第76話 セシリア、先代勇者アークと魔王について語る
「それでは、まずは先代勇者・アークと魔王についてお話ししましょうか」
セシリアは曇り空を見上げながら、懐かしそうな、それでいて悲しそうな表情を浮かべる。
「二人は、何か特別な関係だったみたいなんです」
セシリアの言葉に、アベルは首をかしげる。勇者と魔王が特別な関係? それは、どういうことだろうか。
「最初に違和感を感じたのは、初めて私たちが魔王と対峙した時のことでした。アークは、はっきりこう言ったんです。『ラド! お前、どうしてこんなところにいるんだ!?』って」
先代勇者と魔王が知り合いだった? それに、『ラド』の名前を先代勇者が口にしたのも解せない。2つの疑問がアベルの頭を駆け巡る。
「アークは、かなり取り乱した様子でした。その場はいったん退却して、アークが落ち着くのを待ちました。そして、アークは『ラド』について語り始めました」
アベルは、隣にいるラドに目をやる。何か、懐かしそうな、悲しそうな目だ。
「アークはこう言いました。『ラドは、子供の頃に友達になった動物だ。冒険に出た後もずっと一緒だった。事件が起きたのは、セシリアたちに出会う前、王都に行った時だ。ラドが急に行方不明になってしまったんだ。それ以来、ずっと行方が分からなかったのに……さっき見た魔王は、ラドに間違いない。風貌は変わってしまっているが、僕には分かるんだ。なんで、ラドが魔王に……』悲し気なアークの顔。私は今でも忘れられません」
セシリアの言葉に、アベルは絶句する。ティナも口元を手で押さえ、衝撃を受けている様子だ。――先代勇者アークと魔王の関係は、アベルとラドの関係ととても良く似ているからだ。そう言えば、王都に着いた時のラドは、様子が変だった。一歩間違えば、アベルとラドも、戦う運命になってしまっていたのだろうか。
「その後、アークは魔王を滅ぼすべきか、とても悩んでいました。なんで闘わないといけないんだろう、って。ですが、魔王と闘わないという選択肢は私たちにはありませんでした。王国からの強い圧力もありましたし、人々の平和を勝ち取らなければいけませんでした」
セシリアが悲しそうな目を浮かべつつ、話を続ける。
「そして、最後の決戦の時。魔王のいる部屋の前に私たちを残し、彼は一人で決闘へと赴きました。2人が戦う音が響くなか、私たちは何をすることも出来ませんでした。2時間程すると、部屋の中から音が一切が聞こえなくなりました。『決着がついたんだ……』私はそう思い、二人が戦っていた扉を開きました。その時、目に飛び込んできたのは――」
セシリアが小刻みに震えている。ひと呼吸おき、話を続ける。
「――その時、私が見たのは、アークと魔王が倒れている姿でした。私が急いで二人に近づくと、二人はすでに事切れていました。二人は、とても悲しそうな顔で、お互いを守りあうように抱き合っていました。……今でも、あの光景は忘れることができません」
セシリアの目から、大きな涙がこぼれる。
「セシリアさん……」
アベルが、なんとも言えない表情を浮かべる。前世のアベルとラドにそんな因縁があったとしても、今のアベルにはその記憶がない。前世の自分たちに涙を流してくれるセシリア。そして、その感情を共有できない自分。アベルは、複雑な感情を抱えていた。
セシリアが涙をぬぐい、話を続ける。
「勇者とは、魔王とは何なのか。二人の最期に衝撃を受けた私は、闘いが終わった後もその答えを探し続けました。私が大聖女として、国の権力に関わり続けたのもそれが理由です。国の中枢にいれば、様々な情報が入ってきますから」
確かに、アークと魔王が抱き合う様にして最期を迎えたのは妙だ。アークと魔王が知り合いだったというのも、あまりに出来すぎた悲劇だ。その裏に何かの意図を感じるのは自然な発想だ。
「そして、私はグリニッド海底遺跡の存在を突き止めました。『戦いの記録』を収めた遺跡と言う噂。そこに、かつてアークと共に戦った、ガイアスと共に向かいました」
「ガ、ってまさか、《幻惑の剣士》・ガイアスですか?」
「はい、そうですよ」
「な! 師匠は、そんなこと、一言も……」
「ああ、そう言えば彼が勇者パーティーの一員だったのは、あまり有名ではなかったかも知れませんね。彼がパーティーに入ったのは冒険も終盤でしたので」
驚愕の事実だ。だが、ある意味、納得だ。ガイアスのアベルへの接し方に関しては、いくつか不自然な点があった。なぜ、アベルに目をかけていたのか? なぜ、アベルを《魔剣士》だと見抜くことができたのか? 今までの疑問点がようやく腑に落ちる。
「《グリニッド海底遺跡》には、私たちも行きました。ということは、お母様も見たんですね、あの記録室を……」
「あら、あなた達も記録室に入ったんですね。それでは、あの映像は見ましたね。文書は読みましたか?」
どうやら、セシリアも記録室に入ったことがあるようだ。――ということは、マップに記録室の存在がなかったのは、わざと書かなかったからと言うことだ。恐らく、記録室の存在が第三者の目に触れることを警戒してのことだろう。それほど、危険な情報ということだ。
「残念ながら、文書は暗号化されていて読めませんでした」
アベルの言葉に、ニマッと口元を緩めながらセシリアが話を続ける。
「ええ、そうなんです。暗号化されているんです。それほど、秘匿したい情報ってことですよね。そんなの、気になるじゃないですか。――なので、解読しちゃいました」
「へ?」
ティナが変な声を上げる。それも無理はない。古代文字で書かれた暗号文書を解読するなんて、並みの芸当ではないからだ。
「苦労したんですよぉ! 解読まで10年もかかっちゃいましたから! でも、その分とんでもないことが分かったんです」
セシリアが、思わせぶりな態度で言葉を続ける。アベルはゴクっと唾を飲み、話の続きに耳を傾けるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
なぜ、アベルとラドには前世があるのか? その理由が、次回明らかに!