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異世界転生した俺が幼馴染のお姫様から騎士だと認められた話

作者: しょうぐん

 何が起こったのか?

 何故こうなったのか?

 そんな事はいくら考えてもわかりはしない。

 まず最初にわかった事は俺はどうやら転生という物をしてしまったようだ。

 前世がどうとかそういう事を言う輩が居ることは知っていた。

 しかし、そんな物は眉唾ものだと思っていたわけで、そんな非現実が俺に起こるとも思っていなかった。

 

「は~い、ごはんのじかんですよぉ~今日もいっぱい食べましょうねぇ~」


 目の前の女性が俺へと食事を食べさせてくれる。

 以前の俺ならばどんな羞恥プレイだと思うところだが彼女は母親で俺はまだ一歳なので仕方がない。

 赤子として生を受け、徐々に意識が覚醒し、物事を考えれるようになってから何度も葛藤しあらゆる思索を終えて俺は赤子に戻ってしまっている事を受け入れてしまったわけで、そうなれば赤子としての生活も受け入れるしかない。

 成人男性だった頃のプライドを残していては子供なんて物はやってられないのだ。


 ある意味ではラッキーと考えるべきなのかもしれない。

 もう一度、人生をやりなおせる。

 そう思ったことがある人は数多いのではないだろうか。

 俺だってそんな妄想をした事はある。

 酒を飲みながら「生まれ変わったら~」なんてのはよくある馬鹿話だ。


「さて、今日はお出かけしましょうね~お父さんとお母さんと一緒にね」

「準備できてるかーいくぞー」


 家の奥のほうから男性の声がかけられる。

 俺の父だ。

 今日はどうやら両親に連れられてどこかへ外出をするようだ。

 俺はあまり外出が好きではなかった。


「あうぁ~……そとぉ……」

「あらあら、お外が怖いのかしら~大丈夫ですよぉお父さんとお母さんがいますからね~」

 

 その理由はただ一つ。

 そこは以前の生では見たことのないような物ばかりで恐ろしいからだ。

 赤子に戻ってしまった事はラッキーだったかもしれない、人生がやり直せるなんていうのは素晴らしい事かもしれない。


(ただ……なんで……なんで異世界なんだよぉ!)


