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老兵

 帝政レソン軍が失敗者に対して寛容な軍でないことは、先の師団長であるヴィーター中将が辿った末路を見ても明らかである。

 ゆえに、カルナ・ルーベンス中尉は暗澹(あんたん)たる思いでマルティン中将のテントへと足を踏み入れたのであった。


「失礼します。

 カルナ・ルーベンス中尉、参上致しました」


 一歩、その中へ足を踏み入れ、びくりと背筋を震わせる。

 中将が執務室として使用しているこのテントは、そこまで強力に冷房を使用しているわけではない。

 しかし、今すぐこの場から立ち去りたくなるほどの寒気を、直感的に感じてしまったのだ。


「ほう……。

 中将閣下、この若造はなかなか見込みがありますぞ」


 テントの入り口脇から響いた聞き覚えのない声に、思わず目を走らせる。

 そこにいた人物を一言で表すならば、それは老人ということになるだろう。


 隙なく軍服を着こなしているものの、わずかに見える地肌はほぼ骨と皮だけであり、余命がいくばくもないことを感じさせる。

 その証拠に、自力では歩行もままならないのか、椅子に座りながら杖を突いていた。

 側面部にわずかな白髪を残して禿げ上がった頭などは、哀愁すら感じさせる。

 しかし、その眼光たるや尋常なものではない。


 まるで――猛禽。

 その目で睨みつけられると、絶対的捕食者と出くわした被捕食者のごとく、身動きを取ることがかなわなくなるのだ。

 おそらく、この老人がこれまで触れてきた死の数は、自分など遠く及ぶまい。

 そして、これから先の人生を費やしても、届くかは疑わしい。

 それだけの死線を超えてきたからこそ、枯れ木のような体からここまでの圧力を感じるのだ。


「ほう……。

 貴殿のお眼鏡にかないましたか?」


「ええ……。

 まずは、相手の力量を感じ取れなければ話になりません。

 その点、この中尉は見所がある。

 話に聞いた新型とやり合って二度も生還できたのは、あながち運が良いからだけではありますまい」


 執務机に腰かけたマルティン中将と謎の老人が、そのような会話を交わす。

 自身に関する会話でありながら、一人だけ蚊帳の外へ置かれたような状況に耐えきれず口を開いたのは、カルナの若さがさせたことであろう。


「中将閣下、こちらのお方は……?」


「ああ、すまない。

 中尉、紹介しよう。

 彼はオルグ・オーソラッソ。

 レソンの山猫と聞けば、思い当たるのではないかね?」


「レソンの山猫……!」


 それは、カルナのような若者からすれば、伝説的な英雄を差す異名であった。


 ――レソンの山猫。


 戦人(センジン)が戦場に姿を現した初期からのパイロットで、その軍功は数知れない。

 最も特徴的なのは、その戦闘スタイル……。


「伝説の狙撃手へお目にかかれるとは……!

 光栄の至りです」


「まあ、今となっては山猫という呼び名よりも、ハゲ猫の方が似合っちまうがな。

 ともあれ、若いのにこうして素直に慕われるのは、なかなか気分がいいねえ」


 帝政レソンの誇る伝説的英雄が、そう言ってにかりと笑ってみせる。

 そして、この老爺(ろうや)がそうしてみせると、まるで少年のようにも見えるのだ。

 皇帝陛下より直接勲章を賜り、その活躍を映画化もされている人物は、案外、気さくな一面を持っているのであった。


「それで、その山猫殿がどうしてこちらに……?」


 先ほどの、萎縮した態度はどこへやら……。

 やや興奮しながら、カルナが尋ねる。

 それに答えたのは、表情筋を失ったかのようにも見える師団長であった。


「私が招聘(しょうへい)したのだ。

 例の新型――タイゴンを、より確実に仕留めるためにね」


 それは、衝撃的な発言である。

 確かに、レソンの山猫ならば、あの新型に対しても十分な勝算を見込めるだろう。

 そして、先ほど感じた圧力を思えば、老いてなお、気力が衰えていないことも理解できた。

 しかし、それらを加味しても、あまりにも……。


「年寄りの冷や水じゃないかって? おれもそう思うよ。

 しかし、まあ、皇帝陛下直々の命だっていうんじゃな……」


「そうなのですか?」


 問いかけると、マルティン中将は眉一つ動かさないまま軽くうなずく。


「正確には、陛下に命じられた私が必要な手続きを行った。

 中尉、君が思っている以上に、あの方は敵の新型を気にかけておられる。

 それゆえ、レソン伝説の英雄であるオルグ殿をぶつけ、より確実に仕留めよとおっしゃられたのだ。

 そして、それが果たされたならば、その戦果を大々的に喧伝するお考えのようだ」


「陛下が、あの新型を……!」


 それは、あまりに意外な話であった。

 確かに、タイゴンというあの新型機は脅威である。

 が、所詮は三機の戦人(センジン)に過ぎず、この戦争においては一戦闘単位でしかない。

 それを、皇帝自らが注目しているとは……!


