第86話 アベルの願い、ラドの願い
アベルはティナに連れられ、王宮の城門近くの兵士の詰所へと向かう。そこの会議室で、現在今後に向けた作戦会議が行われているためだ。
詰所の会議室に入るや否や、アベルはそのメンツに驚く。バズ、ギルダ、ガイアス、セシリアに、アンナまでいる。アベルに馴染みのメンバーばかりだ。部屋の中には大きな円卓のテーブルが一つあり、みんながそのまわりに座っている。アベルに気付いたガイアスが、大きく手を振りながら口を開く。
「もういいのかい? アベル君」
「はい。ゆっくり休めましたから」
「それじゃ、会議に参加してくれ。ティナ君も一緒に。今、情報を整理していたところだ」
ガイアスに促され、アベル達は椅子に腰かける。二人が座ったことを確認し、ガイアスが進行を続ける。
「それでは、アンナ君。『輪廻の理』のその後について、報告を」
「はい、ガイアスさん。あの後、『輪廻の理』は国王を残して城内から消え失せてしまいました。その後のギルドの調査で、『輪廻の理』はSランクダンジョン《理の地下神殿》内に逃れたことが確認されています。恐らく最下層に潜伏していると思われます。今のところ大きな動きはないようです」
謁見の間での状況は、アンナ達を含め、国中に生中継されていた。そのため、消えた『輪廻の理』の足取りを掴むのはさほど難しくなかったということだろう。――それより、そもそもこの状況が不可解だ。なぜ、王国の軍ではなく、ガイアス達が、『輪廻の理』への対策を練っているのだろうか。
顎に手を当てて考え込むアベルを、ガイアスが一瞥する。そして、その疑問に答えるかのように、口を開く。
「ありがとう、アンナ君。次は私から、王国内の状況について報告しよう」
コホン、と咳ばらいをし、ガイアスが話を続ける。
「謁見の間の『生中継』により、反王政への機運がかなり高まっている。各地で暴動・クーデターが起きりかねず、ギルドが何とか抑え込んでいる状況だ。城内の兵士、王国軍も同様。王族への懐疑心が蔓延し、指揮が乱れている。こんな状況で、王国軍を動かすことは国政の崩壊につながりかねない。こういうわけで、王国民から人気の高いセシリアと、中立なギルドが中心になって『輪廻の理』への対応を取ることになったわけだ」
「なるほど、状況は理解しました。国王は今、どうなっているんですか?」
アベルの質問に、首を横に振りながらガイアスが答える。
「国王陛下は、城の西棟の最上階で休まれている。当分、部屋から出てくることはないだろう」
事実上の幽閉、と言うことだろう。実質的に国政はセシリアが握っている状況のようだ。なるほど、王都のギルド長ではなく、ガイアスがこの場に呼ばれているのは、セシリアの意向だろう。
「ふむ。大体、集まった情報はこんなところか。それじゃ、作戦会議に……」
「ガイアスさん! 少し、時間を頂いてもいいですか? 皆に、大切なお話があるんです」
アベルの言葉に、少し驚いた顔をするガイアス。アベルの真剣なまなざしを見て、フッと表情を緩める。ガイアスは手のひらを上に向け、アベルに続きを促す。
アベルはその場に立ち上がる。皆の視線がアベルに集まる。
「……皆さんに言わなければならないことがあるんです」
ひと呼吸おいて、アベルは話を続ける。
「ラドが消え、僕は幻獣使いの力を失いました。レベルは1。闘う力はほとんどありません。ワイルドウルフにすら、もう勝てないでしょう」
アベルの言葉に、その場の全員が驚きの表情を浮かべる。再び間をおいて、アベルが続ける。
「だから、僕に力を貸してください! 僕は、勇者と魔王の闘いの元凶、『輪廻の理』と決着をつけなければならないんです。僕を、理の地下神殿最下層に連れて行って欲しいんです!」
アベルが真剣なまなざしで皆を見つめる。その場にいる全員が、さらに驚いた表情を浮かべる。たまらず、バズが口をはさむ。
「ちょ、ちょっと待てよ、アベル坊! お前さん、謁見の間で『輪廻の理』に全く歯が立たなかったじゃねーか! レベル1に戻って、再戦を挑んでも死にに行くようなもんだろ!?」
アベルはジッとバズを見つめながら答える。
「……僕が一人で挑んだら、100%『輪廻の理』に殺されるでしょう。でも、僕にはティナが、仲間がいる。――それに、ラドもいるんです」