 家の外に広がるのは俺が今まで見てきた世界とは違う景色だった。

 そう……ここは異世界。

 俺が二十数年過ごした場所とは似ても似つかぬ世界に俺は転生してしまったのだ。



 異世界に転生して五年が経った。

 つまり、俺は五歳だ。

 流石に五年も経てば色々なものへの耐性ができる。

 最初は恐ろしかった異世界も慣れてしまえばどうという事はない。

 大体、俺は以前の生では成人男性だったわけで、転生もしていないであろう子供たちが元気に外で遊ぶ姿を見れば危険が少ないなんて事はすぐに理解できた。

 俺が生まれたこの街はそれなりに大きく平和だ。

 子供が元気な街は良い街だなんて事を誰かが言っていた気がするが、これははっきり言って運が良かった。

 両親も俺へと愛情を注いでくれているのがわかる。

 自由に行動できなく体が小さい子供の時点で治安の悪い街や暴力を振るってくるような親の子供に生まれるのはハードモードだからな。


「ほんとに本が好きね~勉強家だわぁ」


 精神年齢が他の子供よりも高い俺は外で遊ぶよりも家の中で本を読むことを好んだので両親からは少し内気な子供と思われている。

 流石に子供に混ざっておママゴトとか鬼ごっことかはする気にはならないんだよなぁ、一応中身は大人なんで。


「将来有望かしら?なんか偉い人になっちゃったりしてぇ~」


 そう言って母親は俺が本を多く読む事を喜んでくれた。

 八割近くはただの親馬鹿なんだろうが、喜んでくれるのは嬉しい。

 幸いな事に俺が生まれたこの家はそれなりに裕福な家なのか色々な本があった。

 異世界の本を読むという事は思ったよりも大変で、最初は何が書いているか全くわからなかったが時間だけは俺には有り余っていた。

 母親や父親にねだって本を読み聞かせしてもらい。

 徐々に読める文字を増やしていったおかげでいまでは一人で一般的な書物を読む事ができるようになっていた。

 目覚ましい学習能力は子供ならではの物だろう。


 以前の俺ならばここまで熱心に本を読み込む事なんて事はなかったはずだ。

 生前はどちらかと言えばというか、完全に体を動かす方を好んでいた。

 だが、折角異世界に転生したのだからこの世界の知識を早い段階で取り込めば色々な面で有利になるはずと考えたのだ。

 特に俺の興味を引いたのは魔法のように便利な道具の数々。

 転生前では見たこともないような不思議な効果を及ぼすそれらのアイテムに俺は心を奪われていた。


(すげぇなぁ、マジで魔法じゃん)


