋ねられた(ワン)は、腕組みしながら口を開いた。


「我々がこの星へ降り立った当初、帝政レソンによる激しい砲撃が行われたことは覚えているな?」


「もちろんです」


 (ワン)の問いかけへ、レコが即座にうなずく。


「地上――ロベの街を破壊するために、徹底した砲撃が行われたんですよね?」


「あれ、毎日毎日本っ当にうるさかったー!

 朝も昼も夜も、ドッカンドッカン音鳴らして、振動が地下壕(ここ)にまで届いてくるんだもん!」


 ララが敵軍の作戦目的を口にし、ナナが実際にそれを受けた上での感想を漏らす。

 三者三様の反応ではあるが、(ワン)はそれに満足し、腕組みしたままうなずいた。


「占領下に置こうとする都市の機能を、完全に破壊せしめる……。

 狂気の沙汰(さた)としかいいようのない蛮行であるが、しかし、それが共和国に対して効果的だったのは確かだ。

 何しろ、我々を含む軍人たちのみならず、ロベに暮らす市民も多数、ここを含む各地下壕へ避難せざるを得なくなったのだからな」


「基地内を歩いていると、わたしたちと同じくらいの年の子もたまに見かけます。

 もう砲撃がなくなってずいぶんと経つけど、どの子もすごく怯えていて、かわいそう……」


 基地内の光景を思い出したのだろう。

 ララが、暗い顔を見せた。

 ここ第二〇三地下壕は、民間人の避難をも想定した設計がなされているが、何事にも限界というものがある。

 軍が使う区画と民間人が避難生活を送る区画との境界は曖昧であり、ここで暮らすならば、民間人との接触は避けられないものであった。


 ふとしたきっかけで目にする彼らの姿は、なんとも悲観的なものである。

 頭上を震わす砲撃音や振動は、暮らしていた家や通っていた学校が、破壊され尽くしたことを暗に伝えており……。

 どうにか生き長らえてはいるものの、モグラのごとく地下に籠り、快適とは程遠い生活を強いられる……。

 そんな状況下においては、神経がすり減らされるのも当然であった。

 ララは、そんな民間人たちの姿を見て、当てられてしまったのだろう。

 感受性の高い、彼女らしい出来事であるといえた。


「ララは優しいな……」


 だから(ワン)は、そんな彼女の姿を見て優しくほほえんだ。

 しかし、笑みを見せたのは一瞬のことであり……。

 すぐさま元の、マスタービーグル社から派遣されたチーフとしての顔に戻る。


「その砲撃が、再び行われようとしている」


 (ワン)の言葉に、レコが首をかしげた。


「確かなんですか?

 いえ、ワンさんを疑うわけではないんですが……」


「確かだ」


 (ワン)の言葉はひどく断定的であり、一切の異論を挟ませぬものである。


「我々は、帝政レソンが大量にロケット弾を仕入れているとの情報を得ている。

 何しろ、かの国がそれらを発注したのは、弊社――マスタービーグル社なのだからな。

 ゆえに、この情報は信頼できるものだ」


「戦っている相手が、自分たちと同じ会社の武器を使ってるって、いつ考えても不思議な気持ちになります」


「えー?

 ララってば、今さらじゃない?

 これまでにも、散々トミーガンをやっつけてるじゃない」


 あごへ指を当てながら言ったララの言葉を、ナナがそう否定した。


「別に、不思議でもなんでもないと思うわ。

 今の時代、軍需産業なんて寡占市場もいいところなんだし。

 国家レベルで仕入れようとしたら、対応できる企業なんて限られるもの」


「むぅー。

 レコちゃんってば、また難しい言葉使ってー……」


「で、でもでも!

 いっぱいお勉強してるのは、すごいと思うな!」


 したり顔で説明するレコに対し、ナナとララがそれぞれの感想を告げる。


「レコが言っている通り、弊社は市場のトップを独走している状態だ。

 少しでも安く、質の良い兵器を確保しようとすれば、関わりは決して避けられない。

 結果、敵も味方も弊社製の兵器を使うという状況になっているわけだな」


 そんな三人の顔を見ながら、(ワン)はレコの言葉を補足した。


「それって、死の商人ってやつですかー?

 こないだ見た映画でやってました。

 大昔の地球で、戦争をやっている地域に銃を持ち込んでは、ダイヤモンドに交換してもらうってやつです」


「あの時、弟さんが死んだのすごく悲しかったよね」


「別に……うちの製品で誰が死のうと、関係ないわ。

 私たちは、自分の価値を証明するだけだもの」


 またも見せられる、三者三様の反応……。


「ふむ……。

 確かに、弊社のことを死の商人と呼ぶ人間は数多いな。

 ――だが」


 しかし、(ワン)はそれに対し、はっきりと否定の意思を見せる。


「僕は、そう考えてはいない。

 むしろ、その逆だ。

 自分たちのことを、生の商人として位置付けている」


「生の……」


「商人……」


「ですか……?」


 少女たちは、互いを見交わしながらその言葉に首をかしげた。


「だって、そうではないか。

 少なくとも、僕たちがこなければ……君たちの活躍がなければ、この街はとうに占領下へ置かれ、避難民たちにも悲惨な未来が待ち受けていただろう。

 我々は、確かに敵兵を殺す。

 しかし、それは誰かの未来を切り開くためであるということを、決して忘れないでほしい」


 普段は、自分の素性もろとも本心をサングラスの奥に隠す男が、珍しくも吐き出した本音の言葉……。

 それに少女たちは分かったような分からぬような顔をしつつも、とりあえずはいとうなずいたのである。


「いい返事だ。

 さて、前置きが長くなったが、今回の作戦について説明しよう。

 これもまた、この地下壕で暮らす人々の未来を守るための作戦だ……」


 ひとまずそれに満足した(ワン)が、作戦について説明し始めた。

 その作戦内容は、確かに、ここへ避難した人々の未来を切り開くことに繋がるものであったが……。

 当然ながら、それを実行する少女らの未来など、考慮されていなかったのである。

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