第91話 古代龍・リンドヴルム
「あれを利用しようと思うんです」
アベルが、ボスがいる部屋の天井を指さし、ガイアスに語り掛ける。アベルの指さす先にあるのは、天井に開けられた複数の穴だ。
「あれは……通気口!? ――どういうことだね、アベル君?」
ガイアスが手のひらを上に向け、お手上げのポーズを取る。アベルが不敵に微笑みながら、口を開く。
「今回の作戦の肝は、敵の得意技を逆手にとることです。まず……」
アベルが二人に作戦の詳細を説明する。二人は、腕を組み、頷きながらアベルの言葉に耳を傾ける。
「マーヴェラス!! さすがアベル君だ! 素晴らしい作戦だねぇ」
ガイアスが感嘆の声を上げる。
「うぅ……私の《アダプテーション》、持つかなぁ?」
一方のティナは少し不安そうだ。今回の作戦の要は、ティナの《アダプテーション》だ。プレッシャーがかかるのも無理はない。
「大丈夫だよ。ティナのレベルもかなり上がったし、僕も《魔力強化》をかけるからさ。連携スキルは発動しないけど、魔力は大分上乗せされるはずだから」
アベルの言葉に、ティナが安心したように口元を緩める。そして両手の拳を握り、気合十分な様子で口を開く。
「うん。分かった! 《アダプテーション》については任せて! 絶対、成功させてやるんだから!」
アベルがニコっと笑う。ガイアスも頬を緩める。
「よし、それじゃ、作戦開始だ! 二人とも準備はいい?」
アベルの言葉に、ガイアスとティナがコクっとうなずく。部屋の中のリンドヴルムにアベルは目をやる。敵は目を閉じ、眠っているようだ。先手を取れる、絶好の条件だ。
「作戦開始!! 《魔力強化》! 《筋力強化》!」
アベルは号令と同時に、支援スキルを詠唱する。蒼い光がガイアスとティナを包み込む。そしてその直後、ガイアスとティナがボス・リンドヴルムのいる大部屋へと勢いよく飛び込んでいく。
その瞬間、古代龍・リンドヴルムが目を覚ます。巨体を揺り起こし、戦闘態勢を整える。まるで大蛇のような体が大きくうねる。大きく開けた口からは鋭い牙が見え、地響きのする咆哮を上げ、アベル達を威嚇する。
「《プロテクション》!!」
ティナの詠唱と共に、ガイアスの体が黄色い光に覆われる。そのまま、ガイアスがリンドヴルムに近づき、懐から剣を抜く。ガイアスの獲物は、細身の片手剣・レイピア。リンドヴルムの反応を伺いながら、隙をつき鋭い刺突を繰り出す。
ヒュン!!
ガイアスのレイピアがリンドヴルムの胴体に命中する。剣を突き立てられたリンドヴルムは、体を大きくよじる。胴体からは血が噴き出し、苦痛にのたうち回るリンドヴルム。攻撃を繰り出したガイアスは、すぐさまステックバックし、敵から距離を取る。ヒットアンドアウェイ。これが、《幻惑の剣士》の二つ名を持つガイアス得意の戦術だ。
その直後、リンドヴルムが巨大な尻尾をガイアスに向けて叩きつけてくる。軽いステップで後方に退いていたガイアスを、凄まじい速度で尻尾が迫る。
バチン!!
刺突直後に回避行動を取っていたガイアスだが、敵の攻撃を避けきれず、部屋の入り口に向かって吹き飛ばされる。やはり、リンドヴルムの力はかなり強い。軽くかすっただけでガイアスを10メートルほど吹き飛ばし、ティナが5重がけした《プロテクション》も4枚まで消滅してしまった。
「大丈夫ですか、ガイアスさん!」
ティナがガイアスに駆け寄り、心配そうに声をかける。一方のガイアスは、口元を緩め、余裕しゃくしゃくの様子だ。
「問題ないよ。ティナ君の《プロテクション》のお陰だ。それに、《幻惑の剣舞》も成功したよ」
――《幻惑の剣舞》。刺突の瞬間、傷口に直接幻惑魔法の《イリュージョン》を送り込み、敵に幻惑を見せると言うスキルだ。剣士でもあり、妨害魔法を得意とするガイアスの十八番。彼が《幻惑の剣士》と呼ばれる所以でもある。
「だが、あの巨体だ。確実に《イリュージョン》を発動させるために、あと2~3回は攻撃したいところだね」
「了解! 《プロテクション》!」
「それじゃ、もう一回行ってくるよ」
ガイアスがにこやかにそう言うや否や、再びリンドヴルムの間合いに飛び込んでいく。ガイアスは敵の攻撃をかわしつつ、まるで踊るような剣裁きで敵の巨体に何度も剣を突き立てていく。ガイアスの動き自体はそこまで速くはないが、特筆すべきはその技術だ。剣舞を踊るかのように美しい動きで敵を翻弄しつつ、《幻惑の剣舞》を叩き込んでいく。
突如、リンドヴルムが大きく震えだす。度重なる刺突に怒りが頂点に達したのか、《ブレス》の発動準備に入ったようだ。
「師匠! ブレスが来ます!」
アベルの掛け声と同時に、ガイアスが素早く戦線を離脱する。部屋の入り口を超え、アベル達が待つ大部屋外の通路まで避難する。
「《アダプテーション》!」
ガイアスが部屋の外に脱出したのを確認すると、ティナが《アダプテーション》を詠唱する。部屋の入り口と通気口の周りが緑の光で覆われる。
ゴバァァァl!!!
その直後、リンドヴルムの《ブレス》が発動する。だが、その標的はアベル達ではない。なぜかクルクル回転しながら、自身の周りに炎を吐き続けている。
「どうやら、《幻惑の剣舞》が上手く効いてるみたいですね」
アベルの言葉に、ガイアスがコクリと頷く。今、リンドヴルムは、幻惑を見せられている。リンドヴルムの周りを幻のガイアスが逃げ回っており、その幻を仕留めようと、炎を吐き続けているのだ。
「《アダプテーション》の方も大丈夫そうよ。後は、リンドブルムが自滅するのを待つだけね」
アベルの作戦。それは、通気口と部屋の入り口を《アダプテーション》で塞ぎ、空気の流れを遮断することだった。頭に血が上ったリンドヴルムは、それに気づかず炎を吐き続けている。そんなことをすればどうなるか、答えは明白だ。
部屋の中の酸素が焼き尽くされていき、リンドヴルムがフラフラし始める。炎を吐きながら、意識は朦朧としているようだ。それでもなお、リンドヴルムは幻のガイアスに向かって炎を吐き続けている。リンドヴルムの足元がおぼつかなくになり、ついにはズゥン! と大きな音を立てて倒れてしまった。そして、全身が痙攣しだす。典型的な一酸化炭素中毒の症状だ。
リンドヴルムが動かなくなった後、15分ほど様子を見るアベル達。すると、突如リンドヴルムが白い光に包まれ、光の粒になって消えていく。窒息により、絶命したようだ。
「やったわね! それじゃ、早速階段を下りて中層まで行きましょっか!」
ガッツポーズをかかげ、意気揚々と部屋へ入ろうとするティナを、アベルが慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待って! 通気口の《アダプテーション》を解いて、ちゃんと換気しないと! 僕らまで自滅しちゃうよ!」
アベルの言葉に、バツの悪そうな顔をするティナであった。
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次回、《理の地下神殿》・中層の探索です!