第95話 『最後の闘い』が始まる
アベルとティナが、ゆっくりと階段を下りていく。一歩、また一歩。かみしめるように足を進めていく。一段階段を下りるたびに強くなっていく重圧。階段のその先から感じる、凄まじい魔力。アベル達にとっての最後の敵が、階段を下りた先にいるのだ。
最下層にたどり着くアベル達。階段を下りたその先は、大きな広間へと繋がっている。ゆっくりと広間に入るアベル達。部屋の中央にたたずんでいるのは、金色の獣。
理の地下神殿・中層で、ミラージュの塔の真実の鏡の中で、グリニッド海底遺跡の映像で、王都セイントベルの王城で、何度も見たその姿。目の前にいる魔王の肉体に、アベルの心臓が一瞬高鳴る。
アベルは、左手に持つ白い魔石を強く握りしめる。アベルの脳裏に浮かぶのは、『僕はアベルと一緒にいるよ』というラドの言葉。
ラドは自分の傍にいる。目の前にいるのは、ラドじゃない。アベルはそう自分に言い聞かせる。少しずつ、アベルの心が落ち着いていく。
魔王の背後には、『輪廻の理』。憑りつくようにぴったりと魔王に寄り添っている。王城でラドから受けたダメージは完全に回復しており、その体にはキズ一つない。
アベルは敵をジッと見つめる。そして腰から魔剣・デュランダルを抜き、右手で構える。左手に握りしめるのは、白い魔石。
白い魔石に視線を映すアベル。ひと呼吸おき、独り言を言うかのように、アベルは白い魔石に話しかける。
「ねえ、ラド。僕はやっとわかったんだ。なんで、君が幻獣なのか。なんで、僕が幻獣使いで魔剣士なのか。――多分、今この瞬間のためだったんだ」
幻獣としての真の力を開放し、消え去ってしまったラド。そのラドが落とした、白い魔石。アベルはそれを、魔剣・デュランダルの柄にはめ込む。魔剣・デュランダルに魔石の魔力を宿して戦うこと。それが、魔剣士としての、アベルの闘い方だ。
――キイィィン
甲高い音が広間に鳴り響き、魔剣・デュランダルが白く光り輝く。その光は徐々に大きくなっていき、アベルの全身を包み込んでいく。
「幻獣は、『真の姿』で闘う時、本当の力を発揮する……それじゃ、ラドの『真の姿』って? あの金色の獣? 目の前の、魔王? ――違うよね、ラド」
アベルはジッと魔剣・デュランダルに収まった魔石を見つめ、優しい表情で言葉を続ける。
「キミは言ったよね。キミの心は、僕と一緒にいるって。ラドは、僕の友達で、信頼できる仲間で」
ひと呼吸おいて、アベルが続ける。
「僕達と一緒にいるキミが、本当のラドなんだ」
アベルから発する白い光がどんどん強くなっていく。その光は、《連携スキル》を発動するときのラドの光にとてもよく似ている。
「今のキミが、僕と心を一つにして、一緒に戦うキミが、本当のラドなんだ。キミが助けてくれるから。傍にいてくれるから。だから――」
「僕は誰にも負けないんだ!!」
カッ!! と閃光のようなまばゆい光がアベルから放たれる。その後、急激に光が収まっていく。淡く光るアベルの体中には、凄まじい魔力が駆け巡っている。魔剣・デュランダルを覆う魔力は、今までのどの瞬間よりも力強く、鋭い。
『輪廻の理』をにらみつけるアベルの横で、ティナがザっと半歩前に出る。
「あなたはもう、この国に必要ないわ」
ティナが右手の人差し指で『輪廻の理』を指さしながら言う。
「王政を維持するため、アベルとラドはずっと勇者と魔王として闘わされていた。『敵』を作ることで、人々は団結し、偽りの平和を甘受してきたわ」
ティナが左手に持つクロスボウを強く握りしめながら、言葉を続ける。
「でもね。そんなものはもう、必要ないの。この4か月、私は様々な人の思いに触れてきたわ。ラドが、アベルの幸せを願う気持ち。アベルが、ラドの幸せを願う気持ち。バズさんが、ギルダさんが、私がアベルを想い、アベルが私たちを想う。お互いが助け合って、頼り合って生きている。ラドが、アベルが、皆が教えてくれたわ。人の幸せを願う心は、こんなにも力強く暖かいって」
ティナがキッと『輪廻の理』をにらみつける。
「私たちにはもう、敵なんかいらない。魔王なんかいなくても、私たちは手を取り合って生きていける。だからもう、アベルとラドの幸せを奪わないで! わたしは、アベルと、ラドと、皆と平和に生きていきたい!!」
ジャキッとクロスボウを構るティナ。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。アベルも剣を両手で持ち、戦闘態勢を整える。
「ティナ、ラド。これが、最後の闘いだ」
部屋の中に、小さく、そして力強いアベルの声が響く。過去の呪縛を解き放つため、3人の最後の闘いが今、始まる。
お読みいただき、ありがとうございます。
ついに、最後の闘いが始まります!