 早く専門書などを読むことができるようになりたい物だ。

 そして、いつかは俺もこのアイテムを使ったり作ったりできるようになる。

 それを今生の目標にしようと俺は誓った。



 月日が経つのは速い。

 俺の新たな生も七年目だ。

 この異世界では七歳になると地域の子供たちはどんな身分であれ共同の学校へと叩き込まれるのが通例のようだ。

 それまで同年代の子供とは精神年齢が違いすぎるためにあまり絡んで来てはいなかったが、ここで俺は初めてと言っても良い友人ができる事となる。


「なに読んでんの~?面白い?そんなのよりも外であそぼーよ!」


 そう言って俺の手を引いていくのは初めて出来た友人。

 幼馴染って奴だ。

 こいつは一応は女の子なのだが、あまり女子的な遊びは好きじゃないようで男子に混ざっていつも泥だらけになって笑っていた。

 髪は男子と同じ様なショートカット。

 スカートなんて履かずに大暴走。

 いつだって好奇心が溢れており目をキラキラさせながら遊び回っていた。

 幼い子どもの内は男女の区別なんていうのはしづらい物だが、彼女はまさしく男勝りな女の子だった。

 そんな彼女からすれば男の癖に本ばかり読んでいる俺が不思議だったのかもしれない。

 俺から見ると相手は遥かに年下の幼女なわけで、そんな幼い子供の無邪気な誘いを断ることができずに子供たちの輪の中へと強制的に連れ込まれたのだった。


「いけいけ~!つかまえろ~!」

「おぉ~!あいつ、いがいと早くてつかまえられねぇ!」


 本ばかり読んでいる事が多いとは言え頭は大人、そして生前はよく体を動かしていた俺はあまり鍛えていない状態でもそこらへんの子供に負けたりはしなかった。

 当然だ、子供と違って俺は効率的に動くことができるのだから。

 子供の遊びは基本的に単純明快。

 だからこそ、少しの工夫で差がでるし、その工夫を子供は理解ができない。

 単純な子供の遊びであれば俺は中々にやる奴だった。

 遊びが強いのは子供たちの中で一定の評価の基準になる。

 ”本ばかり読んでる暗い奴”だった俺はいつからか”勉強もできる中々の奴”になっていた。

 だが、そんな俺を遥かに凌ぐ凄い奴も当然いた。

 幼馴染だ。

 彼女は男の子よりも足が早く頭が回り、そして元気で明るかった。

 いつだって引っ張りだこの人気者。

 皆が彼女の元に集まっているのだから俺が居る必要は無い。

 そう思っているのだが、何故か彼女は俺のことを目ざとく見つけては遊びへと引っ張り出した。


「も~!なんで君は私が誘わないと引きこもっちゃうのかなぁ!」


 そう言いながら誘いに来る彼女の事を生暖く見守るようになったのはいつからだろうか。

 でも、それも良いと思ったのだ。

 今の人生は二度目。

 焦って生きる必要もないし、子供時にしかできない事、楽しめない事があるのを俺は知っている。

 だから、無邪気に笑う彼女たちを付かず離れずで見守るのも悪くはないと思ったのだった。



 時は流れ。

 俺の異世界生活も十年目になる。

 これくらいの歳になれば行動範囲が少しは広がり、一人で色々な場所へと行けるようになっていた。

 大きな揉め事やトラブルも無く、順風満帆だ。

 その日も俺は同い年の友人たちと林というか森というか山というか、そんな場所へと入っていた。

 この頃には本を読むばかりではなく、新しい世界で出来た友人たちと馬鹿みたいな遊びをすることも新たな人生の楽しみとなっていた。


「今日はあっちの森のほうを探検しよう!」


 そう言うのは数年経った今でも男勝りは変わらない幼馴染だ。

 これくらいの歳の子供っていうのは元気の塊だ。

 それは恐らくだが肉体ではなく精神の力なのだと思う。

 何故なら俺は彼らの全開パワーについてい行けない事が多々あるからだ。

 中身は前世を合わせれば立派なおっさんの年齢なわけだから仕方ないのかもしれないが。

 そして今日も仲良しグループはなにか面白い事は無いかと探し回り、近くにある森へと目をつけた。


「そこは大人達から入るなって言われてる場所だぞ、止めておいたほうが良いんじゃない」


 止まるとは思っては居ないが中身は大人なわけだから、大人の意見を言っておく。

 幼馴染が行こうと言った森は確かに子供にとっては未開の地だ。

 街道から外れて木々の間に入ってしまえば、そこは大人達には見つからない楽園だ。


「びびんなって!あそこに俺達の秘密基地作ろうぜ!」


 仲間の一人がそんな事を言いだす。

 秘密基地というのは男心を擽る魅惑のワードだ。

 何よりも、そういった遊びの醍醐味は大人の目の届かないところへ行けるという事。

 背伸びをしたい年頃の仲間達は皆がその意見へ賛同しその流れに俺も身を任せる事にする。

 危険はあるが、それは大きいわけではない。

 大人はいつだって万が一を考えるが、その危惧が起こるのはまさしく万分の一。

 だから俺はこの時、異世界の森の中を楽観視していたのだ。



「すごいなぁ!ここ!森の中にこんな場所があるんだ!」


 森の中の少しだけ開けた場所。

 そこに各々が持ち寄った道具でリラックスするスペースを作る。

 子供ならではの稚拙な作り。

 ただ雑草を少しだけ切り払い、手頃なサイズの倒木に腰を下ろして座る。

 そんな粗末な基地だったかもしれないが子供達にとって、そこは大人には見られないユートピアなのだ。

 横を見れば幼馴染も普段は見ない風景に瞳が輝いている。

 元々彼女はこういった男の子が喜ぶような遊びが好きなのだから、それは当然なのかもしれない。

 そんな彼女を見ていると普段は達観している子供な俺も童心に帰る事ができる。

 傍から見れば体は童なわけだから戻るも何もないが。

 俺達は日が傾きかけるまで遊びを堪能した。

 そして家に帰ろうとした時にそれを感じた。


「ぐぅぅぅぅぅぅるぅっぅ……」


