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第60話 ゲイル、つかの間の帰郷で身の程を知る

今回のお話は、ゲイルの一人称です。


 オレは今、故郷の村・ヨークにいる。オレがSランクにまで育てた《蒼の集い》はあえなく解散。メンバーは散り散りになってしまった。まさか、アベル一人がいなくなるだけでこんなことになるなんて。


 オレは『今から大きな功績を立てれば、裁判で無罪になる。ことわりの地下神殿を攻略しよう』ってみんなに言ったんだ。だが、メンバーの心は完全に折れていた。『アベルが居ないと、そんなことできるわけない』、なんて言いだしやがった。そのままケンカ別れして、裁判まで各自自由行動になっちまった。


 オレが故郷に帰ってきたのは、少し疲れたからだ。いままでずっと冒険者として頑張ってきたんだ。少しくらい休んだってバチは当たらないだろう。


 それに、裁判だって何とかなるさ。アベルに絶縁を言い渡された時は焦ったが、今までだって何度もピンチを乗り越えてきたんだ。今回も何とかなる。何せ、オレは英雄・ゲイル様だからな。


 それにしても、久しぶりの故郷は何も変わらない。舗装されていない道には、街灯すらない。周りは小麦畑だらけ。古びた民家は木造で、何の飾り気もない。マンチェストルのきれいな街並みとは雲泥の差だな。


「あれ!? お前さん、ゲイルじゃないか?」


 ふと、後ろから声をかけられる。振り返って顔を見ると、声の主は隣の家のゲンさんだった。懐かしいな。アベルと一緒に遊んでた時、よく声をかけてくれたな。いつもオレのことを心配してくれていた、いいおじさんだ。


「あれ? アベルの奴は一緒じゃないのか?」


 アベル? なんでいきなりアイツの名前が出るんだ? まずはオレとの再会を喜べよ。


「アベルは今、マンチェストルだ。俺だけちょっと足を伸ばして村に帰ってきたんだ」


 嘘じゃない。まさか『アイツを殺そうとして、ケンカ別れした』なんて言えるわけないしな。


「そうか。お前がいたから、アベルの顔も見れるかと思ったんだけどな」


 露骨に残念そうな顔をするんじゃねぇ。いっつもこうだ。村のみんなはアベルアベルって、なんでアイツばかりを気にする。段々イライラしてきた。


 そうだった。この居心地の悪さが嫌で、オレは村を飛び出したんだった。ゲンさんと別れた後も、声をかけてくる奴らはみんなアベルのことを聞いてくる。なんなんだ。今や、オレは()()ゲイル様だぞ。


「じいちゃん。ただいま」


 オレは実家のドアを開け、椅子に座ってくつろいでいたじいちゃんに声をかける。オレの両親は病で他界しており、オレの肉親はじいちゃんだけだ。


「おお。おかえり、ゲイル。突然でびっくりしたぞ」


 オレに気づいたじいちゃんはにっこりと笑いながらそう言う。びっくりしたと言いながら、嬉しそうだ。


「で、どうだ。最近は。仲間とはうまくやってるか?」


「ま、まあな。ボチボチやってるよ」

 

「今日はアベルは一緒じゃないのか? 孫が世話になってるからな。お礼の一つでも言わんとな」


 また、アベルだ。じいちゃんまで。アイツがどれほどのものだって言うんだ。


「今でもはっきりと覚えとるよ。お前とアベルが魔物化した猪を退治したことがあったろ」


 忘れもしない、15の頃だ。村の近くでC級モンスターのギガント・ボアが現れたことがある。村に負傷者が出て、大騒ぎだった。冒険者にあこがれていた俺は、ブロンズソード一本を持って森に出向き、サクッとギガント・ボアを倒したって訳だ。そう言えば、アベルがチョロチョロ付いてきて邪魔だったな。まあ、俺の初めての英雄譚というやつだ。村の皆の驚き、尊敬する眼差し、あれは気持ちよかったぜ。


「そんなこともあったな。俺の剣で一刀両断だったぜ」


「はは、当時もお前はそんなこと言ってたな。だが、村の皆は知っとるよ。あれは全部、アベルのおかげなんじゃろ?」


 は? 全部アベルのおかげ? そんなわけないだろ。


「二人が猪を倒しに村を出ていった後、お前らが心配で、村の若い衆と一緒にお前らの後をつけていったんじゃよ。そしたら、アベルが魔法を唱えた瞬間、お前の動きがとんでもなく速くなって、びっくりしたんじゃよ。ありゃ、相当高度な補助呪文じゃな。素人のわしにも分かったよ」


 確かに、アベルと別れた後は俺も調子が悪い。アイツの補助呪文が凄いのは認める。だが、それも俺の英雄としての実力があってこそだ。凄いのはオレ。そしてオレの引き立て役としてアベルが必要なだけのはずだ。

 

「だから、お前が冒険者になるって言いだした時は、えらく心配したもんじゃ。アベルが付いていってくれることになって、ホッと胸をなでおろしたがね。ああいう友達は、大切にするんじゃよ」


 あくまで、じいちゃんはすごいのはアベルだと言い張るつもりなのか。クソ、イライラする。俺は英雄だぞ。


バタン!!


