第92話 理の地下神殿・中層
「それじゃ、進んでいこうか」
リンドヴルムがいた部屋の階段を降り、アベル達は《理の地下神殿》・中層を進んでいく。上層はまるで古城のような雰囲気であったが、中層からはまるで景色が一変する。
「なんか、一気に洞窟みたいになったわね……」
ゴツゴツとした岩の壁を眺めながら、ティナがつぶやく。壁や天井が淡くぼんやりと光り輝いており、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「ふむ、環境は悪くないね。上層より明るく、戦闘はやりやすい。それで、中層はどんな敵がいるのかね?」
ガイアスも辺りを見回しながら、アベルに問いかける。アベルはコクっとうなずき、口を開く。
「中層では、ガーゴイルとバジリスクが出現します。特にバジリスクの毒が厄介ですが、ティナの《マジックアロー》で遠隔攻撃をすれば大丈夫でしょう。《索敵》を使えば不意打ちを受けるリスクもほぼありませんし」
「ボスは……『ヘルハウンド』だったっけ?」
アベルの言葉に耳を傾けていたティナが、少し心配そうな様子でアベルに話かける。ゲイルとの一件に気を使っている様子だ。
「うん、ヘルハウンド。中層の最深部に大きな広間があって、そこにいるはずだ。でも、ヘルハウンドはラドがあっという間に倒しちゃったから、どんな特徴があるかはよく分からないんだ」
「アベルにとっては、イヤな思い出の敵、なのよね」
「うん、まあね。でも、ゲイル達との一件は決着がついてるから問題ないよ。……でもまさか、またこの場所に戻ってくるとは夢にも思わなかったけど」
「そうね。でも、今回は私たちがいるわ」
ティナの言葉に、フッとアベルが優しげな笑みを浮かべる。
「ありがと、頼もしいよ。それじゃ、中層最深部までチャチャっと進もうか」
アベル達は《索敵》を駆使しつつ、《理の地下神殿》中層部を進んでいく。中層部は、通路と15メートル四方の広間が繰り返される構造になっている。上層部のように迷路にはなっておらず、広間に敵がいた場合には戦闘を回避できない。
とはいえ、アベル達にとってA級モンスターのガーゴイルやバジリスクは脅威ではない。部屋の外からティナの《マジックアロー》を連射して体力を奪い、弱ったところをガイアスがとどめを刺す。この戦法で、アベル達は全くダメージを受けずに敵を蹴散らしていく。
「かなり、順調ね」
「うん、まあ、敵も弱いからね。……そろそろ、ボスのいる広間だ」
アベルの鼓動が早まる。目の前にある部屋の入り口を超えれば、そこには『ヘルハウンド』がいる。――ゲイル達に追放を宣言され、殺されかけたときの光景が、アベルの頭をよぎる。
「……大丈夫? アベル」
ティナが再び心配そうな声でアベルに語りかける。
「うん、大丈夫。……でも、思ったよりトラウマになってるみたいだ。ちょっと動揺してる」
そう言うアベルを優しげな目で見つつ、ガイアスが口を開く。
「大丈夫だ。僕達がいるからね。それに、精神的ショックはそんなに簡単に治るものでもない。ゆっくり克服していけばいい」
ガイアスがそう言いながら、アベルの頭をポンポンと叩く。まるで父親のような包容力。ガイアスの一言で、アベルは自分の心が落ち着いていくのを感じる。
「師匠、ありがとうございます。お陰で落ち着きました。もう大丈夫です」
ガイアスがニコッと笑う。
「それで、アイツとどう戦うの?」
ティナの言葉に、アベルが考えこむ。正直なところ、敵の情報がほとんどない。これでは、作戦の立てようもない。
「闘いながら作戦を練るしかないかな。まずは慎重に、敵から距離を保ちつつ闘おう。そして敵の行動パターンを見極めて、対処法を考える」
「ふむ、それでは、私が前に出よう。ティナ君はアベル君の護衛を。ヘルハウンドは私一人で押さえるつもりだが、万一の時は《プロテクション》でアベル君を守ってくれ」
「了解!」
今のアベルはレベル1。ヘルハウンドの攻撃を受ければひとたまりもない。ガイアスの提案は合理的だ。
「僕も異議なしです。それじゃ、戦闘開始!」
アベルの掛け声とともに、3人が部屋の中へと駆けこむ。部屋の中にいるのは、体長3メートルほどのヘルハウンド。敵はすぐにアベル達に気付き、臨戦態勢を取る。一方、ティナは《プロテクション》を詠唱後、アベルに寄り添っている。ガイアスは剣を抜き、ヘルハウンドをけん制しつつ、距離を取っている。
クォオオーン!!
突如、ヘルハウンドが雄たけびを上げる。いや、雄たけびというより遠吠えに近い鳴き声だ。アベルに嫌な予感が走る。アベルはとっさに、《索敵》を発動する。
「く! 仲間を呼ばれた!」
アベルががばっと上を見上げる。天井近くの空間に、大きな黒色の空間の裂け目が生じている。裂け目の周囲は紫色のスパークが飛び交っており、その中から、黒い獣のようなモンスターが出現する。
ズズン!!
空間の裂け目から現れた2匹の獣が地面に着地する。黒く短い毛に、鋭い牙。ヘルハウンドだ。だが、そのうちの一匹は、明らかに他2匹よりも大きい。体長5メートル程はある。
「まずいね。まさか3匹もいるとは。しかも、そのうちの一匹は上位種に進化しているようだ。――グレーター・ヘルハウンド、といったところかね」
ガイアスが額から汗を流しながら、アベル達にそう言う。確かに、まずい。一気に戦況は悪くなった。
ガイン!!
凄まじい速度で、突如グレーター・ヘルハウンドがガイアスに襲い掛かる。迫りくる右手の爪に、レイピアを差し込んで敵の攻撃を受け止めるガイアス。何とか攻撃を止めるも、凄まじい力でガイアスの動きが封じられてしまう。
その様子を確認した後、2匹のヘルハウンドがゆっくりとアベルとティナに近づいてくる。獲物を見定め、まさに襲い掛かろうとする様子だ。
「く! まずいわね! 敵が2匹じゃ、アベルを守り切れな……」
グゥオオオ!
ティナが言葉を言いきる前に、2匹のヘルハウンドがアベルとティナに襲い掛かってくる。ティナは咄嗟に《マジックアロー》を放ち、1匹のヘルハウンドの攻撃を止める。だが、もう一匹のヘルハウンドが、アベルに襲い掛かる。
「アベル!!」
ティナの声が広間に響く。その瞬間だった。
キィン!!
鳴り響く金属音。ヘルハウンドの鋭い爪を、1本の剣が防ぐ。だが、その剣はアベルのものではない。アベルの目の前に突如現れた意外な人物が、ゆっくりと口を開く。
「よぉ、アベル。今度は、お前を助けに来たぜ!」
「な! ゲイル!! なんで、こんなところに!?」
アベルの驚いた声が広間に響く。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、因縁の敵、ヘルハウンドとの戦闘です!