定められた命の危機
馬車は30分ほど深い森の中を走り続けて、ようやく目的地に着いたみたいだ。木が生い茂り過ぎて夕暮れの日の光がほとんど通らない。そんな中に石造りの建物が建っていた。ここが誘拐場所か。
「別々の牢に入れておけ。」
黒フード達について行けば複数の牢屋が並ぶ部屋に来た。牢屋は10個程あって一部には人の物であろう骨が転がっていた。多少覚悟はしていたけどやっぱり少し怖い。でも逃げ出す訳にはいかない。黒フードの男達は牢にソフィーを入れてから部屋を出て行った。
「とりあえず順調、なのかな。」
私はソフィーの牢屋の鍵をピッキングして開けて中に入る。ソフィーは特に縛られる事無く放り投げられたらしい。縛られてないのは幸いだけど放り投げるのは酷くない?このままなのも可哀そうなのでソフィーを壁に寄りかかる体勢にしてあげる。ここは地下らしいから外の明るさも分からない。まぁ、いずれ一番好感度の高い誰かが迎えに来てくれるはずだし、ゆっくり待つとしよう。やっぱり制服で正解だったなぁ。いや実際王子からドレスは届いたのだけどあの日の仕返しに制服のまま行ってやった。ドレスは捨てるのも忍びないので渋々クローゼットにしまっております。いつか使える時もあるでしょう。
「うぅ、ここは?」
助けを待ってたらソフィーが起きた。そして凄くこっちを見てくる。
「黒猫?どうして?あれ?そういえば私確か、知らない人達に囲まれて…」
そしてようやく自分の状況を理解できたのか顔が青ざめていった。
「これって、もしかして誘拐?でもなんで私なんかが。」
ソフィーが太陽の天性魔法使いって事が理由なのは確かだけど一体誰がこんなことをするんだろう。ゲームでは悪役令嬢である私の仕業のはずだけど。一番の可能性としては、お母様ってなるけれど。
「どうにかして逃げ出さなきゃ!」
ソフィーは立ち上がって格子扉に手をかける。すると扉はすっと開いた。ってあれ?私鍵閉め損ねた?もしかしなくてもまずいんじゃ。
「え?鍵が開いてる?」
ソフィーも困惑。そりゃそうだよね。捕まってると思ったら鍵空いてたら困惑するよ。今度は部屋の扉を開けようとしてるけどこちらも鍵がかかってて開かないみたい。意外と厳重ね。
「どうしよう。」
私が部屋の隅っこにこっそり移動しているとソフィーは周りを探索し始めたようで人骨を見て小さく悲鳴を上げていた。
「このままじゃ殺されちゃう!」
あちゃ~、パニックに陥ってますねこれは。
「お姉さま!」
あちゃ~、私の身代わりですねこれは。とはいえ解除する訳にもいかないしなぁ。
「さっきからうるさいぞ!なっ!お前どうやって牢から出やがった!」
あちゃ~、大きな声でバレましたねこれは。って言ってる場合か!?非常にまずい状況じゃない!?
「こんなのボスにバレたら首が飛びかねねぇ。しょうがねぇ今殺すか。」
「ひっ!」
ソフィーは後ずさって、黒フードを外した山賊みたいな男も距離を詰めていく。ソフィーは牢までゆっくりと戻っていく。山賊は牢に再度閉じ込める事もせずそのまま殺すつもり満々らしい。攻略対象はまだ!?
