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陽動

「突然の申し出にも関わらず、快く助力の要請を受けてくれたこと、感謝する!」


 カルナは友軍の戦人(センジン)小隊三機と無線を繋ぎ、そう礼の言葉を述べた。


「新型の化け物じみた強さは噂に聞いている。

 それを撃破し、友軍の安全を確保できるならば、こちらも望むところだ」


 対して、合流した戦人(センジン)小隊の隊長は、そう伝えてきたのである。

 彼らは、カルナたち特務小隊とは別に、ロベ地上の哨戒任務へ当たっていた者たちであった。


 たまたま、目標としていた場所――例の地下路線出入り口に近い部分へ展開していたため、事情を説明し、助太刀を頼んだのである。

 ここロベにおける哨戒任務というのは、地上部を索敵して回り、共和国機と遭遇したらこれを撃破するという、偶発戦を望んでのものであり、悪く言ってしまえば、目的の無い散策であった。


 彼ら、友軍小隊が気持ちよく協力してくれたのは、そういった場当たり対応的な任務に思うところがあったからに違いない。

 ともあれ、これで思わぬ戦力拡充がかなった。

 友軍小隊は、万全のトミーガンが三機だ。

 つまり、別行動している山猫を除けば、都合五機ものトミーガンが、ひとまとまりとなって作戦行動していることになる。


 戦力としては、十分であるといえるだろう。


「それで、そちらの読み通りなら、この先の地点に敵狙撃機がいるはずなんだな?」


「そのはずだ。

 すでに、山猫は先んじてそこを狙撃するべく、移動を行っている。

 向こうの砲撃に合わせて、こちらも詰めろをかけにいくがよいか?」


「異論はない。

 伝説的な英雄も加わっての任務に混ざれて、光栄だ」


 廃墟と化した建築物の、陰から陰へ……。

 五機のトミーガンは、そんな会話を交わしながら進んでいく。


「その英雄は、予定ならそろそろあそこのビルへ到着するはずだが……」


 そう言いつつ、かつての爆撃を受けながらも、いまだ健在な廃ビルにトミーガンのカメラを向ける。

 戦人(センジン)の重量に耐える耐久力が残っているかは不安だったが、山猫はそれを保証していた。

 あの老兵がそう言うなら、そうなのだろう。


 ――ズオッ!


 何度か見た荷電粒子ビームが放たれたのは、その時だ。


「今のは……!

 噂に聞く、敵のビーム兵器か!?」


 幸運にも……というべきだろう。

 どうやら、合流した隊の隊長は、敵の一機が装備した重金属粒子の閃光を、ここで初めて見たらしい。

 それは、恐るべき破壊力を秘めているとは思えぬほど、美しい光の線であり……。

 それが通り過ぎた屋上は、山猫が狙撃地点として目指していたはずの場所であった。


「こちらの読みを、さらに読まれていた……!

 オルグ殿は……!」


 敵の頭が予想以上に冴えていたことへ、ほぞを噛む。

 そして、おそらく今の光が狙っていたのだろう老兵を心配したが……。


 ――ドウンッ!


 少し遅れて響いたのは、機兵用九七式狙撃銃の法音であった。


 ――健在なり。


 ――山猫は、健在なり。


 力強い砲音は、無線で会話などせずとも、その事実を雄弁に物語っていたのである。


「どうやら、裏の、そのまた裏を取られた!

 ――だとすれば!」


 そこで、思考を止めてしまわず、敵のさらなる一手を予期できたのは、カルナという戦士が成長した証に他ならない。

 もしも、ここで彼が事態の推移についていけてなかったならば、敵の先制攻撃を許していたのだから……。


「――そこだっ!」


 叫びながら、自機が装備した機兵用三八式突撃銃を撃ち放つ。

 カルナは見ていたのだ。

 廃墟の陰を密かに移動し、こちらに詰め寄らんとする敵機――タイゴンの姿を!


 ――ヴウウウウウンッ!


 だから、これは牽制の射撃である。

 迂闊(うかつ)に懐へ飛び込ませてしまえば、数的有利など当てにはならない。

 それだけ、タイゴンの運動能力は圧倒的であり、接近戦は死を意味するのだ。


「各機、接近戦を仕掛けさせるな!

 射撃戦で押さえつけろ!」


 ――ヴウウウウウンッ!


 味方機にそう告げながら、率先して引き金を絞る。


 ――ヴウウウウウンッ!


 ――ヴウウウウウンッ!


