第84話 白い光の中のラド
「アベル……アベル……」
真っ白な視界の中、誰かがアベルを呼ぶ声がする。ティナでも、セシリアでもない。初めて聞くような、でも聞き慣れたような声。奇妙な感覚だ。
アベルの目が、少しずつ白い光に慣れていく。アベルは顔を上げ、辺りを見回す。限りなく真っ白な空間。まぶしいわけではない。だが、ただただ白い。天井も、壁もない。足元も白い地面が際限なく続いている。
視界が晴れるも、周りにティナやセシリア、そして国王フレデリク達は見えない。いや、それどころか、彼らの気配すら感じられない。
アベルの目の前にいるのは、いつも見慣れたモフモフの塊り。青みがかった、フカフカでフワフワの毛。大きな青い瞳。猫のような耳に、ウサギのようなフォルム。いつものラドが、アベルを見つめていた。
「アベル……」
「ラド!? なんで、しゃべってるの!?」
アベルが驚愕の声を上げる。なぜか、ラドが喋っている。今まで、『キュウ』としか言わなかったラドが。
「アベルの意識に入り込んで、直接話してるんだ。幻獣って、思念体だから……」
ラドが少しうつむきながら、アベルの質問に答える。ラドの言葉を聞いたアベルが、怪訝な表情を浮かべる。
「思念体って、どういうこと!? 幻獣は、ラドは一体何者なの!?」
アベルは出会ったころのティナの言葉を思い出す。『幻獣の実体はこの世界には存在せず、精神生命体に近い存在』。確か、ティナはそう言っていた。
「幻獣ってね、高位魔族の強い『願い』が結晶化したものなんだ。僕は、魔王の思念体だ。先代魔王が力尽きたとき、抱いていた強い願い。その願いから生まれたのが僕だ」
ラドが思念体。衝撃の事実に、アベルは驚きの表情を浮かべる。だが、その直後、優しげな笑みを浮かべて、アベルが口を開く。
「思念体……でも、ラドはラドだ。今までずっと、一緒だった。ずっと、楽しかった。思念体だろうが何だろうが、関係ないよ。ラドは、ラドだ」
アベルの言葉に、ラドが驚きの表情を浮かべる。
「ありがとう……やっぱりアベルはアベルだね。いつも優しく、正しい。本当に、キミと友達で良かった」
ラドがニコッと笑う。
「……それで、先代魔王の願いって何だったの? ラドは、何をするために生まれたの?」
アベルが重い口を開く。聞きたいけど聞きたくない。そんな感情を押し殺し、勇気を出してラドに尋ねる。アベルはその答えを知らなければならない。なんとなく、そんな気がしたからだ。
「アベルに、幸せになって欲しかった。本当に、それだけだったんだ」
アベルが目を丸くしている。予想外の回答だ。
「ど、どういうこと!?」
先代勇者と魔王は、決闘で相打ちしたはずだ。なんで、先代魔王は自分を倒した相手の幸せを願ったんだろう?
「先代魔王と勇者もね、僕とアベルみたいな関係だったんだ」
……そう言えば、セシリアが言っていた。先代勇者アークと先代ラドは元々パーティーのメンバーだった。突如魔王化したラドにアークが戸惑いつつ、魔王討伐を成し遂げたはずだ。
「子供の頃から、とっても仲が良かったよ。いつも一緒だった。一緒に冒険して、一緒にケガして。とても楽しかった。でも、運命には抗えなかったんだ」
俯きながら、ラドが続ける。
「王都を訪れた僕は、『輪廻の理』の影響で強制的に魔王化させられたんだ。僕の意識は封じられ、気が付いたらアークたちと闘っていた。僕は死ぬ瞬間まで、闘っていた相手がアークだとは気付かなかったんだ」
アベルには、前世の記憶がない。だが、ラドの悲痛は痛いほど伝わる。ラドは涙をこぼしながら話を続ける。
「気付いたら、アークと相打ちになって、二人で死を待っていた。最後にね、アークが泣きながらこう言ったんだ。『ラド、どうしてこんなことになったんだろう。お前だけは、守りたかったのに』って」
ラドは涙を拭きながら、話を続ける。
「アークの言葉を聞いてね、僕は自分の運命を呪ったよ。そして、心の底から願ったんだ。僕がアークを守るんだ、って。僕はどうなっても良いから、アークに幸せになって欲しいって。そして気付いたら、僕は幻獣になってた」
ラドの話に、アベルの目から涙があふれる。
「幻獣になった瞬間、全部思い出したんだ。前世も、前前世も、今までのこと全部。多分、幻獣になって『輪廻の理』の影響を受けなくなったからだと思う。そして、アークは死んだ。それからは、転生したアークをずっと探してたんだ。勇者は転生するってことを知ってたからね。そして、アベルを見つけたって訳さ」
「そう、だったのか」
アベルも涙を拭き、優しい笑みを浮かべながら、ラドの目をじっと見つめる。ラドもアベルを青い目でじっと見つめながら、口を開く。
「僕は、満足なんだ。アベルの魂の呪縛は、解けたみたいだから。きっと、アベルはもう大丈夫だよ。今度こそ、幸せになれる」
魂の呪縛? ラドは、何を言っているんだろうか。
「多分、僕の本体は《理の地下神殿》・最下層にいると思う。でも、容赦する必要はないよ。あれは僕であって僕じゃないから。僕の心は、あの体にはないから」
「ラド!? 何を言ってるんだ?」
「アベル、覚えてて。僕の心は、いつも君と一緒にいる。……今まで、本当にありがとう。さよなら」
青い光を放ち、光の粒へと消えていくラド。その様子を、呆然と見つめるアベル。視界が再び、真っ白に包まれていく。
「ラド!!」
ガバッとアベルが起き上がる。辺りを見回すと、そこは謁見の間。ティナが涙を流し、セシリアは顔を伏せている。
玉座の近くにいる『輪廻の理』に目をやる。両手をなくし、胸は大きくえぐれている。ラドの攻撃で、致命的なダメージを受けているようだ。
「ラドは!?」
アベルが再び、辺りを見渡す。だが、ラドの姿は見えない。
カラン!!
アベルの手元に、何かが落ちた音がする。無意識にそれを拾い上げるアベル。その手には、白い魔石が握られていた。
「ラド……ラドーー!!」
静寂が支配する謁見の間に、アベルの叫び声が響いていた。
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