 急に、家の扉が開く。振り返ると、息を切らしたゲンさんが立っていた。


「おい! ゲイル! ギガント・ボアが現れたんだ! お前、冒険者なんだろ!? 追い払ってくれないか?」


 チャンスだ! 俺の実力を、村の皆にもう一度見せつけてやる。


「分かった。どこに行けばいい?」


「村の入り口だ! 頼んだぞ、ゲイル!」


 俺は愛剣を携え、村の入り口へと駆けていく。「アベルが居なくて大丈夫か!?」というじいちゃんの声が聞こえる。クソ。見てろよ。世界の主役はオレだということを分からせてやる。


ボォオオオオオ!!!


 村の入り口で、ギガント・ボアが間抜け面して吠えている。今にも村に襲い掛かりそうだ。俺はヤツの目の前に立ちふさがり、剣を構える。5年前よりさらに強くなった俺の剣を見せてやる。


ザン!!


 俺の剣がギガント・ボアの大きな胴体を斬りつける。あれ? なにかがおかしい。ギガント・ボアなんて、俺の一撃で血しぶきを上げて倒れるはずなのに、奴は平然としている。よし、もう一度だ!


ザン!!


 やはり、ダメだ! 俺の剣が、分厚いやつの皮膚を通らない。なんでだ? まさか、アベルの補助魔法なしだと、ギガント・ボアにすら俺は勝てないのか!?


ボォオオオオ!!!


「ぐわ!!」


 ギガント・ボアの突進に、俺は吹っ飛ばされる。ヤバい、利き腕をやられた。これじゃあ剣を振れない。


「ひ!!」


 ギガント・ボアの鋭い目つき。俺に狙いを定め、もう一度突進すべく足場を固めている。ダメだ。やられる!!


ヒュンヒュンヒュン!!


 突然、ギガント・ボアに向けて火矢が飛んでくる。火に恐れをなしたのか、ギガント・ボアの目には怯えの色が見える。さらに、火炎瓶が投げつけられる。目の前が一気に火の海となり、火に怯えたギガント・ボアが去っていく。何とか、助かったようだ。


 背後を振り返ると、村の若者とじいちゃんが立っていた。どうやら、俺は彼らに助けられたらしい。


「ゲン! ばかもんが! ゲイル一人でギガント・ボアに立ち向かわせるなんて危険すぎるわ!」


「すまん。ゲイルも冒険者として腕を上げたって聞いたから……」


 じいちゃんがゲンさんを怒鳴りつけているようだが、何も耳に入ってこない。俺は、こんなに弱かったのか? 5年前に一蹴したはずのギガント・ボアに全く歯が立たないなんて。英雄の俺が、村の一般人に助けられるなんて。アベルがいないと、俺は何も出来ないのか?


 俺は、全速力で村の外へ駆け出す。恥ずかしい。悔しい。


 世界は、俺を中心に回っていると思っていた。アベルは俺の引き立て役で、俺は英雄。主人公は俺で、アベルは脇役。そう思っていた。そう思いたかった。


 今日、俺は現実を思い知らされた。アベルのいない俺は、村の一つも救えないほどに弱い。挙句の果てに、村人に助けられる始末だ。


 俺は、ずっとアベルに嫉妬していたのかも知れない。アイツが主役で、俺はただのわき役。アイツをいたぶることで、俺はその事実から目をそらしていたんじゃないか? 凄い力を持つアイツを迫害することで、俺は自分の力を誇示したかったんじゃないか?

 

 じいちゃんの、『ああいう友達は大切にしろよ』という言葉が頭に響く。もう遅い。俺は、自分の傲慢さ、嫉妬心のせいで、アイツを失ってしまった。


 これから、俺はどうすればいいんだろう。答えは出ない。だが、裁判の日は、3日後に迫っている。


お読みいただき、ありがとうございます。

次回、裁判前夜です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] この手の展開でキチンと裁判まで行く話は初めて見るかも。 [一言] 劣等感に関しては思う所が無いわけじゃないけど、 それとアベルを殺そうとしたことは別だからな。 アベルとラドが無事だったのは…
[気になる点] 途中、ギガント・ボアが「ワイルドボア」になっている箇所があります。
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