第8話 黒曜の洞窟・上層
「それじゃ、進もうか」
アベルの言葉に、ティナがコクっとうなずく。ラドもトタトタと足元にすり寄ってきて、アベルの体をよじ登っていく。定位置である右肩の上までたどり着くと、「キュ!」と短い声を上げるラド。出発準備は万端! と言わんばかりだ。
黒曜の洞窟は全3階層。ダンジョンとしては浅いが、1フロアはかなり広い。道は迷路のように入り組んでおり、敵から挟み撃ちされることも多い。初心者向けのダンジョンの中では、厄介なことで有名だ。しかしアベルは、構わずズンズンと洞窟の奥へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと! そんな不用意に進んで大丈夫なの? 突然モンスターに襲われたりしたら……」
ティナが驚きの声を上げる。ニコッと笑いながらアベルは答える。
「大丈夫。僕は《索敵》持ちなんだ。このフロアには、ゴブリンが12匹、コボルトが31匹いるんだけど、半径50メートル以内にはいないよ」
――索敵。敵の位置を自在に知ることができるスキルで、ダンジョン攻略で絶大な威力を発揮する。このスキルがあるかないかで、ダンジョンの難易度が2ランクほど変わると言われている。
「索敵!? ってレアスキルじゃない! あんた幻獣使いでしょ? なんでそんな便利なスキル持ってんのよ?」
ティナが驚愕する。
「なんで……って言われても。もともと補助系のスキルは得意なんだ。索敵くらい大したことないよ」
アベルが事も無げに言う。ティナは頭が痛いといった様子で、右手で眉間を押さえている。ティナの反応も当然だ。マンチェストル支部のギルド内で索敵を使える冒険者は3名しかいないのだから。
「もういいわ。あなたが規格外って事はよく分かったわよ。じゃ、行きましょうか」
少し投げやりにティナが言う。アベル達は敵に遭うこともなく、黒曜の洞窟地下1階をドンドン進んでいく。
15分ほど歩いたところで、アベルが急に足を止める。
「コボルトだね……13匹。30mほど先の階段前に居座ってる」
今まで、アベルの索敵スキルのお陰で戦闘を回避してきたが、今回はそうはいかないようだ。
「どうするの? コボルトだし、苦戦はしないと思うけど」
ティナの言葉に、アベルはうなずく。コボルトは大して強い敵ではない。正面突破で問題ない相手だ。
「ああ。ラドもいるし、問題ないかな。僕とラドが先行するから、援護をお願い」
「分かったわ。《プロテクション》」
アベルの言葉に、すかさずティナがプロテクションを詠唱する。アベルとラドの体が黄色い光に包まれる。
「……すごいね。同時に二人にプロテクションをかけるなんて」
ティナの魔法に、アベルが驚く。プロテクションを詠唱可能なヒーラーは多いが、同時に複数詠唱できる者はそういない。
「そう? 本気になれば、100人くらい同時にかけられるけど。あと、プロテクションは2つ重ね掛けしといたわよ。相手はコボルトだし、十分でしょ?」
「へ!?」
アベルがさらに驚く。プロテクション100人がけなんて、聞いたことがない。いや、それより、重ね掛けってなんだ? 効果が2重に発揮されるってことだろうか? もちろん、防御魔法の重ね掛けなんて聞いたこともない。アベルがあっけに取られていると、ティナが不満顔で話し出す。
「なによ。2つじゃ足りない? もう一つかけとく?」
「いやいや、十分でございます」
ティナの不服そうな言葉に、アベルがなぜか敬語で答える。どうやら、《聖女》の性能は伊達ではないようだ。
「ラド、行くよ!」
「キュウ!!」
アベルとラドが勢いよく飛び出す。コボルトたちとの距離をぐっと縮め、あっという間に間合いに入る。アベルが腰からブロンズソードを抜く。ヒュヒュヒュンっと3回コンパクトに剣を振りぬくと、3体のコボルトがあっという間に地面に崩れ落ちる。
剣を振り終えたアベルの、一瞬の硬直。コボルト達はその隙を見逃さなかった。残り10体のコボルトが、一斉にアベルに襲い掛かる。だが、アベルに慌てる様子は微塵も見られない。
「ラド!!《威圧》だ!」
「キュワーー!!!」
洞窟内に響く、遠吠えのような甲高い鳴き声。どこかかわいらしい咆哮だが、威力は抜群だ。コボルト達はピタッと攻撃をやめ、ラドを見ながら小刻みに震えている。
すかさず、アベルの剣撃がコボルト達を襲う。踊るような軽やかな動きからの5連撃。コボルト達がなすすべもなく斬られていく。
ラドも俊敏な動きでコボルトに近づくや否や、爪や牙でコボルト達を瞬く間に仕留めていく。13体もいたはずのコボルトはものの数秒で全員が地面にひれ伏してしまう。彼らの体がボウッと青く光り、光の粒となって消えていく。
「な、なな何なの今の!? 敵が、急に動かなくなったんですけど?」
ティナがひどく動揺している。どうやら、ラドの《威圧》に驚いているようだ。
「ああ、あれはラドのスキル《威圧》だよ。ラドは敵を委縮させて、敵の動きを止めることが出来るんだ。あと、ラドは《牽制》ってスキルも持っていて、雑魚モンスターが襲ってこなくすることもできるよ。今回は肩慣らしのために使わなかったけど」
アベルの回答に、ティナははぁっとため息をつく。
「もういいわ。あなた達がバケモノだってことはよく分かったわよ。じゃ、地下2階に行きましょうか」
やれやれと言った表情を浮かべているティナ。一方のアベルは、『それはこっちのセリフだよ』と心の中でつぶやいていた。
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次回、ティナのさらなるチートぶりが明らかに?