 唸り声だ。

 聞いたこともない獣の唸り声。

 周囲の皆が一斉に動きを止めた。

 夢中で遊んでいて獣が接近する事に気づいていなかった。

 全身が錆びついたように動かない。

 かろうじて動く首を動かして木々の隙間へと目を凝らして見ればそこには黒く大きな獣が涎を垂らしてこちらへと視線を向けていた。


「ひっ!」


 短い悲鳴が上がる。

 それも当然だ。

 視線の先には子供の体なんて丸呑みしてしまえそうな巨躯。

 全身を覆う黒い毛皮、一振りで人間を殺せるであろう腕。

 存在は聞かされていた。

 そういう生物が居るという事は両親の話や読んできた書物などから知識としては得る事ができていた。

 だが、幸か不幸か俺はこの異世界に転生してから出会っては居なかったし、こんな所で出会うとも思っていなかった。

 この日、この時、この瞬間。

 命を脅かす生物との初めての出会いだった。


「うわぁぁっぁっぁぁぁ!」


 緊張に耐えられずに大声を上げて友人の一人が逃げ出した。

 その気持ちはわかる。

 中身が大人の俺でさえ緊張で身動きが取れない程の恐怖を感じていた。


「グラァァッァァァァァ」


 子供の叫びで奴は完全にこちらを認識した。

 その認識は『餌』としてだ。


「ヤバい!逃げろ!」


 俺が声を上げるまでもなく皆が後方へと駆け出していた。

 全員がわかっていたのだ、あれに捕まったら食い殺されるという事が。

 俺だって中身は異世界転生者とかいう超絶レアな人間だが外見は十歳の子供。

 あんな物へと太刀打ちできる能力などなく逃げることしかできない。


 木々を掻き分けながら全力で走る。

 足を取られそうな草を交わして必死に体を前へとすすめる。

 奴の体が大きい事が幸いしたのか小回りが利かずに俺達は追いつかれていない。

 ここは大人の目が届かない森の中とは言うが、所詮は子供が入れるレベルの場所だ。

 少し先には街道があり、そこまで行けば大人へと助けを求める事ができるはずだ。


「キャっ!」


 後ろから短い悲鳴が聞こえた。 

 俺の後ろを走っていた幼馴染が足を取られて転んでしまったのだ。

 無理もない。

 ここは森の中だ。

 躓く原因となる物なんていうのは無数にある。

 しかも、後ろには迫ってくる危機だ。

 正常な状態でだって走りづらいというのにだ。


「クッソ……!」


 後ろを振り向いた俺には幼馴染へと突進していく奴の姿が見えた。

 あの巨体に襲われれば彼女の命が助かる可能性なんてものは微塵も無い。

 餌として貪り尽くされた後に残るのは少女の死体だけだ。


「キャァァァァァァァッァ!」


 そんな事は俺は許せなかった。

 これでも俺の中身は大人だ。

 大人には子供を守る義務がある。

 例え体は子供だったとしても、俺はあの娘を守る義務がある。


「間に合えぇぇぇぇ!」


 俺は間一髪のところで幼馴染へと飛びついて抱きしめながら横に転がる。

 数瞬前に幼馴染が居た場所を弾丸の様な速度で大きな影が通り過ぎ、そのまま大木へと頭を打ち付ける姿が見えた。


「くぅぅぅっっつぅ……立てる?走れる?」

「うん……大丈夫…………」


 体中を打ち付けてしまい痛みが走る。

 泥だらけになりながらも動けないような状態ではない。

 奴は体を木へぶつけてしまった衝撃か動きが鈍くなっている。

 逃げるなら今しかない。


「走るよ!」


 幼馴染の小さな体を引き起こして

 そう言って俺は再度全力で駆け出した。

 なんとか少女を助ける事はできたかもしれないが依然として危険な状態だ。

 奴の体勢が建て直される前に何としてでも街道へ。

 そうしなければ被害者が二人に増えてしまう可能性すら出てしまったと言える。


「グルルゥゥゥゥゥゥゥ」


 走り出した俺達を奴が追ってくる。

 少しだけ後ろを確認してわかる事はこのまま行けば俺達は追いつかれてしまうという事。

 そうすれば二人共が食べられて終わりという事。

 俺は考えた、どうするべきかを。

 走りながら一瞬であらゆる事を考えた。


 愛情を注いでくれた両親。

 外との繋がりを作ってくれた幼馴染。

 そして、転生する前の自分自身。


「チッキッショォォォォォォォ!」


 俺は走りながら足元に落ちていた手頃なサイズの石を拾う。

 そして反転して迫ってくる魔獣へとその石を投げつけた。


「なっ……ちょっと!」

「行って!そのまま逃げろ!」


 石は当たったが当然ダメージが入っているようには思えない。


「少しでも……時間を稼がないとっ!」


 戦う覚悟を決めた。

 震える足に力を込める。

 ごめん、母さん。

 ごめん、父さん。

 でも、俺は本当は三十年以上は生きてるから。

 あいつはまだ十年くらいしか生きて無い子供だから……

 俺が守るのが正しいって思ったんだ。


 奴の狙いを俺に絞らせなければいけない。

 俺は逃げる幼馴染とは別方向へ足を向けて走り出す。

 なんとしても彼女から引き離す。


「こっちこいやぁぁぁぁぁ!」


 注意を引きつける。

 自分でも何を言ってるかわからない言葉を叫びながら奴へ拾った石や枝を投げつける。

 そして迫りくる奴の爪から逃げ続ける。

 戦って倒すことができるなんて思ってない。

 どれだけ時間を稼げるかってだけだ。

 友人達が、幼馴染が逃げる時間をどれだけ作れるかという戦い。


「俺は……俺はぁぁぁぁぁ!」


 俺は何かを叫びながらとにかくに逃げ回った。

 みっともなく転がりながら、涙を流しながら。

 これが俺の人生で最後の戦いだと覚悟を決めて絶叫しながら逃げ回った。

 それがどれくらいの時間だったかわからない。

 実際には十秒も経ってないような短い時間だったのかもしれない。

 俺の最後の戦いは唐突に終わりを告げた。


 バァァァァァァン!


