01 三十年前
父と母の結婚は、恋愛結婚だとカリーナは思っている。
勿論、始まりは違う。
伯爵家の財力を得たかった王室と、婿を貰うには多少難のあった娘が后妃になれる事を望んだ両家による政略的なものだったが、母にとっては、幼い頃から自分を悩ませていた欠点を、綺麗だと受け入れてくれた王子は、とても大切な人になった。
その優しい王子は、本を読んだり、思いついた事を書き残したりする事を好むような人で、政治的な関心はなく、母も彼と共にいる事は、望んだ生活といえるものだった。
『皇太子殺害未遂』
あの時から、全てが変わってしまったと、母が時々口にしていた。
大切な人に直接的な関与はなくても、最も近い人が中心にいたため、父はその罪を逃れる事は出来なかった。
籍を抹消されたり、王室の中から排斥されるような罪にはならなかったが、王宮を離れ幽閉される事になり、母との婚約も解消された。
伯爵家の両親や妹は、巻き込まれる事が無く安堵していたが、母は違っていた。
母にとって父は既に大切な人で、離れる事は考えられなかったが、それを許す伯爵家でも無かった。
***
「それで、どうするつもりなのかな?」
「イスハ様と一緒に連れて行って下さい」
「彼の所に伯爵家の人間を連れて行くことは出来ないよ」
「私はもう伯爵家の者ではありません。父には家を出るなら、籍も無くなると思えと言われましたので」
「リオレナ嬢、それがどういう意味か分かっているのかな?」
「分かっています」
「いや、君は分かっていないと思うよ、この国で、籍が無くなるという事が、どういう意味を持つか」
「、、、、、、」
「籍を持たなければ、王都にいる事さえ出来なくなる。
伯爵家の令嬢であった君が、食べるものも、寝る場所もない生活が出来ると思うかい?」
「それは、、、」
「それにね、イスハ様は幽閉されるが王族で無くなった訳ではない、少し寂しくはなるとは思うが、ちゃんと生活は保障されるし、守っても貰える」
「分かっています」
「家に戻りなさい。今のままでは、イスハ様より君の方がずっと大変な事になる」
「どんなに生活が保障されていても、危険がなくても、寂しいと心が死んでしまいます。下働きでも何でもします、イスハ様の側にいさせて下さい」
床に頭をつけて泣いていると、大きなため息が聞こえてくる。
「だんな様、その位でよろしいのではないですか?」
「そうは言ってもね、僕だって一応領主なんだ、いくら代理と言ってもね。以前のようには出来ないよ、それに僕が言った事は本当の事なのだからね」
「あの」
今までとても冷たい声で話していた人が、困った顔をして話し始める。
「ウエストリアでちょっと人を預かる事になってね、その人の身の回りの世話をする人を探していたんだ。
その仕事を受けるかい?」
「本当ですか?」
「お勧めはしないよ、あくまで使用人だ。
どういう事になっても婚姻関係は結べないし、そうした形でしかこちらも認める事が出来ない。
君の父上は既にリオレナ様の籍を抜いてしまっているようだが、今なら戻す事もできるし、その手伝いなら喜んでしよう。
一度平民になると貴族に戻るのは難しいよ、本当にいいのかい?」
「ありがとうございます」
「礼を言って欲しく無いね、本当に君の事を考えるのなら、追い返す方が正しいのだからね」
***
母からよくウエストリアの屋敷に行った時の事を教えて貰った。
「最初はとっても怖い人だと思ったのよ、声もとっても冷たくて」
「おじ様が?」
「ええ、でも本当はとっても優しい人だって分かったわ。カリーナはよく知っているでしょう?」
「うん」
おじ様がどんなに優しい人かは良く知っている。
おじ様が母をウエストリアで雇い、籍を持たせてくれたおかげで、カリーナも母の籍に入ることが出来た。
それにおじ様は心配していたけれど、私の覚えている限り、父と母はとても仲が良く幸せそうだった。