1 みすぼらしく、役に立たない僕
「ひえ……」
僕は今日もやってしまった……。
「カイ!お前はいい加減にしろ!もう二度と顔を見せるな!」
「はい……」
大きな怒鳴り声に僕は身をすくませ、小さくなる。
ここは王宮。今日は国王様のお誕生日。たくさんの貴族達、近隣の偉い人が招かれて行われる華やかなパーティー。
そこで僕はまたやってしまったのだ。隣の隣の国の王子様にワインをかけてしまうという大失敗を。
「何もわざとではありますまい。そこまで目くじらを立てずとも」
優しい隣の隣の王子様は僕を庇ってくれますが、僕は駄目な子なんです。
「いいえ!キルリス王子!全てこの者の至らなさが問題なのです」
強い口調でジーク様に怒鳴りつけられ、僕は小さく身をすくませる。ジーク様のお隣でニヤニヤと僕を見下ろしている公爵令嬢とそのお友達の顔には全然気づかずに。
「カイ!分かっているな!次に何かやらかしたらお前はこの王宮から追い出すと言った事を!」
「ううっ……はい……ジーク様」
僕はしょぼんと項垂れる。そんな僕をみてこの国の貴族達は薄ら笑いを浮かべて笑っている。
情けない、情けないよ。僕……。
「今、この時を持ってカイ、お前との婚約は破棄する!」
ぴしり、僕の中に衝撃が走った。でも受け入れなくちゃ。そう言う約束だもの……。
「……はい……」
僕は僕が何者であるか分からない。ただ小さな頃にこの王宮に連れてこられ、第一王子のジーク様の婚約者になった。
僕は男で、ジーク様も男なのに。
《でも、そうだから、そうなのだ》
僕は声のそれに従った。小さかった僕もここで歳を重ねる。兄弟のように仲が良かったジーク様と共に大きくなって行った。
でも大きくなるにつれて、ジーク様は疑問を持つようになって行く。
「どうして私達は男同士なのに婚約者なんだろう?」
「僕にも分かりません……」
僕とジーク様の婚約はジーク様のお爺さまのお爺さま、かなり昔の王様が望んだ事らしい。
まだ小さかった時は疑問に思いながらも、仲良く過ごしていたが、ジーク様に僕以外の友達が出来、教育が始まった時から変わって行った。
僕もジーク様の婚約者として、王子妃教育という物を受けさせられたが、全然分からない。マナーもちっとも身に付かなかった。
「まじめに!」
何度も何度も家庭教師に鞭で手を打たれた。
「ひ……っ」
たまたま天候が荒れ、教師達が登城できない日以外、僕は厳しく躾けられた。晴れて天候が良い日が多いこの国が10日も大風が吹き荒れた日は本当に心からほっとした。
そしてジーク様が学園に通い始めると、更に溝は深まって行った。
「祖先の望みとはいえ、何故私の婚約者が男なのだ?しかも美しくもなんともない……」
初めて冷たい目で見下された日は、心臓が凍りつきそうなくらい恐ろしかった。
「ひ……」
僕は茶色の髪に、薄い茶色の目のそばかすの浮いた顔。背は小さいし、いつも猫背だと言われて怒られている。
背筋をぴんと伸ばして歩くのが苦手だし疲れるんだ。
そしてジーク様の前に出ると、もう恐ろしくて更に小さくなるしかなかった。
そんな僕はきっと城中全部の人に馬鹿にされていたと思う。メイドも僕をみてくすくす笑うし、昔はジーク様と一緒に食べていたご飯も最近は一人で部屋で食べている。
「食べるのが遅い!」
「すみません」
「マナーの勉強が必要ね」
「すみません」
国王様と王妃様は、すぐに僕と一緒にご飯を食べてくれなくなった。僕は食器を使うのもいつまで経っても下手くそだったし、スープみたいな物も上手く食べられない。
溢さないように慎重に食べるから、食べるのも時間がかかる。
「カイと食事するといつ終わるか分からない!」
「ごめんなさい……」
僕は小さく謝るしかなかった。
「本当いつ片付くのかしら?」
「全くだよ」
食事の支度をしてくれるメイド、お料理を作ってくれる料理長。全員、僕の事が嫌いだった。
いつからか、僕にはパンが一つとミルクだけしかご飯が来なくなっていた。
僕はどんどん痩せていき、髪の毛に艶もなくなり、成長もゆっくりになって行った。