 街道の方から大きな破裂音が聞こえた。

 その後に続いて多種多様な音が鳴り響く。

 後ろの方から俺を呼ぶ声がする。


「大丈夫かぁ!助けに来たぞ!どこに居るんだ!」


 俺は息も絶え絶えになりながらも出来る限りの大声を出す。


「ハァハァハァ……ここです!くぅ……ハァ……生きてます!助けてください!」


 街道の方から響く音と声は止むことは無い。

 その音に恐れをなしたのか黒く大きな体がノソノソと後ろへと下がり始めた。

 先程まで俺達を襲っていた俊敏さはそこにはなく、奴の狩りが終わった事が伺えた。



「うわぁぁぁぁぁん!ごめん、ごべんねぇ!」


 先に逃げた友人達が偶然にも街道近くに居た大人へと助けを求めてくれたおかげで俺は助かった。

 命からがら森から出た俺を待っていたのは泣きじゃくる幼馴染の熱く強すぎる抱擁だった。


「わた……わたしがころんだから……わたしのせいでぇぇぇぇぇ!ごべんなさぁぁぁっぁぁい!ばぁりがとぉぉぉぉぉぉ!」


 抱きついてくる彼女からは普段の男勝りな様子は無かった。

 ただただ言葉にならない言葉を叫びながら俺にしがみついてくる彼女の頭を撫でながら、俺は全く別の事を考えていた。

 あの黒く大きな獣に襲われた瞬間。

 幼馴染を守ると覚悟を決めたあの時。

 自分が持てるすべての力を使って逃げ回っていたあの時間。

 俺は命のありがたみとこの世への未練と心の中の願い、本当に色々な物を確認していた。

 ズルのような二回目の人生。

 ボーナスゲームのような物だ。

 そう思っていた。

 だけど、そうじゃなかった。

 二回目だろうが三回目だろうが生きてる限り死にたくはないし、転生したって俺は俺なんだと思ったのだ。



 異世界で生きていて一五年が経った。

 もう少しで俺の半生は異世界で過ごしている事となるわけだ。

 以前の生の事を思い出すことはほとんど無くなり、俺は本格的に異世界の住人になっていた。


「今日も寒いね~」


 季節は冬。

 世界が漂白されたように色を変えるこの季節。

 俺の隣を歩くのは幼馴染だ。

 五年前の事件から幼馴染は男の子のような活発な遊びを止めて凄く女の子らしくなった。

 口調も優しくなり、料理とかも作るようになっていた。

 短かった髪をいつからか伸ばすようになり後ろに束ねている姿は以前の少年のような姿からは連想できない。

 実は結構なお偉いさんらしい幼馴染の両親からも「君のおかげで女の子らしくなった」なんて謎の褒められ方をした物だ。

 そして、普段の生活も昔に比べれば大分おとなしくなった。

 それは少しだけ成長して落ち着いただけなのかもしれないし、あんな怖い思いをしたのだから遊び方が変わってしまったのかもしれない

 だけど、俺は少しだけ寂しかった。

 精神年齢が離れすぎていた俺を無理矢理にでも連れ出して、少年少女の世界へと叩き込んでくれたのは男勝りな彼女だったからだ。


 とは言っても仲が悪くなったわけではなく、むしろ一緒に居る時間は増えていた。

 早くに自分の行く道を決めていた俺はどうしても勉強する時間が他の子供よりも多くなっていたが、そんな俺に彼女は付き合って一緒に勉強してくれたりした。

 孤独に勉強するよりも楽しく過ごせているのは間違いが無い。

 