アベルが、懐から白い魔石・『ラドのこころ』を取り出す。
「それは!! 白魔石じゃねーか! アベル坊、どこでそれを!?」
「ラドが、僕にくれたんです。最後、別れ際に。僕にはなんとなく分かるんです。ラドのこころが僕と共にあれば、『輪廻の理』に勝てるって」
アベルが少しうつむきながら、そう答える。バズが腕を組み、考え込む。
「うーん、そうか、ラドの白魔石か。こりゃたしかに、奇跡が起こるかもしれねーな」
「ねえ、バズさん。白魔石って、どんな魔石なの!?」
すかさずティナが、バズに質問する。バズは腕組みをしながらティナの質問に答える。
「赤い魔石は生き物に、黄色い魔石は物質に、黒い魔石は空間に関与する。そして超レアの白い魔石は、『こころ』に関与するんだ。魔石と使用者のこころが一つになった時、凄まじい魔力を発揮すると言われてるんだ」
バズの言葉に、隣にいたギルダが声を上げる。
「ラドさんの白魔石。その所有者がアベルさんなら、心を一つにするのはたやすいですな。なるほど、奇跡が起こる可能性は高いですな」
ガイアスの隣にいるセシリアも、ギルダの発言を聞き、コクリと頷く。そして、ガイアスが真剣な表情で口を開く。
「ふむ。確かに、その作戦は一考の価値がありそうだ。――だが、その前に、アベル君に一つ質問をしたい。とても、大事な質問だ」
アベルを見るガイアスの瞳は、まるで父親のように穏やかだ。ひと呼吸おいて、ガイアスが続ける。
「アベル君。きみは、なぜ『輪廻の理』を倒すんだい? それは、王国のため、人々のためなのかい?」
ガイアスは、真っすぐにアベルの目を見つめながら続ける。
「アベル君、この国の平和は、君の犠牲のおかげで成り立っていた。君が勇者として、自分を不幸にしてでも戦い続けることで守られてきた、偽りの平和。それが王国の姿であり、この世界のシステムだ。これからキミは、『輪廻の理』に闘いを挑む。それはつまり、太古から続くその理を変えるということだ。そして、君自身のこころに深く刻まれた、『魂の呪縛』を解くということなんだ」
ガイアスの言葉に、アベルがコクリと頷く。ガイアスがそれに応えるかのように、言葉を続ける。
「今一度問おう。君はなぜ、『輪廻の理』を倒すのかい? 理に終止符を打ち、魂の呪縛から解放されたキミは、何を望むのかい?」
アベルは右手に持つ白い魔石を握りしめ、ゆっくりと口を開く。
「僕は今まで、周りの人々を幸せにするために闘ってきました。ラドを守るため、ティナを助けるため。多分、前世でも。勇者として、人々の平和を守るため、皆の幸せを守るために戦ってきたんです」
アベルはガイアスをジッと見つめながら、言葉を続ける。
「人々を助けること、皆を幸せにすること。それが、僕の義務だと思っていました。自分を犠牲にしてでも、人々の幸せを守る。それが、僕の生き方だと、ずっと思ってました」
アベルは右手の白魔石をじっと見つめる。そして、謁見の間での出来事を思い出しながら、口を開く。
「『輪廻の理』と闘って気を失ったとき、ラドが僕の意識に入り込んできたんです。そして、ラドは僕にこう言いました。ラドは思念体で、魔王の強い願いから生まれた。僕の幸せを願う、強い想いから。ラドは、僕を守るために生まれたんです」
アベルは、白い魔石から目線を外し、ティナを、ガイアスを、みんなを見つめる。
「僕がラドの幸せを願うように、ラドも僕の幸せを願っていたんです。そのことを知った時、僕はやっとわかったんです。多分、ティナも、ガイアスさんも、バズさんもギルダさんも、アンナさんもセシリアさんも。みんな同じなんだって」
アベルの言葉に、ティナがコクっとうなずく。そして、アベルは話を続ける。
「僕が犠牲になれば、ラドが悲しむ。みんなだって悲しむ。ラドが犠牲になれば、僕が悲しむ。みんなが悲しむ。――誰かの犠牲の上に成り立つ平和なんて、本当の幸せじゃないんだ。そんな簡単なことに、僕はやっと気付きました。ラドが、ティナが、皆が教えてくれたんです。僕には、僕自身を幸せにする義務がある。そうじゃないと、ラドにも、皆にも幸せは訪れないから。――だから」
