第51話 強敵! ベヒーモス!!
「ラド! 《威圧》だ!」
アベルがラドに向かって指示を出す。ベヒーモスの尻尾で弾き飛ばされ、地面に突っ伏しているラドは、そのままの体勢で《威圧》を発動しようとする
「キュ……」
ラドが威圧を唱えようとするも、それを察知したベヒーモスがラドに飛び掛かってくる。凄まじいバネ。一足飛びにラドに向かって鋭い爪を振り下ろしてくる。《威圧》の発動まで間に合わない。ラドは《威圧》の発動を中止し、回避行動を取る。
ズドン!!
ベヒーモスの鋭い一撃が地面を割る。ラドはかろうじて直撃を免れたものの、吹き飛ばされ地面をゴロゴロと転がっている。追い打ちをかけるように、ベヒーモスの爪が再度ラドに襲い掛かる。
「く!」
アベルがラドとベヒーモスの間に入り、鋭い爪を剣で受け止める。ラドは体勢が悪く、ベヒーモスの攻撃に対処できないからだ。ベヒーモスの重い一撃。だが、アベルもレベルアップで筋力が向上しており、何とかベヒーモスの攻撃に耐えきる。
ガィン!!
ベヒーモスが後方に飛びのき、ズゥン! と地面に着地する。距離を取ったかと思えば、すかさずアベルに飛び掛かってくる。想定外の連続攻撃。一瞬気を抜いていたアベルが5メートル程後方に弾き飛ばされる。
ベヒーモスはそのまま、ラドを左手の爪で弾き飛ばす。ラドはなんとか防御態勢を取る。10メートル程飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がるラド。だが、すぐに立ち上がり、戦闘態勢を取る。どうやら、致命傷は避けられたようだ。
「てぇーい!!」
ドドドドド!!
ベヒーモスの右後方に位置するティナが、《ボルティックアロー》を放つ。アベル達パーティの最速の攻撃。だが、その攻撃が放たれる直前、既にベヒーモスは後方に飛びのき、ティナの攻撃をかわしてしまう。再び着地するや否や、今度はティナに襲い掛かる。
「え!? きゃ!!」
ベヒーモスが右手で鋭い攻撃を繰り出す。とっさにクロスボウの盾部分で攻撃をガードするも、軽々と弾き飛ばされるティナ。空中を飛んでくるティナを受け止めるアベル。
「あ、ありがと、アベル」
「ああ。でも、速すぎる!!」
その巨体に似合わず、ベヒーモスのスピードは凄まじい。今までで一番速かった敵、クァールの非じゃない。
何より脅威なのは、ベヒーモスの狡猾さだ。ラドが《威圧》を発動しようとすると、すぐさま攻撃に転じ、詠唱を妨げる。これでは《威圧》を使う暇がない。さらに、常に周りを見回し、ティナの攻撃を読んで避ける冷静さも兼ね備えている。そして、攻撃を仕掛けた直後の隙をついてくるのも厄介だ。ラド、ティナともに攻撃直後を集中的に狙われている。
攻撃が凄まじいうえ、素早くて狡猾。これが、ベヒーモスの印象だ。あまりに厄介な相手。このままだと、ろくに攻撃に転じることもできず、なぶり殺されてしまうだろう。
「ラド! 《アイテムボックス》だ! いったん退避!」
「キュウ!」
ラドが《アイテムボックス》を唱えた瞬間、アベル達3人の前に黒い空間が現れる。躊躇なく、その空間に飛び込んでいくアベル達。何かを察したベヒーモスがアベルに飛び掛かってくる。ベヒーモスの爪が届く直前、アベル達はフッと黒い空間の中に消えてしまう。
アベル発案、《アイテムボックス》を使った一時退避だ。色々と実験した結果、ラドのスキル・《アイテムボックス》は、モノだけでなく、ラド自身を含む生き物を収納できることが判明した。アベル達はこれを応用し、《アイテムボックス》内に一時退避している。
「ふう、危なかったわねぇ。でも、なんでアイテムボックスに避難したの?」
ティナが息を切らしながらアベルに問いかける。
「ああ、作戦会議をしたかったんだ。あのままだと、ジリジリとなぶり殺しにされそうだったからね」
「今回の敵も、かなりヤバいわね。で、どうするの? アベル」
アベルは腕を組み考え込む。状況は芳しくない。ラドのドラゴンクローは効かない。ティナの《ボルティックアロー》もかわされる。アベルの未完成技、《居合》も放つ隙が無い。クァールを仕留めてきた《ライトニング・バースト》も、ベヒーモスのスピードでは発動が間に合わないだろう。最大火力の《パワーショット》は言わずもがなだ。
少し前のアベルなら、こう考えていただろう。自分がなんとかベヒーモスを引き付けて、ティナとラドを逃がそう。それ以外の方法では、二人を命の危険にさらしてしまう。自分が、二人を守らなければ。ガーディアン・ドラゴン戦でアベルがそうしたように――
でも、今は違う。
『もっと私たちを頼ってよ』、ティナの言葉が脳裏に浮かぶ。ガーディアン・ドラゴンとの闘いの後、ティナが怒った理由も、今なら分かる。
『ピンチの時こそ助け合うのが仲間』、ギルダの言葉を思い出す。今なら、迷うことなく首を縦に振ることができる。
アベルはティナとラドに目をやる。二人が、真っすぐにアベルを見つめている。信頼に満ちた瞳。僕達は仲間なんだ。ゲイル達の時とは違う。守り、守られる関係じゃない。頼り合い、一緒に命を懸けて敵に立ち向かう。それが僕達の関係だ。
アベルには、実は策が一つだけある。だが、今までのアベルなら、絶対に採用しなかったであろう。なぜなら、ティナとラドを命の危険にさらす策だからだ。だが、他に妙案は思い浮かばない。この案に、賭けるしかない。
「ティナ、ラド。二人の命を、僕に預けてくれない? 僕の命も、二人に預けるから」
アベルが、ニコッと笑いながら二人に語り掛ける。ティナが一瞬驚いた表情を浮かべた後、満面の笑みを浮かべる。
「もちろん! こっちは今までもそのつもりだったわよ! ね、ラド?」
「キュウ!」
ラドも嬉しそうにアベルに抱きついてくる。ラドを抱え、優しい目で見つめながらラドを撫でるアベル。フッと真剣な顔に戻り、アベルは二人に語り掛ける。
「正直、3人とも命の危険にさらされる作戦だ。作戦の内訳は……」
アベルが作戦を二人に説明する。ティナが腕を組み、目を瞑りながら聞き入っている。アベルが作戦を全て伝え終わると、ティナはパッと大きな笑みを浮かべ、口を開く。
「その作戦、大賛成! これよこれ! この『お互いに信頼しあう』感じこそが仲間よね! 私の命、喜んで二人に預けるわ!」
「キュウ!」
ティナもラドも、満足げだ。ある意味、イチかバチかの作戦だ。だが、不思議と成功する気しかしない。二人がいれば、絶対に何とかなる。そう信じて疑わないアベルであった。
「それじゃ、行こうか!」
ベヒーモスとの決戦の火ぶたが落とされる。
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次回、ボスも佳境に入ります!