「中尉が意外に思うのも無理はない。

 他でもなく、この私も驚いているからな。

 しかし、例の新型がこれまでもたらしてきた被害を思えば、納得のいく話でもある。

 あの三機さえいなければ、とまでは言わないが……。

 ロベ占領が滞っている一因であることには、間違いない」


「それで、この年寄りが駆り出されてきたわけだ。

 若いの、張り切って武功なんざ上げるもんじゃねえぞ。

 ……のんびり隠居していることもできなくなる」


 杖にあごを乗せながら、レソンの山猫が告げる。

 しかし、言葉と裏腹に、その表情は実に楽しげであった。


「さて、中尉を呼び出した理由だが……」


 こればかりは、軍人の習性か……。

 中将の言葉に、びしりと背筋を正す。

 レソンの山猫という思わぬ先客の存在で話が逸れていたが、そもそも、自分は呼び出しを受けてこのテントへ来ているのだ。


 そして、別の者が対タイゴンの作戦を行うようにという、皇帝直々の指示があったということは、どのような理由で呼び出されたかも予想がついた。

 ゆえに、テントへ足を踏み入れた時以上の覚悟で、次の言葉を待っていたのだが……。


「中尉とその隊には、オルグ殿と協力してタイゴン討伐の任に就いてもらう。

 異論はないな?」


「はっ……!

 ……はっ?」


 中将の言葉は予想と異なるものであり、カルナは反射的な返事をした後、間抜けな声を出してしまったのである。


「おいおい、任務から降ろされるとでも思ってたのか?」


 山猫が、からかうような声を上げた。


「見ての通り、おれはジジイだ。

 陛下の命とあれば参戦することはやぶさかじゃねえが、主役を張るには無理があるぜ。

 隊長は、あくまで中尉だ。

 おれのことは、オマケとでも思っておきな」


「はっ……!

 失礼しました。その……」


「先日の失敗から、この任務を降ろされると思ったのかね?」


 中将が、冷たい眼差しを向けてくる。

 アイスブルーの瞳に対し、嘘であざむくことは不可能であり……。

 カルナは、素直にうなずく他なかったのであった。


「はい……。

 自分は新兵器まで与えられておきながら、戦人(センジン)四機とそのパイロットを失ったわけですから」


「確かに、レソン軍は失敗者に対して厳しい。

 しかし、なぜ失敗に至ったのか……その原因を追求しないほど愚かではない。

 戦闘レコードは見せてもらった。

 先日の失敗は、あくまでつたない連携がもたらしたものだ。

 むしろ、中尉の特務小隊は新兵器の性能をよく引き出せている。

 増援の小隊が当初の作戦通りに動けていたならば、今頃、中尉は皇帝陛下から勲章を授かっていたかもしれんな」


「……過分なお言葉、感謝いたします」


 背筋を正しながら答える。

 とにもかくにも、自分は新型打倒の任務から外されなかった。

 ……まだ、復讐の機会は失われていないということだ。


「いいね。

 ……その目は、いい」


 そんな自分を見ていた山猫が、感心したようにそう言った。


「ただギラギラしてるだけじゃなく、その下に冷たいもんが潜んでいる。

 そういう目をしている奴は、才能がある」


「才能? なんのですか?」


「さあな」


 山猫は、あえて答えをはぐらかす。

 そして、杖を頼りに立ち上がると、残った片手を差し出したのである。


「オルグ・オーソラッソだ。

 名前と異名、呼びやすい方で呼んでくれ。

 退役時の階級は大尉だが、そこは気にせんでいい」


「カルナ・ルーベンス中尉です。

 新型打倒のため、名高き山猫の力をお貸しください」


 軽く交わすつもりだった握手は、思いの(ほか)に力強い。

 生涯最後となるであろう戦いを前に、山猫が高揚しているのを感じられた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、ビリビリ痺れますなぁ [気になる点] 山猫は眠らない
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