第82話 理(ことわり)を統べる者
舞台は、整った。国王自らが暴露した悪事。勇者と魔王の闘いの真実。そして、民を軽んじる国王の態度。そのすべてが今、アベル達の計略により衆目にさらされている。無数のウィンドウに映るのは、多く人々の驚きと不信に満ちた目。国中を巻き込んだ大博打は、アベル達の完勝。――そのはずだった。
アベルは何か、得体の知れない悪寒のようなものを感じている。言いようのない不安。国王を追い込んでいるようで、逆に自分たちが追い込まれているような、嫌な感覚。やはり、何かがおかしい。
「フフフ……フハハハハハ!!」
突如、国王が大きな声で笑いだす。そのとたん、アベルの悪寒が一気に強くなる。アベルは反射的に、《索敵》を発動する。やはり国王から、いや、正確には国王の背後から、敵の気配を感じる。
「キュウ!!」
ラドもただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、突如として国王に向かって飛び掛かる。一足飛びに階段を駆け上がり、あっという間に玉座に座る国王の目の前に飛び込んでいく。ラドが《アイテムボックス》を発動し、ドラゴンクローで国王フレデリクに斬りかかる。
ガキン!!
ラドの巨大なドラゴンクローが国王フレデリクに触れる直前だった。鈍い音とともに、ラドのドラゴンクローが空中に止まる。突如現れた巨大な左手がラドの攻撃を防いでいる。
いつの間にか、国王フレデリクの背後には一体の怪物がいる。まるで背後霊のように、国王フレデリクの背後にピッタリと寄り添っている。
怪物は悪魔のような姿で、右手に本を持っている。顔は人間に近い風貌だが、頭には角が2本生えており、口には牙もある。貴族風の服装に黒いローブを羽織っているものの、体の周りは黒い霧のようなもので覆われており、足元は見えず宙に浮いている。そして、背中からは黒い巨大な羽根が2本生えている。
国王フレデリクの背後にいる怪物は、左手でラドを薙ぎ払う。まるで撫でるかのような、ハエを追い払うかのような所作。まるで力を込めていないように見える一撃だが、ラドが凄まじい速度で吹き飛んでいく。あっという間に対面の壁に叩きつけられるラド。壁が大きくへこみ、ラドは床に向かってずるずると落ちていく。
アベルは怪物をキッとにらみつける。その瞬間、アベルの背筋が凍る。圧倒的な力の差。アベルは唐突に理解した。なぜ、国王フレデリクが護衛の兵士たちを躊躇なく部屋から追い出したのかを。数秒前までは、国王が高をくくっていただけだと思っていた。まさか自分が襲われはしないだろう、と。
だが、それは違った。国王が兵士たちを部屋から出した理由は、護衛など必要ないからだ。仮にアベル達に襲われても、それは国王にとって何の脅威でもない。国王の背後にいる怪物の力は、アベル達をはるかに上回っている。
「く!!」
アベルが《縮地斬》を放つ。アベルがその場で剣を振うと、瞬間移動した切っ先が怪物に襲い掛かる。完全に虚を突いた攻撃。魔剣・デュランダルの鋭い刃が、国王フレデリクの背後にいる怪物の顔面に直撃する。
ギィン!
辺りに鈍い音が響く。ノーガードで斬られたはずの顔面にはキズ一つなく、毛ほどのダメージも受けていない様子だ。アベル最強の剣技、《縮地斬》が全く歯が立たない。あっけにとられ、一瞬体が硬直するアベル。
その隙を見逃さず、怪物は左の手のひらを前方に繰り出し、掌打を放つ。アベルとの距離は10メートル以上あり、掌打が届く距離ではない。にもかかわらず、アベルの体は後方に吹き飛び、ラドの隣の壁に叩きつけられる。怪物の掌打が前方の空気を押し出し、空気の塊となってアベルに襲い掛かったためだ。
「謀ってくれたな、小虫ども! この場から生きて帰れると思うなよ!」
国王がスッと立ち上がり、アベル達を恫喝する。そして、背後の怪物は右手に持つ書物を開き、何らかの呪文を詠唱する。
ヴン!!
「「きゃ!!」」
セシリアとティナの足元に、突如紫色の魔法陣が現れる。二人は地面に膝をつき、動くことができない。どうやら、敵を行動不能にする呪文のようだ。
「どうした、もう終わりか? 勇者と魔王と言えど、この『輪廻の理』には手も足もでんようだな」
『輪廻の理』。どうやら、国王の背後にいる怪物の名前のようだ。
「それも当然。『輪廻の理』は貴様ら勇者と魔王の闘いを司ってきたシステムそのもの。いわば、貴様ら勇者と魔王の生みの親であるからな」
ということは、先代勇者・アークの時代にラドを魔王化させた元凶は、この『輪廻の理』だったということになる。どうやら、国王の裏にいるこいつが、真の黒幕のようだ。
国王がチラっとラドを見ながらボソッとつぶやく。
「いや、正確には魔王の思念体……か。まさか、幻獣として身体から分離するとはな。余に逆らうためとはいえ、味な真似を」
国王が何かしゃべっている。何を言っているのか、アベルは理解できない。
「まあよい。終わりにしよう」
国王がコツコツと階段を下りてくる。直接、アベル達にとどめをさすつもりのようだ。
アベルは辺りを見回し、戦況を分析する。アベルとラドは敵の強烈な一撃により、大きなダメージを負っている。動けないことはないが、実力差は歴然。アベルとラドのスキルでは、敵を止めることは出来ない。一方のセシリアとティナは魔法陣に捉えられ、身動きが取れない状況だ。切り札であるティナの《パワーショット》も封じられている。
どうしようもない。まさかこんなに強い敵が隠れていたなんて。残念ながら、チェックメイトだ。
アベルがあきらめかけた、その時だった。隣にいるラドが、金色に光り輝く。一度、たった一度だけ見た光景。そして、二度と見てはいけないはずの光景が、アベルの目の前に広がる。
「ラド! だめだ、それだけは、やっちゃいけない!」
アベルの声が響く。だが、ラドは金色に光り続ける。そして、現れたのは、金色に輝く獣。ラドの真の姿だ。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、ついにラドが……!