第59話 ティナの事情、そして目的
「大丈夫!? 急に鏡に吸い込まれちゃったから、心配したわよ!」
ティナがアベルの両肩を掴みながら、安堵した表情で語り掛ける。
「うん、もう大丈夫。幻覚を見せられてたみたいなんだ。敵は倒したよ。」
「幻覚?」
ティナが不思議そうな顔で聞いてくる。
「甲冑姿の男と金色の獣が鏡に映ってたでしょ? あいつらと戦ってたんだ」
ティナが顎に手を当てて、押し黙る。しばらく考え込んだ後、口を開く。
「あの金色の獣って、もしかして……」
「うん。ラドの『真の姿』そのままだった。Sランクダンジョン《理の地下神殿》で見た……」
「やっぱり。《真実の鏡》は正しく動いていた。ということは……」
ティナが、再び考え込んでしまう。沈黙が辺りを包む。
「ティナ、そろそろ話してくれない?」
アベルの言葉に、ティナがコクっと頷く。
「ええ、全部話すわ。もともと、ミラージュの塔を攻略し終えたら話すつもりだったし」
真っすぐにアベルを見つめるティナ。真剣なまなざし。どうやら、とても重要な話のようだ。
「――この塔は、お母様の別荘なの。子供のころから、聖女の修行のためによくここで寝泊まりしていたわ。だから、この塔についてはよく知ってるの。地下に剣があったことを知ってたのも、それが理由よ」
「確か、この塔の所有者って――」
「大聖女・セシリア。私のお母様よ」
アベルは特に表情を変えずに、ティナの話に聞き入っている。正直、ここまでは予想通りだ。
「あら!? あまり驚かないのね」
「まあね。聖女なんてそうそういるもんじゃないからね。なんとなく大聖女様の血縁なんだろうなって。この塔に来てからティナの様子が変だったしね。そのぐらいは気づくさ」
アベルは少し得意げにそう言う。
「あら。じゃあ、あなたとの出会いが偶然じゃなかったってことも? わたしがあなたをずっと探してたってことも知ってた?」
「え”」
アベルが間の抜けた声を上げる。そんなこと、想像だにしていなかった。ラドもぽかんと口を開け、呆然とした表情をしている。
「あら、流石にこれは気づかなかったのね」
今度はティナがフフンと得意げな表情を浮かべる。――言われてみれば、ティナとの出会いは少し不自然だった。攻撃役のメンバーも連れず、松明も持たずに一人で黒曜の洞窟に向かうなんてどう考えてもおかしい。それに、一目見ただけでラドを幻獣と見抜いていた。今にして思えば、予め知っていたと考えるのが自然だ。
「なんで偶然を装って僕とラドに近づいたの? 悪意があったわけじゃないのは分かるんだけど……」
素朴な疑問だ。なぜ、アベルを探していたことを隠す必要があったのか。その理由がアベルには思いつかない。
「説明、できなかったの」
そう言いながら、ティナは懐から一枚の紙切れを取り出す。何かの手紙のようだ。
「これは、お母さまからの手紙。3か月前に私のもとに届いたの。読んでみてくれる?」
手紙の内容に、アベルは驚く。手紙の主旨は3点だ。
1.幻獣と幻獣使いを探すこと。
2.彼らを連れてミラージュの塔に行き、彼らが本物かどうか確かめること。《真実の鏡》に姿を映せば、本物かどうかが分かるはず。
3.幻獣と幻獣使いを見つけたら、セシリアのもとに連れてくること。
要約すると、これだけだ。なぜ幻獣を探すのか、探してどうするのか。目的も理由も、何も書かれていない。
「こ、これはまた、凄まじい手紙だね。確かに、こんな内容じゃあ、僕達に説明できないね」
アベルが心底同情した様子でそう言う。理由も目的も書かれていない、こんな手紙を初対面のアベルに見せても、警戒されるだけだ。説明などできるはずもない。
「というか、よくこの内容で幻獣と幻獣使いを探す気になったね」
いくら母親からの手紙とは言え、理由も目的も分からない指示になぜティナが従おうと思ったのか。アベルは疑問を口にする。すると、硬い表情を崩さないまま、ティナがアベルの疑問に答える。