アベルが前を真っすぐに見つめながら、言葉を続ける。
「僕は、僕自身のために、自分の幸せを勝ち取るために戦います。ラドを助けたい。輪廻の理を倒して、僕とラドの呪われた運命を解き放ちたいんです。そして、転生したラドを探しだして、今度こそラドと、みんなと一緒に平和な時間を過ごしたい。それが僕の願いです。――でも、その願いをかなえるには、僕一人の力じゃ足りないんです。だから、皆の力を僕に貸してください!」
アベルが白い魔石を両手で強く握りしめながら、力強い言葉を発する。
「国のためじゃない。人々のためじゃない。僕のために、ラドのために、力を貸して欲しいんです!」
アベルが生まれて数百年。転生を繰り返し、何回も重ねてきた闘いの歴史。そのすべては、人のため、王国のための闘いだった。だが、今回は違う。アベルは生まれて初めて、自分自身の幸せを勝ち取るために戦おうとしている。
アベルの言葉に、満面の笑みを浮かべるガイアス。そして、バズが大きな声を上げる。
「よっしゃ! よく言ってくれたぜ、アベル坊!! それじゃ、チャチャっと『輪廻の理』を倒して、ラドを探しに行こうぜ!! 魔石や武器が必要なら、ジャンジャン言ってくれ! なんなら、オレがラドを転生させる魔道装置も作ってやるぜ!! お前のためなら、オレはなんだってやってやるよ!」
「さっすがバズさん!! 期待してますよぉ~!!」
パァン!! とバズとティナがハイタッチを交わす。
「もちろん、わたしもアベルと一緒に最後まで戦うわ!」
ティナがクルっとアベルに向かって振り返り、ニコッと満面の笑みを浮かべる。
「はは、それでは、開発費と研究設備については私に任せてくださいな。闘いの物資の供給もお任せください。お金なら、湯水のごとく使って頂いてかまいませんから」
ギルダがニコッと笑いながらそんな発言をする。するとバズが寄って来て、肩を組みガハハと笑いあっている。本当に二人は仲がいいようだ。
「私も、アベルさんに力添え致しますわ。あと、古文書も読み漁りましょう。きっと、ラドさんの転生に役立つ情報を発見してみせますわ」
セシリアが優しそうな笑みを浮かべている。
「わ、わたしだって、セシリア様の下で修業した身ですから! アベル君の役に立って見せます! 最後の闘いには、私も参加しますよ!」
アンナも拳を握りしめ、気合十分にそう言う。皆のやり取りを、嬉しそうな表情で見つめるアベル。ふと、後ろから誰かが近づいてくる。振り返ると、目の前にはガイアスが立っていた。
「アベル君、いや、アベル」
ガイアスが、アベルの目の前で両手を大きく開く。そしてそのまま、アベルを抱きしめる。
「僕は、君を実の息子のように誇りに思う」
ガイアスが目をつぶりながら、穏やかな表情でそう言う。
「僕は、親友のアークを呪縛から救うことが出来なかった。それが、ずっと心にひっかかっていてね。初めて君を見つけたとき、今度こそは、って思ったんだ。そして君は、君自身の力でその呪縛を解いてくれた。そのことが、本当に誇らしいんだ」
アベルを一層強く抱きしめ、ガイアスが続ける。
「おめでとう。そしてありがとう。キミは、僕の親友であり、弟子であり、そして息子だよ」
ガイアスが、師匠が泣いている。アベルも、目に涙を浮かべながら口を開く。
「師匠、ありがとうございます。僕も、あなたを父のように慕っています」
セシリアが、ティナが、みんなが自然と拍手をする。心地の良い音に包まれながら、アベルは右手に握りしめた白い石に心の中で語りかける。
(ラド。見てるかい? これが、今回僕達が築いてきた世界なんだ。皆が、僕達のために力を貸してくれる。力を失った僕達を、助けてくれる。ラドが、君がこんな素敵な世界を作ってくれたんだ。だから、今度こそ一緒に、この世界で平和に暮らそう。今度こそ、絶対だ)
その瞬間、右手に握りしめた魔石が確かに濡れたのを、アベルは感じていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回から、最終章の始まりです。
~武井からのお願いです~
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