第87話 最終決戦への準備
王城での作戦会議の後、Sランクダンジョン《理の地下神殿》へ向けた準備が一気に動き始めた。だが、その後の準備は難航。すでに1か月が経過している。
準備に時間が掛かっている原因は二つある。一つは、《理の地下神殿》が強力な防護魔法で囲われ、封印されていることが判明したからだ。この防護魔法を解除しない限り、アベル達は《理の地下神殿》に踏み込むことができない。
そこで、バズの出番という訳だ。ギルダの援助の下、バズが防護魔法を解除する魔道具を鋭意開発中だ。
決戦までに時間が掛かっているもう一つの理由。それは、戦力の結集と充実を図っているからだ。《理の地下神殿》突入後は、ダンジョン内にいる敵を蹴散らし、最下層にいる敵・『輪廻の理』まで辿り着かなけければならない。だが、ガイアス達の当初の目論見に反して、アベルが幻獣使いとしての能力を失い、戦力としての目途が立たなくなってしまった。
そこで、アベルを最下層まで無事に送り届ける戦力の補強を図ることになった。これは、ガイアスの役目だ。全国のギルドから腕利きの冒険者を募っており、その収集に1か月かかってしまったというわけだ。また、並行して一戦を退いた冒険者のリハビリも行っている。具体的には、ガイアス、セシリア、アンナが目下修行中だ。闘いの勘を取り戻し、彼ら自ら前線で闘うとのことだ。かつてS級冒険者であったガイアス、セシリアは言わずもがな、セシリアの下で修行をしていたアンナも強力な戦力になる。
◆◇◆◇
「アベル君。今から、会議室に来れるかい? 臨時の作戦会議を開きたい」
早朝、起きたばかりのアベルの元に、ガイアスから《テレフォン》がかかってくる。急いで支度をし、会議室へ急ぐアベル。会議室に着くと、既にメンバーは全員着席していた。ガイアス、セシリア、ティナ、バズ、ギルダ、アンナが机を囲み、椅子に座っている。アベルも小走りで自分の席に着く。
「全員揃ったようだね。それでは、臨時の作戦会議を始める。昨日、ついに全ての準備が整った。3日後の早朝、《理の地下神殿》に攻め込もうと思う。まずは、バズ君、《理の地下神殿》地表を覆う防護結界への対案について説明を」
ガタっという音を立て、バズが立ち上がる。そのまま、鼻を人差し指でこすりながら発言する。
「ダンジョンを覆う防護結界を無効化する装置が、ついに完成したぜ! この場で、簡単な仕組みと使い方について説明させてもらう」
バズが真剣な面持ちになり、話を続ける。
「まず、ダンジョンを覆う防護魔法について説明するぜ。防護壁の半径は約1km。ダンジョンを囲う様にドーム状に伸びており、ダンジョン全体がすっぽり包まれちまってる。」
ひと呼吸おいて、バズが続ける。
「ありゃ、スキルと古代魔道具の合わせ技だな。防護壁自体は、恐らく『輪廻の理』の強力な魔力なんだが、それを防護結界のすぐ内側にある4つの古代魔導装置でつなぎ留めてるって仕組みさ。じゃあ、その魔導装置を止めちまえば万事解決! って訳なんだが、それがそんなに簡単じゃねーんだ。」
バズが、会議室に備え付けてあるホワイトボードに図を描きながら説明する。
「厄介なことに、《ジャミング》が効かねーんだ。魔導装置自体が結界の内側にあるからな。結界の外から《ジャミング》を発動しても、防護結界の超魔力で遮断されちまって、内側まで届かねーんだ。よく考えられた防護魔法だぜ」
なるほど。《ジャミング》は罠や魔導装置を無効化できる効果があるが、その効果が届かなければ意味はない。強力な魔力結界の内側に装置を配備することで、《ジャミング》自体の効果が結界内部に波及することを防いでいるようだ。
「それで、どうやって解除するんですか? バズさん」
ティナが単刀直入に疑問を投げかける。
「《アダプテーション》を使う」
全員がポカンとした表情を浮かべる。その場にいる皆が、バズが何を言っているか理解できない。ニヤッとした表情を浮かべ、バズが解説を続ける。