「どうなの調子は?」

「俺は当然大丈夫だよ。はっきり言ってそっちのほうが心配だなぁ」


 生意気と言って幼馴染が俺を小突く。

 二人で家へと帰る道。

 吐く息が白く、雪がちらついている。

 道は純白に染まり、街中だというのに静けさを感じる。

 薄く積もった雪に俺達二人の足跡がついていく。

 世界に二人きりみたいだ。


「ねぇ……五年前にさ。言いたかったんだけど、言えなかった事があってさ……」


 唐突に幼馴染が俺の前に回り込んで顔を覗き込んでくる。

 幼馴染は今となっては品行方正な委員長なんて言われている。

 元々リーダーシップはあったし、男女ともに人気があったのだから皆の纏め役として頼られているのは変わっていないという事だ。

 いつだって少しだけ余裕をもった笑顔で周囲をまとめている幼馴染。

 そんな彼女がいつになく真剣な顔をして俺を見ていた。


「あの時さ、転んじゃった私を庇って、囮になって逃してくれたよね……」

「あぁ、そうだね」


 俺達の間で五年前のあの時と言えば何の事かは決まっている。

 間違いなく俺達にとっての一番の大事件。

 あれ以降、大きなトラブルなんて物はなく、あの一件が唯一の俺達の大冒険。

 本当に命の危険があったわけだから冒険なんて言葉で済ますことはしちゃいけないんだけどさ。


「格好良かったよ。本当に……本当に格好良かった」

「なんだよ急に……」

「ずっと言おうと思ってたんだけど、改まると恥ずかしくてさ……言うタイミング逃してたっていうかね……」


 あの後、俺は親にこっ酷く叱られた。

 友人達も幼馴染も大なり小なり怒られた。

 詳細を聞いた母さんは泣きながら俺を抱きしめて、父さんは俺にゲンコツを落とした後に頭を撫でながら褒めてくれた。

 懐かしい想い出。

 俺達の間で何度も話題に上がる事がある鉄板ネタみたいな扱いの想い出だ。

 それだというのに彼女は恥ずかしそうにしながら俺の目を見てわざわざ言うのだ。


「君はさ、間違いなく私の騎士だったよ」


 俺が助けた少女が、俺を騎士だと言ってくれたのだ。



「なん……で……?」


 この異世界に来てから一五年が経った。

 生前の俺は子供の頃から騎士になるべく修練を積んでいたが、所詮は見習い止まりだった。

 魔法も上手に使う事もできず、剣捌きだって一流とは呼べるような物ではなかった。

 それでもこれから立派な騎士になってみんなを守る!なんて意気込んでいた俺は死んでしまったのか目が覚めると異世界に転生していた。


 転生した地球という名の異世界、その中の日本という国はとても平和で転生前のような危険はほとんど無かった。

 そして、この異世界には騎士なんて物は既になく、二十年近く俺が抱いていた立派な騎士になるという夢は叶える事はできなくなってしまったのだ。


 俺達の横の道路を車が走っていく。

 住宅街の真ん中。

 いつのまにか日が沈み、闇の中に溶けていく世界。

 学習塾帰りの俺達を街灯の光がスポットライトのように照らしていた。

 目の前には以前からは見違えるように女の子らしくなったとは言え見慣れた幼馴染の姿。

 だというのに毎日のように見ているコート姿が今は全く別の物に見える。


 言葉に詰まる。

 彼女は俺が騎士に憧れていた事なんて知らない。

 俺が異世界から転生してきた人間だなんて知らない。

 だというのに俺を騎士だと言ってくれている。


「あの時、叫んでたじゃん。”君を守る!見習いだとしても!誰に認められなくても!この世界にはそんなものが無かったとしても!俺は騎士だから!”って。やっぱりさ男の子だよね!騎士とか憧れるもんね!」


 俺は確かに叫んだのだろう。

 死ぬ覚悟と守る覚悟を決めた時に魂の底にあった言葉が俺の口から出てしまっていたのだろう。

 自分を奮い立たせるために叫んだ本音だったんだと思う。

 ”誰かを守れる立派な騎士になりたい”

