第96話 最終決戦・その1
アベルの目の前に立ちはだかるのは、金色の獣。ラドの肉体であり、魔王だ。金色に輝くその姿は、ラドの変身した姿と全く同じだ。アベルを何度も救ってくれた、金色の獣そのままの姿だ。
だが、その目つきはとても鋭く、冷たい。いつもの優しいラドの目ではない。
――グゥオオオオ!!!
目の前の獣が、おぞましい咆哮をあげる。とてもラドの声と似つかない、荒々しく獰猛な声。その瞬間、アベルは確信する。ラドの心は、その体にはない。目の前にいるのは、『輪廻の理』に操られた獰猛な獣だ。
「アベル!! 『輪廻の理』が……」
ティナが驚きの声を上げる。魔王の背後に憑りついていた『輪廻の理』が、ズズッと魔王の肉体に入り込んでいくのが見える。
「どうやら、『輪廻の理』と決着をつけるには、まずは魔王を倒す必要があるみたいだね」
アベルがゆっくりと、力強くそう言う。アベルの心に、迷いはない。ラドは、自分の傍にいるのだから。アベルは、目の前の魔王に剣を向ける。
「いくよ! ティナ! ラド!」
「了解!」
アベルがいつものかけ声をかける。いつもと同じように、ティナが答える。ラドの返事は聞こえない。だが、アベルとティナの頭の中には、『キュウ!』といういつもの鳴き声が確かに響いていた。
「いっけー!!」
ティナが《マジックアロー》を発動する。その瞬間、魔剣・デュランダルの柄にある白魔石が光り輝く。そして、剣全体が白い光に包まれていく。ラドが《連携スキル》を発動するときと同じ光だ。
それに呼応するように、ティナのクロスボウも白く光り輝く。すると、クロスボウから放たれた魔法の矢が、黄色に光り輝く雷の矢へと変化する。
放たれた黄色い矢は、凄まじい速度で魔王に向かって飛んでいく。突然の高速攻撃に、魔王が驚いた表情を浮かべるも、凄まじい反射神経で何とかその矢を躱す。
その光景をあっけにとられた表情で見つめながら、ティナが口を開く。
「ボ、《ボルティック・アロー》が出ちゃった……これって!!」
「ラドの《連携スキル》だ。ラドも、僕達と一緒に闘っている……」
《ボルティック・アロー》は、ティナの《マジックアロー》とラドの《ライトニング・バースト》の連携スキル。それが発動したということは――モフモフの姿はここにはないが、確かにラドはアベル達のそばにいるということだ。
「そっか、ラドが……それは、心強いわね! 一気に行くわよ! アベル! ラド!」
ティナが《ボルティック・アロー》を連射する。高速の矢が大量に魔王に襲い掛かる。だが、持ち前のすばやさで、魔王はその矢をことごとくかわしていく。
「く! 速いわね!」
「僕も加勢するよ!」
ラドが一緒に戦っているということは、《縮地斬》も使えるはず。
「≪縮地斬≫!!」
アベルがその場で剣を鋭くふるう。20メートルほど離れた位置にいる魔王にアベルの切っ先が襲い掛かる。
キィン!!
不意に鳴り響く金属音。突如魔王の背中から現れた『輪廻の理』が、左手に持った剣でアベルの《縮地斬》を受け止めている。
「く! 一度謁見の間で見せたから? 太刀筋を読まれてる!」
アベルが《縮地斬》を連続で繰り出すも、そのすべてを受け流す『輪廻の理』。以前王宮で対戦した時よりさらに速く、強くなっているようだ。
アベル達は手を緩めることなく、連続攻撃を仕掛け続ける。魔王が凄まじい速度でティナの《ボルティック・アロー》を避けつつ、背後にいる『輪廻の理』がアベルの剣を防いでいる。敵は防戦一方でアベル達に攻撃を仕掛ける余裕はないが、アベル達の攻撃も『輪廻の理』には依然届かない。決め手がない、そんな状況だ。
「もっと速い攻撃が必要だ。ラド、《レーザー》だ!!」
白い魔石が再び輝きだす。すると、ティナの《ボルティック・アロー》が白く輝く光の矢に変化する。
――《レーザー》の属性が、《マジックアロー》に付与されました。連携スキル・《ライティングアロー》が発動します。
光り輝く白い矢が、クロスボウから放たれる。まさにその瞬間、魔王の脇腹に矢が着弾。敵が苦悶の表情を浮かべる。回避不可能の攻撃。威力も十分のようだ。
「うわ! すっごい! これで一気に攻めるわよ!!」
「足を狙って! 敵の機動力を削ごう!」
「了解!」
ティナが魔王の足元に照準を合わせ、《ライティングアロー》を連射する。避けようのない攻撃に、魔王の前足、後ろ足から血しぶきが上がる。機動力を削がれた魔王は、その場に倒れ込む。
「《縮地斬》!!」
間髪を入れず、アベルが《縮地斬》の連撃を放つ。足を負傷した魔王は避けることが出来ない。魔王の背後にいる『輪廻の理』がアベルの斬撃を剣で防ぐも、手数の多さに徐々に押されていく。
ザン!!
ついに、アベルの《縮地斬》が魔王の胴体を捉える。手を緩めず、さらに斬撃を加えるアベル。
グォオオオオ!!
数多の斬撃にさらされ、魔王が苦悶の声を上げる。アベルはほんの少しの躊躇とともに、大きく剣を振るう。その瞬間、魔王の背後から『輪廻の理』が空中へと勢いよく飛び出す。
ザン!!
アベルの剣が魔王の首筋を鋭くとらえる。魔王がボウっと光り輝き、青白い光の粒となって消えていく。その様子を、フヨフヨと宙に浮きながら眺める『輪廻の理』。
不意に、『輪廻の理』が右手に持った書物を開く。ニタニタとした表情を浮かべながら、何やら呪文を唱えていく。
――ヴン
鈍い音と共に、魔王が伏せていた地面に魔法陣が出現する。散り散りになった魔王の光の粒は、その魔法陣の上にとどまり、宙を漂っている。そして次の瞬間、光の粒は『輪廻の理』の身体へと吸い込まれていく。
「な、なにしてるの、あれ?」
ティナが驚きの声を上げる。
「――吸収してるんだ。魔王の魔力を」
アベルが答える。実際、《索敵》で確認すると、『輪廻の理』の魔力がどんどん上がっていくのをアベルは感じとる。
「国王も、魔王ですら、『輪廻の理』にとっては使い捨ての駒だった、ってわけね」
ティナが苦々しい表情を浮かべながらそう言う。アベル達に魔王を倒させ、その魔力を吸収する。『輪廻の理』にとって、魔王はそれだけの存在だったということだ。情も信頼もなにもない。ただのかませ犬だ。
「……僕達とは、まるで真逆の闘い方だね」
アベルが、『輪廻の理』を見つめながら、小さくそうつぶやく。この4か月、アベルがラドやティナから教えてもらった、仲間を頼るという強さ。それとは正反対の強さを示す『輪廻の理』を前に、複雑な表情をアベルは浮かべる。この敵には、絶対に負けられない。アベルは決意を新たに、『輪廻の理』に剣を向ける。
「ティナ、ラド。行くよ。最終決戦・第二ラウンドだ!」
「了解! 2人で、ううん、3人で闘えば、絶対にあんな奴に負けないわ!」
ティナの言葉に、アベルは優しく微笑みながら、力強くうなずくのであった。