第75話 語られる真実、アベルとラドの正体
「なるほどねぇ……事情は分かったわ」
セシリアが顎に手を当てながら考え込む。やはり親子だ。しぐさがティナとよく似ている。そんなことを考えながら、アベルはセシリアの言葉に耳を傾ける。
「ねえ、お母様。なんで神殿が封印されたのか、心当たりはある?」
ティナが口を開くと、セシリアはこくっと大きく頷く。
「ええ。心当たりはあるわ。と言うか、多分間違いないわね」
「もしかして、首謀者は国王もしくはその側近、じゃないでしょうか?」
アベルの発言に、ティナとセシリアが目を丸くする。ティナは『まさか国王が?』という反応、セシリアは『良く分かったわね』と言う反応に見える。
「あら。勘が鋭いわね。ご名答。私を神殿ごと封印した首謀者は、国王だと思っているわ」
「やっぱり……」
アベルが腕を組みながら、小さくつぶやく。――謁見の場での一件が、アベルの心にずっと引っかかっていた。国王はなぜ、アベル達に『真実の鏡に何が映ったか』と尋ねたのだろうか? ミラージュの塔はセシリアの私有地のはずなのに、なぜ真実の鏡があることを知っているのか? これではまるで、セシリアの手紙の内容を知っているかのような口ぶりだ。それ以来、アベルはずっと、セシリア失踪事件に国王が絡んでいるのではないかと疑っていた。王都のギルドに黙ってグリニッド海底遺跡を探索したのも、それが理由だ。
「セシリアさん、教えてください。真実の鏡とは、何なのですか? そして、僕とラド、幻獣使いと幻獣とは、何者なんですか?」
アベルが切羽詰まった表情でセシリアを問い詰める。アベルの脳裏には、グリニッド海底遺跡で見た映像が浮かぶ。アベルに似た赤髪の甲冑男と真の姿のラドに似た魔獣との決闘シーン。そして、ミラージュの塔で鏡に映った二人の姿。ラドは、自分は何者なのか。アベルはどうしても知りたかった。
「そうねぇ……長くなりそうだし、お茶でも飲みながらお話しましょっか♪」
セシリアの呑気な発言に、アベルはあっけにとられる。一方のセシリアは、そのまま鼻唄を謳いながら部屋を出ていき、キッチンに向かっていったようだ。はあ、と脳天を手のひらで押さえているティナ。……そう言えば、ティナはセシリアのことを『お茶目な性格』と言っていた気がする。セシリアは
ティナの話通りの性格のようだ。
◇◆◇◆
どうやら、神殿の2階部分は居住スペースになっているようだ。寝室は10ほどあり、バスルームもキッチンも完備されている。
アベル達は今、眺めの良いカフェスペースにいる。目の前には、白いティーカップ。セシリアがコポコポと紅茶を注いでいく。アベルはティーカップを口に運び、紅茶を口に含む。その瞬間、口中に紅茶のいい香りが広がっていく。こだわりの茶葉を使っているのだろう、とてもおいしい。
「それじゃ、そろそろお話を始めましょうかね」
セシリアがティーカップをソーサーに戻し、語り始める。アベルの手が少し震える。ちらっとラドに目をやるアベル。ラドは、思いのほか落ち着いた表情。目を瞑り、平然とした様子でセシリアの話を聞いている。
「まずは、真実の鏡についてお話しましょう。真実の鏡とは、その人の魂の本性を映し出すもの。言い換えれば、前世の姿を映し出す――つまり、通常は、人を映しても何も映らない。それが、真実の鏡です」
「え……」
ティナが絶句する。アベルも、動揺で頭に血が上るのを感じる。言いようのない不安感。数秒後、自らを落ち着けて、アベルが口を開く。
「なるほど。ティナの姿は、真実の鏡に映らなかった。それはつまり、ティナには前世が無い、ということですね。一方――」
アベルが一度、ふうっと息を吐き、言葉を続ける。
「僕とラドは姿が映った。僕の前世は、赤髪の甲冑姿の男。そして、ラドの前世は、金色の獣」
「その通りです。そして、鏡に映ったのは、この絵の姿で間違いないですね?」
セシリアはそう言うと、ティナに合図をする。ティナは2枚の絵を取り出し、アベル達に見せる。それは、セシリアの手紙に同封されていたもの。ミラージュの塔最上階でアベル達に見せてくれた絵だ。
「はい、お母様。鏡の中に映っていた二人は、この絵とそっくりでした」
ティナの言葉に、ふうっと小さく息をつくセシリア。そして、強い口調で言い切る。
「それでは、アベルさんの前世は先代勇者様。ラドさんの前世は魔王で間違いありません。私は先代勇者様と旅をし、魔王と戦いましたから。間違えるはずがありません」
「やっぱり、そうなんですね」
アベルの小さな声が響く。――正直、予想はしていた。真実の鏡に映った甲冑男は、先代勇者の剣・デュランダルを持っていた。さらに、グリニッド海底遺跡で見た映像のタイトルは『第12回・最終決戦の記録』だった。普通に考えて、勇者と魔王の決闘という意味だろう。これらの情報からは、アベル=勇者、ラド=魔王という図式が自然と推察される。
「1つ、質問に答えてください。なぜ、ティナに幻獣と幻獣使いを探すよう、手紙で指示したんですか?」
「それはもちろん、勇者様と魔王を探し当てるためです」
セシリアの答えは予想通りだ。そして、だからこそ2つの疑問がアベルの頭に浮かぶ。この返答は、やはり何かおかしいのだ。
「それは、どういうことでしょう。なぜ、あなたは勇者と魔王が幻獣使いと幻獣に生まれ変わったことを知っていたんですか?」
ティナへの手紙には、幻獣使いと幻獣を探して、真実の鏡に映すよう指示していた。そして、その姿が先代勇者と魔王であることをセシリアは予想していた。つまり、幻獣使いの前世が勇者で、幻獣の前世が魔王であることをセシリアは知っていたということになる。
「あら、なかなかするどいですわね」
セシリアが紅茶をすすりながら答える。アベルはさらに畳みかける。
「そもそも、なぜあなたは僕とラドを探していたのですか? そしてその最中、あなたは神殿ごと封印されてしまった。しかもその首謀者は、国王自身だという。――この国で、今何が起こっているのですか?」
セシリアが顎に手を当て、渋い顔をする。そして、ふうっと軽く息を吐いた後、優しげな表情に戻り言葉を発する。
「そうですね。やはり、全部お話ししないといけませんよね」
セシリアはゆっくりと立ち上がり、窓の外の曇り空を見つめながらそう言うのであった。
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アベルとラドの真実とは!?