「悪いな。仕事なんだ。」
「っ!!」
ガキィン!と音を立てて山賊の剣は止められました。姿を変えた私のナイフによって。
「なっ!?」
「えっ!?」
「こんないたいけな少女に躊躇無く剣を振り下ろすとは、随分と性根の腐った方の様だ。」
「んだとてめぇ!!」
男は武器を振り回し始める。その振りは間違いなく私に当たっている軌道だが私に痛みは無い。
「は?」
「愚かだね。」
男の後頭部を思いっきりナイフの柄×2で殴りつけた。ちゃんと効いてくれたようで男は地面に倒れて気絶した。月魔法で幻影を置いといて足音を立てない様に後ろに回り込んだ。うまくいってよかった。マリアの教育のたまものですね。
「あなたは一体?」
「では行きましょうか。我が愛しの太陽の巫女。」
「お姉さまも助けて下さい!」
「私が守るのは太陽の巫女であるあなたのみです。それにあれは人じゃない。」
「そんな言い方…。」
実際藁人形だから間違って無いんだよなぁ。
「今はそれどころでは無いのですよ。」
「お姉さま。絶対助けに来ますから。」
ふぅ~。なんとか自然と言葉が出てるからいいけど、内心バレるんじゃないかって心臓が音出すレベルに鼓動しているんですが!?とりあえず少し距離を開けながら移動する事にした。ソフィーも渋々ながらちゃんとついて来てくれている。音を立てない様にして移動すれば問題無く出口へと到着した。
「出口ですね。」
「えぇ。行きましょう。」
外へ出て馬車の後を頼りに元来た道を戻ろうとしたら、後ろから大きな声が聞こえて来た。
「脱走!脱走だー!」
「まだ近くにいるはずだ!絶対に逃がすな!」
どうやら気付かれたみたい。急がないと。
「急ぎましょう。太陽の巫女よ。」
「は、はい。」
駆け足で戻っていたけれど後ろから足音がどんどん近づいて来ている。
「いたぞー!あそこだー!」
完璧にバレたっぽい。こうなると強行手段に移るしかないかも。
「太陽の巫女よ。空高く魔法を放って下さい。」
「え?でも…」
「時間はありません。早く!」
「は、はい!」
ソフィーが放つ魔法に私の月魔法を重ね掛けする。放たれた魔法は空に飛んでいき、大きく弾けた。音は一切ないものの、この輝きは無事城まで届くと思う。よかった。
「凄い。」
その光に全員が驚き見入っていたが、私はソフィーに小さく語る。
「お行きなさい。」
「えっ?」
「この光を見たあなたの頼れる友人達が向かって来てくれているはずです。」
「でもあなたは?」
「私は少々時間を稼ぎます。あなたが追われないようにね。」
「そんな…。」
「死ぬつもりはありません。私があなたの幸せを見届けるその時まで。」
「…わかりました。絶対また会いましょう。今度、お礼をさせて下さい。」
「お礼は必要ありませんが、また必ず。」
ソフィーは背を向けて走って行った。魔法をかけようと思ったけど考えてみればソフィーに月魔法は使えない事を思い出してやめた。さっきの光に大半の魔力を込めたから月魔法もほとんど使えない。まずいかなぁこれは。
「てめぇ。よくもやってくれやがったな。」
「おや?どうしたんだい?そんな真っ赤な顔をして。あぁそうか!温泉でのぼせた猿の真似事か!なかなか面白いじゃないか。」
「てめぇぶっ殺す!」
相手は現状三人。出来る限り動きながら各個撃破するしかない。一人目、大きな剣の振りの隙をついて懐に潜り込み、顎に一発。二人目、短剣を雑に振り回してくる男の足を払って、倒れたお腹に一発。三人目、素手で殴りかかって来る大男の周りを走り、視線が途切れた隙をついて、股間に蹴りを一発。
「ふぅ。マリアに教えてもらった事、全部役に立つなぁ。」
相手を気絶させるためには隙を見て頭、顎、腹、股間を狙うといい。わざと怒らせれば動きが単調になり隙を突きやすくなる。殺しをするつもりのない私にはとてもありがたいアドバイスを頂いております。ありがとうマリア。
「さて、そろそろ私も逃げようかな。」
「待て。」
すぐ真後ろに声が聞こえてすぐに距離を取る。振り返ればどこからどう見ても暗殺者って感じの人が立っていた。
「ターゲットの居場所を吐いてもらおう。」
「断ると言ったら?」
「痛めつけて吐かせるまでだ。」
怖い!この人殺気がとんでもないよ!さっきの下っ端は怒りからの殺意って分かるけどこの人は全然違う。相対しちゃいけない。そんな感じがする。
「どうした?何を恐れる?」
「!!」
「得物を持っているという事はそういう覚悟があるのだろう?」
「………。」
「…ふん。期待外れだな。」
気が付いたら暗殺者の姿は掻き消えていて、私のすぐ目の前でナイフが振り抜かれていた。月魔法で実際の位置を誤魔化してなかったら間違いなく首を切られていた。
「ひゅ…。」
「確かに捉えていたと思ったが、面白い真似をする。」
勝てない。勝てる訳が無い。こんなの知らない。だってゲームではこんな事は起きなかった。…ゲーム?
