第81話 フレデリクの誤算
「認めるのですね、あなたが、魔王の誕生に関わっていると」
セシリアが念を押す。
「ああ、別に認めても構わんよ」
国王が辺りを見回しながらそう言う。
「だからどうしたと言うのだ? 『国王が魔王の誕生に関わっていた』と言いふらすか? 誰がお前たちの戯言など信じる」
フフンと得意げな表情を浮かべる国王。周りに誰もいない、密室の空間。だからこそ、何を言っても問題にならない、ということだろう。
「ええ、わたくしたちの言葉より、国王様の言葉を皆が信じるでしょうね。それは百も承知です。私たちは、真実が知りたいだけなのです。――教えてください! なぜ、歴代の勇者と魔王は、転生を繰り返しながら闘い続ける運命なのでしょうか?」
セシリアが、国王を真剣なまなざしで見つめる。一方の国王は、ふてぶてしい表情で口を開く。
「この国が、安定して王国であり続けるためだ。そのためには、敵と英雄が必要だった」
国王の言葉に、アベルは顔をしかめる。
「前回、25年前は、長らく飢饉が続いてな。政情が不安定だったから、魔王と勇者に登場願ったわけだ。今回は、お前のせいだ、セシリア」
「私のせい、とはどういうことでしょう?」
セシリアが珍しく不機嫌そうな表情を浮かべる。
「貴様は力を持ちすぎた。そこの小娘を始め、聖女候補を複数教育しておるようだな。しかも、貴様は国民からの信望も厚い。それでは困るのだよ。だから、魔王と勇者の闘いで私の求心力を回復させ、ついでに貴様も表舞台から退いてもらうつもりだ」
国王が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらそう言い放つ。つまり、セシリアを殺すと言うことだ。
「な!!」
セシリアが驚愕の表情を浮かべ、声を発する。アベルもフルフルと拳を震わせ、うつむいている。不意にバッと顔を上げ、国王をにらみつけながら叫ぶ。
「そんな! そんな、お前達の保身のためだけに、僕とラドは闘わされていたっていうのか!」
アベルの頭には、前世までの悲しい闘いの記憶はない。前世の勇者達が、どんなに悲しい気持ちで闘っていたのか、知る由もない。だが、その苦しさはアベルの魂に刻み込まれている。アベルの頬を涙がつたう。
「そうだ。それが、どうかしたか? 国民が王のために尽くすのは、当然のことではないか?」
国王フレデリクは、アベル達の怒りがまるで理解できない、といった表情を浮かべる。
「あなたは、勇者を、魔王を、そして国民達を何だと思ってるんですか!!」
セシリアが国王をキッとにらみつける。
「ただの駒だ」
国王フレデリクは、真顔で言い切る。
「今まで、何人の人間が魔王との闘いで命を落としてきたと思ってるんですか……勇者の悲しみ、魔王の痛み、そして国民の苦しみが、あなたには分からないのですか!?」
セシリアが叫ぶように声を上げる。セシリアの目にも、涙が浮かんでいる。だが、その叫びすら、国王フレデリクには伝わらないようだ。
「私に尽くすのが、貴様ら下民の幸せなのだろう? アベルとかいうそこの勇者、そして獣の魔王よ。これからも未来永劫私たち王家のために闘いを演じ続けるがいいわ! フハハハハハ!!」
国王の高らかな笑いが謁見の間に響く。アベルは生まれて初めて『反吐が出る』という感情を抱く。
「最っ低!!」「キュウ!!」
今まで黙っていたティナとラドが嫌悪の表情を浮かべながら声を発する。
その瞬間だった。謁見の間に、そこにいるはずのない人物の声が響く。
「私も同意ですな。国王様、今の発言は捨て置けませんぞ」
アベルではない、男の声。年の頃は五十程度であろうか。ダンディな声だ。
「何者だ!!」
国王が焦燥の表情を浮かべ、辺りを見回す。だが、やはり謁見の間にはアベル達以外誰もいない。入口の扉もきっちりと閉まっている。
ブン!
不意に、低い音が部屋の中に響く。すると、アベルの右隣の空間に、四角いウィンドウが突如現れる。その窓枠の中にあるのは、腕を組んだガイアスの姿だ。先ほどの声は、ガイアスの声だ。
ブン!
今度は、アベルの左隣の空間に、ウィンドウが現れる。
「わたくしも、ティナさんに同意ですな。『最低』、まさにその通りです。わたくしが商売をしているのは、国民の皆さまの平和と幸せのため。断じて国王、あなたのためではない!」
声の主は、豪商のギルダだ。普段はとても温厚な人格者であるギルダが、珍しく声に怒気を含んでいる。
国王は、ぽかんと口を開け、あっけに取られている。そして、見る見るうちに顔が青ざめ、額からは冷や汗が噴き出してくる。少しずつ、状況がつかめてきたのだろう。
「ラド、全ウィンドウ、オープンだ」
「キュウ!」
ブブブブブン!
アベル達の周りに、大量のウィンドウが現れる。修道院、街の広場、パブ、ギルド……ありとあらゆる場所の光景が映し出される。無数のウィンドウの中にあるのは、驚きと怒気を含んだ人々の顔だ。
アベル達の作戦の肝。それは、ラドの《コミュニケーション》を用いた国王とのやり取りの生中継だ。国王フレデリクの言う通り、真実を知ったところで、アベル達がそれを言いふらしても大きな効果は見込めない。何より影響が大きいのは、国王自らの言葉だ。そうであれば、自らの悪事をとことん語ってもらおう、というのが今回の作戦の概要だ。
ラドは謁見の間に入る直前に、多数の《コミュニケーション》を発動していた。ラド側のウィンドウオフ、音声出力をオフにすることで、国王に気付かれずに謁見の間でのやり取りを国中に生中継できる、という訳だ。
アベルは腰にぶら下げた魔剣・デュランダルを鞘から抜く。そして、その切っ先を国王に向け、声を張り上げる。
「国王フレデリク。見ての通り、あなたの悪事は国中に暴露された! 僕は、あなたを許さない。あなたを王国から追放する!!」
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、アベル達の真の敵が……!