「わたしも、最初は本気にしてなかったわよ。お母様ってちょっと茶目っ気があるから、いたずらか何かかなって思ってたわ。……お母様と連絡がつかなくなるまではね」
「どういうこと!?」
「手紙を受け取った直後、お母様が行方不明になったの。それと同時に、《真実の鏡》が置いてあるミラージュの塔が突如ダンジョン化した……何かあるって思うのが普通じゃない?」
アベルが腕を組み、考え込む。幻獣使いを探すよう指示した大聖女が行方不明になり、幻獣使いを見つけるのに必要なアイテムの保管場所がダンジョン化したわけだ。幻獣使いを見つけさせまいとする意志を感じるのが自然だ。
「それに、やっぱりお母様の手紙は正しかったわ。手紙には2枚の絵が同封されていたの」
ティナは、絵が描かれた紙を2枚、アベルに見せる。それを見たアベルは目を見開く。1枚の絵には、甲冑を着た赤髪の青年が、もう一枚の絵には金色に輝く獣の絵が描かれている。――真実の鏡に映し出されたアベルとラドの姿に瓜二つだ。セシリアは、真実の鏡に映るアベルとラドの姿を予め知っていた、ということになる。
「《真実の鏡》に姿を映せば幻獣使いかどうかが分かるっていうのは、こういう意味だったのか!」
アベルが驚きの声を上げる。一方のラドは、静かに2枚の絵を見つめている。何かを考え込んでいる様子だ。
「事情は大体つかめたかしら? 何か質問はある?」
ティナが小さくため息をつき、腰に手を当てている。しばし考えこんだ後、アベルが口を開く。
「セシリアさんは、なんで幻獣と幻獣使いを探してるんだろう? ティナは何か心当たりある?」
フルフルと首を横に振るティナ。まあ、予想していた反応だ。手紙の内容があれじゃ、大聖女セシリアの目的なんて分かりようがない。
「それじゃ、2つ目の質問。セシリアさんの居場所に心当たりは?」
ティナは今まで、大聖女セシリアを探す素振りを一切見せてこなかった。それは、既にセシリアの居場所をティナがつかんでいるからではないか? それが、アベルの予想だ。
「――居場所は分かってるわ。王都西の神殿にいるんだけど、神殿自体が何者かに封印されてしまっているらしいの。ただ、お母様の無事は間違いないわ。そういう封印みたいなの。で、その封印を解くのに、『解牢の錠』っていうアイテムが必要なの」
「あ! ティナが『Sランクになったら欲しいアイテムがある』って前言ってたけど、それって『解牢の錠』のことだったんだ」
「ご名答。アベル、なかなか鋭いわね。『解牢の錠』はSランクダンジョンにあるから、Sランク冒険者にならないと手に入らないの」
ティナがニヤっと口元を持ち上げながらそう言う。
「それにしても、よくそんな情報つかめたね」
「アンナさんがね、ギルドの情報網を利用して調べてくれたの」
「アンナさんが?」
なぜ、急にアンナの名前が出てくるのだろう。不思議に思うアベル。
「ああ、アンナさんは同門なの。昔、お母様の下で私と一緒に修行してたのよ」
そうだったのか。だから、ティナとアンナはあんなに仲が良かったのか。と、いうことは、ティナとアベルの出会いを手引きしたのもアンナと言うことになる。そう言えば、ゲイルに追放されたときに真っ先にティナの名前を出したのはアンナだ。ティナとアベルが出会うよう、全てを仕組んだのは彼女だったようだ。
「ありがとう、質問は以上だよ。事情は良く分かった。それじゃあ、早速明日から『解牢の錠』を探しに行かないとね」
アベルが笑いながらそう言う。
「何言ってるの。裁判は3日後よ。それが終わってから、ね。お母様は大丈夫だから」
ティナが両手を上げ、ため息をつきながらそう言う。そうだ。そうだった。3日後は、ゲイル達の裁判だ。
お読みいただき、ありがとうございます。
ついに、ゲイル達との決着がはじまります!