第93話 もう一つの最終決戦、ゲイル達のけじめ
「もう~、ゲイル、飛び出しちゃダメじゃん! せっかく匿名ヒーラーで参加してたのにさ! アベル君と会ったら、あたしら死刑だよ?」
部屋の入り口から、アマンダがひょこっと顔を出す。その後ろから、リサとフォルカスも部屋に入ってくる。《蒼の集い》のメンバー達だ。
アベルは呆然とゲイル達を見つめている。地上で魔法結界を解除したときの匿名ヒーラー。聞き覚えのある声だとは思ったが、まさかアマンダだとは思わなかった。それに、なぜゲイル達がこんなところんいるのだろう。何のために? アベルの頭の中を疑問が渦巻く。
「アベルの危機だったんだ。ほっとけるわけねーだろ。そういうアマンダも、とっさにアベルに《プロテクション》を唱えたくせに」
ゲイルの言葉に、アマンダがテヘっと舌を出す。
「そうね。私たち、アベルさんを助けに来たわけだしね」
「ああ。アベル殿、無事で良かった」
リサとフォルカスがアベルの方を向き、微笑みながら言葉を発する。かつて自分を殺そうとしたゲイル達が、自分を助けに来た? アベルはまだ状況がつかめない。
呆然としているアベルの肩をポンっと叩き、ゲイルが口を開く。
「アベル、お前たちは先に行け。相手は3匹。お前を守りながら戦うのは難しい。お前の相手は、こんなザコじゃねーだろ?」
ゲイルの言葉に、アベルは困惑の表情を浮かべる。
「でも……」
「一度くらい、俺たちを頼ってくれてもいいんじゃねーか? お前の力になりたいんだ」
ゲイルが真剣なまなざしでアベルを見つめている。
「彼の言う通りだ。アベル君がここにいては、闘いに巻き込まれかねない。アベル君とティナ君は『輪廻の理』と決着をつけに行くんだ。ここは、彼らと僕に任せてほしい」
ガイアスの言葉に、ティナがコクっとうなずく。
「行こう、アベル! 彼らを信じて!」
この場をガイアスとゲイル達に任せ、アベル達は戦線を離脱する。二人は、部屋の奥へと走っていき、その先にある階段を下りていく。
「ゲイル達、大丈夫かな……」
階段を駆け下りながら、アベルがつぶやく。
「大丈夫よ、ガイアスさんもいるし。それに……」
「一目見て分かったわ。ゲイル達、とてもたくましくなってた。まるで別人みたいに。だから、多分大丈夫よ」
ティナがフフっと笑みをこぼしながら続ける。
「なんだか、嬉しいな。あの裁判でのアベルの気持ち、やっぱりゲイル達にも伝わってたのね。あなたを助けに来てくれたのよ。あの、ゲイル達が。アベルの望んだあの判決、やっぱり正しかったんだわ」
ティナの言葉に、アベルも優しげな笑みをこぼす。
「そうだね。嬉しい……な」
「これで、アベルのトラウマも治ればいいわね。……そして、彼らのトラウマも」
二人は前だけを見据え、階段を駆け下りていく。
◇◆◇◆
(ゲイル視点)
「やい、犬コロ。てめーには何の恨みもねーが、俺たちのために死んでもらうぜ」
ゲイルが剣の切っ先をグレーター・ヘルハウンドに向け、言い放つ。
「神様に感謝だぜ。まさか、やり直しをする舞台を整えてくれるとはな」
ゲイルが剣を構え、戦闘態勢を整えながらそう言う。ゲイルの言葉に、フォルカスが盾を構えながら口を開く。
「ゲイルの言う通りだ。一度くらいはアベル殿の命を助けないと、罪を償った気がしないからな」
リサとアマンダも、杖を構えながら言葉を続ける。
「アベルさんが力を失ったって聞いて、私は思ったわ。たとえ死刑になっても、彼を助けたいって」
「私も、同じ気持ちだよー! アベル君が大変な時期に、呑気に罪の償いなんかしてられないよ!」
ゲイルがグレーター・ヘルハウンドを鋭くにらみつけながら、力強く言葉を発する。
「4か月前、俺たちはヘルハウンドをけしかけ、アベルを殺そうとしちまった。この一か月間、そのことを後悔しない日はなかったぜ。だから、今度はオレ達がアベルを助けるんだ。4か月前の過ち、過去の自分を、全否定してやるんだ……そのために、犬コロ、俺はお前を倒す。お前は、オレ達のラスボスなんだ。――自業自得の、だっせーラスボスだけどな」
「へなちょこの私たちにはふさわしーラスボスだよぉ」
4人のやり取りを見ながら、ガイアスは一瞬口元を緩める。そして、キッと真剣な面持ちに戻った後、声を張り上げる。
「よし! ヘルハウンド2匹は僕が引き受けよう! グレーター・ヘルハウンドは、君たちに任せた」
ガイアスの言葉に、4人がコクっとうなずく。
「先手必勝! リサ! 《蒼き稲妻だ》! 蒼くねーけどな!」
「了解! 《シャイニング・ボルト》!」
リサが《ライトニング》の上位魔法、《シャイニング・ボルト》を唱える。同時に、ゲイルが素早い動きでグレーター・ヘルハウンドとの間合いを詰め、斬撃を放つ。
斬撃がグレーター・ヘルハウンドに命中するまさにその瞬間。天井付近より極大の黄色い雷撃が切っ先に集中する。上位魔法の雷撃と鋭い斬撃の連携攻撃。ゲイル達得意の魔法剣がグレーター・ヘルハウンドに炸裂する。
左わき腹に斬撃を受け、血しぶきを上げるグレーター・ヘルハウンド。それと同時に、傷口を雷撃が焼き、体が大きく痙攣する。グレーター・ヘルハウンドの全身の筋肉は電撃で硬直し、一瞬のスキが生じる。
その隙をつくかのように、フォルカスが盾を構えてグレーター・ヘルハウンドに突撃していく。
「《プロテクション》!」
それと同時に、アマンダが《プロテクション》を備える。フォルカスの盾の周りに黄色く光る魔法の層が現れる。フォルカスはそのまま盾を構えてグレーター・ヘルハウンドに体をぶつける。
ズガン!!
