第90話 理の地下神殿・上層
理の地下神殿。防災都市マンチェストルの北、王都セイントベルとの間にあるSランクダンジョンだ。地表にあるのは20メートル四方ほどのやや小さめの神殿だが、『地下神殿』と言うだけあり、その内部は深くそして広い。神殿の門をくぐるとすぐそこに地下への階段が続いており、そこがダンジョンへの入り口だ。ダンジョン内部は石造りのような見た目となっており、壁には点々と配置されたランプが灯っている。
「まさに神殿って感じね。Sランクダンジョンだけあって、小綺麗ながらも歴史を感じるわね。なんか、薄暗い古城の中にいるみたい」
ティナはきょろきょろと辺りを見回しながら、言葉を発する。
「古城……確かに良い例えだね。見た目はね」
アベルが含みのある表現でティナの言葉に答える。
「『見た目は』ってどういうこと?」
「壁を触ってごらん」
「壁?って、え!? 何、この感触!? 石じゃない……」
ティナの反応に、アベルはコクっとうなずく。見た目は石造りだが、材質は決して石ではない。頑丈だがツルツルとしており、重量感はない。《グリニッド海底遺跡》と同様、アベル達の知らない材質で出来ているようだ。
「ふむ、さすがSランクダンジョン、古代文明の遺跡。建材も古代文明の遺産、というわけだね」
ガイアスが感心した様子で口を開く。物珍しそうに壁や床の感触を楽しんでいる。
「アベルは、このダンジョンに来るのは二回目なのよね。構造について把握しておきたいわ」
「《理の地下神殿》は大きく分けて、上層、中層、下層の3つのフロアに分かれてる。地下1~3階が上層、4~6階が中層だ。僕は中層までしか行ったことが無いから、下層については分からない」
ティナとガイアスは、真剣な面持ちでアベルの言葉に聞き入っている。アベルは続ける。
「各階層の最後には、ボスがいる。上層のボスは古代龍リンドヴルム、中層のボスはヘルハウンドだ」
「難易度はどうだったの?」
ティナの質問に、アベルが首を横に振りながら答える。
「正直なところ、当時はそこまで難易度は高くなかったんだ。ゲイル達でさえ中層にたどり着けるくらいだからね。でも、今は『輪廻の理』が下層で大量の魔力を発しているから、以前と違うダンジョンと考えた方が良いかも知れない」
アベルはゲイル達と《理の地下神殿》を探索したときのことを思い出す。正直なところ、当時の《理の地下神殿》よりも《ミラージュの塔》の方が断然難易度が高かった。
「ふむ。とは言え、以前の情報は役に立つだろう。まずは上層について、詳しく教えて欲しい。敵の種類と、ボスの特徴を」
ガイアスが、コホンと咳払いをしつつアベルに問いかける。
「はい。上層にいた敵は、ファイアードラゴンとアースドラゴンです。両者ともA級下位のモンスター。群れで出現することもなく、特段問題ない敵でした。上層ボスのリンドヴルムはSランクで、力が強いんですが、体が大きく敏捷性に欠ける龍です。炎のブレスはかなり厄介なので、注意が必要です」
「ブレスなら、私の《ウォール》で無効化出来るわね!」
得意げにそう言うティナを尻目に、アベルがため息をつく。
「ラドがいないんだから、《ウォール》は使えないよ」
「あ……」
今回は、アベルが戦力にならない上に、《連携スキル》も一切使えない。かなり大きなハンデを背負いながら、ダンジョン攻略を進めなければならない。
「そうね……私たち、今まで《連携スキル》に頼りっぱなしだったものね。今回は、私たちみんなの素のチームワークが問われてるって訳ね」
ティナが神妙な面持ちで小さな声で言葉を発する。少しの静寂のあと、アベルが口を開く。
「とはいえ、現状ではこれ以上考えてもらちが明かない。ボスの所に辿り着いたら、作戦会議。対策を練ろう。まずは敵を避けつつ、ボスの前まで進もうか」
「了解! 分かったわ」
ティナの返事と共に、アベル達は歩みを前へ進め、薄暗い洞窟を進み始める。
《理の地下神殿》上層は、5メートル程の幅の通路が延々と迷路のように続く構造になっている。この構造は、《索敵》が使えるアベルにとっては至極都合がいい。無数に存在する分かれ道を上手く使って、敵を避けながらダンジョンを進んでいくことが出来るからだ。アベル達にとって、ザコ的との戦闘は体力を消耗するだけ。敵との戦闘は極力避けるのが吉だ。
《索敵》で敵を避けながら、アベル達は1時間ほどかけて《理の地下神殿》上層の最深部へたどり着く。アベル達の目の前にあるのは、30m四方程の大きな広間への入り口。リンドヴルムがいる、ボスの部屋だ。
「ボスの所に着いたわね。あれ、リンドヴルムで間違いないわよね?」
ティナの言葉にコクっとアベルがうなずく。
「以前と何か違いはありそうかい?」
ガイアスの言葉に、首を縦に振るアベル。
「前見たときより、一回り大きいです。やはりかなり強化されているみたいですね」
「ふむ。それでは、何かいい策はあるかね? アベル君」
ガイアスの言葉に、アベルはコクっと大きく頷く。
「はい、こんな作戦はどうでしょう?」
いつも通り、不敵に笑うアベルであった。
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