第40話 ギルドマスター・ガイアスという男
翌日の早朝、アベル達3人は冒険者ギルド・マンチェストル支部の最上階、ギルドマスター室の扉の前に立っていた。今日はゲイルの一件に関する、ギルドマスターからの聞き取り調査の日だ。隣には、案内役のアンナがいる。
「ギルドマスター、A級冒険者のアベル氏がお見えです」
コンコン、とノックをした後、アンナが大きく通る声でギルドマスターに話しかける。
「ああ、連れの方ともども、入ってくれたまえ」
アンナはガチャッとドアを開け、3人がギルドマスター室へと入っていく。天井にはきらびやかなシャンデリア。壁面はシンプルながらも大きな絵が飾られている。部屋にはローテーブルを挟んでソファが二つ。その奥に、大きな事務机。ギルドマスターは革張りのオフィスチェアに座りながら、アベル達に背を向けて奥の大きな窓から景色を眺めている。クルっと椅子を回し、事務机に肘をつけ、ギルドマスターが口を開く。
「ようこそ。私が、マンチェストル支部ギルドマスターのガイアスだ」
ガイアスが、顔の前で手を組み、鋭い眼光をアベル達に向けてくる。白い短髪に、インテリ眼鏡。手には白い手袋がはめられている。筋肉質な体に似合わず、ダークグレーのスーツは高級感があり、知的な印象を与える。
王国有数の規模を誇る、防塞都市マンチェストルのギルドマスターだけあり、かなりの威圧感がある。値踏みするような視線をティナに向ける。視線を向けられたティナが、緊張した表情を浮かべる。ピリッと張り詰めた空気が部屋の中を漂う。アベルは、はぁっと軽く呆れたようなため息をつき、口を開く。
「なに、かっこつけてるんですか、ガイアスさん。そんなキャラじゃないでしょう?」
アベルがそういうと、ちょっとおどけた表情を見せ、ガイアスが続ける。
「いやあ、ティナ君とは初対面だからねぇ。ちょっと、ギルマスの威厳と言うものを見せつけようかと」
ティナがホッとした表情を浮かべる。どうやら、相当のプレッシャーを感じていたようだ。
「大丈夫だよ、ティナ。ただの気のいいおじさんだから」
「ちょっと! アベル君、言い方ってものが……せめてダンディとか、カッコいいとか言って欲しいよぉ」
ガイアスがズッコケながらそう言う。相変わらず、お茶目な性格だ。
「は、初めまして! ティナと言います」
ティナがお辞儀をしながら、ガイアスに挨拶する。
「お久しぶりです、ガイアスさん」
「キュウ!」
アベルとラドの二人もそれに続く。
「ああ、初めまして、ティナ君。アベル君とラドも久しぶりだね。半年ぶりくらいかな?」
「ええ。いつもお世話になってます。それで、今回のご用件は?」
「ああ。わざわざ来てくれてありがとうね。今日呼び出したのは他でもない。ゲイルのことについて、事情を聴こうと思ってね」
ガイアスが単刀直入に本題に入る。ティナとラドが、心配そうな目でアベルを見つめている。
「……概ね、報告書の通りです。僕は理の地下神殿中層でゲイル達に追放を言い渡され、その直後ヘルハウンドに殺されかけました。状況を見る限り、ゲイル達が僕を殺そうとしたと推察されます」
アベルは昨日、殺害未遂事件に関する報告書に目を通したが、その内容は概ね事実の通りだった。
「そうか――いや、すまなかったな。ゲイル達のことは、もっと注意しておくべきだった」
「そんな。ガイアスさんのせいじゃありません」
「いや、僕が君に目をかけすぎたのかもしれん。それが、ゲイル達の君への反感につながってしまった面もあるだろう」
アベルは黙りこくってしまう。確かに、ゲイル達がアベルにきつく当たり始めたのは、ガイアスと出会ってからだ。ガイアスの言うことも、少なからず真実なのかもしれない。
「それでも、あなたが僕の恩人であることに変わりありません。ガイアスさんが僕に剣術を教えてくれなければ、僕は今ここにいなかったでしょう」
「そう言ってくれると、少し心が軽くなるよ」
ガイアスがフッと優しい笑みを浮かべる。ティナはアベルとガイアスを交互に見つめ、頬に手のひらを当てながら考え込んでしまっている。どうやら、アベルとガイアスの関係が気になっているのだろう。後で、軽く説明しておいてあげないといけないな、とアベルは思う。
少し硬い表情に戻り、ガイアスが続ける。
「先日、ゲイル達がアベル君に接触したとの報告があった。裁判が終わるまで、ゲイルにはアベル君に接触しないよう命令しておいたはず。その件に関しては?」
アベルは一瞬間をおいて、応える。
「――間違いありません。先日、マンチェストルの東町、バズの工房前でゲイル達から接触がありました。謝罪の後、仲間に戻ってくるよう打診を受けましたが、断りました。今後開かれる裁判の件を意識した発言もありました。――裁判で自身の無罪を勝ち取るために接触してきたものと思われます」
ガイアスがはあっとため息をつき、額を指で押さえながら首を左右に振る。ギルドマスターとして、元S級冒険者であるゲイル達の振る舞いに落胆しているのだろう。
「分かった。今回の件は、後の裁判でゲイル達に不利に働くことになるだろう。恐らく、有罪は免れまい。陪審員への心証が悪ければ、極刑も有りうる」
極刑、と言う言葉にアベルが複雑な表情を浮かべる。確かに、ゲイル達のやったことを考えれば、死刑が視野に入るのも当然だ。仲間を金のために殺そうとしたうえ、ギルドに虚偽報告をして隠蔽工作まで図ったのだ。到底許される行為ではないし、彼らが極刑になれば胸のすく思いがするのも事実だ。だが一方、『死刑になるかも』と言う言葉をガイアスから聞き、少なからず動揺している自分もいる。ゲイル達に関してどんな結末を望んでいるのか、アベル自分の気持ちがまだ整理できていないのかもしれない。
「それでは、聴取は終了とする。何か言い残したことは無いか?」
ガイアスが3人に向かって問いかける。不意にアベルが右手を上げ、発言する。
「本件とは関係ないのですが……師匠、久々に稽古をつけてくれませんか?」
アベルの突然の言葉に目を見開くティナ。ラドにとっては想定内の発言なのか、アベルの右肩からピョンと飛び降り、ティナの左肩をよじ登る。
一方のガイアスは、ニヤッと不敵な笑みを浮かべていた。
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次回、ガイアスの稽古です!