第5話 レベルアップ後、初めての戦闘
アベルは、マンチェストルの西側に広がる平原を歩いている。城塞都市マンチェストルは、王国南部にある大きな町で、国内4番目の規模を持つ。周囲は様々なダンジョンに囲まれていて、冒険者が多く集まる町としても有名だ。アベルが向かっているのは、街の西部に位置するDランクダンジョンである。
アベルが右手に持つのは、ギルドの依頼書。
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レッサードラゴン討伐依頼書(ランクD)
討伐対象:レッサードラゴン
生息場所:ダンジョン《黒曜の洞穴》・深部
報酬:1000ゴールド
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アベルはソロ冒険者の最初の仕事として、レッサードラゴンの退治を選んだ。その理由は二つある。
一つは、受諾可能な依頼の中で、最も報酬が高かったからだ。アベルの冒険者ランクはEなので、依頼は一つ上のランクDまでしか受けることができない。レッサードラゴン討伐は、ランクDの依頼の中で最も報酬が高い。
ちなみに、報酬の高さは依頼の最重要ポイントだ。冒険者ランクの昇格は、獲得報酬額が基準になっているためだ。例えば、ランクEからランクDに昇格するには、合計1000ゴールドの獲得報酬が必要である。つまり、レッサートラゴンを一匹討伐すれば、それだけでアベルは昇格となる。
二つ目の理由は、レッサードラゴンはボスクラスの魔物であるため、魔石を持っている可能性が高いからだ。
アベルは、自分のレベルアップに魔石が関係していると考えている。Sランクダンジョン《理の地下神殿》では、ヘルハウンドが落とした赤い魔石をラドに与えた瞬間、アベルはレベルアップした。『幻獣使い』であるアベルがレベルアップするためには、魔石をラドに与える必要があるのでは? アベルはそう推測している。この推測が正しければ、今までアベルがレベル1のままだったことにも説明がつく。まずは魔石を手に入れ、仮説の検証をする必要がある。
そんなわけで、アベルは今、マンチェストル西はずれにある《黒曜の洞窟》に向かっている。町を出て、約3時間は歩いてきた。もうすぐ、洞窟が見えるはずだ。舗装されていない道をアベルは進んでいく。ダンジョンに近いということもあり、人通りは全くない。行商ルートからは大きく外れ、冒険者以外が使うことのない道だからだ。
ふと、前方にワイルドウルフの群れが見える。数は10匹程度。ワイルドウルフたちは、一人の人間を取り囲んでいる。
「くっ!! うっざいわねー!!」
どうやら、冒険者のようだ。それも、女の子。白いヒーラーローブを羽織っている。目深にフードをかぶりながら、ワイルドウルフの攻撃に耐えている。他に仲間はいない。後衛職のヒーラーが、一人でワイルドウルフの群れと闘うのは無謀だ。
ワイルドウルフは、Dランク下位のモンスター。決して強くはないが、群れで現れると厄介な相手だ。ワイルドウルフの群れに囲まれて命を落とす初級~中級冒険者も多い。
急いで女の子に駆け寄っていくアベルとラド。
一方の女の子は、ワイルドウルフからの攻撃を《プロテクション》でいなしている。プロテクションは、敵の物理攻撃を低減する防御魔法。一方的に攻撃されるも、大したダメージは受けていないようだ。
だが、彼女には攻撃手段がない。女の子の背後には、壊れた杖が落ちている。女の子の武器のようだ。恐らく、ワイルドウルフの不意打ちを受け、破壊されてしまったのだろう。武器を失い、ワイルドウルフからの攻撃に耐えることしかできていない女の子。このままではじり貧だ。
アベルとラドはようやく戦闘領域に到着する。ワイルドウルフの群れをかき分け、女の子に合流する二人。
「大丈夫!? 加勢するよ!」
「キュウ!!」
女の子を挟んでワイルドウルフと相対するアベルとラド。
「ありがとう! 助かったわ! って、え!? その子、まさか!!」
明るく大きな声でお礼を言う女の子。そしてラドを見て、何かに驚いている様子だ。だが、今は戦闘中。アベルは目の前の敵に集中する。アベルは腰に指したブロンズソードを抜き、ワイルドウルフに向かって構える。
アベルはテイマー(というか幻獣使い)にしては珍しく、剣を使う。理由は単純。剣の扱いがうまいからだ。単純な技術だけでは、ギルド内でも上位に位置する。ただ、今まではレベルが低く非力であったため、攻撃手段としてはあまり機能していなかった。レベルが30に上がった今、どの程度の攻撃力になっているのか、アベルはワクワクしている。Dランク下位のワイルドウルフは、腕試しにもってこいの相手だ。
「はっ!!」
アベルが鋭く、コンパクトに剣を振るう。ヒュッと乾いた音が鳴り、ワイルドウルフの首が飛んでいく。アベルの筋力は相当上がっているようだ。まるで素振りをしているかのように、抵抗を全く感じない。
剣舞を踊るかのように、滑らかな所作で剣を振るっていくアベル。その優雅な振る舞いに似合わず、その剣撃は鋭く重い。ワイルドウルフ達は、なすすべもなくアベルに斬られていく。まるで動きを封じられているかのように、反撃どころか回避すら出来ない。
アベルは、あっという間に5体のワイルドウルフを斬り倒す。
「キュウ!!」
ラドも負けてはいない。目にもとまらぬフットワークで軽々と敵の攻撃をかわし、前足の爪でワイルドウルフを切り裂いていく。ゲイル達と冒険していた頃は、全く闘おうとしなかったラド。だが、魔石の吸収によりステータスが上がったからだろうか、積極的に敵を倒していく。
可愛らしい見た目に小さな体のラドであるが、その力はすさまじく強い。気が付けば残りの6体のワイルドウルフをラドが蹂躙していた。
「え!? す、すごい……」
まさに一瞬。女の子があっけに取られている間に、アベルとラドはワイルドウルフの群れを片付けてしまった。
「大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
アベルが女の子に優しく微笑みかける。
「ええ、大丈夫よ。あなたたち、すっごい強いのね! びっくりしちゃった。それに……」
女の子は、チラッとラドに目をやり、続ける。
「この子、幻獣じゃない!! なんで、こんなところにいるのよ」
「きみ!! 幻獣について、何か知ってるの?」
想定外の女の子の一言にアベルは驚き、大きな声を上げるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、ちょっとだけ幻獣と幻獣使いについて語ります。