 腹の底から絞り出した俺の中に眠っていた転生前から抱え込んでいた願い。

 あの時、大人達が色々な音をスマホで大音量で出しながら助けに来てくれる直前。

 もう何を叫んでいたかわからなくなっていたあの時。

 何も考えずに頭に浮かんだ言葉を吐き出していたあの時だ。


「ほんと怖かったよね……熊って動物園とかで見るのと全然違って……だから、私を助けてくれた君は誰よりも格好いい騎士様だったって言いたかったんだけど……ほら!私ってなんていうか元気が売りっていうか男勝りな感じは止めたけどそれでも根は変わらないっていうかそんな私がしおらしくするのも気持ち悪いかなって思ったりなんかしたり変な事言って君と妙な感じになるのは絶対に嫌だなとか考えたりとか……まぁ……その……ちょっと恥ずかしくてさ」


 幼馴染があたふたしながら早口で色々な事を言っている。

 呆然とした面持ちで彼女を見る。

 想像以上に俺は転生前の夢を大切に持ち続けていたと今になって自覚していた。

 もう叶えることが不可能な夢。

 どう頑張ったってこの世界で俺が憧れた魔獣と戦って誰かを守るような騎士にはなれないと思っていた。

 だけど、その夢が俺が知らない間に叶っていた。

 その事実を彼女の言葉で認識した。


「あぁ……そっかぁ……俺……騎士だったかな……騎士に……なれたかな?」

「……うんっ!格好良かったぞ!私の騎士(ナイト)様!」


 そう言って俺の脇腹を叩く幼馴染。

 静寂と暗闇の中。

 頼りない月明かりと煌々と光る街灯の下。

 白い雪と息が彼女の顔が鮮やかに赤く染まっている事を俺に教えてくれていた。



 この異世界で剣は必要なくて。

 魔法なんて物はアニメやゲームの中にしか無い。

 騎士も魔獣も居ないし世界を脅かす魔王もいなければ、それと戦う勇者なんて者も居ない。

 転生前とは全く違う世界で俺は幼馴染と一緒に学校に通って、魔法のように生活を便利にする科学を学ぶ道を歩む。

 昔の俺には想像もできるはずもない人生。

 しかし、俺はこの世界で歩む人生であの頃に抱いた夢を叶える事ができたのだ。


「卒業旅行でさ、私の家と君の家の皆で東京旅行に行かないかってウチの親が言ってるんだけど、どうかな?」

「それは良い提案だけど、そのためにはまず受験をクリアしないとダメだよ。俺はともかく君は結構ギリギリっぽいんだからさ、特に数学」


 俺達の人生は続く。

 それは雪が積もったこの道路のように真っ白で、まだ足跡なんて物はついていなくて、何が起こるかはわからないからこそ想像以上の喜びもある。


 目の前の少女がダンスを踊るようにくるくると回る。

 少し大きめのコートがふわりと揺れる様がまるでドレスのよう。

 そして、俺へと指をさして(おど)けながらこう言うのだ。


「大丈夫なんだよね!私には頼りになる騎士様がついてるんだから!騎士はお姫様の成績を守らないと!」


 騎士は数学を教えたりはしないよと俺は苦笑しながら彼女へと言った。

 

 そんな騎士が居たって良いはずだよと彼女は言った。


 そんなもんかなと俺は笑った。


 そんなもんだよと彼女は笑った。


 お姫様が落第しないように受験対策、頑張りますかと二人で笑った。


 そんな異世界での出来事だった。

異世界人から見れば現実世界も異世界

家電製品は魔法の道具

野生の獣は魔獣になるという話


ジャンルをどうすれば良いか悩んだ

舞台が主人公からすれば異世界だけど読む人からすれば現実

どう設定するべきだったのか

異世界転生じゃない気もするけど現実世界転生なんて言葉しらんし……

現実世界とかってワードは入れたくないし……

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうお話大好きです 読んでて騙され?てニヤッとする感じがいいw [一言] 実際に異世界からきた彼が異世界創作物の設定監修とかしたら、重厚な世界観になるのかクソ設定認定されるのか興味が…
[一言] 異世界人主人公からすれば地球は異世界なのでありなのかもしれません。 読んでる途中かなり混乱しましたが面白かったです。 応援してます。
[気になる点] 「俺はともかく幼馴染は結構ギリギリっぽいんだからさ」 彼女に対するセリフとしては、幼馴染ではなくキミとかにした方が違和感ないかなと思いました。 [一言] 転生のギミックがよかったです。…
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