第50話 第三階層のボス、現る
翌日、アベル達は《デスペル》の黒魔石と改造したクロスボウを受け取った後、《ミラージュの塔》の第三階層に来ていた。
「さて、と。じゃ、ラド、始めましょっか!」
ティナがラドにウィンクをしながら話しかける。ラドは嬉しそうにゴロゴロ鳴きながら、アベルの右肩の上から飛び降りる。タタっとティナに駆け寄り、足元の周りをクルクルとはしゃぎ回っている。
「はい。ギルダさんが用意してくれた黒魔石よ。どーぞ!」
ティナが黒魔石を差し出すと、宙に浮かび上がった魔石がラドの額へと吸い込まれていく。
――幻獣・ラドは魔石を吸収しました。
――魔石「デスペル」を吸収した効果により、スキル・《デスペル》を獲得しました。
「キュウ!!」
ラドが早速、《デスペル》を詠唱する。フロア全体が一瞬、白く光り輝く。フロア中に漂っていた、スキルを邪魔されていた感覚が消えていく。
「どう? アベル。《索敵》使えそう?」
「うん。《ジャミング》は無事消えたみたいだ。モンスターの気配が感じられるようになったよ。ボスは……フロア最奥にいるみたいだ。早速、行ってみよう」
アベル達は第三階層最奥へとダンジョンを進んでいく。昨日とは違い、《索敵》があるため、ダンジョン攻略はサクサクだ。隠れている(つもりの)クァールをティナがズンズン射抜いていく。
「また魔石ね。クァールは本当、魔石のドロップ率が高いわね」
ティナが地面に落ちている黄色い魔石を拾いながらそう言う。今日のダンジョン探索で、アベル達は合計3つの魔石を拾っている。正直なところ、魔石のドロップ率が高いのはありがたい。今後の武器改造にも使えるし、余れば売っても良い。アイテムボックスに入れておけば邪魔になるものでもない。
第三階層最奥に到着したアベル達。壁際にある大きな木の前に歩いていく。ボスの気配は、木の幹の奥から感じられる。
「キュウ」
ラドが木の幹に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅いでいる。そしてアベルの方を振り返り、丸く大きな目がジッとアベルを見つめてくる。
「何か、仕掛けがあるかもしれない」
アベルも木に近づき、右手で幹を撫でる。微かに感じる違和感。何か作り物のような感覚。隣の木の幹と撫で比べてみると、明らかに感触が違う。
「壊してみよう。ティナ、《パワーショット》をお願い」
「おっけー! 《パワーショット》!」
ティナがパワーショットを放つと、目の前の木に大きな穴が開く。穴の中を覗き込むと、通路が続いている。木が通路を隠していたようだ。アベルの《索敵》は、この奥に強い敵の気配があることを告げている。
「さあ、行こうか。みんな、準備はいい?」
コクッと頷くティナとラド。ティナとアベルがありったけの防御・支援魔法をかけたあと、3人は通路を奥へと進んでいく。第三階層はまるで屋外のような雰囲気であったが、通路は一変してレンガ造りだ。50メートルほど薄暗い道を歩いたところ、視界が急に大きく開ける。たどり着いたのは、20メートル四方ほどの大きな部屋。部屋の中には柱が8本あるだけだ。第一階層のガーディアン・ドラゴンがいた部屋と似たような雰囲気。どうやら、ここがボス部屋で間違いなさそうだ。
――ブン。
背後で音がする。振り返ると、入り口に魔法陣が出現している。やはり、閉じ込められたようだ。
グオォォォオオオ!!
上方から、とてつもない音量の咆哮が聞こえる。バッと顔を上に向けるアベル。15メートル程はある天井、その少し手前に大きな空間の裂け目が生じている。黒い、トンネルの出口のような空間の裂け目。裂け目の周囲は紫色のスパークが飛び交っている。咆哮は、黒い空間の内側から聞こえてくるようだ。
空間の裂け目から、徐々に黒く巨大な獣が出てくる。体長5メートルはあろうかと言う大きさ。黒い四足歩行の獣。太ももと両腕は筋肉で膨れ上がり、凄まじい威圧感がある。灰色のたてがみに、大きく曲がった二つの角。鋭い牙と爪。アベルは、この恐ろしい怪物を書物で見たことがある。
「あ、アベル! このモンスター、もしかして……」
「ああ、ベヒーモスだ。まさか、伝説級のモンスターと戦うことになるとはね……」
アベルの表情がひくついている。やはり、《ミラージュの塔》は一筋縄ではいかない。
ズン!!
天井付近から現れた黒く巨大な獣が、部屋の中心に着地する。床が揺れる程の衝撃。赤く光る2つの目がアベル達を鋭くにらんでくる。
「キュウ!!」
先手必勝。ラドがベヒーモスに飛び掛かる。高さ15メートルから着地したばかりでベヒーモスは戦闘態勢が整っていない。ベヒーモスは防御態勢も間に合わない。無防備でラドの攻撃を受ける。
ザンッ!!
ラドのドラゴンクローがベヒーモスの左側腕部に直撃する。完璧な一撃。……だが、何かがおかしい。ベヒーモスが微動だにしない。
ゴオォウ!!
ベヒーモスがその巨大な尻尾でラドを吹き飛ばす。ラドは体を丸め、防御姿勢を取るも、軽く吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。ラドは苦悶の表情を浮かべている。ティナが五重がけした《プロテクション》は全て破壊され、ダメージを受けてしまったようだ。凄まじい一撃。
ただ、それよりも気がかりなのは、ベヒーモスの反応だ。ラドの攻撃に、全くダメージを受けなかったように見える。唖然としているアベルの横で、ティナが口を開く。
「べ、ベヒーモスはドラゴンの天敵。だから、ドラゴンクローが全く効かないのかも……」
最悪の情報だ。ベヒーモスという強敵に対して、ラドの攻撃抜きで対処しなければならないなんて。
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次回、第三階層のボス戦! 苦戦必至です!