第72話 『第12回・最終決戦の記録』
第二階層の最奥にある、謎の隠し部屋。いや、部屋というにはあまりに巨大な空間だ。足元はガラス張りになっており、その下には巨大な魔道機械がゴウンゴウンという音を立てて唸っている。部屋の正面奥には大きな魔道具が設置されている。魔道具は巨大な机の形状をしており、複数の椅子がその前に置かれている。机上にはたくさんのボタンや計器類が配置されている。どうやら、機械を操作するための装置のようだ。
机上方の壁際には大きなガラス状の板が設置されている。高さ5メートル、幅8メートルはあろうかという巨大なパネル。その画面には、文字や図形が映し出されている。
「データベース・システム? どうやら、何かの情報を記録するシステムのようだ」
入り口付近にいるアベルが、対面の壁際に設置されたパネルを見つめ、映し出された文字を読み上げる。ティナはアベルたちから離れ、きょろきょろと辺りを伺いながら、部屋の奥にある机のような魔道具へと近づいていく。
「何か、光ってるわよ!」
ティナの声を聴くや否や、アベルが小走りでティナの元に近づいていく。魔道具はパネル状の器具になっており、ボタンが緑色に光っている。何かのスイッチだろうか。アベルは恐る恐る、そのスイッチに触れる。
ヴン!!
鈍い音とともに、目の前の巨大なパネルに動く絵が映し出される。
「な、ナニこれ!? まるでラドの《コミュニケーション》みたい……」
「何かの映像みたいだね。《コミュニケーション》と違って、昔の映像を記録する魔道具みたいだ。確か《レコード》って言う名前だった気がする」
アベル達は、目の前に映し出された映像に見入る。一匹のモンスターと一人の男の闘いを記録した映像のようだ。そしてアベルは、驚愕の事実に気づく。
「こ、これ!! 変身したラドの姿じゃないか!?」
目の前に映る、体長3メートルほどの金色に輝く獣。頭からは太く曲がった角が二つ、背中には大きな白色の翼が生えている。Sランクダンジョン《理の地下神殿》で見たラドにそっくりだ。
「……そう、みたいね」
ティナが腕を組み、渋い表情を浮かべながらつぶやく。
「キュウ……」
一方のラドは、少し悲しそうに目を伏せながら、映像を見ている。
「ねえ、金色の獣と戦っている男、《真実の鏡》に映ったアベルじゃない?」
ティナがボソッと低い声を発する。アベルは目の前の映像を食い入るように見つめる。少し赤みがかった髪の毛、銀色の甲冑。何より、手に持つ剣は、魔剣・デュランダル。真実の鏡に映った男そのままの風貌だ。いや、それだけじゃない。
「僕に……似てる?」
アベルの言葉に、ティナがコクっとうなずく。真実の鏡では、甲冑男の顔は暗くてよく見えなかったが、目の前の映像には顔がはっきり映っている。男はアベルよりも年上の風貌だが、その顔つきはどことなくアベルの面影がある。
映像の中で、赤髪の甲冑男が剣を振るう。すると、その切っ先が斬撃となり、金色の獣に向かってとんでいく。真実の鏡の中で、甲冑男が見せたわざと同じ。やはり、同一人物なのだろうか。
何より気になるのが、アベル似のその男の表情が悲壮感にあふれていることだ。とても悲しそうで、苦しんでいる顔。戦いたくないが、仕方なく戦っている。そんな風に見える。
アベル似の男が、相手に接近し、渾身の一撃を放つ。それに応じる金色の獣。お互いの剣と爪がぶつかり合う。
キィン!!
甲高い音が鳴る。その直後、両者から血しぶきが噴き出す。地面に倒れ込む男と獣。相打ちだ。
男の表情は悲しみで溢れている。地面をはいずりながら、傷ついた金色の獣に近づき、優しく抱きしめる。サラサラの毛を撫で、顔を抱きしめながら、大粒の涙を流す男。そして、金色の獣に向かって、呟くようにやさしく、何かの言葉を発していた。
その直後、映像がプツン、と途絶える。
「なんだ、これは!? 僕達は何の映像を見せられてるんだ!?」
アベルが机をドンと叩きながら大きな声を上げる。映像に映った、ラドとアベルに似た者たちの闘い。動揺するのも無理はない。
「キュウ……」
ラドが小さい声で鳴きながら、机の上によじ登る。そして、机の右端の魔道具の近くに向かい、緑色に光る小さなパネルの近くを前足で指し示す。
「何かの、文字があるわ。――アベル、読んでくれる?」
「――『第12回・最終決戦の記録』って書いてある。この映像のタイトル?」
アベルが、少し落ち着きを取り戻し、小さな声で呟く。真実の鏡とは何なのか? なぜ、鏡に映った二人が映像に映し出されているのか? 『最終決戦』とは? 様々な疑問がアベルの頭の中を渦巻く。だが、その答えは分からない。情報が足りない。
アベルは、何か情報が得られないかと思い、机上のボタンを押して巨大な魔道具の操作を試みる。ボタンを操作するたびに、パネルの絵や文字が切り替わる。
「記録文書!? これだ!!」
アベルが『記録文書』と書かれた項目を選択すると、パネルに大量の文書が映し出される。だが、文字は読めるものの、内容がさっぱり分からない。どうやら、文書自体が暗号化されているようだ。何か、とても大事な情報を記述した文書なのだろうか。
「だめだ。何が書いてあるかすら、見当がつかない」
アベルが首を横に振り、下を向きながら言葉を発する。
「お母様に会って、聞いてみましょう。何か知っているかもしれない」
ティナの提案に、アベルが頷く。机の上で、ラドもコクコクと首を縦に振っている。
「そうだね。セシリア様は、僕とラドを連れてくるように、ってティナへの手紙に書いてたもんね。――僕達二人に、何か話したいことがあるのかもしれない」
アベルの声は、ほんの少しだけ震えていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、大聖女セシリアの下へ……