「敵の防護魔法の調査に行ったんだが、防護壁の周りに空気の層があってな。その中に魔力をため込んで壁にするっていう仕組みになってんだ。《アダプテーション》も空気の層を作るだろ? じゃあ、防護壁に《アダプテーション》をぶつけたら、防護壁の層を操作できないか? って思ってな。セシリアに実験してもらったんだ」
「敵の防護壁の魔力は膨大で、操作がかなり難しかったですが……こぶし大の穴でしたら、なんとか開けられましたわ」
セシリアの言葉に、バズがコクっとうなずく。
「それで十分だ。《ジャミング》の効果さえ結界内側の装置に伝わればいいからな」
「じゃあ、お母様と私が、順繰りに装置を無効化していけばいいわけね!」
ティナの言葉に、バズが首を横に振る。
「そうは問屋がおろさねえ! 防護魔法を展開してる魔道装置は、互いに監視しあってるんだ。一つだけ《ジャミング》で無効化しても、残りの3つが無効化を解除してしまう。つまり、4つ同時に《ジャミング》する必要がある」
バズの言葉に、ティナが驚いた表情を浮かべる。
「え!? でも、《アダプテーション》が使えるのって、私とお母様だけじゃ……」
ティナの言葉を聞いていたアンナが、そーっと右手を挙げる。
「えーっと、私が使えます。特訓しましたから。セシリア様の下で」
「あれ? 《アダプテーション》って聖女しか使えないんじゃないんですか?」
アベルがアンナとセシリアに向かって疑問を投げかける。
「高い魔力があれば、ヒーラーでも使えますよ。ヒーラーだと大抵魔力が足りないってだけで」
「じゃあ、私とお母様とアンナさんで3人は確保ね。あと一人は?」
4つの魔道装置を同時に無効化するには、《アダプテーション》を使える人物が4人必要だ。ティナの問いかけに、ガイアスがニヤっと不敵な笑みを浮かべる。
「もう一人、ヒーラーを確保した。セシリア、どうですかな? 彼女は」
「だいぶ物覚えが悪かったですが、目を見張る忍耐力と集中力で特訓に耐えてくれましたわ。ちょうど2日前、《アダプテーション》が使えるようになりましたわ。今は王都の宿で休養中です」
「へえー! 誰なんですか? 四人目のヒーラーって」
ティナの問いかけに、ガイアスが今一度不敵な笑みを浮かべて答える。
「少し事情があってね。名前を明かすことはできないんだ。すまないね」
少し引っかかるもの言いだが、とりあえず今は作戦会議に集中だ。
「大体作戦は理解しました。ティナ、セシリア、アンナ、匿名ヒーラーの4人は、防護結界の魔導装置の前に散開。同時に《アダプテーション》及び《ジャミング》を発動して、防護結界を無効化、という段取りですね」
アベルの言葉に、ガイアスが深く頷く。
「その通りだよ、アベル君。当日は、戦力を4分割し、作戦を遂行する。連絡は《テレフォン》で取り合う予定だ。結界内には約六百匹の魔物が溢れているという情報があるため、戦力の大分部は魔物の駆除に充てる。ダンジョン内に侵入するのは、ティナ君とアベル君、そして私の3人だ」
なるほど。ダンジョンの攻略は少数精鋭で、と言う判断のようだ。舞台はSランクダンジョンなのだから、懸命な判断だろう。
「集結した戦力は、どのくらいですか?」
「Aランク冒険者が132名に、Sランク冒険者が18名。計150名の精鋭で、作戦を遂行する」
ガイアスの言葉に、アベルが小さく頷く。いたずらに実力の劣る冒険者の数を増やせば、むしろ犠牲者は増えてしまうだろう。戦力は精鋭に絞り込み、聖女ら回復係をうまく利用して戦うのが最善策だろう。辺りを見回すと、皆が小さく頷いている。ガイアスの判断に、誰も異存はないようだ。
「それでは、作戦は3日後。各自準備を怠らないように」
ガイアスの力強い声が、会議室内に響いていた。
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次回、国王への尋問です。残された伏線を回収します。