「ほら、抗って見せろ。」
知ってる。この男。この男は!
「裂傷の…ジャック…!」
「おやおや。私を知っているとは。私も有名になったものだ。」
裂傷のジャック。ゲーム終盤に出て来た暗殺者集団の一人。彼の噂を聞いたルナミリアが彼にソルウィの暗殺を依頼するのだ。ゲームでは攻略対象が全員で力を合わせてジャックの根城を特定して攻め込んで倒すっていうあっけない終わり方をするんだけど、実際ジャックの評判はとんでもない物だった。ターゲットの体に無数の傷を作りじわじわと嬲って殺す。それでついたあだ名が裂傷のジャック。本来こんな序盤で出てきていいキャラじゃない!
「ますます、見逃す訳にはいきませんね。」
このままじゃ殺される!でもどうする?この状況で逃げるなんて出来ない。第一逃げたらソフィーの方に行ってしまうかもしれない。どうすれば!?
「そのまま動かないならまたこちらから行きますよ?ほら。」
そう言ってジャックはまた見えない速度で私に切りかかって来た。私はなけなしの魔力を使って一生懸命自分の姿をずらす。どうにも出来ない。これじゃただの時間稼ぎにしか…時間稼ぎ?そうだ時間稼ぎ!あの光を見て異常に気付いてくれるのは王子達だけじゃない。きっとマリアも気付いてくれている。だったらこれが一番正しいのかもしれない!
「おや?雰囲気が変わりましたね。忌々しい。何か希望があるとでも?」
「………。」
「だんまりですか。つまらないですね!」
動け!今の私に出来る事は可能な限りの時間を稼ぐ事!
「お遊びはここまでにしようか。私の本気を少しだけ見せてあげよう。」
まだ早くなるの!?今でも限界ギリギリなのに!って、右腕が痛い!一体何が…ひぃ!?いつの間に無数の傷が!?
「うあぁぁぁぁぁ!!」
「おや。女だったんですか?まぁ、関係無いですけど。」
痛い!全然動いてすら無いのにどうやって!?
「ほら、動かないといい的ですよ?ほら、ほら!」
「あぐっ、くぅっ!」
大きく動いて躱してもどんどん傷が増えていく。動けば動くほど出血もひどくなるけど止まる事も出来ない。気付けば腕も足もボロボロで動く事も出来なくなって来た。これじゃもう時間稼ぎすらも出来ないよ。まさかこんな事になるなんて。
「終わりですね。後は体と顔も同じ様にしてあげますよ。傷が見えないのは残念ですがね。」
「はぁ…はぁ…。」
「十分頑張った方ですよ。私からこれほど逃げた者は今まで居ませんでした。楽しかったですよ。さようなら。」
ごめんねマリア。いっぱい付き合わせたのに、こんな結末なんて。でも何でだろう。死ぬのは、別に怖く無いな。やっぱり、ソフィーの幸せの瞬間が見れない事だけが、心残りだなぁ。
「~~~~~。」
もう、声すらも聞き取れないや。あぁ。眠いな。おやすみ…なさい。ごめん…なさい。




