第41話 ガイアスの稽古~アベル、『居合』で新技完成へのヒントをつかむ~
「いやー、アベル君。君に稽古をつけるなんて、久しぶりだねぇ」
アベルとガイアスは今、二人きりでギルド地下の鍛錬場にいる。広さは10メートル四方、道場のような空間だ。
「それで、どんな稽古をつけて欲しいんだい?」
「前の闘いで、新しい技を閃きそうだったんです。でも、何かが足りない気がして。師匠なら、どうすればいいか分かるんじゃないかって思ったんです」
アベルがじっとガイアスを見つめながら口を開く。ガイアスは元Sランク冒険者で、かつて《幻惑の剣士》の異名をとった剣術の達人だ。技術もさることながら、知識も豊富だ。先日閃いた未完成の新技を完成させるには、ガイアスの助けが必要だとアベルは考えていた。
「君がアドバイスを求めるとは、珍しいねぇ。どれ、早速見せてくれ」
アベルはガイアスの隣にある打ち込み台に向かって歩き出し、1.5メートルほどの距離で正対する。
目を瞑り、全身を駆け巡る魔力を切っ先に集めるアベル。刃は青白く光り輝き、キイィン――と甲高い音が道場内に鳴り響く。そのまま、アベルは剣を両手持ちし、ガーディアン・ドラゴンを仕留めたあの技を発動させる。
ザン!!
小気味良い音とともに、木の棒の周りに藁を敷き詰めた打ち込み台が真っ二つになる。
「ほう……素晴らしい技だね。だが、まだ未完成のようだ」
ガイアスの言う通りだ。前回の戦闘時と全く同じ感覚。刃と打ち込み台のインパクトの瞬間に切っ先の魔力が乱れている。この魔力の乱れを改善しなければ、技たりえない。
「さすが《魔剣士》のアベル君だね。凄まじい魔力が剣に宿っているのが分かるよ。いやはや、末恐ろしい」
ガイアスの言葉に、アベルはピクッと反応する。
「師匠! 僕が《魔剣士》だって知ってたんですか!?」
「ああ、もちろんだよ。君と初めて会った時から知ってるがね」
ニコっと笑みを浮かべながら、事も無げにガイアスが言う。
「……僕、最近やっと自分が《魔剣士》だって知りました。それまでずーっと、使える武器が無くて困ってたんですよ!? 以前相談したときに教えてくれればよかったのに。本当に人が悪い」
アベルがジト目でガイアスを見ている。不信感いっぱい、といった様子だ。
「まあ、そう言いなさんな。君、ずっとレベル1だったでしょ? そんな状態で強い武器まで使えるようになっちゃったら、ゲイル達に前線でこき使われちゃうよ。そうしたら、最悪アベル君死んじゃうかもしれないでしょ!? だから、あえて黙ってたんだって」
ニコニコと胡散臭い表情を崩さず、ガイアスが言う。『からかっていただけでは?』という不信感が完全にはぬぐえないものの、一応スジは通っている。アベルはふぅっとため息をついた後、口を開く。
「――それで、僕の技に何が足りないか、師匠の意見を聞いてもいいですか?」
「ああ、アドバイスだったね。アベル君は、《居合》を知っているかな?」
「イアイ……ですか? 聞いたこと無いです」
「そうか、まあ、この辺ではあまり有名じゃない剣術だから、知らなくても無理はない。極東の古代剣術で、鞘から抜刀しながら相手に斬りかかるという技だ。鞘の中で刀を走らせることで、通常よりも剣速の速い斬撃を放つことができる、と言われている」
アベルが腕を組み、目を瞑りながら考え込む。だんだんとアベルの表情が曇っていく。
「その《居合》って技、理論的におかしくないですか? いくら曲刀とは言え、鞘の中から斬撃を放てば、鞘が刃にあたって摩擦が生じます。摩擦抵抗があれば、剣速は速くなるどころか遅くなるはずです」
