6 鐘が鳴っている(キルリス王子の呟き)
カイはかなり心が優しい。だからカイにジーク殿とあの国がどうなったかあえて知らせていない。でも私の元にはあの国に残してきた間者達から細かく情報が入ってくる。私達の知らない未知の古代魔法でカイを引きずり戻すような凶悪なものが残っていたら困るからね。
……その辺は杞憂に終わりそうだ。というかあの国自体終わりの鐘を鳴らしている。
私達が急いで帰国したことは少し気にしていたものがいたようだが、第一王子と権力のある公爵令嬢との婚約で、王家も貴族たちも湧きたっていて、カイが国を出たのも気が付いたものはいなかったようだ。
……カイが国を離れる時、警報がけたたましくなったようだが、それを聞く者も絶えて久しいようで、誰もいない無人の空間に警報がなったとしても気に留めるものはいないという事だ。本当に私達は幸運だった。継承する者がいないという事は恐ろしい事だ。私達はその愚を犯さぬように、知恵は繋いでいきたいと思う。
さて、暫く新たな婚約で湧いていた国だが、最初に異変に気が付いたのは農夫だろうか、食堂の料理長だろうか?
「ネズミが増えたな」
だっただろう。そう、カイが国を出た事で、国中の猫達があの国を捨てたのだ。猫達はゆっくりゆっくり旅をしながらわが国にやってきている。わが国の猫の数が倍増して、どこを見ても猫だらけ。でもわが国は猫大好き国家なので大歓迎だ。
流石に怪我猫が増えて猫医師たちがてんてこ舞いしているから、最近給付金を増やした所だ。
うん、平和なわが国は良いのだ、わが国は。問題はあのジーク殿の国だ。猫が減るとどうなるか?それはネズミが増えるのだ。しかも、ちょっと猫が減った訳ではない。大量の猫がいなくなったのだ、天敵がいなくなったネズミは爆発的に増える。
ネズミは貯蔵してある食物を食べる。ネズミは足りなくて畑の野菜も食べる、食べる。それでも足りなくなれば山の木の根も食べるだろう。
あっという間に農作物はネズミに荒らされて、供給が出来なくなったようだ。食べ物が高騰し始めた。そしてネズミはもっと恐ろしいものを連れてくる……疫病だ。あの国はずっとカイがいた。ジーク殿の婚約者として目覚めるまで、カイはずっと王城の地下で眠っていたらしい。
昔の魔術師たちが長い長い年月をかけて、カイを縛り付ける呪いを完成させ、その体に馴染ませるために、ジーク殿が生まれるまでの長い間、眠らせておいたらしい。
眠っていてもケットシーがいたのだ。幸運はあの国にずっと降り注いでいた。
連れて来た途端、わが国から疫病を弾くくらいの強い幸運だ。それを当然と受け取っていたあの国は病に対する備えなどほとんどないだろう。現にあの国は今、病気に喘いでいて、国民のほぼ半分は死んでいる。
そして理由が疫病だから、どの国も支援しない。うつりたくないからね。というかあの国の近隣は疫病に晒されている。
我が国は隣の隣、という立地でここまで飛び火はしていない。……いや、疫病自体カイのお陰で入ってこない。ネズミ達もほとんどいない。猫達の大活躍のお陰だ。
食料もない、病は蔓延する、支援はない。どうやって生き残る事が出来ようか?我が国の間者たちも病気になる前にさっさと引き上げさせるつもりだ。もう王も、王妃も、ジーク殿もその婚約者殿も病にかかりベッドから起き上がれぬと報告を受けたからね。
「カイを馬鹿にし、虐めたからだ」
私達は綿密に調べてから、あのくだらない王の誕生日パーティに出席したのだから。カイがどれだけあの王宮で酷い扱いを受けたのか。早く助けに行きたかったが、腐っても王宮だ。他国の我々が入れるのは限られた機会だけだ。絶対に失敗は許されないと、慎重に進めたのに、あっけなくカイを連れて戻ってくることが出来た。
愚かな国で良かった、報いはまあ当然だろう。
「キルリス様……お仕事中ですか?」
可愛い私の猫がちらりと扉を開けてこちらを見ている。んんーー!可愛いっ!
「たいした事ないから大丈夫だよ?そうだ、おやつにしないか?料理長がお魚クッキーとか言うのを持ってきていたぞ」
「あ、あの魚の形をしたクッキーですよね、可愛くて僕大好きです~」
ぴょんぴょんと弾むようにやってくる。執務机から移動してソファに座ると隣にちょこんと腰掛けた。うんうん、何度も何度も私の隣に座るようにと言い続けた甲斐があったと言うものだ。何も言わなくてもカイは私の隣に、猫なら膝に乗るようになってくれた。
真っ黒に戻った髪の毛はつやつやしているし、くるくると回る金色の猫目は宝石より可愛らしく輝いている。
「何も困ったことはないかい?」
カイを虐めるものはこの国には誰もいないだろうが、私は確認しておきたい。するとカイは目を伏せて
「実は……」
な、なんだって!?あの宰相が、猫になったカイの肉球の匂いを毎日嗅ぎに来るのはちょっと恥ずかしいだと!?宰相め……以前からやりすぎだと思っていたが、まさか肉球くんくんまでしているとは!私の!私のカイなのに!!
「ぼ、僕の手、臭いですか!?」
泣きそうになりながら手を隠すカイはとっても可愛くて、しょうがない。私は隠しているカイの両手を優しく引っ張り出して口づけをする。
「とても可愛くていい匂いのする手だよ。私も大好きな匂いだ。宰相には言っておくから安心して?」
「はいっ!キルリス様!」
にこっと笑うカイはとても可愛くて可愛くて、私も嬉しくて笑みがこぼれるのだった。
お終いなのにゃ!