《プロテクション》の反発力を利用した、フォルカスの体当たり。グレーター・ヘルハウンドが10メートル程吹き飛ばされる。
「《ファイア・ストーム》」
すかさず、リサが範囲魔法の《ファイア・ストーム》を詠唱する。グレーター・ヘルハウンドの周りに火柱が上がる。猛烈な炎がグレーター・ヘルハウンドを包み込む。黒く短い体毛が燃え上がり、酸素が焼き尽くされる。黒い獣は、苦しそうな表情を浮かべている。
「よし、とどめだ。頼むぞ、アマンダ」
「おっけー! 《アダプテーション》! ファイア・ストームの中だと、1秒くらいしか持たないからね」
「1秒か……十分だ」
そう言い残し、一足飛びにグレーター・ヘルハウンドに向かってゲイルは走りだす。剣を大きく振りかぶりながら、炎の旋風に飛び込んでいくも、《アダプテーション》のお陰でゲイルに炎は届かない。
炎に捕らわれたグレーター・ヘルハウンドが目の前にいる。その大きく太い首に向かって、ゲイルは自らの剣を全力で振り下ろしていく。
「でやぁああああ!」
ザン!!
鈍い音と共にグレーター・ヘルハウンドの首が宙を舞う。ゲイルはそのままの勢いで火柱の外へ駆け抜ける。後ろを振り返るゲイル。炎の中で、グレーター・ヘルハウンドが青白く光り輝き、光の粒となって消えていった。
「アベル……やっと終わったぜ。――っと、向こうはどうなった!?」
ゲイルが背後を振り返る。その視線の先にいるのは、ガイアスだ。だが、様子がおかしい。2匹のヘルハウンドは、互いに攻撃しあうばかりで、ガイアスに見向きもしない。一方のガイアスは、無防備のヘルハウンド2匹に剣を突き立て、攻撃を続けている。とても異様な光景だ。
「ど、どうなってるんだ!? あれ」
ゲイルが肩をすくめ、近くにいるリサに問いかける。
「ガイアスさんは、《幻惑の舞い》の使い手として有名ですからね。恐らく、2匹のヘルハウンドは幻を見せられ、互いに同士討ちをしているのでしょう」
「……こんな闘い方、初めてみたぜ」
ゲイルが感嘆の声を上げる。実際、ガイアスのスキルは、1対多の闘いでこそ本領を発揮する。数的不利な状況でも、敵を同士討ちさせることで戦況を圧倒的な有利に導く。まるで幻想のような戦術。ガイアスが《イリュージョニスト》と呼ばれるもう一つの所以だ。
ヘルハウンドが、もう一匹のヘルハウンドの喉元にかみつく。噛みつかれたヘルハウンドが地面に倒れ、動かなくなる。その瞬間、ガイアスの剣が残ったヘルハウンドの脳天を突く。2匹のヘルハウンドが地面に倒れ、青白い光となって消えていく。
ふうっと息をついた後、ガイアスが剣を腰に仕舞う。そして、ゲイル達に向かって振り返り、口を開く。
「ふむ、見事だったよ。君たちは、素晴らしい冒険者になるだろう」
ガイアスがゲイル達を振り返り、口元を緩めながらそう言う。だが、一方のゲイル達は浮かない顔だ。
「ギルドマスターにそう言われるのは嬉しいが、俺たちの冒険はこれで終わりだ。執行猶予の条件を破ったからな。――死刑で、終わりだ」
ゲイルが目を伏せながら、そう答える。ゲイル達は、『今後一切アベルに接触しない』と言う条件で執行猶予中の身だ。その条件を破った結果、彼らを待つのは死刑だ。
だが、ゲイル達の表情は少しも悲観的ではない。やりきったような充実感。そんな雰囲気がゲイル達を覆っている。
ふうっとため息をつき、ガイアスが口を開く。
「僕はギルドマスターと言う責任ある立場だ。確かに、見て見ぬふりはできないな」
ガイアスはそう言い切る。だが、その表情はなぜか穏やかだ。ひと呼吸おいて、ガイアスが続ける。
「それで、君たちはどこの誰かな? 君たちのような素晴らしい冒険者に会った記憶はないんだが」
ガイアスの言葉に、ゲイルが目を丸くする。
「な、なにを言ってるんだ? 俺たちは、アベルを殺そうとして死刑になった蒼の……」
「いや、最初はあの悪名高いゲイル達かと思ったんだよ。でも、どうやら君たちは別人だったようだね。彼らはもっと荒んだ目をしていた。君たちのような、未来ある若者の目じゃなかったよ」
ガイアスがゲイルの言葉を遮り、ニコッと笑いながらそう言う。ガイアスの意図を理解したゲイルは、ゆっくりと震えた声を上げる。
「ありがとう……あなた達師弟には、助けられてばっかりだ……本当に、ありがとう」
そう言うゲイルの目には、涙が浮かんでいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
ゲイル達の話は、これで本当に終わりです。次は、アベル達が決着をつける番です!
~武井からのお願いです~
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