 ――ヴウウウウウンッ!


 すると、遅れて敵機の姿を確認した味方機が加わり、弾幕を形成してくれた。

 さしものタイゴンといえど、こうなってはたまらない。

 いかに俊敏な動作が可能であるとはいえ、放たれた砲弾よりも速く動ける道理はなく、遮蔽に身を隠しながら反撃をしてくるのが精一杯であった。


 ――ドウッ!


 ――ドウッ! ドウッ!


 その反撃に用いているのは、こちらと同じ機兵用三八式突撃銃だ。

 ただし、フルオートで弾幕を形成するこちらと違い、単発射である。

 通常、戦人(センジン)の射撃において、単発射や、あるいは三点射を用いることは少ない。

 人間の場合、反動による照準のズレを抑制するために切り替えが必須であるが、戦人(センジン)のパワーならば反動に負けることはないため、最大火力で一気に制圧せしめんとするのが主流の戦い方であった。

 従って、それらのモードを使用するのは、そもそも連射する必要がない場合か、あるいは弾薬を節約したい場合が主である。


 今回の場合、敵機の事情は後者だ。

 遮蔽物を活かしながら、時々反撃してくる敵機は、左腕が破壊されており、戦闘中のリロードが不可能となっているのである。

 そして、より重要な事実は……。


「片腕を失った一機しかいない!

 二刀流の奴はどこだ!」


 そう、この場で襲撃を仕掛けてきた敵は――一機。

 ビーム兵器を所持する敵機の居所は先の閃光で判明しているため、ただ一機……両手にカタナを装備した機体の行方が不明ということになった。

 そこから導き出される結論は、ただひとつ。


「こいつは、揺動だ!

 敵は、ビーム兵器持ちとカタナ持ちの二機とで、山猫を仕留めるつもりだ!」


 その事実に気づいたカルナの判断は、素早かった。


「キリー少尉はここに残り、友軍小隊と共に眼前の敵機を攻撃し続けろ!

 自分は、オルグ殿の援護に向かう!」


「え?

 中尉殿!?」


 キリー少尉の言葉には応えず、トミーガンを全力で走らせる。

 果たして、間に合うか――。




--




「いいね……生きてるって実感が湧いてくる」


 廃墟と化した建造物の、陰から陰へ……。

 敵に見つからぬよう……あるいは、敵を先に発見するため移動しながら、オルグはそうつぶやいていた。


「こうやって、狙撃手同士でやり合うのは……そう、ネクサ戦争の密林戦以来か」


 そうしながら、過去に体験した情景を思い出す。

 ネクサ戦争といえば、同国の北部と南部が主導権を争い合って起きた内戦であるが、その実は、帝政レソンを始めとする覇権主義勢力と、自由民主主義勢力との代理戦争であった。

 レソンからの援軍として、オルグもまた、あの戦いに身を投じていたのである。


 密林地帯を舞台に泥沼の戦いが繰り広げられたあの戦いと、廃墟と化した市街地で終わりの見えぬ遭遇戦を繰り返す今回の戦いは、なるほど、周囲の景観こそ異なるが、シチュエーションとしてはよく似ていると思えた。

 あの戦いの中、出会った敵の一機は、自分と同等のセンスを持つ凄腕であり……。

 彼との戦いは、退役してからこれまでの日々が塵芥(ちりあくた)のごとく思えるほど、濃密で充実した時間であった。


 最後の最後、引き金を引いて得られた感動は忘れられないものである。

 詰まるところ、自分という人間は生まれ落ちた時に何かが欠落しており、戦場という異常な空間でしか生きている実感を得られないのだ。

 その意味で、皇帝直々に下された今回の要請は、自分に二度目の生を与えてくれたといえるだろう。


「さあ、おれに生の充足を与えてくれよ……!」


 敬意と共に、願いの言葉を吐き出しながら自機を操作する。

 タイゴンなる新型に乗ったパイロット。技量としては、あの時に戦った狙撃手よりも劣る。

 しかし、機体性能と瞬発的な操縦センスは、技量差を埋め合わせるに十分なものであると感じられた。

 獲物として――申し分なし。


「さあ、こうすればどうする?」


 銃の腕前一つ取っても、エースを名乗るのにふさわしいオルグであるが、その真価は、周囲の状況を観察し利用することにこそある。

 猟師であった祖父の教えが、戦場という場所で活かされているのだ。

 オルグが今、利用できると見い出したものとは……。


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