第58話 鏡の中の闘い②~隠れた敵~
《アイテムボックス》と《居合》の連携スキル《縮地斬》。敵の虚を突いた攻撃により、金色の獣に深手を負わせることに成功したアベル達。金色の獣は、右後足に力が入らない様子で、うずくまっている。金色の獣の無力化に成功。残るは、甲冑男だ。
アベルが甲冑男に目をやると、なぜか男は金色の獣の方に駆け寄っていく。甲冑男は獣の前で立ちはだかり、防御姿勢をとっている。どうやら、金色の獣を守ろうとしているようだ。
(まるで数日前の自分を見ているようだ)
これが、アベルの率直な印象だ。甲冑男は、仲間(金色の獣)を守ろうとする意識が強すぎ、チームワークが上手く機能していないように見える。アベルは、甲冑男の行動を逆手に取ることにした。
アベルが《縮地斬》を連発し、甲冑男に斬りかかる。四方八方から出現するアベルの切っ先に、防戦一方の甲冑男。だが、やはり手練れの剣士なのだろう。アベルの怒濤の攻撃を何とかいなしきっている。
その隙をつき、ラドが金色の獣に向けて突進していく。甲冑男は、ラドをけん制するために飛ぶ斬撃を放とうとするも、アベルの攻撃に手いっぱいだ。ラドはあっという間に距離を詰め、ドラゴンクローで金色の獣に襲い掛かる。
キィン!!
ラドの爪が金色の獣に届く直前、甲冑男がラドの攻撃を剣で受け止める。にらみ合う両者。だが、すかさずアベルが《縮地斬》を繰り出す。
ザン!!
鈍い音とともに、甲冑男の右手が斬り落とされる。ラドの攻撃を剣で受け止めていた甲冑男は、アベルの追撃に何ら防御をすることが出来なかったためだ。
やはり、甲冑男は連携がなっていない。金色の獣をかばいに行くことで、敢えて隙を作ってしまっている。甲冑男にとって、金色の獣は守るべき対象であって、頼るべき仲間ではないようだ。個々の力ではアベル達が負けてはいるが、チームワークに関しては圧勝だ。
カッ!!
突如、強い光が空間全体を包む。視界が一瞬真っ白になり、アベルは顔をしかめる。その直後、アベルの目の前には信じられない光景が広がっていた。
甲冑男も金色の獣も、まるで何事も無かったかのように立ち上がり、平然としているのだ。全ての傷は癒え、斬り落としたはずの甲冑男の腕も元通りだ。まるで戦闘前に時間が巻き戻ったかのように、綺麗な状態である。
アベル達に戦慄が走る。こっちには回復役のティナがいない。一方、敵は瞬時に傷を完全回復可能だ。正直、戦況はかなり悪い。アベルの額から冷や汗が流れる。
「キュウ!!」
突如、ラドが何かを言いたげに声を上げる。ラドの視線は、金色の獣の右足にくぎ付けになっている。
アベルはラドの視線を追う。アベルの目には、まるで何事も無かったかのように傷が回復した金色の獣の右足が映る。汚れ一つない綺麗な足――いや、それはおかしい。
なぜ、血痕がないのだろう。いかに回復魔法といえど、流れた血を戻すことはできないし、ましてや汚れを落とすこともできない。つまり、回復した金色の獣の右足には、アベルの斬撃で噴き出た血痕が残っているはずなのだ。
アベルは唐突に理解する。これは、まやかしだ。
「ラド! 《デスペル》だ!」
「キュウ!」
ラドの鳴き声とともに、スキルを詠唱する。《ジャミング》は、ダンジョンの罠を無効化するスキル。が、特に何も起こらない。どうやら、この『まやかし』は、罠ではないようだ。そうなると、敵のスキルだ。
「《魔力強化》! ラド、もう一度だ!」
「キュウ!」
ラドが《デスペル》を詠唱すると、体が白く光る。連携スキルの発動だ。
――《魔力強化》により、《デスペル》の適用範囲が拡大しました。状態異常系スキルへの打ち消し効果が付与されます。
――連携スキル《ディスキル》が発動します。
辺りをカッと鋭い光が包み込む。次の瞬間、目の前にいた甲冑男と金色の獣がフッと消える。やはり、敵のスキルで幻覚を見せられていたようだ。
冷静になると、あれだけ激しい攻撃を受けたにもかかわらず、アベルとラドがほとんどダメージを受けていないのはおかしい。ずっと独り相撲をさせられていたようだ。
「よし、じゃあ『まやかし』の根源を絶たないとね」
アベルが《索敵》を発動する。アベルから15メートルほど前方、部屋の隅に敵影あり。アベルが目を凝らし、敵の反応があった場所に目をこらすも、何も見えない。――いや、かすかに影のようなものが見える。よくよく見ると、その部分だけ壁の模様が少しズレている。どうやら、カメレオンのように風景に擬態し、隠れながら幻覚で敵を襲うモンスターのようだ。
「《縮地斬》」
部屋の奥でザン!! と言う音が鳴り、何もないはずの空間から血しぶきが上がる。そうかと思えば、青白い光が突如現れ、光の粒となり消えていく。敵を倒したようだ。
「ふう」
アベルが一息つく。《索敵》を行うも、敵の気配はもうない。ラドにちらりと目をやると、ラドもリラックスした様子でアベルの足元に体をこすりつけてくる。
次の瞬間、視界が再びぐにゃりと曲がる。鏡の中に吸い込まれた時と同じだ。視界が歪んだかと思うと、今度は体が後ろに引っ張られていく。アベルの体が背後の透明な壁に触れたかと思うと、カッと視界が強く輝く。
強い光に、顔をしかめるアベル。徐々に光が収まっていき、ゆっくりと目を開ける。目の前には、心配そうにアベルの顔を覗き込むティナ。どうやら、鏡の外に戻ってきたようだ。
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次回、ティナの秘密が明らかに!