アベルが《居合》理論の率直な疑問点を挙げる。その言葉にフッと優し気な笑みを浮かべ、ガイアスはアベルの疑問に答える。
「いや、さすがアベル君だ。そうやって理論的に物事を考えるクセ、僕は大好きだよ。確かにアベル君の指摘は正しい。だがそれは、通常の鞘の場合だ。だが、鞘に『黄色い魔石』が使われていれば、どうだ?」
アベルがハッと驚いた表情を浮かべる。確か、黄色の魔石は物質に影響を与えるとバズが言っていた。アベルは、一瞬でガイアスの意図を汲む。
「なるほど。鞘の内側を黄色の魔石で加工しておけば、納刀時に刃が研ぎ澄まされる。つまり、納刀からそのまま斬りかかれば、高い攻撃力の斬撃を放つことができる。しかも、魔力が緩衝材となって、刃と鞘が直接触れ合わず、摩擦は生じない。それどころか、魔力に剣を『加速』する役割を持たせておけば、通常より速い剣速を実現できる」
アベルの言葉に、大きく手を叩きながらガイアスが感嘆の声を上げる。
「さすが、アベル君だ。大正解だよ。――それで、本題だ。君の新技、《居合》に似ていると思わないか?」
確かに、アベルの新技は、いわば鞘の無い居合と捉えることができる。ガイアスが突然《居合》の話を始めたのは、そんな意図があったようだ。
「僕は、大量の魔力を剣に宿らせることに集中してました。刃が衝突する瞬間、大量にまとった魔力が邪魔をして、切れ味をわずかに鈍らせてしまっていたんですね。斬撃の瞬間、大量の魔力を剣に宿らせるのではなく、後方に残して、魔力で剣を加速させるイメージ。これで、僕の技は完成するということですね」
言うことは簡単だが、実際に実現するには緻密な魔力制御がいる。一朝一夕でできるような技ではないが、完成すればとても強力な武器になりそうだ。
「マーヴェラス! 完璧だよ、アベル君。それで君の新技は完成する。技術的には、ね」
思わせぶりなガイアスの言葉に、アベルが首をひねる。
「技術的には? つまり、精神面でまだ足りないことがある、ということですか?」
アベルの返答に、真顔で首を縦にふるガイアス。
「その通りだよ、アベル君。この技を完成させるには、君は一つ、人間として壁を乗り越えなくてはならない。おそらく、君一人の力ではその壁を乗り越えることはできないだろう。仲間の助けが必要だ。それを、ゆめゆめ忘れないよう」
「――それで、具体的に僕は何をすればいいんですか?」
要領を得ないガイアスの返答に、アベルが単刀直入に質問する。
「それは、今後の闘いを通して君自身が見出すんだ」
はあっと三度ため息をつき、アベルが続ける。
「本当に人が悪い。今教えてくれればいいものを」
「まあ、そう言いなさんな。かわいい弟子には旅をさせろ、てね」
ガイアスはニカッと満面の笑みを浮かべながら答える。その直後、急に真剣な表情に戻り、話を続ける。
「それに、これは君自身の未来にとって、とても重要なことなんだ。私が君に対して、最も危惧していることでもある。もしかしたら、ティナ君やラドも同じ思いかもしれない。私は君をいつまでも見守っている。だから、必ずや君自身の手で、その呪縛を打ち破ってくれ」
ガイアスの言葉に、いつもとは違う重みを感じるアベル。不意に、昨日のティナの声がアベルの脳裏に浮かぶ。『もっと私たちを頼ってよ』。目に涙を溜めて、アベルに何かを訴えていたティナ。もしかしたら、ガイアスとティナは同じことを言っているのかもしれない。
(新技の取得は、思ったより難航しそうだな。)
ガイアスの真剣な表情を見ながら、アベルはそんなことを考えていた。
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次回、ラドの武器、完成です!